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36・37 ~回帰~

-36


ピクリとも動かない戦友、…少々強く蹴りすぎたかな?

そうだとしてもこれで止めることは出来たようだ。後は信頼なるリーダーに託すのみ。

『…辻本さん!』

彼の止まっていた時間は動きだし、今ゆっくりと身体を起こす。

走り寄る牧野、身の危険はあれど彼は丸腰。即致命傷を受ける様な事は無いだろうから…。

彼の肩を抱き、膝の上へと招き入れる。辻本が欲しかった景色、望みまくった世界。

だが、それも今は…

『…牧野、なんだか夢のようだ』

意味はあった、地面と激しく口づけをしたのが効いたのだろうか、辻本帰還。

『えぇ、夢よ。悪い方のね』

ヘルメットの中を水分で満たしていたピンクに、辻本は外しを依頼する。

素顔同士になった2人のベニス、先程の様に時間よ止まる。

『いや、いい夢さ』

何時か…、という考えはあった。だがきっと彼女はまだ林の偶像を追っている。

今ではない、今ではないのに。

『これが夢なら、覚める前に言っておかなきゃな』


猛ダッシュ中であったが、やはり大事な部下というより仲間の回帰。

気に成らぬ訳のない杉本急停止し、その光景を瞼へと刻む。

『まったく、大したものですね人間とは』

あんただってそうだろ?と思いつつ、発言者を睨む。

『人間の底力、みくびっちゃダメよ』

杉本はその発言後の唇が閉じると同時に再ダッシュ、奴との距離を縮める。

『ふふふ、まぁ人智を超えた出来事には対応できませんがね』

クラールは掌を大きく開いたままテイクバック。そして何やら詠唱を開始する。

杉本はその姿とその覇気に押され、猛ダッシュからの急停止を実施。

(何なのあの禍々しい奴の背後は、いや掌が中心?)

