6・7 ~初陣~
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ここ数年で急速に発達した練馬区。
ここ大泉学園地区も同等で、新宿と並ぶのは間もなくとの噂もチラり。
原因は土地価格の崩壊だろう。前総理大臣の【桂田 真太郎】が公約を掲げ
当選した時より、この展開は予想されていた。
土地の国有化。
日本国内の全ての土地は、日本国の為にある!
そんな謳い文句と共に昇り詰めた桂田の野望は、総理就任会見の時より明確なって
そして3期務めた時に完成。
日本国内全ての土地を国有化し、国民への土地の提供及び国民より土地使用料を徴収することに成功。
(大多方面からの反対を、憲法と国外勢力を盾に押し切る)
つまり都会も田舎も、土地価格は同じ。というより国の所有物なので価格はゼロ。
ただ使用料の違いはある。都会ほど月の使用料は高額で、田舎においてはタダ同然。
そこに本来なら、昔と変わらぬ格差が生まれるはずだったのだが、そこは桂田の妙。
土地は平等に抽選、希望者はあくまで希望する土地平米枠と合致する土地を順番に紹介されるのだ。
当然、まったく商売として使用できない様な場所は選択されないし、拒否権もある。
だが、拒否する=また最後尾からの順番待ち。果てしなく続く長蛇の列の最後尾にもう一度、並ぶしかないのだ。
当然、そこを狙った商売・オークションはあった。土地平米の枠を抑え、その平米と目的が合致する落札者の登場を待つ訳だ。落札価格の相場は土地使用料のひと月分。
さしたる額ではないが、いくつも抱えれば、大層な額へと変化していく。
しかも役所に赴く必要はない。電話1本とネットで、簡単手続。ボロイ商売だ。
日本の有名なネット・オークションは、土地の使用権で溢れ、それみたことかと
桂田の陰口をテレビの電波にて垂れ流す政治家達。
だがそれも全て、桂田の策略の中。土地の使用を提供するのはあくまで国。
抽選はあれど最初から当たりなど入っていないのだ。
捌きたい不良債権的なる土地ばかり提供し抽選にかける。理想の土地には遠くとも、次の
チャンスを待つだけの余裕がない業者及び個人に飛びつかせる。
そうする事により、国が次の繁栄地を選択できるのだ。提供する土地を固めてしまえば、
そこの建築業者は潤い、運送業者にも、近隣の飲食街にも金は落ちてゆく。
そして都市は完成する。固められた店舗は相乗効果を魅せ、個人も利便性の高い土地に住めて喜び、結果この国有化が正しかったのだと、望んでいた事だったのだと思わせる。
桂田の名前は後世に残り、歴代総理ナンバーワンに昇華される…はずだったのだが。
【出羽 竜之介】桂田の第一秘書を務め、彼の勇退後にその政治的基盤を譲り受けた人物。だが譲り受けたのは基盤だけではない。
『私は桂田先生のお側で、先生の全てを支えてきました。先生の考えは私の考えであり、私の行動は先生と同等であります』
よく使われるであろう展開だが、彼の言葉には常に含みがあった。
その考えの発端が自分である、と。出羽が自ら告白したとかもない、証言したもない。
だが、伝わる。国民は感じる事が出来る。彼の眼力に、彼の声質に。
桂田は傀儡だったのだ、と。裏で操っていたのは出羽なんだ、と。
当然、出羽は狙っていた。基盤だけでなく実績も全て奪う事を。そして根回しもした、
あらぬ方向から援護射撃が出るように。
アメリカ副大統領夫人リリアン・ベイス(46)はアメリカ国内の有料放送最大手CBBの
独占インタビューにて告白する。
『私は毎晩楽しみにしていたわ。テクニックもそうだけど、何より彼の政治思想を、ね』
アメリカ・ハーバード大学在学中の話、二人は恋人同士であったのだ、と。
…当然、そんな経緯も話もしていない。まぁ、ベット・テクニックを披露するチャンスは数度あったらしいが、彼女を満足させる結果では無かったそうだ。
『ではミスター出羽は、その時に既に日本の未来図を語っていたと?』
さも興味ありげに聞くインタビュワー。当然彼も、そもそもこの番組事態も、出羽の策略の中にあるのだから、全ては出羽をより良く見せるための演出が散りばめられている訳で。
こうして総理大臣を3期務めた桂田の名前は、次の総理大臣の名前と共に忘れられ、
現総理大臣出羽竜之介の名前だけが、燦々と輝いている。
その出羽の生家が、ここ大泉学園周辺なのだ。彼の思い入れと共に都市化が進んだのは、至極当然といえる。
絶叫と悲鳴と、その区別はどこにあるのだろう?
