②ー12
ー12
『ここまで無傷で来るとはな、流石である』
背もたれの無い椅子に腰掛け、刀(日本刀?)を杖がわりにしている。
人の記憶とは曖昧なもので、特に海外にいると日本人というだけで会った事がある気がして。
あれ?親戚の?いや小学校の担任?いや隣のクラスの担任?等。
ベニス・ジャパンも皆、似た感覚にあった。
そう、あくまでも似た感覚、ひとりは違った。
『川端さん、俺の事分かりますか?』
岡林はヘルメットを外し素顔をさらす。
川端は身を乗り出し、顔を確認。
『岡ボシか、懐かしい』
その呼び方をするのは川端さんだけで、わざわざ偽物を作る必要が無いイコール。
『お久しぶりです、随分と若返られたご様子…』
川端はスッと立ち上がり、白い歯を見せる。
『うむ、力がな、みなぎりおるわ!』
さて、そろそろ教えて欲しい関係図。
岡林改め岡ボシの恩師っぽいが?
まぁ、ベニスの身内シリーズの最後って事だろう。
『確かに、俺は面識がある。だが皆に関係無い話ではない』
岡林は顔を上げ、杉本を見た。
『彼は初代だ、初代レッド川端尚樹』
今より40年前、まだビニールで出来たスーツを身に纏い、怪人というカテゴリーに分類された者達を倒すべく結成された組織、ベニス戦隊。
開業当初はまだ東京に本社があるだけの、
有限会社であった。
『始まりの戦隊は赤と青と黄、その3人からで、5人が基本となったのは随分後だ』
岡林の昔話に付き合ってくれる川端、彼も聞きたいのかもしれない。
懐かしい風景を思い出しつつ。
始まりの3人の内、無事卒業出来たのは川端一人のみ。
後の2人は殉職であり逃亡でありにて、もうこの世及びこの業界には居ない。
『俺が入社した時に、川端さんは講師というか御意見番というか、まぁ皆から慕われていたよ』
杉本が知らないのは入社時、彼女は事務職つまりは内勤だった為、戦闘訓練を受ける事がなかったからである。
(その後、会社方針の転換で訓練を受けるのだが、その時には川端は既に退職)
『俺も随分と鍛えられたよ、特に槍術に関してさ』
岡林はジャベリンを取り出す。
『貴方に教えて頂いた槍術、毎日鍛練欠かさずやっております』
それを聞き、満足顔の川端。
『お主には才能があったからな、さぞ腕を上げただろうな』
ゆっくり立ち上がる、そして鞘を腰紐に絡め納める。
『最初の相手はお主だ、来なさい』
戦うというのか?貴方と俺が。
『なぜです?何故こんなことに…』
川端は人差し指を立て、1つだけ言っておく事がある、と。
『ワシは望んでこの姿を獲た、捕まり殺された訳ではない』
そんな台詞は、聞きたくない最上級のものだった。
『老い…これ程までに心を腐らせるとは、な』
ニヤリと笑う、20代前半の容姿。
川端は引き換えたのだ、信念と若さを。
迷う事なく。悪魔に捧げたのだ。
『嘘だ!貴方はそんな…』
『岡ボシ!』
ぎゅっと睨むその瞳、昔のままの数少ないパーツ。
『ワシだって、悩み苦しむ普通の人間だ』
スーッと抜刀する、輝きを放つ日本刀。
まるで鏡のように岡林を写し込んでいた。
『私が間違っていると言いたい、か』
川端の剣技に型は無い。我流がゆえ、感覚のまま刀の意思に従いに滑らす。
それゆえ読めず、それゆえ防げず。
だから抜刀時の構えもその時々の、気紛れ。
『ならば止めてみよ、お主のその槍で!』
…恐らく、それは無理だろう。
ビニールスーツで戦っていた全盛期の肉体プラス怪人としての能力。
剣技においてもまだまだ足下、何一つ敵うべき項目がない。
だが止める必要がある。
これ以上は、辛い。
『私が行くわ、同じ色を背負った者として、彼を止める使命がある』
川端は古典的な『あっ』という顔を見せた後、納刀。
『そうしたいのは山々だがな、主君がそなたを待っておる』
道を開ける、不意打ちなんかしないよ?っと大きめの開口。
『ゆけぃ、主君の元へ』
私だけ、か。少々心細いが受け入れても良さそうな申し出。
『みんな、大丈夫?』
振り替えるそこには5つの笑顔が。
『さっさと倒して、すぐ追っかけるからさ』
コクンと頷きクルリとターン。
いざ、クラールの元へ。
『主君の剣も我流、我流ゆえ無形、十分注意しなさい』
すれ違い様に、川端の呟きが聞こえた。
杉本に対して言ってるようで、そうでないようで。
『分かりました、無事勤めて参ります』
返事はない、やはり私に言った訳ではないのか。
パーンと着物のシワを伸ばす川端。
(それが返事?見たまんまの古風な方ね…)
初代より継承されし紅き魂、変わるべくもないその魂。
(壁になる事が、試練として立ちはだかる事が、後輩の為に、かな?)
