②-9
ー9
駆け抜ける、何百の憎悪の中を。
全力で駆け抜ける、自らが生きる為に、悪と分類されたる者の命を奪う。
それが正義であると信じているから。
それで世界が救われると信じているから。
戦いは何時も、どちらかが正しくてどちらかが間違っている、その図式に当てはまる訳ではないのに。
【操られている】その事実を今は蓋する事しか出来ない。
完全に人としての人生を終え、無機質な水晶により永らえているだけの存在であると、
一方的に認識するしかない。
それしか今は、やるべきではない。
生き残りたいのなら。
殺意の篭った攻撃をかわし、殺意を込めた一撃を与える。
当然、その一撃にて活動を終えるその存在、拓かれる道筋。
『よし、右手前方のドアより侵入するよ!』
返り血ならぬ返り青液体まみれの6人は、レッドの指定したるドアより侵入。
第2決戦場となるこのB棟が、次の舞台となる。
クラールの待つ、このB棟が。
『…ここは来るべきではない所かしらね』
外に居た者達はこの建屋より出てきた、と言うことらしい。
B棟は彼らの生活の基準となる場所、生活棟と呼べる。
(B棟改めて、生活棟)
生活棟の1F~5Fは一般兵及びその部隊を統率する部隊長クラスまでの居住地。
勿論、部屋と言っても身体を横たえ休める為のカプセルベッドが有るのみだが。
だからその部屋数は多い。つまり兵力の備蓄も豊富。
いくら厚化粧でめかし込んで来ても、所詮我々は6人の組織。
何百からすれば、米粒の存在である。
大きな釜の中で踊り炊かれて果てるのみ、美味しく食べて貰えたらいいな。
撤退とC棟への移動と、どちらが無難であるかを考える6人。
かといって外も敵だらけ、何かが欲しい行動を決定する何か。
それさえあれば、それにすがり前進出来るのだが…。
【ベニスの諸君…】
それは館内放送の声、すがれる何かの登場である。
【私は今、18階の幹部専用フロアにいる…私は逃げも隠れもせん…】
杉本はヤレヤレと思いつつも見つかった事に感謝する。
これで戦える、皆に道を指し示せる。
『ワープ禁止令よ、じゃなきゃ帰るから』
監視カメラがありそうな箇所を指差し、ビシッと決めるレッド。
【レッド特権発令か、ならば従おう…】
とことん遊んでる(つまり遊ばれてる)と理解しつつも、今はすがる。
『直ぐに行くから、待ってなさい! ベニ~ス…』
杉本はゆっくりと身体を沈め、スピードスケートのスタート体勢となる。
それは声に出さない合図、皆それに習い各々のスタート体勢を決めてゆく。
『一気に18階まで駆け抜けるよ!』
杉本のゴー!にて動き出す6人のベニス。
クラールへと続く1本道を、ただひたすらに駆け上がる。
中央階段を駆け上がりながら敵を倒し、また上がり。
通常の倍は疲れそうな作業ではあるが、今のベニスには無問題なる作業。
ちょっとしたゾーンであり、完全なるランナーズハイであり。
まぁ、それは好都合よとばかりに乗っかる面々。
一気に18階を目指す。
だが、まぁそらそうだとばかりに立ち塞がる部隊長クラス、ランナー達の脚は止まる。
『我はゴーブダージャ、ゴーブ隊の部隊長だ!…と言っている』
この二人がいれば、おそらく全世界何処に行っても困らないな、と思える一幕。
『モンゴル語、必須教科だったの?』
ステイシアはフッと笑い答える。
『日本で言う夏休みの宿題、だよ』
驚く娘のような存在を笑顔で見つめるステイシア。
やはり知らない、こんな顔のステイシアは。
会わない数年のうちに、色々とあったのだろう、私同様に。
『牧野、望むなら教えてあげるよ』
『じゃーロシア語がいい!』
理由を聞く間もなく解答あり。
『もう内緒話、させないからね!』
戦いの中で戦いを忘れる事、久しく無かった。
まさかこんな所で、こんな相手に…。
『私は容赦ないからね、スパルタ覚悟しときなさい』
そんな会話中に、先程の部隊長(名前は割愛)あっさり粉死。