聞いている段階では全く理解が出来ないレッド杉本も、現状が最悪になっている事は理解出来る。スクランブル交差点中央を囲むように、野次馬の壁が完成。
中央で繰り広げられるのは、善と悪の演劇。悪さをした怪人が、颯爽と登場した善に倒される物語。…の、これは逆。無作為に選ばれた一般市民5人に色つきの仮面を被せ、
登場させる。悪に敗北する善として。
『ふしゅるる~、悪は滅びぬのだぁ~』主役と思われる怪人が、センスゼロの演技を魅せる。適度に痛めつけられた5人は、立てられた棒に縛られて、今から処刑タイム…。
『よし、ベニス戦隊出動だ!』
小杉の掛け声と同時に、5つの掌が空中で重なってゆく。『ベニス・セット!』の言葉と共に。そして5人の『GO―!』の雄たけびと同時に振り下ろされる5つの掌。
新制ベニス、今初陣の時。
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時は常に回り動く。その意味や意義に関係なく刻み続ける。
彼らの中にも信ずるモノはあり、信じた未来がある。
時間がもう少し刻みを変えていたなら、私はここにいない。
こんな安っぽい仮面も被ってないし、もしかしたら愛のある暮らしに満ち溢れていたかもしれない。
でもそれは願いであり、希望。適うか否かは自らの意思と、運命のいたずら。
どうやらこちら側のいたずらに、巻き込まれたらしい。
『あれれ~、思ってたより早かったですねベニス隊さん』
中央で仕切っていた怪人が5人に目を落とす。…知っている?我々も?
見たところまだ幼そうだ。人間で言う10歳くらいの体系か。まぁ当然、思い当たる節は無いのだが。
『僕の顔に覚えは無くても、名前にはあるかな?』
ニヤケ顔の仮面を被る怪人、確かに記憶には無いが、何かが湧き上がってくる感覚。
恐怖?はたまた憎悪?
『我が名はグラストゥー、かの大帝グランドゥの嫡子~』
多摩地区に根を下ろしていた暗黒組織『ボル・ル・ンゲ・ボ・ロルガ』
通称ボルゲは総司令官グランドゥの死と共に壊滅したはずだ。
まぁ確かに、全戦闘員の捕縛及び撲殺が完了した、の絶対は無い。
残っていてもおかしくない、悪の根が。
『ふん、その名を出せば何か有利に働くとでも勘違いしたか?』
3段ジャンプで舞い降りる、パープル岡林。先ほどの言動に、何の信憑性も感じていなかった、…ここに舞い降りるまでは。
あの日を体感したから分かる事がある。あの日と同じ汗、同じ動悸が眼前の怪人より発されるオーラのようなモノにより、蘇る。
『…十分に調べた結果だ。聞いたことはない、嫡子がいただなんてな!』
負のオーラを弾き返すべくグリーン御堂が前へと出る。
予定だったが、その一歩が出せない。全国支部の戦隊が調べた結果などどうでもよい。
体が知っている、体が理解している。これは奴と同じ臭い、同じ恐怖。
まさか本当に、奴の後継者だというのか。我々の太陽を奪ったあのグランドゥの。
…ならば好都合だ、ずっと負債を抱えて生きていくのかと落胆していたのだ。
あの日の敗北を、自らの弱さを、呪い生きていくしかないのか、と。
パープル岡林はジャベリンを抜く。そして頭上で高速に回転させ一気に振り下ろす。
『アンタに恨みは間接的にしかないが、晴らさせて貰うよグラストゥーとやら』
気のせいかニヤケ仮面が更にニヤケた様に写る。
『これは互いの理念が一致しましたね。私もあるんですよ、間接的恨み』
親父を殺された恨みって事か?ブルー辻本は拳銃タイプの武器、ベニスナンブを構え思案する。こんな奴らにも愛だかがあり、子孫を残すのだろうか?と。
だったら我々の戦いに、どんな意味があるのだろう?
