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5   ~着衣~

-5


 自宅から約25分。

昨日までの勤務地より幾分近くなったのが唯一の救い?

そんな感覚の中、杉本は両耳から流れるお気に入りの音楽に心を落としていく。

学生時代からのお気に入り。恋も甘いも酸いも、全て共にあった。

忘れたくても思い出してしまう曲は聴かないけれど…。

西武新宿線の田無駅から乗り、まもなく新宿。

歌舞伎町の直ぐ横にある駅を下車し徒歩10分。

目指すべき戦隊東京支部はそこにある。全面硝子張りの地上24階地下3階建てビルに、

戦いの空気感は存在しない。

普通の企業の日常の生活しか、そこには存在していないのだ。

(当然、東京支部と解る看板等は無し)

少し抑えめの玄関からスルリと入場。 そこに待つのは受付嬢。

(…若いな)

彼女は心の奥底に生み出されそうになった殺意を殺し、速やかに入場パスを借りる。

目指すフロアは20階にある。今日が初顔合わせの日なのだ。

これから部下となる隊員が4名いるはずだ。

杉本の足取りは少し重く、それはこの職務に対する思いと重さの表れか?

そんな心境の杉本の足が止まる。前方に知った顔を確認したから。

数日前の林隊員の葬儀、そこで彼女は大粒の涙を流していた…牧野玲子。

『初めまして、牧野です。…杉本さんですね?』

風貌と同様の落ち着いた対処と、涼やかなる笑顔。

なるほど、噂通りの美人に分類される人種という訳だ。

『そういう貴女は牧野さんね、初めまして…』

難しい挨拶とか考えたが直ぐには出ず。

とりあえず簡単に済ます事を選択した訳だが、少々ミスだった事に後々気付く。

まぁ、今は流されるまま入室するのだ。一応彼女も緊張の中にあったらしい。

重厚なドアが自動で開いていく。屋上からの敵襲時に対策本部と成れる用との

設計の為、この重々しさだ。

室内は朝日でも浴びたように明るく、温かい。隊員の熱気がそうさせる…とかの

幻想的な部類であれば、杉本の心にも灯がともるのだが。

残念ながらただの西日。しかも季節は夏。節電を唄う戦隊東京支部には

冷房の【強】など存在しないのだ。

『全員、気を付け!』

室内の奥、鉄板でも入っているのかと思われる社長室のありがちな机の人物が声を張り上げ、室内の全員に活を注入する。

当然その注入は杉本にも派生し、彼女を士官学校時代へとトリップさせるのだ。

(…そうね、一応軍隊だもんねここ)


東に東京、北には北海道、そして西が大阪、南は沖縄。

ベニス戦隊の全国展開は完了している。

その他各県に出張所的なのは存在するのだが、自社ビルまでの展開は前出の

4大都市のみとなる。

この4つの支部には5人編成の部隊があり、その隊員に選ばれる事は

この組織に名を連ねている者からすれば夢であり希望。

憧れであり絶空の存在なのだ。

そんな合計20名の枠の中から1歩抜け出した人物の4人にしか許されない

資格、隊長ポスト。

そう重いのだ、遠く遙かなる道の先にあるのだ。

北の戦隊のリーダーは【椿原 昂禅】

寺院出身の彼は頭髪を削ぎ、幼少期からの鍛錬で鍛え上げられた肉体美に

密かなるファンは多い。

西の戦隊には【流源 幸四郎】が居る。

緻密な計算力と、絶対なるひらめき。

精悍なマスクと相まって、非公式ファンクラブだかが存在するという噂。

沖縄に居を構える戦隊には【新垣 誠太】

海の男を体現したる海人、真っ黒に焼けた肌は生来のもの。

沖縄の領土が培った訳ではなく、生み出したる存在。

身長158センチと小柄な所に、違和感はもはや無し。

そして、その中に加わる紅の一点。

…荷が重い、それしか思いつかない。

私に何があるというのだろうか? 確かに人並み以上の頭脳はあるかもしれない。

でも、私よりもIQが上の隊員は山ほど存在する。

何故、私なのだろう…

きっと明確な答えは返ってこない。事実、辞令を受け取る際も聞いてみたが…

『上の判断でな』…以上終了である。

だから今、考えても聞いても叫んでも、何も帰って来ないのである。

杉本の喜ぶべき回答は。

『皆そろったな、それでは本日より開始されるオペレーションを発表する!』

予測はあったが、今日ではないと踏んでいた。

(いきなりかよ…)

4人の誰かの心の声か、はたまた全員の合唱だったか。

『本日15時00分より、練馬区鷺宮小学校にて、恒例の触れ合い感謝祭を決行する!』

声のトーン、部屋の雰囲気、初顔合わせ。どれをとっても切り出されないはずの台詞。

『…統括、何も今日いきなりそれを…』牧野の助言というより正論を流す小杉統括。

そして窓からの景色に酔いつつ、言葉を垂れ流していく。

まぁ、どの断片にも威厳とか感嘆とかは当てはまらない。

要約すると、東京支部の大事な収入源だそうだ。

『よし!では今より30分後、地下1階駐車場に集結だ。着替え、お忘れなく…解散!』


6階の女子更衣室にて2人。

特に会話がある訳でもない。無言で着衣を減らしていく二人。

(いきなりコレ着るの?…心の準備って言葉、習ってないの…?)

