②ー29
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なぜ、その発想に至るまでに、ここまで時間を要したのだろう。
給油しに帰る…単純かつ明瞭なる答え。
そんな訳で彼は今、例の縁ある個人空港にてシャワータイムである。
回収信号=携帯への着信=シャワー中はバイブ聞こえず=怒られる。
第1着信より30分後、ようやく小杉始動。
頭乾かす時間も与えられず、とにかく麓へと全速力にて。
言い訳、素晴らしい名言を生み出す時もあれば、
どうしょうもない空気を漂わす時もあり。
勿論、私は前者である。
皆が納得かつ感嘆の言い訳を、既に準備してある。
なら、しょうがないね…聞こえるよ、皆のハーモニーが。
『…か、川端さん?』
吹き飛んだ、全てが。
そこに居るのは若き姿の師匠、辛うじて面影は残っている訳で。
川端、小杉の全身を眺めつつ…
『そうか、もはや師では無い、か』
師を越えた時、名前で呼ぶ事を許可する。
そんな昔話、まぁ体型からして抜いてるとは思いがたいが。
『なぜ、ここに…?』
いやそれ以前になぜ若い、があるし。
もはや小杉の理解を越えたる世界。
杉本は彼の肩をぽんぽん、と叩く。
『後でゆっくり説明するから、早く帰ろ』
そう、疲れたのだ。
早く体を洗い流して、ふかふかベッドと真っさらシーツにこの身を委ねたい。
何もかも、忘れてさ。
こうして、ベニス戦隊御一行様は、例の縁ある個人空港を経て、
サンクロッツホテルへと帰還してゆく。
その道中、前回とは違い賑やかなる車内。
各々思いはあれど、今は隠せる。
…そこで隠せる範囲の哀しみかよ、と言われると、ちょっと違う話だが。
まぁ前回とは距離が違うのも事実なので、
ちょっと正解なる話となる。
(哀しむ事に慣れてしまった、もあるだろう)
リミットバック後遺症、男性陣は3日要し。
女性陣は1日と少しで回復。
グラストゥーの指クルン、見た目を治すだけなの?
その名称頂きます!っとか思いつつ、返す。
『疲労だって多少は取れるよ、もっともリミットなんたらみたいに奥底に貯められたらまったくの無理だけど』
杉本とグラストゥーの会話である。
成されたのは杉本の部屋、グラスは当然の如く入室し、当然の如く宿泊していた訳で。
他の部屋取れ!…お金無い。
男性陣の部屋に行け!…ヤダ。
先に日本に帰れ!…ヤダ。
統括、彼の部屋を!…予算切れ。
…もう、いいです、どうぞ。
恐らく、力ずくで来られたら、抵抗出来ないだろう。
成す統べなく、奪われる、色んなものが。
でも絶対嫌だ!って感覚に無いのも本心。
異文化交流、新たなる発見。
まぁ、そんな事をしてこないって信頼してるが、
一番大きいのだけど。
案の定、グラスは何もして来ず。
(そもそも、そんな行為をする種族なのか不明)
多少、くっついてくる位で不快感もなし。
悪くない、3日間であった。
紳士?
いやいやその感覚や機能が無いだけだろう…と少し残念そうな杉本。
新たなる恋の始まりか、はたまた心の友か。
結果まではもう少し時間を有しそうである。
この3日間、レイニーは新聞各社を買い漁り、隅々まで読んでいるが。
クラールのクラの字も載っておらず、だよね~とは思いつつも、
誰にも知られず我々は命を駆け戦ったのか…と。
そういうもんだけど、何とも解せない。
誰も失ってないなら…なのだろうか、
はたまた良くやったベニス戦隊!っと称えられたいのか。
…まぁそりゃ称えられたいよ、少し位、頑張ったし…
今夜も飲もうよ杉本さん、そんな誓いを勝手に立てる。
飲まなきゃ、酔わなきゃ、やってられない!
『ようやく来たかお前たち…』
リミットバックの無い小杉統括、地獄の3日間が終わりを告げた事に感謝。
てか女子よりも倍も時間かけやがって!
と、2人を睨む。
『ばたやん、日本に帰ってからじゃないの?』
次回、が何時訪れるかは分からない。
そんな悠長な事、言っとれるか!
って事らしい。
『並べ貴様等、まずわ軽く燻してくれるわ!』
ワシ等は豆か…と思いつつも、従う選択肢しかない2名、木棒を持ち戦うのみである。
今の内に…と逃亡を計る小杉も、当然の如く燻されの対象として巻き込まれる訳で。
男性陣の苦難は続く。
戦いの終わりより5日目、いよいよ帰国となる。
この数日のロシア待機に、さほどの意味はない。
単純に首相専用機【エアシティ991】が使用中の為、使わせて貰えなかっただけの理由。
(予算切れにて、各々の移動費用捻出無理!だそうで)
まぁ、川端を帰国させるのに、無駄な苦労をしなくて済むのだから、
待ちますよ~なる株式会社ベニス戦隊。
辻本家への訪問を、先伸ばしにしたかったのが、無いこともなく、で。
『さぁ、忘れもんないか?』
4日間の特訓にて、早々に少し痩せていた小杉。
少しだけ、男前になったかな?
…忘れ物、ある。
大きな忘れ物が。
でもそれはもはや叶わぬ事、願うべきでは無い事。
見えないけど、語りかけるのだ。
一緒に帰ろうね、と。
『さぁ、帰ろうみんな!』
明るく、元気良く。
そんな時があってもいい。
入国したロシア南西部のクラスノダール国際空港まで、明るく、元気に。
そんな時が、あってもいい。
『…そいや、グラスはどうやってロシアに?』
道中、当たり前のように同乗しているグラス。
当たり前過ぎて、そこに気付けず。
そんなグラスも当たり前のように答える。
『みんなと一緒、あれで』
前方に見え始めたエアシティ991、あれで来たと言うのか、首相専用機で。
『貴方も、出羽総理に召集されたって事?』
ニコニコしているので、たぶん当たりなのだろう。
まったく、戦隊のヘルプに怪人を遣わすなんて…(結果的には当たりだったけど)
『ベニス戦隊を助けてやってくれ?』
そう依頼されたのか、という質問。
少々伝わり辛い。
グラスはニコニコをヤメ、首を横に。
『杉本に会いたいか?彼女は今ロシアだ、と』
どうやら本気のようだ、光栄とも困惑とも。
まぁ、悪い気はしないけどね。
『送ってやるから会ってこいよって?』
またニコニコが始まった、それで正解のようだ。
どの経緯で顔合わせしたのかは不明だが、グラスは出羽総理と会合し、その結果グラスが加勢に来たということだ。
『ま、なんしか今回は助かったわ…あんがとね、グラス』
聞きたかった台詞でもあり、ご満悦のグラストゥー。
ニコニコ倍増である。
『(ねぇ、上手いこと利用する事ばっか考えちゃダメよ)』
親友から見た私は何者なんだろう…と思いつつ。
『大丈夫、甘い汁も吸わせるからさ』
ロシアを飛び立つエアシティ991。
多くを学び、多くを失い。
見返りに何かを得たのだろうか?
答えは何時も、皆の心の中にのみ存在する。
杉本は大きめの1人掛けシートに深く座り、ロシアの出来事を回想してゆく。
そして、それが終わる頃、懐かしの母国の空へと到着するのだ。
日常と、平穏を、心から欲しつつ。
(まずは辻本の葬儀から、か…)
前途が明るい訳では決してなかった。