② -1
ベニス戦隊 ~遥かなる蒼茫~
~第二部~
-1
人類に許されたものが幾つかあり、その自由の中で生み出された発明があり。
爆弾、アルコール、そしてタバコ。
自称日本一の愛煙家である小杉は、今日も人類が生み出したる最低な煙の吸引行為を楽しんでいた。
合法、それに弱いのだ皆。法を犯していないのだから、自身は許されている…
それが勘違いでもないのだが、都合よく逃げ口実には使用している訳で。
全てを理解したる男は、ゆっくりと最低な煙を肺へと押しやってく。
(…まぁ、全ては帰国してからだな、皆無事に)
失った英雄、辻本の葬儀及び新たなるブルーの選出。
山積みではあるが、今の優先順位は異なる。
まだ増えるかもしれない…の恐怖を隠し、前進するのだベニスは。
まだ、終わってなどいないのだから!
…だが、残念ながら即活動~はない。リミットバック後遺症である。
特に慣れていない面々は体中バキバキで、すっかりベットの住人と化していた。
『さ、ぁ。行くぞ杉本~』
正直、ヤレヤレである。レッドだからという理由と、すっかり慣れっこで後遺症の影響が少ないから、にて。二度目の先行部隊入り。
『って、どこ行ったかの目星、付いてるんですか?』
小杉はゆっくりと窓際へと歩き出した。そして手慣れた仕草にて煙草に火を灯す。
ここが禁煙だろうが、横に非喫煙者が居ようがお構いなしで。
全ては法を犯していないという強み、人の良識は一旦棚上げなのです。
杉本は嗅ぎたくもない煙の臭いと、見ていたくもない小杉のドヤ仕草に耐えていた。
もはや限界値突破!!っの直前に、ようやく彼の口から言葉こぼれる。
『ベニス実行部隊、呼んどいたからさ』
(…それだけか、これだけ待たせてそれだけか…)
行き場のない怒り拳の矛先を探しつつ、杉本は言葉を捻り出す。
『っで、どこに?』
ロシア北西部、雪に覆われたウラル山脈。その一角にあるナロドナヤ山のふもと、か。
流石の実行部隊、といったところだが…そこまで分かってるなら私たち要らなくない?
そんな疑問符と吹雪の中を歩むベニス御一行様代表の2名。
…まさかこの機に便乗して、私をどうにかしようとしている??
極寒の地では思考回路が固まるモノである。
杉本の思考は負へと固まり、少々心と体の距離を測る。
流石にない、例え大金詰まれても、これはない。
軽度の怒りが蓄積され暴発しそうになるが、そこは大人の女性、営業スマイル全開で乗り切りを図る…。
まぁ、当の小杉にその気は当然ない。
あの日、別れを切り出された日より、その手の感情は捨てた。
いや、正確には心の片隅に閉まってある。もう一度、始まるその時まで。
実際問題、もう一度なんてものは無い。家族だった3人は、今はまったく別の性を名乗り、
小杉とは無関係の人生を歩んでいるのだから。
待っているのは当人のみで、もはや他に誰も望んでいない展開。
だがそれでも彼は待っている、そうでないと生きていけないが半分。
もう半分は、遺言。
『…小杉…アイツの事、頼んだからな…』
残された記憶を振り切り、ほくそ笑む小杉統括。
(まったく、面倒な約束しちまったもんだ…)
男は膝まで埋まった足場を苦にすることなく、歩を進めていく。
『この先が…』
吹雪の光景は見飽きたのだが、その先にある待ち望んだ光景に言葉が漏れる。
『クラールの最重要基地、と言ったところか。』
感じる…は言い過ぎだが、あぁ居るんでしょ?位には思える佇まい。
なるほど、数えきれない怨念の元締めがここに居るのだ、胸の奥が沸々してくるのが解る。
それが正義の力であると言えるのは、自身が正義と信じているからであり、
周囲の仲間がそれを後押しするからであり。
杉本は心地よい感覚の中に居た。もし倒れようとも、正義を貫き前のめりで死ねる事の幸福。
願わくば林や辻本も同等の感覚にあれば良いのに…。
『よく使われる表現だが、東京ドーム4つ分だ。3棟が合わさって形成されてるな…』
広大な敷地の中央に、3つの棟が見える。各棟の大きさは地上20階程で一般的オフィス相当だろうか。
それが3角形に立ち並び、各々パイプ状の通路で繋がっている感じだ。
『さぁ、どの棟が当たりなのかしらね?』
それを調べに来たのだよ、と一喝される杉本。やはり無しだ。この男性との同居は不可能だ。
思考が違う方向へと進むのを必死に止めつつ、杉本は周囲を見渡していた。
『随分と高い壁に覆われてるのね、ここ。』
日本の北にある有名な刑務所だって、ここまでの壁は用意していない。
ウラル山脈の中腹からの望遠監視にて分かる、内部と壁の関係。
登るにしても、飛び越えるにしても、高過ぎてすぐに見つかってしまうだろう。
杉本は上官を見た。その眼差しの先に写るモノを知りたくて。
(あれ?まさかの無策?)
杉本の不安は的中となるのか、はたまた取り越し苦労となるのか。
彼女は静かに待っていた、優秀とされている上官のその頭脳が導き出す答えを。
求められている男は煙草に火をつける。流石の日本製ターボライター、吹雪の中でも一発着火だ。
『…あれしかない』
彼は煙草と共に前方を指し示した。そう、その先にあるんだ答えは…!
『統括、指先の先は山ですよ?』
吹雪で聞こえなかったのか返事がない。杉本は声を上げてもう一度言うべく息を吸い込む。
『そう、だから山しかない』
口いっぱいに含まれた息が行き場をなくし口内にて破裂する。耳と鼻から垂れ流された空気は、固まることなくそのまま大気と混ざり消失してゆく。
同時に杉本の思考も消失、頭に残る疑問符を片付けてゆくのだ。
『…山から飛んで、壁を超える?』
信頼するに至ったイチの部下が辿り着けた事を、素直に喜ぶ小杉統括。
『そうだ、山から飛んで侵入だ』
小杉は短くなった煙草をピーンと弾き飛ばす。クルクルと回転しつつ雪の中へと消えていく日本製の煙草。
(あぁ、これなのよね、喫煙家が嫌われる理由って)
いつかガツンと叱ることを誓いつつ、杉本は体全体で最重要基地と相対する。
ここがロシア最後の戦いの地、倒すべき敵と護るべき仲間が集いし場所。
本当なら誰も死ぬことなく終われば良いのに…その願いを叶える事も正義の力。
だが、それは恐らくは敵うことがないだろう。双方の一方が活動を停止させないと、
この流れは止まらないのだから。
クラールに死を!
それを合言葉にするしかない状況は苦しいが、達成できない時の苦しみに超えるモノは無いのだ。
杉本は名残惜しそうに基地を眺めつつ、その場を後にしてゆく。
近日中の再会を誓って。