②ー15
ー15
16階、先ほど駆け抜けたフロアへと再び舞い降りる杉本。
そして聴覚を最大限にして、戦いの火蓋を探す。
…微かに聞こえる金属音、杉本は先程同様の全力疾走にて、その方向へと。
戦いながら場所を移動するのは訳がある。
下がりながら、逃げながら戦っているのだ。
ならば今、追い付けば挟み撃ちに出来る、そこに勝機はあるハズ。
あの角を回れば戦闘中、杉本は直前で止まり覗き見。
…川端の攻撃を防ぐたび、大きく弾かれていくピンクの姿。
いや、ピンクの部分は残り僅か、大半が自身か他人の赤い血で、染まっているではないか。
他の仲間の姿は…あった、ピンクの後方で固まっている。
いや、レイニーが赤色に染まった誰かを引きずっているのだ。
まぁ赤色が2人居るんだから、男性陣なのだろう。
(まったく!頼りに成らないわね!)
っと後で叱ることを誓いつつ…現状を見る杉本。
やはり川端は怪人となり、クラールの手下へと成り下がったのか。
いや、絶対的に必要なものが欠けている気がする。
殺意と殺気。
でも殺す気はないけど死んだらしょうがない、程度の感覚なのだろうか。
あそこまで、切り裂けるのだから。
(牧野…もう力尽きそうじゃない!)
作戦を練り、最高の形で挟み撃ちに…どうやらそれは絵空事。
そんな余裕、立ってるのがやっとな彼女にあろうハズもない。
『川端さん!』
飛び出し名を叫ぶ、それだけでいい。
今はそれで、牧野を救えるのだから。
『杉本さん…』
傍に居る者にしか届かない声量の後、安心したのか牧野は前方へと崩れ落ちる。
疲労困憊か血の流しすぎか、どちらにせよ休むのならそのまま寝とけばいい。
目が覚める頃には終わらせておくから…。
『7代目、クラールを仕留めたのか?』
師匠と慕われた頃の眼光ではない。
厳しく激しい(怒)の瞳、なぜ?
『…取り逃がしたな?』
(怒)の瞳が更なる光を放つ。
『お主にも必要か』
身体ごと杉本に向きつつ、残月を突き付ける川端。
『…まったく、ベニスとは名ばかりの軟弱者ばかり揃いおって!』
軟弱者=後ろでとっとと伸びてる二人の事かな。
『構えるのだ7代目、お主の出来いかんで決めよう』
何を決めるのかしら??
『我れがレッドとして、復職するか否かを!』
…譲ろうかな?
とか考え始める7代目レッド杉本。
とくに赤色にこだわりはない。
欲しいと言うなら差し上げるのだが。
勿論、本来はこだわる。だが今は仲間の命が優先である。
それを思うと、色の違いなど何の価値もない。
『別に、確めて貰う必要もない、欲しければ奪えばいい』
…はて、何を言ってるのだ私は。
『私の使命は、貴方のとは違う』
抜刀されるベニスソード、言葉を放つそのソード。
決して、杉本の本意ではなかったハズなのに…。
『うむ、レッドとはそうでなくてはな!』
無形と言われた川端、構えを見せる。
先ほど見た覚えがある、あれだ。
『見事防いでみせよ、それがそのままお主の物となろう』
やはり、殺意がない。
殺す気はないが、手を抜く気もない。
まるで中に2人存在している様である。
初代と、怪人と。
そしてワザワザ開発者自ら稽古をつけてくれるというのだ。
初代以外、誰も使えなかったあの技を。
(クラールは怪人だから使えたのかしら?)
