3・4 ~選出~
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命は果かない。
明日を確信しているのは楽観者であり、自らの傍観者だ。
望みを適えたいから生きているのではなく、ただ終えたくないからアガクのだ。
ベニス戦隊東京支部、楼幻の間の東側の壁にかかる歴代隊員の写真。
その中で笑顔を見せるレッド林も、同様にアガイただけだ。
生きたかっただけで、牧野との未来を夢見ていただけで。
何故? 小杉の心はさ迷う。
奴が死んで良い道理は無いが、死なずに済んだ道理も無い。
小杉は成るべくしてなった運命を少し、ほんの少し受け入れ始めていた。
それすなわち、ベニス戦隊東京支部の華麗なる復帰を意味するのだ。
新メンバーか…小杉に新たなる希望が広がる。
どんな輩が配属されますやら…
今のところ、資料は届いていない訳で。
旅の始まりを告げられし者の姿は、まだ無い。
『で、まだ決まらないの?』ベニスグリーン事、御堂伸也がノックもなく入室してくる。
小杉の心に漂うこの感覚。リーダーに相応しくない男との認識。
レッドの代わりは務まりそうもない訳で。
『今、本部で会議中だろう…』
外を眺めながら吐き捨てた小杉統括を見、自分の立ち位置を御堂は知る。
間…。2人の男の唇は重く閉ざされる。特に無い、話す事など。
そんな無空間にジャーンと鳴り響く東京支部の代表電話。
止まりかけていた時計の針は静かに動き、彼らの動力源と化してゆく。
どうやら後任が決まったようだ。直ぐに小杉へと電話は回されるのだろう。
程なく、小杉の内線に呼び出し音は響き、彼の耳から脳髄へと情報は伝達されてゆく。
『で、決まったの?』
先ほどと変わらぬ御堂の声と同時に置かれる受話器。
『あぁ、決まったよ』
人間の良い所は心を通わせられる事。その第一段階は相手の目を見て話す事です。
2人にそれは皆無。小杉は先ほどと変わらぬ顔の角度にて返事を返すのだった。
『杉本…由美?』
一同、耳を疑った。単なる新メンバーではない、新リーダーである東京支部2代目レッドなのだ。
当然想像していたのは善に熱く、何よりも悪を憎む存在。
そう、前任の林健太郎の様な存在を期待と言うよりは予想していたのに。
小杉の口から流れた音に、困惑する。
『本部の指示だ、私もちゃんと会った事はないが…』
小杉は語尾を濁した。そして次の台詞を模索してゆく。
言うべきか、言わざるべきか。だが何時かは皆知る。早いか遅いかだけの違い。
『彼女は入社して10年、俗に言うキャリアだ』
皆逆算する、スタートラインを考える。そして導き出す答え。
『統括…もしかしてその人…?』
牧野だから理解できることがある。この世界で女性がキャリアと呼ばれるには、
一つの絶対条件がある。国立大学卒、だ。つまりどんなに早くとも日本では卒業年齢が
22歳を上回るのだ。 自然と小学生へと脳は退化する。当時の授業を思い出し、
ゆっくりと指を立ててゆく。
『32…か?』
沈黙を破ったのはパ-プル事、岡林隆一。
『…いや、彼女は2年間大学院にて知識を磨いたそうだ。…今年で34歳だ』
ベニス戦隊東京支部、楼幻の間は沈黙に包まれる。
それは冷ややかなのもなのか、はたまた女神のように暖かなるものなのか。
今はまだ、答えを導き出す時ではない。
杉本由美が24歳の時、ベニス戦隊株式会社は創立30周年であった。
当時は今よりも景気が良く、大学院卒であった松居は高待遇で迎え入れられた一人である。
同期は14人。 その内、今も努めているのは杉本を含め6人。
皆、殉職でありノイローゼでありを重ね、去っていった。
生き残った6名中、女性は杉本のみである。他の5人は全員男性であり、
全員が各支部の重鎮である。
杉本もそれに加わる。激闘の絶えない東京支部の隊長として。
自らの、意思で。