共存共栄は、そんなにまで儚い夢だというのか…。
今、彼の中に答えが芽生えることは無い。だから戦うしかない、生き残らなければ、その答えまでたどり着けないだろうから。
ピンク牧野は、他とは違う感情にあった。あの日は終わり、消え去った過去。
今更持ち出されても困る的。決して冷たい訳ではなくて、感覚を直視させると耐え切れないから、フィルム1枚通して見ている感覚なのだろう。
『さぁ、来ないのですか?なら私から…!』
先手はグラストゥー、手にした鋏のような物を小刻みに振る。その瞬間、上空に生み出される巨大なる塊。それは巨大な氷の結晶。大気と何かを混ぜ合わせて生み出したとかの説明は要らない。
彼らは人ではないのだ。別次元の世界より侵略してきた存在。魔術師がいても何も不思議は無い…。
その結晶は、グラストゥーの合図と共に5人に襲いかかってくる。
落下と質量を掛け合わせた速度にて、5人との距離を一気に縮める結晶。
これがまだビニールスーツの時代なら、瞬殺されてゲームオーバーだっただろう。
だが最新鋭のベニススーツを纏った彼らは違う。脳へと伝達された信号に従い、
スーツが彼らの行動を後押しする。それは常人には不可能な高速の動き。
一つ、また一つと地表に激突し消え去る結晶群。
『…なるほど、一応の事は出来るのですね』
ニヤケ仮面から多少ニヤケが取れた錯覚を受けつつ、体制を立て直す面々。
『では!』先ほどよりも声量を上げ、同時に両手を振り上げる。
『とりあえず、倍で』上空の結晶は言葉通り先ほどの2倍。
そして間髪いれずに5人を襲う。
戦闘経験という意味では、レッド杉本は初陣である。訓練はそれなりに受けたし、
こう見えても真面目だった学生時代。それでも、経験値は低い。
訓練と同等の事には対処できても、その枠を超えたとき、彼女のキャパはオーバーする。
なんとか2つは交わせた、だがおそらくはこれが限界。もし本当に3つあるというなら次は交わせない。3つの内、ひとつは直撃。その結果が導き出される答えは死。
東京支部のレッドはまた不在となり、魔のポストと称され次の成り手を遠ざける事だろう。
何より、死にたくない。まだ何もしていない私は。隊員としても、女としても。
彼女の体は小さく震え始める。それは恐怖か、何も出来ずに終わる無念か。
『は~い、お見事ですね皆様。では次は一気に…4つで!』
その言葉と同時に、スーツの信号は書き換えられる。守の時間は終了し、攻へと転ずる。
つまり4つは駄目なのだ。経験豊富な4人にも、交わせない世界。終わりの時間。
グラストゥーの眼前へと飛び上がるパープル岡林。一秒間に30回の突きを浴びせる必殺の【グルージング・アロー】の出番である。
後ろから見れば、10秒間の計300突きは命中し、奴の命を奪えたはずなのだが、
それは残像。刺さらないジャベリン、奪えない命。
ブルーの目には奴の行動終点が見えていた。そのポイントへと銃口を滑らせ奴を刈りにいく。
【ワンショット】8発の弾丸が順番ではなく同時に射出された錯覚に陥るほどの連射。
だが、当たらない。奴の体をかすめもしない弾丸。
『…なにをそんなに焦っているのです皆様?』
人生に【もし】はない。だが言いたい、せめて新体制の初陣でなかったら、もう少しあったであろう勝利への展開。それにつながる道筋が。
運が悪かったのだ、東京支部には無かったのだ。勝利へと続いていく道が。
『では…ザザ~ン!』軽快な発声とは違い、上空には命を奪える20個の結晶が登場。
空を埋め尽くさんばかりの景色、圧巻と絶望の景色。
『父はね…』状況を理解している10歳程度の体の怪人は、冥土の土産とばかりに話し始める。内容に興味の無い面々も、聞かざるをえない。彼らの命を握っているのは、奴の気まぐれにも似た思い出話なのだから。
