32・33 ~悲鳴~
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先程まではシルク100%と思われる上質なローブを纏っていたため気付かなかったが、
今はおびただしい量の血?を全身に帯びているためローブが体にピッタリと張り付いている。
『なんだ?あの胸のふくらみは?』
みぞおちの少し上に、何やら膨らみが見える。
『なるほど、離脱はアレを叩いてみてからでも良いだろう、と』
テニスボールの半球が出ている位の大きさ。確かに不自然であり狙えない物でもない。
2人は最後の渇を入れ、奴の見えない防衛ラインを越えてゆく。
再び光り輝く室内と、もはや聞きなれて慣れてしまった稲妻の轟音と。
先程と同様の世界、なれど違いはある。
ベニス戦隊はまだまだ未熟であり、全員が成長過程に居る…それが小杉統括の思想。
それを体現したる紫と緑のベニスは、一度も死の恐怖を味わうことなく大男を射程に捕らえ、
そして完遂させてゆく。
胸に突き刺さるベニスジャベリンと初めて苦しむ大男。
『当たり…か?』
それも気になるが、御堂の関心はそれが何か、である。
ガラス球の様な物に見える、中は青色の液体?
(まぁ、ジャベリンによって割られたガラス球から液は漏れているが)
岡林が槍を引き抜くと、ガラス球は一気に砕かれ、大男は沈黙。
『一応これでもう攻撃してこないだろう。…眉を開けるぞ』
彼らはこれから、今回の戦い最大の無駄な行為をする。
でもそれはやらなければならないこと。
それ無くして前進はないのだから。
2丁のベニスナンブから打ち続けられる弾丸。
それをひたすらシールドで防いでいるピンク。常にイエローに呼びかけながら。
『…私を置いて行けピンク…』
時折聞こえるそんな声をシカトして、牧野は耐える。
当然、彼女がしているのはジリ貧行為ではない。待っているのだ、レッドであり後から必ず来ると信じている男性陣であり、を。
にしても遅い。レッドはまだあの坂道からすら出て来ていないし、男性陣に至っては今だに音信不通。
頼れるものが居ない、いつも誰かを頼って護られて生きてきたのに。
そう、彼女は分かっているのだ、変わなければ成らない時が必ず来ると。
そしてそれは今であると。
でも身体が動かない、シールドに追い被さって貰えないと呼吸すら出来ない感覚。
怖いのか、傷付きたくないのか、傷付けたくないのか。
ならなぜ私はここに居る、ここでピンク色のスーツを身を纏い、地球に害を及ぼす存在との戦いに明け暮れている理由は?
牧野は思い出していた、林との記憶を…。
大学の奥深くにひっそりと佇む就職活動専用の教室【職種開発室A】
今日も牧野はこの開発室に入室し、有りもしない理想を適えたる職種探索に挑む。
(ちなみに開発室Bは10年前に廃止)
彼女が望む職種は、当時全世界で実施及び開発が凍結されていた人類移住計画の第一歩である火星探索委託会社への就職である。
やはり幼少からの夢、宇宙の旅。それを実現させたい一心でこの防衛大学へと入学したのだが…やはり4年の歳月では凍結が解かれることは無く、あるのは日本国内を護ってるのかどうかも分からない組織への幹部入隊である。
それでいいと周囲は言う。高待遇に高収入、そして未来の夫となるべく存在は国防省官僚。
確かに、言うことは無いのだろうけど…
牧野は今日もマウスを操作し、新着順に募集要項を眺めていた。
夕日が沈み、今日の終わりを伝える過去一番有線の支持を受けたとされている聞き飽きた曲が流れていた。
(ふ~帰ろ)
一人残された部屋を後にする牧野。時期は12月、そら皆様内定頂いてバカンスっすよね…
自分の精神が少々病んでいる事に気付かないほど彼女は病んではいない。
だからもう今週中に誘われている例の部隊へと進むつもりである。
もう十分悪あがきしたし、無いもんは無いのだ。
肩を落としつつ帰宅の徒に付く彼女に声をかける面々。中々の人気者である。
まぁ、性格云々の前に要旨が違う。勝手に応募された【裏学園のマドンナ】で堂々の一位。
そして若者の世界では重要とされているネット社会での共有ソフトの友達申請が4桁。
(まぁ、了承しているのは本当に友人と彼女が認識している数人だけだが。)
彼女の人気は4年生にして頂点を極めてはいたのだが、だからといって幸せって言葉が似合う立場に無い。
そう、この状況がそれを物語っている。
『ふしゃるらら~!』
何か不快感の塊のような管が体に巻きついている。生物の解剖授業でバラバラにしたザリガニの頭みたいなのが意味不明の言葉を発しているし。
…口?に牙が見える、そこがザリガニとは違うところか。
さっきもう一人巻き付かれていた人が足からゆっくり食べられていたし、次は私、だな。
牧野は諦めとかの言葉が嫌いで、最後の瞬間まで戦い続けることを高校で習った。
だがこればっかりはどうしようもない、私はこの意味不明な生き物の胃袋(そんなものあるのか?)に納まるのさ。
帰宅途中に遭遇した意味不明の生き物に捕まった牧野、現状を理解しようとはしているが、
そもそもこの生き物が存在しているのかどうか?