ロシア語とも英語とも判別できぬ独特の叫びと共に、前方へと突き出される掌。

そして掌に集約される背後の禍々しさ。

瞬時に状況を理解し杉本は抜刀、そして守を選択する。

『ふふふ、また最良ではない選択だなレッド~』

奴の掌より生み出され照射されるのはドス黒い極太の稲妻(の様な物)。

近未来の戦いによく出てくるレーザー兵器の光線が、杉本へと襲いかかる。

ベニスソードが幾ら最高でも、光を切り裂く事なんて出来ない。

だから確かにこの選択は間違いではあるのだが、守を選択した彼女のソードは横向き。

面積を広げ、切り裂きではなく光を受け止めるのだ。

『だから最良ではないと言ったのだ、貴様一人の力でどうこうなるモノではないぞ』

猛ダッシュで縮めた距離を、同様のスピードで戻される杉本。

受け流すとか、向きを変えるとか、何かしろよ私!っと思いつつも刀を飛ばされない様にするので必死である。

クラールは肩に気を入れた、と同時にドス黒は威力を増し、一瞬で杉本を吹き飛ばしてゆく。

着地こそ無難に纏めたが、約30m飛ばされてしまい、先程まで後ろに居た2人のベニスの更に後方へと。

あんなに頑張ったのに、ゴール前にてふりだしに戻る、的である。

『何なのあれ?なんで怪人と分類される人等は皆反則技使うのよ…』

杉本の嘆きを聞いたのは戦線離脱中のレイニー。

ごちゃごちゃ言ってないで何とかしなさい!っとのありがたいお言葉を頂戴した杉本、

再びダッシュ。

だが再びその場所まで戻れそうにない。

クラールが何やら動きを…


喉まで浮き上がった言葉が引っ掛かり、そのまま谷底へと消えてゆく。

だが、今言わなければならないのだ…

『辻本さん、分かってるから。…もう少し待って欲しい…』

小さな声は辻本の鼓膜を激しく振動させた。

込み上げてくるモノをグッとこらえ、ただ笑う。そして伝わっていた事に感謝する。

『いつまでも、待つからな』


両手を天に掲げ、ロシア語と思われる言葉を叫ぶ。

と、同時に開かれるクラールの後方部分の壁全部。

中から登場するのは巨大ミサイルの先端。

『安心しろ、核搭載とかではないから』

嬉しくて発狂しそうになる情報に気持ちを抑え、その先の未来を見る。

我々とこの施設ごと破壊、そしてクラールは何らかの手段にて逃走、か。

なかなかに楽しそうな結末で。

…だが、させる訳にはいかない。あの人が護ったんだ、自分もそう成らねばならないのだ。

辻本はゆっくりと至高の時を自ら終わらせ立ち上がってゆく。

『もうよせブルー、貴様は突貫で創りすぎたからな、まだ固まってないのだよ』

まだ到着しない2人の男性陣ならピンとくる話も、この場の者には大きなハテナ。

ぽた、ぽた。

辻本は自らの胸付近の違和感に気付いた。意味不明に体に張り付いている半球から青い液体が漏れている。

『無理をするな、砕けるぞ?』

憎むべき敵の助言を聞けるほど大人ではないし、意味だって分からない。

『すまんね、聞き分けの悪い子だったんだ昔から』

そう、悪く言うなら我が強く自分勝手。だがそれでいいだろ?と思う。

芯が強く考えを曲げない事のどこが悪いのだと、意思を通して何が悪いのだ、と。

『…まぁ、好きにするがいい』

クラールは両手をタクトの様に振り回したのち、その合図となる腕のしなりを魅せる。

それがサヨウナラの合図、放たれるミサイルの弾頭と、大声で笑いながら左手でゲートを作り出すクラール。

彼の右手はドス黒い稲妻を生み出し、左手は転送ゲートを生み出せる。ある種の二刀流。

『じゃあな、ベニスの諸君。…縁があったらまた会おう』

自らの体をゲートへと押しやり、一瞬で消え去るクラール。

杉本は後悔するも、おそらくどうやり様もなかった現状に、軽い舌打ちを彼に送る。

ドドドドドド!

