1・2 ~笑顔~
-1
この世には、善と悪があるらしい。
自らの我と欲を通し、他人の損失等を問わない悪があるならば、善とは何だろう。
他人が起こす被害から他人を守る、路頭に迷う他人に道を指し示す。
いずれにしても、善が得るものは特に無い。
ただの自己満足か、感謝の言葉を聞きたいのか。
悪からすれば、そんな善を理解できず、逆に善は悪を許せず。
しかし、他人に被害を加えるか、守るかの違いはあれど、基本ベースは同じなのではないか。
自分の信じるものが相違するだけで。
善と悪、良心と欲望のベクトルが狂うとき、善悪への別れ道が訪れるのか。
そこでどちらを選ぶか、はたまた全てを拒絶するのか。
それまでの人生が選ばすのかな…
2つの選択肢のみなら紛れも無く『善』側の、ベニス戦隊東京支部。
1つの太陽を失ったダメージは大きく、復調の兆しはまだない。
そんな支部に、葬儀の日程を知らせる葉書が。
さらに林の死を受け入れろと言うのか…
残酷な仕打ちに頭を掻く小杉統括。
だが彼にも使命がある。
自らの信じた、選んだ道を、完遂せねばなるまい。
東京支部を、立て直さねばなるまい。
震える胸中を叩きつけて、小杉統括は歩き出す。
その先の、太陽を信じて。
-2
メンバーが揃うのは、あの日以来か?
全てが変わってしまったあの時か。
ベニスピンク事、牧野は喪服をまとい小さな肩を震わせる。
涙は出ない、もはや枯れた。
だが嗚咽が止まらない。
彼女には特別過ぎる存在だったのだろう。
そう言えば…と振り返る。
彼の笑顔は赤ちゃんの次に無邪気だったと。
私が憤慨る時も、悲しみに暮れる時も、その笑顔が私を救ってくれた。
瞳の横のシワも、唇の上がり方も、癒されて。
でもそれも過去の事。
今の私を救ってくれる笑顔はもうない。
心は暗闇の淵から戻っては来ないのだ。
その感情は、他のメンバーにも共通するのか、薄ら笑いを浮かべる者まで居る。
ベニス戦隊の崩壊は、すぐそこまで来ているかのようだ…。
葬儀会場となるのは、メンバーも知らない林の実家。
横浜の大和市、駅から少し離れた民家のひとつ。
築何十年?な建物に、林の香りが残っている。
あぁ、間違い無く林はここで生まれ、最後に帰ってきたか…
ブルー辻本は思う。
知人、友人、親族。
メンバーの知らない顔が見える。その中に、ひとり、牧野の知る顔が。
林 敏子、レッドの母親。
一度だけ紹介されたことがある。林の下宿先に遊びに来ていた母と、緊急対面。
林同様、笑顔の無邪気な女性だった。DNAは母親譲りらしい。
そんな母からも笑顔は消える。 しかし時折気丈に見せるいつもの無邪気。
牧野は面影を重ねていた。 母の笑顔と林の笑顔がシンクロする。
自然と足取りは母の下へ。
母も牧野に気付き、そっと歩み寄ってくる。 視線は交差し、2人は思い出を交換していた。
生まれたとき、初登校のとき、戦う林の姿、そしてあの日の事。
林の最後の時を瞳で聞いた母・敏子は、口元を緩める。
あの笑顔だ。 牧野が救われ続けたあの無邪気さだ。
その時、あの日より枯れていた牧野の涙が頬を伝う。
2人はお互いがかけがえの無い存在なのだと理解し、静かに抱き合った。
一方は息子を、もう一方は最愛の人を抱くかの様に。
懐かしさと共に流れ込む暖かい光。
太陽…、あの人の温もり。
牧野は今、暗闇の巡回を終えようとしていた。
全てが停まったあの日からの脱却。
だからと言って、この深い悲しみが癒えた訳では無いのだけれど。
ピンクに笑顔が戻った、それだけで善いのだ。
雲の隙間から覗く陽光の温もりが、二人を優しく包み込んでいた…。