②ー18
ー18
FSBアカデミー時代、外気からは一切遮断された空間内にて過ごしていたステイシア。
それがFSBアカデミーの普通なのか、この場所にあるFSBアカデミーが変だったのか。
守秘義務等の関係により、ステイシアは知らない。
(まぁ、知りたいとも思わないのだが)
だから…でも無いが、そんな状況になる者は多かった訳で。
決して、我々が特別だったとかではなくて。
(まぁ、具体的に言われると知らないけど)
教官と生徒、閉鎖的環境のみでは結ばれない。
だから最低限あったのだろう。
結ばれる運命だとか縁とか、何か神秘的なるものが。
それが今、ここで相対する為の縁だったなら、それはそれでいい。
お前に止められるなら、それが本望。
『…川端から貰ったのか?』
ゆっくりとした口調の中に、何かが潜んでいた。
昔と変わらぬ想いか、はたまた新たに芽生えていた何かか。
答えを聞くのは耳ではなく、答えるのも口ではなく。
2本のベニス刀が代弁してくれる。
ゆるりと重なり激しく別れる。
それが男女の有り様であるかの如く、繰り返される刀での会話。
『知らぬ間に、やるようになった!』
教官としての至福の時、忘れていたモノ。
それは喜ばしい感情なのだが、残念ながら忘れてしまうものは所詮不要品。
今のクラールの何かを変える劇薬とは成らず。
『ふん!見た目年下に言われてもね!』
別に年上好きとかだった訳じゃないし、勿論おじさん好きだったのでもない。
彼は特別、そう特別な存在。
それは今も、変わること無くて…?
自問する、そして答えを探す。
簡単に見つかる種類の探し物ではないみたい。
逆に簡単に出易いものが表れて、彼女の思考をそれ1色にする。
『…ねぇ、なぜ私を怪人にしなかったの?』
クラールの動きがコンマ何秒だけ停止する。
我々は救う為に存在している。
人類の存亡を賭けてとかの大きさばかりではなく、ご近所さんであり同じ街に暮らす他人であったりを。
だから目の前の同じ街で働く同僚が救えない道理はない。
『クッ…起きろ杉本、起きろ!』
ヘルメット内に響くピーという音。
それはレッドの心臓が止まった事を示す効果音。
一般的な、あれである。
そしてここで更にある一般的は崩れ落ちる仲間、絶望の底に堕ちたる仲間。
だが、彼女等は違う。
絶望するのは早いし、手を止めてる時間が惜しい。
レイニーは素早くベニススーツに搭載されているAED機能を使用、除細動を与えてゆく。
それと同時に竜泉流師範代が全身の血流を活性化させるツボを刺激し、更に気流にてそれ流れを抑制させてゆく。
やれる事は全部やる、悔いを残さない様にとかではなくて、
それにより伴うと信じているから。
この不快なだけの音が止まるのだ、と。
レイニーのヘルメット内に表示される杉本の状態、その右下にある0表記が心拍数。
(さぁ、数字を刻め!戻れ!まだお前に伝えてない言葉があるんだ!)
レイニーの嘆願を受け入れた神様だか仏様だかが、数字を操作してゆく。
(…まったく、不安にさせやがって!)
日本での久々の居酒屋は杉本の奢りだな、と勝手に約束しつつ。
レイニーはスーツを体力回復の安静モードに切り替え、床に座り込む。
それを確認した年下は、私も…と腰を下ろしてゆく。
『とりあえず、これで安心だ。還ってくるな』
ヘルメットを外したレイニーの笑顔が牧野を癒し、張り詰めていた感情が音もなく炉回。
一筋の涙となり、彼女を解放してゆく。
もう誰も、目の前で失いたくはないのだ。
『さぁ、今度は結果だけを求めよう』
立ち上がる2人のベニス。
(仮)のベニスに加勢し、一気に終わらせるのだ。
この浪費しかない戦いに幕を、それが2人の願いとなる。
だがこの嘆願書には提出先がない。
それを書くのは自身、未来を造るのは自分のみ。
それを理解したる2人、スイッチを入れ換えつつ前進す。
『邪魔するよ』
素っ気なくも頼りになる一言、だが待っていた訳ではない。
かといって、不要とかではない。
時間が来た、それだけの事。
『遅かったね、どうだ杉本は?』
ここに来たのだから答えは出ている。
まぁ、表情から読み取れるのだが、一応の確信は欲しい。
『あぁ、しぶとい奴だよ』
それだけで充分である。
『オーケー、じゃあこっちも』
残月を抱く青色のベニス(仮)、一歩下がり3人の立ち位置を並べる。
私の個人的なる部分は終わったのよ、とばかりに。
『ちゃっちゃか終わらせよう!』
男女の仲は、足し算でも引き算でもない。
割り算であり分母があり、時には%で明日は公式であり。
つまりは簡単ではない。
それはこの二人にも当てはまり、もうどうこうする余地などないのだ。
解錠方法の無い知恵の輪、挑むだけ無駄である。
『クラール!』
叫びの主はステイシア、最後に一言。
『あんたは最高の教官にして、最高の男だったよ!』
壇上の男、ニヤリと笑いつつ応じる。
