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隙間風…時にそれは致命傷を与える凶器となる。
小杉にとってこの風は死神の吐息、簡単に意識と魂を刈り取ってしまう訳で。
小杉は動ける内に!っとばかりにテープにてその隙間を塞いでいく。
後で帰ってくる皆が開け辛いとかは後の話、まずは生き残らなければならない自身が。
エンジンをかけて暖房を入れたい所だが、それこそ帰りのガス欠を発生させる危険があり、
今は耐えるのみ…。
小杉は小杉で死に直面していたことを、当然ベニスは知らない。
上階へと昇る過程で分かっていくはずだった研究棟の概要。
まぁ、確かに分かった所もある。だが肝心の要、生成ポイントが見えてこない。
『恐らくは最上階、そこから各部署へと流していくのだろうけど…』
そんな会話をしているこの階が最上階。
そんな部屋、有りそうもなく、人影も少なく。
『おぃ、もう建物ごと破壊してしまおうぜ!』
小言ながら本気の呟きを魅せる御堂、彼の怨念は常に前へと突き進む。
杉本も、正直迷っていた。ピンポイントが理想なだけで、現実はそれに向かっていない。
…ならプチ爆発にて研究員を外に避難させて、か。
そんなに上手く行くものだろうか?
甘い考えの先にある物が自らの敗北であるならば、それは捨てなければならない。
勝利以外、今回は要らない。
『…爆破しよう、全てを』
レッドの決断を、誰も否定しない。それはその先に続く言葉を皆解っているから。
『上で暴れ始めたら、みんな下に行くからさ』
甘い考えは、やはり捨てられない。それが人というもの、それなくしては生きてはいけないのだから。
『了解、では通例通り男性組は北側から始めよう、そっちは南から中央へと』
プランは決まった、あとは行くのみ。
『暴れつつ、ポイントにTFT設置で宜しく…ベニスセット!』
一応やる、というかヘリコ内でやったのだが、テンションが少々上がり過ぎている様子。
それは5人共にいえる事、皆迷うことなく五指を揃え、腕を突き出す。
『ゴー!』
作戦開始の合図となった号令、まぁ作戦と言う程の何かは無いのだが。
力いっぱい暴れる、以上終了なのだから。
二手に分かれていくベニス戦隊、前回と同様の展開に気を揉む者はいない。
皆、全力で暴れるのみ…。
ここはベニスサイドで言う所のB棟18階、クラール御一行様の幹部様宿泊フロアである。
各部屋に監視モニター画像を見れるノートパソコンがあり、誰しもがその情報を得る事が出来る。
だからこの男も当然知る事となる訳で。
『来たかレッド、楽しませてくれるんだろうな?』
クラール・ハウゼン、出陣の時。
暴れると言っても研究員を殺して回る何て事に成ったら支離滅裂。
そこはとりあえずガラス製品の破壊を楽しむ女子連。
『なんだろう、悪の組織の気持ちが分かる気がするわ!』
レイニーも楽しそうである。
まぁ、一番張り切っているのはピンク牧野なのだが。
八つ当たり、そう聞こえれば都合がいいのでそうするらしいが、東京の優しきマスター特製のカクテルを飲めない苛立ちが、大きくあるみたいだ(つまりはホームシック)
…我先にと逃げていく研究員を追い立てる正義側の人間、なかなかにレアなパターンだ。
杉本は冷静に状況を分析していた。
研究員の逃げる方向と逃げ出してくる箇所を、最大限の視野で情報収集、そして。
『ストップ、あの部屋見てないね。』
見落としていた訳ではない、なら見えるところに無かった?はたまた隠れていた?
その扉は閉まると同時に壁と同化しその存在を消失させていく。
『なるほど、隠しですか』
楽しかった破壊行為の終わりが、こうもあっさりと訪れたのかな?と、レイニー不満顔。
まぁ、それも一瞬の事なので、彼女が悪に目覚めた訳ではないのだが…。
では、追い出し件破壊活動は男性陣にお任せして…3人は消えた扉の前へと立つ。
『さて、とりあえず壊そうかしらね?』
こういう所に躊躇は要らない。とっととTFTにて破壊するのみ。
隠さなければならない扉、当然重要だろうし隠せるという事は、強度はそこそこであるとの推測。
杉本は十分過ぎるほど学んだ作法にて爆弾をセット、その衝撃に備える。
ガガーンと鳴り響く爆音と衝撃、そして扉の倒れる音。
『少し様子を見ましょう…』
いきなりズドンは嫌よと間を空けるも、室内は不在の様子。
3人は一気に入室し、周囲を警戒していく。
『…なるほど、吐き気しかしないわねここ。』
そこは実験室、試験中のエキスの効果を試す場所。
当然、試されるのはモルモット。だがマウスやモンキーの類ではない。
どこからか連れ去られてきたであろう、人間。それもロシア人だけではない。
国籍不明ながら、亜細亜の容姿を持つ者も。
皆、等間隔に並べられたガラスの円柱内に、浮かんでいた。
死体か、怪人か。見分ける術も勇気も無い。
『どんな神経を持っていれば、こんなことが出来るの?』
『(こんなだよ)』
聞こえた? いや感じたに近い。
3人は同時に振り返り、何も無い空間を凝視する。
そして間髪いれず裂ける空間、現れるクラール、憎しみの終着点。
『クラール!』
その言葉はネイティブな英語、つまりはレイニーの発言。
前回、何も出来なかった。敵を討つことも、彼がエキスを受け入れた理由を聞く事も。
だから前に出る。そして問う、彼の真意を。
クラールは表情を変えない、知っていたから?はたまた何の関心も沸かないから?
おそらく後者だろう、彼の関心は別にあったから。
(レッド…次、間違った選択をすると死ぬよ?)
その胸の内は視線越しに杉本へと届けられて、受け取った側も理解する。
この次は、無いということが。
『答えろ!クラール!』
おっと、と杉本困惑す。味方側としてなら一番に聞いてあげないといけない立場。
はて、何を彼女は答えて欲しいのだろうか…?
一方の敵として、一番聞かなくてはいけない男は腕を組み、ニヤリと笑い、口を開く。
『知ってどうする?…何も変わらんよ何も』
フフフと微笑みながらだから、とっても感じ悪い。
『何よ、答えればいいじゃない!』
杉本、とりあえず乗っかる。親愛なる彼女が解答を欲しているのだから、答えてもらおうじゃないか。
『なんだ、レッドにも関係ある話なのか?ならば答えねばならぬか…』
レイニーの彼氏、いや将来を誓い合った男性がエキスを受け入れた理由。
単純に先に命を奪われて、とかならいいんだ。考えてしまっている理由でないなら。
『キサマが拒むというなら、アメリカ人の彼女に変わってもらう事にするよ、と…』
クラールは少し歩幅を広めに取り、約3歩。そしてターン、レイニーを見つめた。
『奴は泣いてすがったよ、彼女にだけは危害をってな。まぁ、適わぬ願いとなったがな』
恐れていた、とかではなく。むしろ逆で、きっとそうだと確信していた。
そして、それを聞いてしまうと私はますます、この心を熱く燃やしてしまうのだ、と。
(ペトレンコ…まだまだ貴方を解放してあげれそうにないわ。お互い様だけどさ)
レイニーは笑った、その意味を知る者は居ないが、きっと後で話せば理解してくれる仲間は居る。
『杉本、スッキリしたよ。…さぁ、終わらせようか!』
頷くレッドとその脇に並ぶピンク。
3対1の良くある正義?な展開に、誰も疑問符を付けはしないのだ。
勝者こそ正義、その理論だけは古代より脈々と続いている正論である。