そんな理由で怪人になる…そう思うと違うだろうし、でもこの人ならやりかねん、とも思う。
まぁ、結末は後で皆から聞けばいい。
杉本は呼吸を整えつつ走った、クラールの待つ18階までのルートを。
心の高揚を、必死で抑えつつ…。
『さぁ、誰が来るのだ?』
立候補者の消えた17階、かといって全員が辞退希望を提出する訳にもいかず。
更に言うなら川端は日本刀所持。
あれをヒールだかナンブだかで防げ?
無理だろう。
最悪斬り刻まれるかもしれないんだ、女の子を行かす訳もなく。
残すは男子2名のみ。ナイフと槍の使い手のみ。
『今回は被せも冗談も無しだ、どうする岡ボシ?』
御堂はクールで愛想なしで悪のベニスで、色々有るが。
彼にだってこんな時がある、下に見てるとか以前の問題。
友との会話を楽しむこと位は、するさ。
『そうだな、岡ボシとしてはだな…』
これを続けてると、本当にそう呼ばれる事になるな、とか思いつつ。
『俺一人では勝てん、かといってナイフじゃ分が悪い』
言葉とは、やはり伝わる事が一番大事だと実感できる。
声が届くのは素晴らしい。
『2人対1人?』
『了承されるなら、いやそれしか勝つ可能性がない』
『見た目があんなとかこんなだから許されるんだろ?』
『正義の体裁を保ってる場合じゃない』
『2対1?』
『そうだ、2対1だ』
男性陣のヒソヒソ話は続く。
『ごちゃごちゃ言っとらんで、さっさとかかって来い、なんなら二人いっぺんにでも良いぞ』
救われた、流石は初代、戦いの何たるかを御存じで。
『さぁ、稽古をつけてやろう!』
日本刀vs槍&ナイフ、開戦。
階段を登り終えると、そこはドアだらけの廊下。
でも一つ一つを開ける必要は無さそうだ。
突き当たりの部屋が半開きである。
杉本は一応…とソードを構え進む。
突然ドアが開いてヤラレター!って、まぁ無いだろうけどさ。
そんな感覚のまま進む杉本、それを我慢できなくなったクラール、ドア全開。
『いいから早く来い、待ちくたびれるわ!』
あ、すいません…とそそくさ歩き入室の杉本。
『わぁ、なんと悪趣味な…』
室内は広く20畳程か?
悪趣味なのは壁、色もそうだか世界の地獄を描いたであろう油絵が並んでいる。
日本の物と分かる油絵もある。案外、川端先生作かも?とか思う。
『さて、どうする?少し話すか?』
テーブルがあり、椅子がふたつあり、グラスがふたつあり。
話す気満々じゃん!っと思いつつ、別に毒であっさり殺すなんてないだろうし、と頂く事に。
『私はな、人間の可能性をずっと見余っていたのだよ 』
何の話が始まったのだろう?
冒頭からそれでは、読者は付いていかないのに。
『だからずっと探して、ずっと試して』
グラスをクルクルさせながら、呟くクラール。
『まぁ、辿り着けないから楽しい』
くぃっと飲み干す。
それを見た杉本、昔の癖でついつい注いでしまう訳で。
今から殺し合う憎しみの塊と酌?
なんて馬鹿げた…
『だがなレッド、この楽しみには絶対の条件があるんだ』
あまりの馬鹿馬鹿しさに全く酔えない杉本、さっさと終われとばかりに先を促す。
『永遠の命だ、それ無くして探求は無し得ない』
そらそうだが、どうも話の核は違うようだ。
まったく、何を延々と…
『貴様も見たくはないか?人類の進化の先を?』
ここでそんなもん見たないわ~勝負だ!って言えば、終わるかな話。
『私と共に、進化の先を見ないかレッド』
何を言っているのだろう?
『永遠の命を、与えよう。変わりに私の妻となれ』
飛び出しかけたワインを、唇の端で押さえ込む。
防波堤は決壊間際でストップ、1面を赤ワインまみれにする所だった…。
馬鹿げた話の最後は、馬鹿げた申し出。
だが、これはそうではない。意味合いが、たぶん違う。
『つまり、貴方が勝ったら私を怪人にして妻にするぞ、って事よね?』
クラールは高笑いにてそれを肯定する。
『覚悟して飲め、人としての最後のワインぞ』
最後のワインは1974年モノの赤ワイン、か。
それはそれで悪くない、どうせ怪人になったら今の思いは消えてしまい、クラールを愛しているのだろうから。
『さぁ、十分のお喋りだったわ』
『そうだな、まぁこれから永遠に話し合えるのだ、急ぐことはない』
『どーだか?』
二人は立ち上がり、ゆっくりと距離を広げる。
決戦の時、迫る。