考えを纏める間もなく、名称は語られる。
『封・燐・果・斬…』
封…上空よりネットの様に覆い重なる、大気の渦。
燐…大気中の不燃物に火をつけ、封により作られし牢屋内に火をつける。
果…中で焼かれし人命を奪うために突き出されるベニス刀。瞬く間に108本の刀が現れ、
全身に風穴を開ける。
斬…武士の情けである。
焼かれ穴だらけとなり苦しむ相手に安らかなる眠りを、命の介錯となる最後のひと斬。
それを一瞬の内に実行する技が【封・燐・果・斬】
ここからは、瞬き不能。それは死へと直結する愚の行為。
先ほど見たばかりの杉本だが、スローモーションに見えるとかのアドバンテージは無い。
クラールの言葉は真実であり、覆らない現実。
だが言い換えれば覆さなければ成らない現実。
杉本は頭の中をカラにし、不要の情報を遮断、そしてこの技の実施要領書を頭一杯に広げてゆく。
封と燐は寸分違わぬ同時、すなわち回避とかの世界ではない。
自分の回りに突如炎の壁が現れるのだ、対処の仕様書はない。
(燐の炎は焼く意味よりも視界削除の意味合いが強い…)
だから捨てる、無駄な揚力は不要である。
だいいち多少焼かれてもこのスーツ、焼け落ちる訳はない!
(たぶん…)
体温検知システムが調整してくれるさ~の楽観論付きだが。
杉本も構える、見たことある構えを。
『ほう、実験すらしたこと無いぞ!』
必殺技VS必殺技。
盾矛となれるのか、はたまた未完成品は消えゆく定めか。
『みせてみぃ!7代目の本質を!』
林にすら出来なかったとされるこの技。
私なんかに出来るハズ無い。
でも、身体の動きが止まらない。
思考とは逆に描かれる構え、そして行動。
『封・燐・果・斬…』
2人の頭上より舞い降りる炎、焼かれてゆく川端の着物。
レッドのスーツも真っ赤に染まり、体温検知の恩恵にて保っているが、何時まで持つのやら。
互いに相手の姿が黙視できない状況にて、開始される果の儀式。
108回には規則性がある、決して適当に突いている訳ではない。
だから合わせ鏡のように、どちらかが逆を描けば重なりあう剣先。
ピンポイントは無理でも、弾かれ合う刀とソードを。
杉本は合わせ鏡側をチョイス、川端との刀を潰し合う訳だ。
それが意味するモノは1つ、川端と同等の技を出せているのだと言う証明、それしかない。
相手を亡き者にするのではなく、己の技量のみを示す時間。
過去、何度か試した事はある。ビデオで撮影し、その本数を数えるという作業を。
『78本…?全然じゃないか…』
そんな顔しなくていいじゃん!っと思いつつ、小杉を睨む杉本。
『108本無くも、十分使い物になるよ!』
ベニスの、というより開発者の意向により、108本の再現成されぬ場合は使用禁止、とかあるそうで。
知ったこっちゃない!っと思いながらも使用する事を避けていたのだが。
いま、この時、その禁を破る。なんの確証も実績もない者が、禁を解く。
数十回の金属の擦れ違い音が人の耳では同時に響き、それと同時に弾きの甘かった何本かにて切られた肉体より血しぶきが舞う。
それは2人同時に起こり、その量はほぼ同量。(むしろスーツ姿の杉本の方が少量)
自身が108回の再現を成し得ていたのかは解らない、川端が意図的に減らしていたのかも解らない。
だが、2人の繰り出した剣先の数はほぼ同数。
108回に限りなく近いか、108回か、解析不能なのだが。
そして最後の介錯、斬をXの形で止め合った2本のベニスの刀。
その衝撃と風圧にて、周囲の粉塵と体に付着した血痕を散らしていく。
…目の前の師匠の体は血だらけである。当然、自分もそうだろうと分かる。
ヘルメットが原型を留める事に疲れ、地面へとスリ落ちてゆく。
恐らくそれが、自分の今の姿のまま。
きっとスーツは穴だらけで、もしかしたら致命傷を受けているかも?
『…見事なり、7代目』
結果はいい、それはもう終わった事。だが、認めてもらえたようだ。それが何より。
その証明である彼の笑顔、それが一番の…
ゴフッ!
