②ー13
ー13
百人組手、良く聞く言葉。
戦闘員育成期間中、何度となく訪れた時間。
当然100人対1人、更にもう一つの当然は1人が川端であると言う事。
皆、このイベントを楽しみにしていた訳で。
戦いの意義を確かめられる至福の時間、自らの立ち位置を確認できる時間。
『師匠!お覚悟を!』
当時、川端を呼ぶ時の形容詞で一番多かったのが師匠、二位が先生。
希少価値だったのが、バタやん。
まぁ、そう呼ぶ=直ぐに返しの平手が飛んでくるのだが。
それが楽しくて、呼んでいたのが大半となる。
『ほう、今日の100人目は岡ボシか、危ういかの』
流石のバタやんも大量の汗と定まらない呼吸。
毎回、なぜこの状態のお爺ちゃんに勝てないのだろう?
皆が勝てると思い込み、それが思い込みであると気付かされ、そして入門してゆく。
『お主からも師匠と呼ばれたいものだな』
数少ないバタやん派の岡林、まだ軍門に下る訳にはいかぬ。
『あ、別に負けたからって呼び方は変えないすよ?』
負けた後だと話が違うとか何とかなるので、早めの進言。
『負けた後も、今と同じ気持ちならばそうしなさい』
…まったく、ベニスとは遥かなる頂きだな、俺の手で届くのだろうか…?
『行くぞ、岡ボシ!』
御堂の怒号で我に返る岡林。握るジャベリンに殺意ではないモノを込める。
『岡ボシ、今日こそ呼ばせるぞ?』
遠くから聞こえる懐かしき台詞。
『えぇ、負けた時に今と同じ気持ちじゃなかったらね、バタやん!』
その時の、川端の笑顔はあの時のまま。
分からなくなる、本当の事が何なのか。
信じる所がどこに有るのか。
答えはきっとある、が探すものではない様だ。
戦って獲る、戦いの先に答えがある、そんな所か。
『よし、左右から挟むぞ!』
主導権を握るのは御堂、まぁ今回はその方が良いのかな?
と、受け入れる。
右からベニスグラス、左からベニスジャベリン、真ん中はベニス刀・残月。
3つのベニスの名を持つ正義の殺戮兵器にて、これより血が流される。
それが正しい事かどうかなんて、幼子にだって分かるのに…。
我流ゆえ、受け流しかたも止めかたも、その時の感覚。
相手の入斜角に合わせて、残月をあてがうのみ。
一方は殺意あり、一方は無し。
そんな2撃を受けた残月に、次なる使命を与える川端。
それは円の動き、残像を置きつつ2つの円にて攻へと転ずる。
緩やかであり、されど強撃であり。
2つの金属音と共に弾かれる2色のベニス。
(…手の痺れが…取れない)
御堂は速やかに左手持ちに切り替える。
右の痺れが取れない今、次なる撃を受け止める事は不可能。
一方槍の岡林は両手持ちにて、痺れる事はない。
だか、伝わるものは多い。
一番の所は、あの時以上の強撃である、と。
やはり若返りの効果プラス怪人化によるパワーアップ、それもあるのか。
はたまた覚悟の違いが、相手を滅殺するという、強い意志の表れか。
『岡ボシ、一目で分かるぞ。槍術のなんたるかを理解しておるな』
ここは変わらず、昔のままである。それが辛いのか、それで助かっているのか、
今はまだ分からない。
『…だが、まだ甘し!』
目標を岡林と定めた川端が、一気に距離を詰め、岡林をロックオンしていく。
理由は簡単だ、御堂の痺れを見逃すわけがないからであり、それこそが初代レッドの本質。
戦いの終わりは不平等だが、その過程であり始まりは平等であるべきだ、と。
いくつもの残像が重なり、岡林の視覚を狂わせていく。
だが、刀は1本のまま、必ず着地点が訪れる。
それを見極めねば傷付き、敗北となるのだが、今の岡林には難しい作業では無い様子。
退と横移動、そしてジャベリン。3つの作法にて無数の強激を回避してゆくのだ。
『なるほど、十分に揉まれているようだな!』
川端の精神も高揚し、立派になった弟子の姿にご満悦である。
岡林は大きめのバックステップにて距離を取り、槍術優位の状況を作り出した後、反撃。
まだ、迷いはある。突き刺されば命を奪うかもしれない。
だが1つだけ、彼の心の鎖を解く事実がある訳で。
(…怪人なんだったら、多少突き立てても死なないよな…)
殺気は込めず、だが力は込める。
難しそうだが手にしたるものが昔同様のクッション付き訓練用槍だと思えば、
簡単である。
『バタやん、お覚悟!』
昔同様の対話と、昔同様にかわされる槍先。だが結末は覆さなければならない。
2人がかりだとしても。
『天よ地よ、生きとし全ての精霊よ…』
右手が回復したとたんにそれですか?とは思う。
まぁ、それ位でなければ越えれぬ壁だが。
『クロス・ザンダ-!』
十字斬りと言う事は2連撃である。
2つの金属音がほぼ同時に響き、残月により防がれた事を周囲へと示す。
『良い技だが…むん!』
御堂の必殺技には大きな欠点があり、本人も自覚はしている。
ジャンプし降下により自らの体重を乗せているのだが、あっさり回避されると無防備なのである。
着地の瞬間が。
限りなくロスをゼロにしてはいるが、そのロスは川端の前では致命傷。
迷わず狩りにくる、命を。
再び金属音、今度は残月VSジャベリン。
本人並びにベニス戦隊周知の欠点、護らぬハズもなく。
それを見越していた御堂、そのまま攻撃に転じる。
何度となく響き渡る金属音、そして静寂…。
『なるほど、急造のコンビでは無いのだな主らは?』
肩で息をしながらなので、答えるのは首を傾ける行為と無言で返す行為。
約3分で息を切らす者達と、開始早々の雰囲気の者と。
やはり差は歴然か、届かぬ夢か?