激しい爆音が、後方から前方へと響いてくる。

発射の為のエネルギーを蓄えつつ一気に放出、その準備は整ったのだ。

ゆっくりと弾頭がベニス戦隊御一行様へとの距離を縮めていく。

さぁ、後は溜めたエネルギーを爆発させ、マッハ某のスピードで敵を葬るのみ。

そこに居る、その御一行様は考えていた。直撃されるギリギリまで頭を回転させて、

現状の打破を模索していた。

…だが、何も見えない。戦線離脱宣言を撤廃しても、何も浮かばぬレイニー。

まぁ、ミサイルを何とかする手段なんて簡単には無いのだが。

絶望とか言った感覚は無い。やるだけやった…も無い。

頭の中には何も無い。これからの事を受け入れる準備をしているだけの事。

一人を除いて。

青いベニスはゆっくりと歩を進める。

そして足場の良さげな所兼仲間との距離を考慮した箇所に仁王立ちとなる。

杉本は声をかけようとしたが、その声は爆音に消され彼には届かない。

『辻本さん!』

それだけは届いた。だから彼には十分だった。



-37


『リミットバック、ブルー』

恐らくこれが最後になる、それを本人だけは理解していた。

理由なんて知らねぇけど。

急加速を開始するミサイル、そしてそのまま一気に接近。

辻本の作戦は簡単明瞭。来たのを持ち上げ向きを変える、だ。

後はタイミングとあの質量を持ち上げる力。

恐らく通常なら無理だろうが、今の自分は怪人である。

持てる力を最大限出せば、やれるはず…いや必ずやる、後ろの愛すべき人の為に。

見てからとか、合図があるとか、次のチャンスがとか、全部ない。

ただ直感でミサイルを持ち上げ、弾道を変更するのだ。

肩に衝撃が響き、ミサイルの質量が持つ想像を超えた力が、辻本を押す。

足は地面に食い込み、一瞬で靴底は消滅。素足が地面にすれて血の涙が生まれては即熱量で消滅を繰り返す。

足裏がどうなったのか気にはなる、だが不思議と痛みは無かった。

麻痺した為か、怪人だから、か。

応えは無いし、意味もない。やるべき仕事を完遂するのみ。

気合の掛け声も叫び声もなく、辻本はジャンプする。

リミットバックと怪人の力を合わせた最上級の力で、ミサイルの進路を曲げていく。

それはそのまま先ほど3人が滑り降りてきた坂道へと誘導され、その坂を沿って上昇。

残された皆が男の名前を叫ぶ間もなく、爆発音と激しい振動が周囲を覆い尽くす。

そして感情の整理がつく間もなく、崩壊が始まってゆくのだ。

牧野は彼の名を叫び、その坂を逆走してゆく。

杉本も後を追いたいが、まずはレイニーを担ぐ事から開始、遅れてスタート。

杉本に確証があった訳でもないし、それを期待して放心していた訳でもない。

だが、こうなる未来を予測していただろうし、それに甘えた節だってあるだろう。

本人がそれを肯定することは無いが、本能で生き残る術を見出していた事になる。

一人を犠牲にして、他が助かろう…と。

坂を駆け上がる牧野の前方に、今までにない光の空間が誕生していた。

地下に潜り何時間か不明だが、ずっと浴びたかった光合成、太陽の光。

ミサイルは坂を抜け、その先にある地表に穴をあけ爆発した模様。

そして肝心の辻本は…坂を抜けた所にて、発見。

牧野は名前を叫び駆け寄った。もう名前を呼ぶ呼ばないで躊躇する必要はないのだから。

『…牧野、無事か。よしよし…』

あの世で待つだろう林先輩に怒鳴られる所だった、と辻本安堵の表情である。

『あんな無茶して、バカじゃないの…』

馬鹿でもみんなを護れたんだから、それでいい。

横から2人、下からも2人、光の元へと集う面々。

『さぁ帰りましょう、病院行かなきゃ』

牧野の声を一番冷ややかに見ていたのは男子2名である。

(胸に球…中の液も残り僅か…辻本…)

彼らには分かっていた、この先の流れがはっきりと。それは辻本も同様であり、

杉本&レイニーも、何となく分かっていた。

牧野だけが、理解した上で否定し続けていたのだ、そしてその意思を皆解っていた。

時間を費やしたのだ、分かるようになれる日々を過ごして来たのだ。

ベニス戦隊として、友として。

抱きかかえ移動を開始しそうだった牧野に、辻本は願いを一つ。

『…さっきみたいに、膝の上に…』


そこだけ時間が止まったかのようだった。

2人だけの空間で、2人だけの時間で。

実際には1分と少しだけながら、辻本にとっては最高の時間であり、

最期の時となった。

『…なによ2人共…私を置いていくだなんて…』

牧野の涙がボロボロになっていた青い戦闘服に落ちてゆく。

そして抱き寄せた、愛してくれた人を。優しくもあり厳しくもあり、そんな抱擁。

胸のガラス球の中にあった青い液体は、全て流れ落ちていた。

それが怪人化された者の命を繋ぐ液体であることは、容易に想像できた訳で。

振動が、時間を動かす。こちらのリミットも近い、脱出せねば!

牧野は辻本を抱えた、この場に置いて行く訳もない。

杉本もレイニーを抱え悩む。

さて、どう脱出したら良いものやら…


エレベーターが使用出来る?…電力が供給されてそうもない。

穴の開いた上空からヘリコプターなりに乗った小杉統括が現れて救出される?