『お前こそ、最高の生徒にして最高の女だった』
ギャラリーの2人、固まりつつも理解する。
処理されなかった単純な理由を。
そして同時に思う、それは聞かなければならない事と思われるので、レイニー勇気だす。
『怪人にしなかった理由、そうゆう流れと思っていいのね?』
笑顔と無言が、肯定的。
『ふ~ん、愛するだか愛した人だかを怪人にしたくない…ねぇ』
せっかく揃えたラインを崩しつつ考える。
『貴方、逆じゃないの?』
怪人化を推奨する者として欲するのは永遠の伴侶、杉本に言ったような流れに持っていくこと。
『愛する人には怪人になって欲しくない?…何突然否定してるのよ、怪人の存在を、怪人のくせに』
少々イラる。
『貴方の行動が示してるじゃない、成るもんじゃ無いって!』
フフフより始まりフッフッフと肩を震わすクラール。
そして、じーっとレイニーを見ながら答える。
『つまらんもんだぞ、味が無いのも眠れないのも』
怪人となり失う物は幾つかあれど、その最大の2つは味覚と眠ること。
全ての怪人がそうではないのだろうが、怪人化された者は眠れない。
(意思を持たぬ兵器化されたものは除く)
寝たいと願っても、それを体が求めていない。
食べたいと願って口に入れても、味はなく、意味もなく。
(空腹という感覚もないので、そもそも食べたいと思えない)
『当初はまいってしまったよ、後悔も随分としたかな』
思い出話を聞く気など無いのだが、強制的に垂れ流される音声を聞いてしまう面々。
多少なりとも興味はそそる。
『お前には、私と同じ苦しみを味わって欲しくないのでな。…10種のパスタの味、今も鮮明に覚えている』
料理好きで得意だったステイシア、そのギャップが魅力の一つであり、教官クラールを諦めさせた最後のピースである。
『お前から料理を奪うこと、それがどれ程の事かを考えたらな、出来んかった』
レイニーは少し後悔し始めていた。
聞くべきではなかった、と。
クラールの人としての泥臭い部分が、我々の最後の一撃を躊躇させそうで。
倒さなければならないのだ、根絶せねば…
『…散々奪っといて、今更』
ラインを整えた主も、崩す。
『貴方の身勝手にはね、もう何も…』
言いかけて止めた。不要品だ。
残月を強く握り、鉄槌を与えるべき相手に突きだす。
『終わりにしましょう、私も貴方も』
両脇の二人にも合図を送り、いざ戦いの時。
お喋りだけで解決するなら、どんなに素晴らしかったか。
『…お前には死を、安らかなる死を』
伴侶はそこで寝ている杉本にし、ステイシアには永久の眠りと、記憶の中での生活を与える。
それがクラールの最後の決断。
『いくよ!』
3対1、誰にも文句は言われないし、言わせないのだ。
レイニーの武器は奇襲向きで、更に言うなら攻のみに特化した武器である。
だから強敵と相対する時、彼女の防は"かわす"しか選択肢が無いに等しい。
だから今、この手に終極は存在する。
そこで寝てる負け負けちゃんの許可を得る事なく借用、である。
牧野はシールドを変形させ、何時もの攻防一体モードに変更し、
ステイシアは残月とナンブにて武装。
3者共に、今考えれる最高の武装である。
これで負けるなら、ある意味本望。
クラールからすれば、攻防に使える物は1つ。
しかもどちらかをチョイスすれば、どちらかが不能になる。
更に左手も無くし、何かで追加武装する手立てもない。
勝負は見えている、だが気持ちは抜かない。
確実なる時まで、最大で最高の攻防にて終えるのだ。
積みきるのだ、とも。
穴たっぷりのクラールの体を、薄皮何枚かの世界で今度は削いでいく、刀系所持の2人。
…特に気分の良い行為でもないけど、やるべき事をやるのみ、である。
時折入ってくるナンブの弾丸回避、息の合った?2人の殺陣、そして攻撃は全てあの小さな盾にて防がれる。
流石のクラールも少々萎える展開な訳で。
ならば、とバックステップし距離をとる。
先程破った技だが、突かれる側によっては回避不能なのだこれは。
『封・燐・果・斬…』
3人だろうと関係なく封じる、100回も突くのだ、3で割っても一人30突き。
充分に奪える、貧弱な命など。
(クラールの突きの数は平均100回あるかないか)
放たれる100の突きと、何やら響いた最大防壁!の言葉。
なるほど、固いものに止められたと言うか、受け流させられた感覚。
肉を貫く独特の快感ではなく、ちゅるんと流され不快感満点である。
そう、突かれる側によっては恐ろしい技。
つまりは牧野が居なければ…、だった技。
今回は、不要品と堕ちる。
『クラール!』
最後の介錯を待たずに飛び出す2人のベニス刀保持者。
巨大化したシールドより飛び出し、一気にその魂を振り下ろしてゆく。
長かった旅を終わらせる為に、何人もの悲しみを、終わらせる為に。(自身を含めて)
その一撃(×2)に多種多様の物を詰め込んで、元凶者へと届けるのみ…。