『さぁ息が整い次第、再開としようか』
どこまでも、届かぬ壁なのか…?
心技体、何もかもで敵わぬ相手?
川端は先程の椅子に腰掛け、再開の時を静かに待つ。
(おい、岡ボシ…椅子に座ってる相手に奇襲をかけるのは、無しか?)
せめて心だけは勝とうよと、やれやれ顔のベニスパープル。
『朧…聞いたことある』
共に抜刀し、うんちくを語り出したクラールに返した言葉。
『3代目の愛刀じゃん』
ニヤリと笑うクラール、良く御存じで…。
『この世にベニス刀と呼ばれるのは5本、6代目からはそれだがな』
それ、すなわち林から引き継いだこれ。
7代目ベニスレッドに握られし、ソード?
『そいえば刀シリーズは何故終わったのかしら?』
どうせ知らないだろうけど…の言葉を遮るクラールの弁。
『刀匠が引退したのだろう?』
無難な解答は、恐らく正解。
歴代のベニス刀は、後に人間国宝に認定された【暁 五郎】作。
彼の引退と共に、その後のレッドには科学的に作られた現ソードが与えられている訳で。
『性能は、そのソードが上かも知れん、が本質が違う』
すーっと上空へと伸ばす剣先、それを見つめる人でない目と人の目。
『分かるだろう?レッド』
…勿論、わからない。
両刃か、日本刀の片刃か。その位しか。
『日本刀というのはなぁ…』
語りだかうんちくだかが始まった様だ。
杉本はやれやれ顔をメットで隠したまま、
それに耳を傾けてゆく。
時間にして3分、長いと言えばそうであり、
この程度で済んで良かったもあり。
『力を一点に凝縮できる日本刀と、平均的な能力のソードと。どちらが勝るかな?』
始まりそうだ、杉本は呼吸を整えつつタイミングを取る。
リズム感の無い子供の様なクラールの立ち姿。
これが無形、か。
杉本は、ゆっくりと円を描きつつ左へと移動。
クラールはその逆へ。二人の距離は変わる事なく、背景だけがシフトしていった。
その間もリズムを測る杉本だが、どうも無駄な行為の様子。
(恐らくは、軸足の概念すら無いかも…?)
その刹那、クラール動く。
両手を下にダラーんとさせたまま、突進。
その速度に虚を付かれた杉本、円運動を解きゴロゴロっと回避してゆく。
それを追うクラール、ベニスの冠を持つ2つの剣、何度となく重なるも、ダメージ・ゼロにて再び距離開く。
一瞬の静寂の後、杉本との剣での語り悪くないとばかりに、ニヤけるクラール。
『何かしら、気持ち悪いんですけど?』
『そういうな、二度とはないこの時間を楽しむ権利位はある』
そうね、ここで命を終えるのだから、それ位は許してあげよう…と心に誓う。
少々の気持ち悪さは我慢してあげねば。
『必殺技って日本語、英語のスペシャル・アタックとは、本質が違うのだな』
さっき後で永遠に語るから急がないって言ってたのに。
『必ずや殺害する技と特別な攻撃、まったく違う』
無形が構え始めた、早くも終わらせる気なのかしら?
『だから達人が必殺技と銘打つ技を出す時、戦いは終わる』
『そうね、ある種の早いもん勝ちだよね』
それを今からが出す気なのかな?
なら早いもん勝ち、先に出さねば…。
『ちなみにこれはスペシャル・アタックだ』
こっそりとスプラッシュ・パワー溜め中だった杉本、慌てて解除。
(一応ヒーロー、不意打ちで勝ちました~は、エグい…)
『封・燐・果・斬』
その言葉に覚えがある。
ベニスレッド実施要領書に書いてあったもの。
初代レッド、川端尚樹の必殺技だって。
封ずる者、光を放つ者、悟り果てらせる者。
それを従えし自身が最後に斬り、命を達つ。
杉本は研修中にビデオで見ていたのだ。
新レッドに就任するに辺り、一通り使えるようになれよ、の厳しいお言葉と共に。
杉本はまだ使えない、だが知っている。
その一点のみ、それのみが必殺技かスペシャル・アタックかを別つ境界線となっていた。
回避するに容易い攻撃ではない、だが知っている事で対処は可能。
杉本は直感と記憶を辿り、回避に成功する。
(3つ目はマグレだな、次は危うい…)
クラールは所詮スペシャル・アタックだった自身の技にガッカリしているのか、
はたまた見事かわした未来の妻に、よしよしとなるのか。
『知っていようがいまいが、回避は実力、見事なり』
どうやら未来の妻を誉めてくれる様子、
まぁ悪い気はしないので、頂戴いたす。
『これが本家なら、知ってても回避不能だが』
杉本は辿り着いた、現状を知ったとも。
『川端に勝てる者は居らぬ、お前と私を含めて、な』
この戦いの終点は見えた、それ以外にない。
『下の奴等は人質だよレッド』
選択肢は少なそうだった…。