先を急ぐ。
兵隊と部隊長の違いは、ひとつは語学力の有る無しらしい。
その後表れた部隊長は全員、どこかしらの言語を流暢に語り、どこかしらで聞いた覚えの有るフレーズ発し、散っていったのだから。
『我が名は第8師団長ルダ、ここより先は行かせぬ…』
兵隊~部隊長~師団長、そんな系譜なのだろう。
普通に考えれば部隊長よりも強者、話せる話せないだけでは括れない立場か。
『私が出ます、守りつつ力量を測りましょう』
牧野がスッと前へ出る。それを制止する者はステイシアのみ。
『あの子、あぁ見えて強いのよ』
肩をポーンと叩かれつつの台詞、レイニーの言葉を信じるのみ。
『ベニスピンク、竜泉流の師範か』
よくご存じで、と言いたい。
だがその必要はない、牧野が前へ出たのは意味があるのだから。
『久しぶりねラピス、世界大会決勝以来じゃない?』
それだけで、何となく解る。
『分家に産まれた者の苦しみ、宗家の者には解ろうハズもない…』
牧野はヘルメットを外し床へと置く。
そして竜泉流戦闘の義を行う。
と、同時にルダも同じ動きにて応じる。
共に竜泉の名の元に育った者としての流儀。
どちらが残ろうが、竜泉の息吹を後者に伝える事を約束する意味の義。
杉本、送り出した事を少し後悔。
やはりここは、正義らしからぬ複数対個でやるべきだったのでは…?
『誰も手を出しては駄目です。竜泉の名に於いて』
ラピス・ルダ、アメリカでの竜泉流師範。
牧野より5歳年上だったハズ。
まぁ、今の見た目では何歳かなんて看破不能だが。
両こめかみよりの角、顔も浅黒く偏食し、肩も異常に腫れ上がっている。
まるでその姿は悪魔、天か地かよりの殺戮の使者そのものである。
『牧野、いけるの?』
少々不安になってきたレッド、聞いてみる。
彼女は笑顔で振り返り一言。
『わかんない』
ステイシアは自然な流れで装填数を確認する。
もしもの時は、この臆病者の武器を行使する、後でどんな文句を言われようとも、だ。
『あの日、決勝の日、忘れた事はない』
にじみ寄る2人、頬に汗が伝うのは牧野だけではない。
『宗家が敗れる事は許されない、特に協会から好かれてたお前はな』
牧野の中でもやっぱりか、はあったのだろう。にじみ寄りが一瞬停止する。
『経過はどうあれ、結果には不満なのね?』
ルダは一般女性の2倍となった口にてニヤける。
それが答えと言わんばかりに。
『もうここには宗家も分家もないわ。決しましょう』
ルダ、清より導に転じつつ発する。
『勿論…ソノツモリダ!』
先手はルダ、分家として発展したる技を披露する。
しばし、周囲は傍観者と化す。
竜泉の掟に、防より攻に転ずるとある。
つまり後手は牧野の通常、宗家の戦い方。
だが、分家の発展の中で芽生えたのは攻より攻。先を見据えた攻である。
『竜泉、壱ノ段!』
ネイティブな日本語は、牧野の心を高校時代へとトリップさせる。
あの日の決勝同様の緊張が、彼女を包む。(何よ…あの日と同じ始まりじゃない)
分家として発展した技も熟知したる牧野は、その壱ノ段(空中回転蹴り)を受け流し次の弐ノ段に備える。
弐ノ段は下段回し蹴り…
(んん?蹴りが来ない…?)
牧野の顔に影ができる、それを瞬時に理解し身を引く牧野。
『弐ノ段改!』
牧野の顔面を掠めるルダの踵。
牧野の知らない流れ、そしてその先。
『参ノ段!』
振り下ろされた踵の反動を利用して突き出される前蹴り。
流せぬ牧野、十字式防の型にて威力を吸収する。
…とりあえず四ノ段は無さそうだ、牧野はゆっくりと息を吐き出す。
『貴女のオリジナル?』
体勢をゆっくりと起こすルダ。
『私のよ、勿論3では終わらないわ』
そう、と素っ気なく告げる牧野。
そして即行動、空中回転蹴りと踵落とし、最後に前蹴り。
アームブロックで防いだルダを見下ろし、一言。
『これでもう、貴女の物ではないわね』
ちょっと毛色が変わってきた展開に、傍観者達顔を見合せるのみである。