-4
思いの丈をぶつける相手が居るという事がまず大きい。
その次にその相手の心がこちらを向いている事が、大きい。
最後にその2人が同じ歩幅で共に人生を共有していける事が大きくて、
その時間が長ければ長いほど、いい。
この定義に当てはめると、私たちは第2段階で終わっていたんだという事が解る。
共有するまですすめなかった、歩幅はピッタリ合ってたけど…。
やはりまだ、全てがクリアになった訳ではない。牧野はゆっくりと空になったグラスを
もたげ、マスターにお代わりを要求する。
今夜も飲んでいた。飲まずには要られなかった。
昼間は多忙もありごまかせるが、夜はダメだ。この寂しさを埋める者はない。
代わりの物はアルコールのみ。この枯れた心を一時的に慰める秘薬。
『…さん、お客さん。 そろそろ…』
酒に溺れ眠りに落ちた牧野を、大柄ながら優しさの見えるマスターがゆり起こす。
何やら肩が温かい。今夜もマスターは毛布を一枚、肩から流してくれていた。
見えるだけではなく、本当に優しいマスター。
牧野は彼に甘え、酒に落ちる。
パープル事、岡林隆一。
レッドとは東京に3つあった支部を統合し、東京支部として発足した時の一期生。
苦楽を共にした時間は、誰よりも長い。
だから本来ならば溺れたい酒とやらに。だが残念ながら岡林は下戸。
酒は一滴も受け付けなかった訳で。生来の体質を呪いつつ、過去を迷走させる。
もう、7年になる。初対面から伝わるレッド事、林の本質。
(…こいつとは合わないな)
岡林の第一印象は下の下であった。 彼はクール、それを売りにしている。
ただ熱いだけの林と融合するハズがない、そう思っていた。
現に知り合い=同僚となってから、友として言葉を交わすまで3ヵ月を要した。
毎日顔を合わし、毎日訓練にて同量の汗を流していたにも拘わらず、だ。
まぁ、拒絶していたのは一方的に岡林からで、林には何のひかかりも無かったのだが。
それが解消され始めたのは、戦隊選抜試験の時。レッド部門で勝ち残る林と。
パープルを早々に決めた岡林と。
不意に目を合わせる二人。 そこに血のつながりも熱い何かもないが、
二人は意識を始める。ようやくとも、必然とも言える繋がり。
『それでは本日のメインイベント~レッド選抜の、決勝!!』
複数のテレビ局も入り、すっかりエンターテイメントと化した選抜試験。
基本的にはベニス戦隊本部の収入源となる訳で。
毎回、趣向を凝らしユーザーを飽きさせない努力を。
そんな暇があるなら新たなる必殺技でも開発しろよ…は、隊員の愚痴。
『選抜至上最年少の決勝進出者…紅林ぃぃぃ浩二郎―――!!』
今期一番の話題。 容姿共に、戦隊的に欲しい人材とも。
首脳部の思惑は多々あれど、彼らもそこまでは腐っていない。
裏取引など、考えても実行はしないのだ、たぶん。
『対するは選抜試験初参戦にして堂々のファイナリスト…林~健太郎!!』
少々声のトーンが弱い気がするのは、事情を知る者だからか?
林を優勝させたくない理由も、少なからずあるようで。
それは紅林に優勝して欲しいから…だけの理由ではなくて。
『さぁ、ついに決勝戦までのカウントダウンだ! …10!』
無意味にしか感じない数字の合唱に、岡林のみならず皆うんざりしていた。
それでもこのバカ騒ぎの意義は知っている。散々、講習で刷り込まれたのだから。
『…6! …5!!』
数字が少なくなるにつれ、心に芽生え出すモノがある。
林にも紅林にも訪れる瞬間。儀式がもたらしたる恩恵とも言える。
『…3!! …2!!』
彼らの手にしたる獲物に、殺傷能力は無い。勿論、必要以上に殴れば、命を奪えるが。
『…1!!! …開始です!!!』
チープなブザーと共に宣言される決勝開始の合図。
2人は向かい合い、その本能のまま己が正義を貫き通すのだ。
その先にある、自らの栄光とか、そんなのも踏まえつつ…。