杉本の心の叫びが具現化することも、誰かに受け入れられる事もない。

全ては会社経営の為、黒字化・利益重視・銀行との駆け引き。

所詮はサラリーを貰って働くイチ社会人。綺麗な物語など存在しないのだ。

『あっ…』

頭では理解していたつもりだったが、違ったようだ。

彼女が赤のスーツを手にした姿が視野に収まった瞬間、牧野の口から音が漏れた。

それは杉本にも届く音量。状況を察知し、少々固まる。

(だから心の準備とかさぁ…)

同じ赤のスーツでも持ち主が違う。赤はあの人の色、よく似合っていたのに…

2人にもう少し時間的な経緯があれば、ここで気の利いたフレーズにて急場をしのげたのだが、いかんせん今日が初顔合わせ、そんな展開になろうはずもなく。

杉本は固まった手足を強引に動かし、ベニス・スーツ(赤)へと着替えていった。


ベニス・スーツは人体が動作の際に脳へと送る電気信号を読み取り、その動作を空気圧にてサポートする【エア・アシスト・モビリティ・システム】通称A2Mシステムが採用されている。

これにより、常人の3倍の力と瞬発力が得られると同時に、衝撃をエアにて吸収し、

ビル10階相当よりの落下及び衝撃に耐えうる設計となっている。

開発は16年前、当時の開発部主任【黒川 五郎】により発案され、その後1年をかけ

実用化させたものである。

(それまではただのビニール製の全身タイツで戦っていたのだから、先駆者には頭が下がる)

その後も研究開発を重ね、今のバージョンとなるのだが、杉本はこのエアが苦手だ。

皮膚の上をモゾモゾと毛虫でも這っているかの様な錯覚に陥るそうで。

出来れば着たくない、でも着ないとまともには戦えない。

この仕事を続ける宿命とはいえ、彼女の心が晴れることは今後ないのだろう。


『全員集まったな、よし出発!』

恒例の白塗りハイエースにて移動を開始するベニス戦隊ご一行様。

窓ガラスを黒いフィルムで覆っているので中は見えない。

もし見えでもしたら、変な色違いスーツを着た5人が車内で礼儀正しく座っている光景に、

有らぬ心配及び通報に、苦しんだ事だろう。

普通、ヒーロー戦隊のテレビ番組なら、普段着で現場に行き、そして決めポーズと共に

華麗に変身するのだが。

残念ながら現実世界に物質を原子だか粒子だかに変え収納し、照射~物質へ再構成しつつ自動着衣なんて技術はない。

本部及び支部で着衣するか、白塗りハイエース内でもぞもぞ着替える以外に変身方法はないのだ。

『このね、ベニス・スーツを着ている瞬間にね、思うんすよ。何やってんだ俺?って』

何かのインタビューで元隊員が答えたとか。

鷺宮小学校までは渋滞計算なしで30分少々、意外に遠い。

新環状線が完成して以来、もっと快適に!ってCMが捏造だったんだと再認識させられる。

車内、和気あいあい?そんなのを期待するほうが間違っている。

まだ、名前すらどう呼ぶか考えてないのに、バイトで今日出会ったばかりの5人が、現場に連れて行かれる時の空気に近い。4人は面識も、共に過ごした時間も、十二分にあるというのに。やはり一人、加わるだけで。入れ替わるだけで違う。

決して杉本が悪いわけではない。誰でも同じ、それほど太陽だった林。

やはり彼の不在は、簡単な事ではないのだ。

それは運転を担当している小杉統括も同じ(人件費の関係で、運転手を雇う余裕はなし)

彼も感じていた、前回までの車内との温度差を。

林の持つ熱量は、皆に飛び火し、最高の状態で現場へと迎えたのだが…

それを来たばっかの杉本に求めるのがまず間違い。

そしてそもそも林の代わりに女性を持ってきている段階で間違い。

小杉の思惑は、いつも望まぬ方向へとしか進まない。

結婚も、そして離婚も。

【間もなく目的地周辺です】

機械が生み出した声により伝えられる到着の合図。

鷺宮小学校の体育館がここからでも見える。あの中で、今日の小銭稼ぎが始まる訳だ。

『よし、みんな。くれぐれも怪我等なき様にし…』

小杉統括の声を遮る警告音。機械が作り出した旧世代の音。

発信先は5つ、ベニススーツの左手首に装着されている【ベニスレット】より。

『緊急入電だ、大泉学園前駅のスクランブル交差点に怪人出現!』

なるほど、これが固まるということか。小杉統括は先ほどの自分が犯した行為の

意味を理解した。

相手の力量にもよるが、今ではない。これは流石に早い。

このケースを想定して、今日こんな小銭稼ぎを決行したのに…。

だが、言ってもられないやるしかない。

『よし、座標をナビに入力、移動を開始する!』

小杉は東京支部に鷺宮小学校への対処をお願いしつつ、現場へとアクセルを

踏み込んでゆく。

本当なら緩めたいのだが、今は継続隊員の4名に託すのみ。

言い換えれば、その4人で治まる相手でありますように…。


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