グラストゥー・ダレスは人間年齢で言うと2051歳だそうで、少々見方の変わる戦隊員。生まれてすぐ、彼は戦闘員養成組織【パールバレスト研究所】に送られた。
そこは人体実験を主たる業務とした、養成とは名ばかりの施設。
『私の血を継いだのだ、十分な素質があろうはず…』
それだけの事、彼の存在価値は優秀なるモルモットとしてしか無かった。
『まぁ、そのおかげで、この力が、ねぇ』流石のニヤケ仮面も、この時は少し曇って見えた。
『貴方達に倒された父が憎い。私が倒すはずだった父を倒した貴方達が憎い』
立場は違えど、状況は少し似ている。結局、行き場を失った心の清算場所を探していただけなのだ。
『それで?私達が死んだからって、貴方は解放されるの?』
ゆっくりと前へと歩み出でる姿は、あの太陽そのもの。
恐怖に打ち勝つ強い意志を持つ者の、勇気ある前進。
『さぁ?仮に違っても、何も感じないだけでしょう?』
歩みは止めない。深紅の魂を継承したる新レッドは、止まらない。
『違って殺される身にもなって貰いたいわね』
体の震えはいつしか消えていた。心に根付いていた恐怖心と共に。
私が赤いスーツを纏う理由は、やっぱり分からない。こんな状況になるって分かっていたら、断固拒否していたかもだけど。
『貴方達には奪う楽しみは味わえても、奪われる辛さは…』
遂に敵の眼前まで歩み出でる、深紅のベニス。
『理解できない!』継承したのはスーツだけではない。あの日、最後の望みを適えた剣。
ベニスソードを斜に構え、ベニスレッドは蘇る。
『…そうでしょうね、私には人間が持つその感情の成分は含まれてませんから』
腕を組み、まじまじとレッドを見つめるグラストゥー。
そして何かを思いつき、ニヤケ仮面を光らせる。
『ひとつ賭けをしませんか?』
斜に構えたままのレッド杉本、続きを促す。
『今上空に、20個の結晶が浮遊しています。これ、全部貴女に落としますから』
2個で限界だったのに、一気に10倍?流石の勇気も萎む。
『これで貴女が生き残っていたら、貴女方の勝ち。簡単でしょ?』
死んだら負け、確かに簡単だ。恐らくは一番明瞭な賭け事。命は平等に一つしかない。
代わりの利かないモノ、貧富による格差もない。皆1つだけの。
『…私の負けだけは分かりやすいわね。で、私の勝ちには何があるの?』
生き残る想定が無かったグラストゥー、これは失礼とばかりに首を傾ける。
そして暫し物思いにふけつつ吐き出す。
『自害…それ位は賭けないと?ですかね』
レッド杉本は人生経験も豊富で、ある程度の修羅場も超えてきているから分かる。
『覚悟の無い言葉って、全然響いてこないのよね』
そもそも悪の側の言葉を信じろというのが間違い、グラストゥーも納得し言葉を変える。
『じゃ、今回は見逃してあげますよ。それならまだ、信じられますでしょう?』
物事には始まりがあり、その先には終わりがある。その終点までを、いかにまとめ上げるかが問題であり、最大の肝であり。
確かに、それを勝ち取れるなら今回としては悪くない終点…。
『いいわねその賭け、でももう一つ欲張っちゃダメ?』
仮面越しに甘え顔しても届く訳は無いが、それは先ほどの自らの理念。
奴の心に響くように、全力の甘え顔を人知れず披露する杉本(34)。
『グフフ、良いでしょう。…貴女の生死は問わず、引いて差し上げますよ今日はね』
伝わった、人間やってみるものだ。希望や願望は、届く距離に常にあるのだ。
『さぁ、では御喋りの時間は終わりにて…ザザン!』
…気のせいか何個か増えた気がする?
だがそれを確認する事も、抗議する事も、もはや不毛。
ここからは見せるしかない。深紅のスーツを継承した意味と、私がここに立つ理由を。
『さぁ、いきますよ~』
日本語ではないと分かる台詞だかの雄たけびを張り上げたグラストゥー。
それと同時に振り下ろされたる両腕と、落下を始める結晶群。
(…24個!?なによ姑息に増やしちゃてさ!)
レッド杉本、案外冷静。