口から血を吐く、笑顔からの一転。
『109回とはな…もう私の技ではなくなったよ7代目』
力なく前方に倒れ込む初代レッド、それを受け止める7人目のレッド。
『私の力ではありません。ベニス本部の、技術の結晶です…』
研究開発にて従来の刀より33%軽量化されたベニスソード【終極】と、
リミットバックによって、人が持つ能力の最大値を42%向上させている最新式ベニススーツ。
この2点が、杉本に【封・燐・果・斬】を再現させた一番の要因。
それは同時に、川端が怪人化によるパワーアップを行っていない証明。
もし若返りと怪人化のパワーアップを両方成し得ていたのなら、109回では済まなかったであろう突きの回数。
倒れ込む川端を抱き寄せる杉本、そのまま床へと導いていく。
…意図した訳ではないが、1本だけ擦り抜けたる一撃の着地点はみぞおち。
そこに青色の水晶は見えない、もう少し上ならば、水晶を破壊していただろう…。
命を奪うに至る傷ではないハズ、特に怪人と成したる体なら。
改めて、自身を見てみる。見事に切り傷だらけだが、突き立てられた箇所は無い。
少し左肩の傷が深そうだけど…。
『杉本…』
7代目っとばかり言ってたのに、突然言うからドキッとなる。
『クラールは死にたがっておる、叶えてあげなさい…』
少し考えた、そして返答。
『死にたがってる人を死なす事より、生きたいと思わせる事が私の使命。…勿論正しい未知をね』
川端は先程よりも大きく笑った。そして自らの復職の必要が無い事を悟る。
『そうだ、それこそが歴代レッドの遺志だ…受け継いでくれてありがとう』
その瞳に曇りは無い、それはこの先の行為に迷いがないと言う事。
『…先程、言った事は本心だよ。若くありたいと願う、その弱さがこの件を招いた』
天へと伸びる左腕、それの意味は…?
『本当に失格なのは私だよ杉本』
一気に振り下ろされる左腕、着地ポイントは胸の中心、そこにある水晶の塊。
鍛え抜かれた川端の各指、特に親指でなら簡単に貫くだろう。
熟成された水晶でさえも。
『ごめんね初代、死にたがってる人、ほっとけないの…』
杉本はその殺人指となった腕ごと受け止めるていた。
クラールにも生を与えたいと願っているのだ、目の前の自殺志願者を放置する訳もなく。
『フッ、見透かされておったか…』
『はい、バレバレです』
杉本は今はとりあえず生きることを念入りに約束させてから、仲間の元へと歩む。
『牧野…お疲れ様』
意識を取り戻していた牧野に話しかける杉本。
『もう、遅いよレッド!』
元気そうだ、一安心の杉本だが…問題は奥の二人だ。
『レイニー、どんな?』
聞きながらも理解していた、かなりの深手である。どうやら本当に不甲斐なく激しい怒りを浴びたようで。
『しばらくは戦えないね、置いて行くしかないね』
『あ~すまん、ちとやり過ぎたわぃ』
振り返るとそこには、さっきまで死にかけてたハズの川端が。
みぞおちの傷も塞がっている?
まったく、怪人とは便利な…。
『ワシが其奴らの代わりに戦いたいのだがな…』
クラールの操り人形の自分が行くと、万が一がある、か。
まぁ、ごもっとも。
『クラールは私達で追います、この二人を看てて貰えます?』
まぁ、それなら大丈夫だろうと了承する川端。
勿論、その理由もある。
『うむ、奴等もそこまで構ってる余裕、ないだろうしな』
そういえば言っていた、時間だと。
川端は曇りの無い瞳で、杉本を見つめる。『杉本、奴等はオペレーション棟に居るハズだ、行って阻止してこい』
何を?の問いに行けば分かるとの解答。
ならば行くしかない、クラールの描いたモノを見に行くしかない。
『レイニー、牧野、行ける?』
断る理由もない、2人は立ち上がり、その意思を示すのだ。
『では、目指すはC棟改めオペ棟で』
3人は走り出す、上の階のステイシアも宜しく~の捨て台詞と共に。
『まったく、林に甘え過ぎだお主らは…』
まだ意識の戻らぬ二人に語りかける川端の目に、新たなる野望の火がメラリ。
(1から鍛え直してやるからな!)
二人の前途は多難という事の様である。