8 ~太陽~
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【リミット・バック】
通常のベニススーツにはロックがかかってある。それは人体に影響を及ぼさないための処置。別名セーフ・モード。だがその身を守る行為のために、本当に守りたいものが守れないのなら、本末転倒。
だから、解除コードが記されている。この身を犠牲にしてでも護りたい時の為に。
(リミット・バック…レッド!)
杉本は心の中で解除コードを告げた。今日であったばかりの4人の仲間と、
このスクランブル交差点で処刑ゲームに付き合わされている市民の為に。
躊躇なく、この身を捧げる…。
24の結晶がレッド杉本との距離を縮めていく。だが、24個が同時に彼女にダイブする訳ではない。多少の順位は存在する。それを瞬時に見極め、それを回避する作業。
ひとつ、そしてふたつ。ここまでは経験済み、問題はこの先。未知なる世界を制さなければ、帰宅して暖かいクラムチャウダーをすする事は適わない。
(入射角…速度…そこだ!)
その都度生まれ消える安全地帯へと身体を流し、彼女は躍動していく。
上下左右へと動く度に身体がギシギシ軋む様に痛むが、想定内ではある。
それより、あの塊が当たった時の方が痛そうだ。
『むふ、やりますね~』ニヤケ仮面の度合いが増す。どうやら悪戯を思いついた様子。
『ふしゃらら~、スピードアップ!』
今度ばかりは言いたい。ちょっとタイム!っと高らかに宣言し、4つ増やすのは大目に見ても、そこまではやりすぎよ!っと抗議という名の激しい説教を。
だがそれが許される状況に無い。そんな叫びを吐ける余裕が無い。
(後で、後で必ず…!)
特に何をしてやる!が思いつくほどのスペースが脳には残っていないため、仕返しだけを心に誓うレッド杉本。
7個目…8個目…先は長く果てしない。それなのに、この身体の痛みは何?
行動に全身揺さぶられ、脳も激しく揺さぶられ、めまいと吐き気も追加され。
それなのに、まだ半分も?
常人なら心も折れる。もう、いぃや~っと魂を解放させる。
それが人間の持つ本来の姿、平均値である。
新レッド杉本だって同じ人間なのだから、その平均に納まる可能性はあった。
だが、彼女は折れない。それどころかこの展開に燃える。アドレナリンが大量分泌され、全身の痛みを和らげていく。そして脳と行動の処理速度を一段階上乗せする。
(これが、新レッドの力なのか…)ただの行動監視員と化していたパープル岡林は、
その監視を分析へと変化させ、更なる思考の渦へと落ちてゆく。
誰が彼女を選んだのかは知らされていないが、その判断が正しかったのかどうか。
自らがリーダー的存在となり、ベニスを支える必要は無いのだろうか。
男は身動き一つせず、眼前の出来事を凝視していた。
それが正しい選択で無いことは重々承知しているのだが、残念ながら今の彼に出来る最大の行為。責める事なかれ…。
私はあの日と同じ、見ているだけ、身体と心を震わせて、ただ見ているだけ。
一切の成長を、我ながら感じない。つまりそれは私の中で整理されてないということ。
旧レッド林の事を。
人間誰しも、簡単に好きだった人を忘れることは出来ない。
もっとも、完全に嫌われて修復の見込みが無いとかなら、忘れていかざるを得ないのだが、だからといって簡単ではない。
ピンク牧野の心の大半には、まだ林が居座っている。嫌われたとかでもないのだから、
余計根強く。牧野は仮面の中で涙を流していた。自らの弱さからか、眼前のレッドに
林の面影を見たからなのか。答えは牧野の中にしかない。
ブルー辻本が遠距離攻撃の武器を選んだのは臆病だから…。
そんな風評をいつもスルーし、言わせておけよと髪を掻き揚げる仕草に、案外ファンは多い。彼は射撃の腕を買われたから、唯一の遠距離武器を担当しているのだ、が一般論。
事実は臆病。チキン野郎である。怪人と相対するときの恐怖を少しでも緩和させるための秘策。確かに射撃の腕はずば抜けていたので、急遽遠距離武器を開発。
頭脳・体力共にチームトップタイの彼を何とか使いたかった小杉の発案である。
だが所詮は生粋の臆病、怪人だけでなく対人関係にも及ぼすある種の対人恐怖症。
何度と無く、脱退の話はあった。その度レッドが現れブルーに道を指し示してゆく。
こうある必要は無い、大切なのはそうある事を願い続ける事だ。
毎回、理解と納得の先に脱退回避があった訳ではない。レッドが語る言葉の無意味さに比べたら、自分がここで戦う事の意味は深い。それが毎回の脱退回避理由。
ブルーにとって、旧レッド林は本当に太陽だった。
自分の出来ないことを平然と行い、そしてそれを鼻にかけ自慢することもしない。
太陽、そして憧れ。
ブルーは探していた、新しい太陽と憧れの対象を。心の拠り所を探していた。
見つかった、とまではまだいえない。だがあのレッドには可能性がある。
自分を救ってくれる可能性が。
ブルーの瞳に映る林の代替品は、今も踊り続ける。