30・31 ~佳境~
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ベニススーツに浮遊機能は無い。確かに空中でエア放出による移動は可能だが、
基本的には落ちつつ…である。
『ねぇ、完全に浮いてるんだけど…』
ゴーの合図で飛び込む予定だが、相手が上空に居るのだから、少々困る。
『まぁ、そんな愚痴は通らないみたいよ』
一気に間合いを詰めて行くレッド、一瞬だけリミット解除し大ジャンプ。
『直ぐに目を覚まさせてあげるから!』
上空に滞在するブルーの更に上空より降下して行くレッド。
だがその両手には、赤き魂の象徴【ベニスソード】は握られていない。
基本的に殺傷を目的として作られているのだ、この場で使える訳も無く。
記憶とは、何時も目の前にあらず、何らかのきっかけで脳内と全身に染み渡るもの。
(なぜ今なの…なぜ!)
殴りかかる直前の杉本の脳裏は、仲間との記憶で一杯となっていた。
辻本だけではない、他のメンバー全てとの日々。初出勤から今日までの事全部。
『辻本ー!』
叫び声とは連動されていない腕の振り下ろし、そして直前で何かのバリアでもあるかの如く急停止する拳。
小さな舌打ちとともに今度はハイキックを繰り出す杉本…だがやはりバリア。
攻撃は当たらない…。
『ふふふ、仲間ですもんね、殴れないかな~?』
本当に特等席で楽しんでいるクラール。出来るならブルーを飛び越えて奴を殴りたい所なのに、そうはさせてもらえない。
『…彼は違うみたいですけど?』
ベニスブルーの体に力が込められて行くのが分かる、拳を握り躊躇無く振り下ろす。
とっさにガードするベニスレッド。だが腕から伝わる衝撃と、眼に映る景色とがマッチングしない。有り得ない…。
杉本は戦いの中で、戦いを一瞬忘れた。それこそが有り得ない出来事、死への直結。
鈍い音と、背中へと抜ける衝撃とを同時に感じつつ、杉本は後方へと吹き飛ばされて行く。
ブルーの放った強烈なる前蹴りにて、先程入ってきた壁の残りを破壊し尚坂を逆走。
強制リミットバック及び怪人化によるパワーアップ。クラール納得の結果である。
『レッド!』
牧野が体を後方へと回し駆け寄ろうとした時、それを制する掌。
『大丈夫だ、レッドは直ぐに戻る!』
そう、駆け寄って大丈夫?っと心配している場合ではない。
目の前の青いベニスが狙っているのだ、ベニスナンブを構えて。
『後ろなんて見ている場合ではない、銃口の向きと発射のタイミングを凝視しろ。』
ベニスイエロー事レイニーは分かっていた。まだ仲間歴の浅い自分がやるしかない、と。
行動不能に成るまで、痛めつけなければならない。そしてその後で、皆で笑顔で…。
そう今の自分なら、杉本の様にバリアに苦しむことは無い。
イエローはピンクに一瞥の後、同じデザインの色違いの怪人へとダッシュしていく。
後方の杉本のことは勿論心配だし、エアで受け流してはいたがあの衝撃、無傷な訳無いだろうし。
だが今は全てが後回し。取り返しの付かなくなる事から順に解決してゆくのみ。
(銃口の向き…入射角…指先の動き…来る!)
銃声は地下に響き渡り、放たれた弾丸は着弾地点を探し空を彷徨う。
第2波、第3波とイエローは回避してゆく。彼女は待っていた、必ず訪れるその時を。
(ベニスナンブの装填数は特殊加工にて8発、…これで7発!)
最後の8発目回避と同時にブルー目掛けて最速接近していくイエロー。
そうだ、弾を込めなければ攻撃は行えない、当然そこに生まれる隙…逃す訳も無い!
上空に浮遊するブルー目掛けてジャンプ!その標的と化した元同僚に祈りを捧げつつ、
彼女は当たる攻撃を繰り出す。
付き合いの浅い2人なら当てる事も可能、だが逆の話もある。
付き合いが浅いからこそ見落とす事があると言う事。
他の隊員なら理解はせずとも察知できていただろう。そしてその結末を十分に予測させ、
こんな無謀なるジャンプは決行しなかったはずだ。
イエローの耳に何か聞こえる。(…ダメ?)それはピンクの声、澄み渡った声優の様な声。
戦場でも、よく届くのだ彼女の声は。
あの日だって、そうだった。彼女の声が彼を突き動かし、結果護れたのだから。
レイニーがその声で理解したのか、はたまた眼に映る光景で理解したのかは不明だが、
自身がやはり平静ではなかったのだと証明してしまった訳で。
ベニスブルーは背中に装着されたもう一丁のナンブを既に構えていた。
2丁拳銃、それが青色の代名詞なのだ。
銃声は1発に聞こえるも、実際には計3発、レイニーの体へと、無事着弾。
牧野の声が聞こえる、それに混じって聞こえて欲しい声、それは届かない。
(すまない杉本…ミステイクだ…)
最後の悪あがき、空中制御にて着弾をズラした為即死ではないが、戦闘不能に至る十分な負傷。
地面に叩き付けられる黄色いベニス、そこにトドメの1発をお見舞いする青いベニス。
そうはさせじとベニスシールドを展開しつつトドメの1発を防ぐ桃色のベニス。
そして後方で動かない赤いベニス。
傍から見ればただの仲間割れ兼同士討ちは、ゆっくりと佳境へと向かう…。
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岡林は恐る恐る自身の体を見渡していた。
(あぁ、良かった全部ありそうだ…)
バラバラに吹き飛んだかに思えた肉体は健在、なれど今だに動けそうに無い。
凄まじい衝撃ながら、この感覚には覚えがある。
そう訓練の一環で無謀にも体験させられたのだ、スタンガンを。
(スタンガンの強力板みたいな感じか…)
自らの発言でゾッとなる、強力板て何だよ…と。
岡林は先程の攻撃時の体制から、そこであろう所に視線を流す…居た、奴も無事か?