牧野は眼を閉じた。だってこれ以上見たくないのだ現実を。
空想に落ち、宇宙を飛び回る牧野の精神。あれが火星か、これが金星か。
…体に巻きついた管の動きで、一気に現実へと引き込まれる牧野。
いよいよ、か。短い人生だが悔いも無い。だって宇宙に行けないんだったら同じだ!
っと、納得しようと努力しているうちに、しゅるるっと管が外れて行く。
まだ、眼を開けたくない。明けた瞬間に口をあんぐりさせたザリガニの化け物が
ガブリとくるかもしれないのだから!
『…ですか?大丈夫ですか?』
…男性の声だ、さっきのザリガニはふしゅ何ちゃらばっか言ってたから、これは…。
牧野はゆっくりと眼を開ける。そこに見える赤いヘルメット?
『もう、大丈夫ですよ』
仮面越しだから見えるはずも無いのだが、この押し寄せる安堵感と脱力感。
涙が自然と流れ、嗚咽が耐えることなく繰り返される。
『レッド~、ダメだろ泣かしちゃ~』
周囲のカラフルな仲間に煽られオタオタする姿が可愛くて、何時しか嗚咽も止まっていた。
その姿を見て安心したのか、レッドと呼ばれる人がヘルメットを外し素顔を見せる。
『ベニスレッドをやらせて頂いてる林です』
一目ぼれという言葉を今日知りました。
牧野のその夜のブログに悲鳴を上げたる男子、多数(ほぼ全員)
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面接が大変だったとかもない、あっさりとその場で採用は確定した。
まぁ、時給940円のアルバイトだが。
親の体裁もあるので、例の部隊への内定をお願いしてはいる。
だから、それまでの事だと自らに言い聞かす。
そこまでの間だけ、この夢を見続けられたらいいのだから…と。
人を好きに成ると言う事は、人を盲目にさせるというが、牧野は案外冷静であった。
しっかりと前を見据え、期間限定の林との接触を楽しんでいるのだ。
まぁ、結末からすると恋を選んだのだが…。
アルバイトの女性に、勿論いきなりピンクの椅子が与えられた訳ではない。
東京支部の受付及び雑用補助、それが彼女のスタートラインとなる。
【ピーン!】
その音と共に彼女は振り返る。それはエレベーター1階到着の知らせ。
その箱から慌ただしく降りてくるはずだ、私のこころを満たす人が。
『上石神井だな!車で25分か…急ぐぞ!!』
この声、その姿、そして何よりその思想。
全てにおいて惹かれていく存在。出会ってしまったな…っとほくそ笑む牧野に
合図を送りつつ出動していくベニス戦隊御一行様。
現時点でメンバーは4名。新たな選抜試験はすぐそこまで迫っていた。
シールドが重い。それはそのはず、2人分の命がかかっているのだから。
『ど~しました?もう詰みですか?』
遠くの方から聞こえる不快なる声、倒すべしな存在にして許されざる存在。
でも今の私は護る事しか出来ない。
倒すために、はるばる来露したというのに…。
今まで護られる存在だった私が誰かを護る、それはそれで新鮮なのだがやはり私はベニス戦隊のピンク。
我らの務めは地球に害を及ぼす存在の除去と未然防止である。
今、まさにその力を発揮せねばならぬ時、だから…!
