34・35 ~破壊~
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1ヶ月前から受付として働いているアルバイトの女性、名前は牧野、だが下の名前までは名札には書いておらず不明…
従業員名簿でも見れば分かるのだろうけど、辻本はそうはしない。
そうだ、直に聞くのだ俺は!
意義込みはあったし当然気持ちは分かっていた。
こんな感覚になったのは初恋のあの子以来であり、規模で言うなら人生最大であり。
その為になら何だってやれると自負する毎日である。
そんな辻本はこの箱を降りる瞬間が好きで、今日も心の高揚を抑えるに必死であった。
『上石神井だな!車で25分か…急ぐぞ!!』
心底熱き男の声は不思議と響き、恋の高揚と戦いの高揚を上手にミックスさせてくれた。
4人は開門と同時にダッシュし、1階エントランスを駆け抜けてゆく。
その内の3名は、受付嬢の2人に手を振り出動、内一人のみ前方を見据えて駆け抜けていく。
辻本は当然、受付嬢の一人に視線を集中させ手を挙げる。
だが毎回、その集中が強すぎる為、見たくないものまで見えてしまうのだ。
(また、あの子はレッドをずっと…)
唯一合図を送らない男をずっと見つめている受付のあの子、気持ちがあるからこそ分かる。
その視線が意味するものがなんなのかを。
片思いは何よりも辛い。それは経験した事がある者だけが理解できる心境。
辻本は戦いの高揚だけを頼りに、戦地へと赴くのだ今日も。
当時のベニスは、多摩地区に根を下ろす暗黒組織『ボル・ル・ンゲ・ボ・ロルガ』、通称ボルゲ壊滅を目指し、日々躍動していた。
だがその中で現れるボルゲ所属以外の怪人達。その都度多摩地区以外の地域に出動し、
また多摩地区制圧の為活動する。
現戦隊員は4名、明らかに隊員不足である。
小杉統括が方々を当たってるそうだが該当者は無く、やはり予定どうりの選抜試験となりそうだった。
『で、誰か目ぼしいのは居るのかい?』
軽いノリの林を見れるのは、側に岡林が居るからであり、2人の間には親密なる友情という名のエキスが浸透していた訳で。
『今回は女性限定らしいからな、…他県からも来るらしいが、聞かないな名前は』
全国のベニス支部に通達が回ったのが3ヶ月前、【東京支部女性隊員選抜試験】と
無駄に並べられた漢字の列に、皆嫌気が差したのだろうか、応募者殺到とまで至らず。
その事に、小杉も頭を抱えていた。
『…この子なんてどうだろう?』
戦隊員からの推薦も可能で、皆一人くらいは~と気を揉んでいた所に御堂の声。
彼の手にはどこから仕入れてきたのか簡易プロフィールの書かれた紙が1枚。
『何々…竜泉流古武術の師範代!?』
竜泉流古武術は戦国の世を渡り歩いた代々の流派であり、その流れを汲む他流派が世界各国に点在していた程である。
『防衛大学主席!?なんと頭の方も一流と来たか…』
年齢は22歳、若さもあり申し分ないではないか。
『…て、見たことあるなこの顔』
岡林よ、何を言っている!…っと叫びたくなる衝動を堪える辻本。
『なんだ受付の子、こんなに持ってたんだ…』
辻本の心に稲妻は走る、いつも前ばかり見ていた癖に、ちゃんと認識していたのかリーダー、…何故?
ただの記憶がいいだけの人?はたまたリーダーも何らかの思いを抱いて?
心と脳内が交互に迷走して行く辻本は、その後の話を一つも理解することなく、戦隊ミーティングは終了となった。
(そうか、名前は玲子か…)
収穫はあったようだが。
シールドの形状を受け流せる様にと改良を依頼したのが今頃功を成すとは。
牧野は注文どおりの製品に仕上げてくれていたベニス開発室室長の倉橋に感謝しつつ、
更なる攻撃を受け流してゆく。
それは竜泉流の極意であり、牧野にとっては身体が勝手に反応するのだ。
シールドの形状に沿って駆け抜ける弾丸と、その2つが交差することによって生まれる音。
その全てが一つの流れとなり、この血生臭いだけの空間を少しだけ癒してゆく。
杉本もその流れに魅入られていた。美しい竜泉の調べ。帰ったら弟子入りしようと心に誓いつつ、止血を完了させる。
『レイニー、ちょっと我慢しててね』
自分の容態を思っての明るさではなくて、本当に安心して待てばいいんだと思わせる杉本の笑顔に、レイニーは戦線離脱。
『あぁ、頼むよ。…帰ったら居酒屋行くからね』
レイニーに了承の合図を送り、杉本はその場を離れる。
向かう先は一つ、クラールの裾野。全ての元凶をこの場から退席させるのだ。
…死をもって。
『クラール!』
集音マイクの様に濃縮された杉本の声を受けるクラールは、ゆっくりとほくそ笑む。
『ここに来るかレッドよ、ここに…』
それは間違った選択ではないが、残念ながら最良の解答ではないぞ?
そう伝えるそのニヤケ顔をシカトして、レッドは進む。
『ピンク!ブルー抑えといてね!』
無言で了承した牧野だが、ずっと気になっていた事がある。
それは銃口から発射角を認識する際に、同時にブルーの体に見えていた物。
(…あの胸の膨らみ何だろう?ボール?)