岡林は動きそうな箇所を探しつつ、焦らず冷静に機能回復までのプロセスを導き出していた。
(下半身は右に時間がかかりそうだ…上半は肩だ、何よりも重い…)
本来は時間をかけてゆっくりと回復させたい、だがそれを許さぬ大男が
また知らぬ言葉を発しているではないか。
岡林は全身の血流を促すイメージにて脳内をコントロールし、一気に回復を図る。
後1秒、いやコンマ5秒…そんな瀬戸際に襲い掛かる朱色の稲妻。
それは瞬きの時間、ゼロかイチかの単純なる図式。
神に祈る時間も無い、ただ己を信じて行動するのみ。
部屋全体を覆う光の煌びやかさとは真逆の位置にいる2人、辛うじて生還。
『ふぅー、御堂も無事だったか…』
『ん?随分と残念そうだな?』
『あぁ、仲間を失ったショックから劇的に強くなるって流れに期待してだな…』
『はいはい』
2人は会話の内容ほど元気ではない。立ってるのがやっと、となる。
この状況を打破するのは、やはり大男のロスト。
『この世の中に不死なんてない。あれは極端に打たれ強いだけだ』
完全に息の根を止める攻撃を与え、活動を終焉させる。その為の一撃を…。
2人はガクガク震える全身に渇を要れ、大男を狩り獲るのだ。
『ムジャジュドー!』
ある意味分かりやすい。声~万歳~体の発光~朱色の稲妻、である。
リズムもほぼ同じにて、もはやかわす事は容易い2人、後は狩るのみ。
狙うのはやはり頭部。
まずは上空からの定番、グリーン渾身のクロスザンダーを頭の天頂部分にヒットさせる。
頭部はパックリと割れ、奴の血であろう紫の液体が噴水を上げ、まさに致命傷。
だが当然、それで奴が倒れるなんて思っていない。
岡林は一閃の構えとなり突撃、そして大男の口内へと槍を突き立てていく。
普段ならそこで槍を引く、だが今回は違う、狩り獲る事が目的なのだ。
岡林は逆に加速し、口から首筋までを開通させつつ突破してゆく。
宙を舞う大男の上唇から上の部分。生物の行動を管理する脳の部分と体を切り離したのだ、動ける訳も無い…。
少々残酷だとは感じつつも、我々は命の奪い合いをしているのだ。
弱肉強食、弱い者は死に強者の渦に飲み込まれて逝くのだ。
…まぁ、今回で言う弱者は2人の方なのだが。
口が無いのだから、当然言葉は無い。だが手は万歳し朱色は奴の体を覆っている。
有り得ないが現実に奴は動いている。生きているかどうかなんて判断基準が曖昧だ…。
いや、死んでるだろ!っと自らに問いかけつつ、2人は稲妻回避に勤める。
2度3度と光り輝く室内と、その光と比例して離れて行く大男との距離。
今の体力では至近距離で交わし続けることは不可能と後退…決して逃げてる訳では!
『御堂!』
彼が名を呼んだのには訳がある。万歳が下がったのだ、光る直前に。
そして何も無かったかのように佇んでいる大男。
何かを閃いた岡林はスリ足で接近、手が挙がる、足を引っ込める、手が下がる。
『…なるほどね、一定の距離内に侵入した物を自動的に攻撃するってやつだ』
つまりは近づかなければ攻撃されることはない、か。
『こっから奴までの距離での半円を描くと…まぁ当然眉を護る為に、か。』
壁に吊るされた全ての眉が大男の防御ライン内となる。
眉に近づく者あれば、ズドンだ。
2人の間に静かなる時間が流れた。それは数秒のこと、されど大いなる時間。
とりあえず今は放置してよい相手、今叩くべき相手は他にいる!
『御堂、ここまでだ行こ…』
先輩の発言を止めること、被せる事は体育会系の禁止事項なれど、ここは被せる。
『賛成だけど、最後に一つだけ試さないか?』
(あ、こいつ俺のこと同類か下に見てるな…)
御堂の本心が分かっただけでも、この戦いは意味があったと涙を拭う、
岡林隆一(28才)自称独身貴族なり。