牧野はその時、もう一つの思想に落ちていく。
(死ねば、会いに行けるんだ…)
間違いというには可哀想であり、当然というには配慮が足りない。
だが理解する事は可能であり、同情という言葉はすんなりと当てはまる。
(向こうの世界で何してるかな…どこ行こうっかな?)
自然と力が抜け、シールドが体を押し寄せてくる。
諦めや絶望のない敗北、成るべくしてなった結末。
…でもその為にレイニーを巻き込むの私は?
一瞬弾かれそうになったシールドに力を込めるピンク牧野。
(間違いを、また私は間違いを犯すところだった…!)
ゆっくりと前進を開始する牧野、先ずはレイニーを安全あるポイントへ運ばなければ!
『レッド!!』
普段の牧野からは考えられない大声。それに応えられない様では、リーダー失格だ。
杉本はむくりと身体を起こす。そして周囲を見渡し、ある一点を凝視する。
『レイニーを!安全な場所へ!』
頭が理解する前に体が反応する。杉本は一気に全身の血行を抑制させ活性化させる。
そして一瞬で行動すべく内容を実行していく。
『レイニー!』
名前を呼ぶだけで作戦を理解しろとはなかなかのハードル。
だが実行するしかないし、何となく分かる。それだけの時間は過ごしてきたのだ我々は。
死線を越えた者同士の精神圧縮は早期かつ強固。2人には未来の共有が可能であった。
(まぁ、死線というより酒線だろうけど…)
それに従い、レイニーは光る。
目標は撃ち続ける青い大馬鹿者である。部屋全体を包む程の閃光を凝縮させ一点照射。
その凝縮された輝きを網膜に受けた青いベニスは、仰け反りバイザーを抑える。
だがそれでは何の解決にも成らず、無意識にヘルメットを外し直接目頭を抑える辻本。
牧野は冷静にその一部始終を見ていた。外し方、顔、苦しみ方、怪人化したとの事だが
そんなのは嘘だ。全ての仕草は何時もの辻本であり、あれで怪人だと言われても…である。
(まぁ、空に浮いてる段階でおかしいのだが…。)
後方で動きを感じ振り向くと、そこはもう無人。
無事救出を終えたレッドが後方で止血中である。
(流石は杉本さん…後は私が!)
牧野は立ち上がり、シールドの形状を変化させていく。
右手甲とシールドをドッキングさせ、そのまま右拳をも覆っていくシールド。
サイズ縮小を犠牲にして攻撃力を強化する、ベニスシールドの強襲モードである。
『ブルー、貴方にはまだやるべきことがあるわ!』
ゆっくりと攻撃姿勢を整えるピンク、そして迷い無く突進。
それを迎え撃つブルーの視界、ようやく回復の兆し。
ブルーは改めて迫り来る敵というカテゴリに位置する存在に眼を落とした。
何の感情も湧き上がってこないブルー。彼はゆっくりとベニスナンブに装填してゆく。
そして今まさに攻撃を加えようとする敵に対し銃口を向ける。
スムーズな流れから放たれる弾丸、瞬時にガードを選択するピンク。
ほんのコンマ何秒の世界の中で展開される攻守の交代劇。
だがもしこの時、ブルーの引き金を弾く指までもがスムーズに流れていたなら、
ピンクのガードは間に合っていなかっただろう。
感情も無い、記憶も無い、だが胸の奥底の深層心理の端っこに、何やら違和感が残っていた。
それが一瞬引き金の弾きを躊躇させ、ピンクに対する攻撃を遅らせたのだ。
(…ピンク…マキノ…)
ベニスブルー辻本実は、ベニスピンク牧野玲子をずっと見ていた。
その感情が何なのかを、当然理解しつつ。