…予算の都合上、ヘリコプターは借りれていないので無し。

ならばやれる事は一つ。せっかく穴が開いているのだ、ジャンプするのみ。

『時間がない、みんな飛ぶよ!』

リミット宣言し、各々空へと飛んでいく。

一気に上昇する面々、流石のリミットバックとなるのだが…

2人を担いだ2人が、明らかにスピードダウンし、推進力を失っていく。

(う~ん、こりゃ届かんぞ…)

まぁ、2人分の体重をここまで昇らせたんだから、2人とも流石の一言。

『まぁ、しょうがない。レイニーが悪い』

笑顔で言われたら謝るしかない。

レイニーも笑顔で返した、内容は謝罪だけど。

常に覚悟をもって生きている、だからこれも許容範囲。

ゆっくりと降下を始める2人と2人。

牧野も覚悟を持っていた、そしてある意味それを願っていた。

2人の下へと旅立てる事を。

だが、それは許されない、まだ終わっていないのだ。

やるべき事と成すべき事が等しく存在している今、彼女等に安らかなる死など

与えては貰えないのだ。

前方を飛ぶ紫と緑のベニスより、勢いよく放たれる一筋の命綱。

さっき欲しかったアレ、フック付のロープである。

『なによ、貴方たちが装備してきてたのね…ナイスだけど』

繋がれた命と命、生存ポイントへと引きずり出される2人と2人。

力いっぱい引っ張っていたため男性陣は着地に失敗するも、一番の所は無事成功となる。

岡林はまだ現存していた周囲の小屋へ落下し、腰を強打したため初老の様な姿で皆の下へと歩む。

そこに、先程と同じように膝に辻本を抱きかかえた牧野が居た。

皆、その周りで2人を囲んでいる。

それは出発前と同様の集まりであり、違うのはひとつだけの、大きな欠損。

『もし、無理してなかったとしても、辻本はさ…』

それ以上、言うべきでない。御堂も理解し言葉を閉ざした。

『可能性は有ったかもしれないけど、コイツはそれを使って俺たちを救ったんだ』

初老はあえて口にした。それが岡林なりの気の使い方。

『…帰ろう、ここは寒すぎるから』

ベニスピンクとして、一人の女性として、彼に愛された者として。

牧野は辻本を抱え上げた。

(お姫様抱っこ、私にさせないでよ…)

彼の体は軽かった。

それが怪人化している者の結末なのだろうか。

それとも、リミット解除を宣言していないからなのか。

牧野に考える余力は残されていなかった。

『おーい!こっちだ!』

予算を費やした高級ジープが、彼らの元へと快走してくる。

『統括…辻本が…』

ひねり出した声を受け、そっとリーダーを抱き寄せた。

『分かってる、だがお前のせいじゃない。成るべくして成ったんだ』

林を失った時の気持ちと、辻本に未来のベニスを託すべく奔走した日々と、

そして小杉が推さなければ彼はブルーを続けず死ぬ事も無かったという現実が交差し、

彼の瞳を浸水させていった。

(すまない辻本、俺が…俺がお前の命を…)

ホテルへと戻る車内には、彼の好きだった洋楽がかき鳴らされていた。

苦しくもタイトルはレクイエム。

そりゃ出来すぎだよと、皆が泣く。


一人の人生が28年程で終わってしまう世の中を正すことが、彼らの使命。

善に生きる者として、超えなければ成らない壁であり、それを幾つも繰り返した先に、

彼らの望む理想郷は存在する。

悪を根絶やしにする事、その為に日々を過ごし、命を賭けて、前進する。

高い給料を貰ってるからとかではない、犠牲となるだけの人々を護るための戦い。

その為に、費やす。一滴残らず捧げる。

その先にしか、望む未来なんて無いのだから。

『さぁ、今日はアイツの分までとことん飲むよ!』

それがさっきまで手術台でうんうん唸ってた人の発言ですか…とやれやれ顔の杉本。

まぁレイニー様、お付き合いしますけども!

『えぇ、居酒屋見つけといたから』

『…ロシアにも居酒屋が!?』

仲間を失ったからといって、ベニスが戦いを辞める事は無い。

この世の悪が、全て消滅する日まで、ベニスは戦い続ける。

これから先の困難が、どれ程のものであろうとも。

全ての人民の為に、そして護りたい大切な人の為に…

ベニスはゆく。

        ベニス戦隊 ~遥かなる蒼茫~

                        第一部 完


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