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一つ一つ、眉を開放してゆく2人。
その意味も、それによって得られる何かも、次第に理解できて来た。
『これもだ…皆胸に穴が開いている…』
彼らは医学に精通している訳ではない。だが、そこに何があるか位は分かる。
『心臓、皆心臓を奪われている…』
大きく開いた心臓のあるべき場所、そこに体を覆っていた眉の糸が無数に張り付いている。
それはまるで、そこで何かを精製しているかの如く。
2人は、各々10体づつ開放したところで、その行為に終止符を打った。
今、これに没頭している場合では無いからが一つ。
もう一つは、意味の無い行為だから。
推測するに怪人化させるための第一段階は、命を、心臓を奪うこと。
その上で眉に収め、先程の大男の様なガラス球を心臓の代替とする、か。
『…行こう御堂、女性陣が心配だ』
彼らの足取りは重く、その理由は単純なる事柄。
2人は、仲間の現在地と思われる方角へと歩みだしていった。
護り長けた存在である自分が、攻へと転ずる。
頭では何度か組み立てていたが、いざ実践となると少々悩む。
しかも相手は見知った仲、力加減をするべきかどうか…。
牧野は悩みつつも先程の杉本の声を思い出す。
(ブルーをここで止めなければ!)
ベニスピンクは自身初となる宣言をする。
『リミットバック…ピンク!』
全身に漲る力、不思議な興奮状態。これが噂のドーピングか…!
ピンクの中に眠る闘神の血が呼び起こされるイメージ。
遥かなる昔より継承されてきた竜泉の血が成せる所業か。
力を蓄え、一気にジャンプ。浮き続ける青いベニスの上空へと躍り出る。
そしてシールドを斜に構え降下、目標地点は両腕に抱かれたる2丁の殺戮兵器。
そう、それさえ奪うことが出来れば、彼の攻撃力は半減以下。
あるいはそのままキャプチャーだって可能なハズ。
ピンクに何らかの作戦や勝算があった訳ではない。
何時も通り、出来る事を遂行するのみである。相手の攻撃を受け流し、生まれた隙に一撃を加える…それが竜泉の教え、牧野に出来る最大にして最高の全て。
そしてこの男の最大にして最高は、撃ち続けること。
両手にナンブを構え、全弾放出。それが彼の最大、必殺の【ワンショット】
8発×2、計16発がほぼ同時に牧野へと襲い掛かる。
その攻撃力を正面から受けたなら、弾き飛ばされるかシールドを貫通してジ・エンドとなるのだが、予測していた牧野はシールドのロックを解除し回転させる。
シールド回転の遠心力とエア放出による空間微調整により、一瞬で後方へと受け流すピンク。
その衝撃で発生した音に周囲の全ての音は掻き消され、その反動で突然訪れる無音の時間。
まるで時間が止まったように、2人は向かい合っていた。
もっと違う形で、もっと意味ある場面で…、そう願う辻本の思考は今無き偶像。
有るのは目の前の敵と認識した物に対して、ひたすら攻撃を加える人型自動小銃。
それが、今ある揺るがない現実。
だが、それを否定すべく、現実を変えるべく、ピンクは時間を動かしてゆく。
『辻本さん!』
今回、彼女は初めて彼の名前を叫んだ。そしてその音と同時に動き出す時間。
終わりを告げる、辻本が望んだ至高の時。
――まぁ、今の辻本にそれを悲しむ感情は無いのだが――
彼女の予想どうり、名前を叫んでも返答は無い。それが怖くて辛くて、ここまで言えなかったのに。
彼女の思いは伝わることなく、青色のベニスは瞬間装填を実施し、次なる一撃に備える。
が、それをさせる訳にはいかない。ピンクはエア出力最大にて高速移動し、目標物へと前蹴りを敢行。
弾き飛ばされる右手のナンブ。すかさず回し蹴りにてもう一つも…と行きたいが、
そこまで簡単にはさせて貰えぬ状況の様子。
牧野は瞬時の判断で装填の済んだ方を狙ったつもりなのだが、それは罠。
足が届く距離まで誘い込むために、ワザと間に合いそうな速度で装填したのだ。
本来なら、瞬きの間に可能な装填作業。
青色のベニスは残したナンブにてそれを実行し、そして銃口を突きつける。
今度は躊躇も無い、突きつける行為と同時に放たれる弾丸。
…竜泉流に空中戦なんていうカテゴリは存在しない。
だからこれは彼女オリジナル、竜泉流空の舞。
彼女の体は木の葉のようにひらりと流れ回転し、音速で接近する弾丸を避けるように舞ってゆく。シールドで軌道を変えた訳でもない、彼女の身体が弾丸の風圧で自然と飛ばされていくイメージ。
それは8度繰り返され、その間ピンクのベニスは風に煽られるように空を優雅に漂うのだった。
目の前の出来事が理解できないブルーは、一瞬膠着する。
この至近距離で当たらないなんて…と。
だがその膠着は、左手への衝撃と共に終了し、強制的に上方へと始動。
蹴り上げ飛ばされる左手のナンブと、垂直に上げられたピンクの右足。
牧野はそのまま右踵を振り下ろし、ブルーの左肩へと落としてゆく。
その威力によりブルーは地面へと急降下。
【ぱきっ】
それは叩きつけられた音により消されたのだが、リミット中のピンクには響いていた。
(何の音かしら…骨の音では無さそうだけど…)
半ば強引に駆り出された選抜試験、その決勝戦。
立ち上がってこない相手と周りの歓声。どうやら優勝してしまったようだ私は。
会場に響き渡るコールと、神輿のように担がれる姿に、牧野は安請け合いはするものではないという格言を思い出していた。
…これで私は戦隊入り?
実感は沸かないし、例の部隊への内定もあるし、何より周囲の目もあるし(特に両親)。
でもどちらを選ぶかと言えば、そんなの改めて言うまでもない。
(そうだ、戦隊員の方が危険手当就くから初任給が高い!そうだそうだ!)
牧野は一生懸命理由を探し、見つけ出したのがそんな理由。
それで周囲と両親を納得させられると本気で思っている彼女に罪は無い。