26・27 ~離別~
-26
回転の慣性を利用し周囲を警戒するレイニー。誰も居ない、不自然な程に。
それは続いて舞い降りたる者たちにも共通の感覚、油断とも思えない静寂。
『2択だか3択だかを何回繰り返さすつもりなの?』
誰に言ったわけでもないので、返事が欲しかった訳ではない。
だからそのまま駆け抜ける皆に恨みも何もない。…ちょっと寂しいだけで。
ベニス戦隊は誰が最初に見始めたか不明ながら、数秒後には皆同じ方向を見ていた。
『あれね、更なる地下へと続くエレベーターは』
一般的デパートや商業施設で見かける普通の感じ。特に怪しい彫刻とかも無い。
少々期待はずれだが、そこを言っても仕方が無い。
ロシア語で【呼ぶ】と書かれている方のボタンを押すレッド杉本(読めたのはレイニー様々)
聴きなれた音にて開かれて行く扉、そして見慣れた内装。
『こりゃ間違いない、日本製だね』
特に意味の無い会話である、某有名メーカー製作のエレベーターだからといって、
その某を責める事も無くて。
ようは使い方なのだ、どのように使用するかによって存在意義は変化する。
(火、爆弾、言葉等しかり)
まぁ、何処に売ってるねん某メーカー!…位には思うのだが。
『班を分けるよ、私とレイニーと牧野は先、後の二人は後からで』
一発ドカンで全滅…それは避けたい。
なら1人づつ、となるが時間が無い。こうしている間にも、彼の命が消えるかもしれない。
だからこれがベターな選択、決してベストではないのだが。
エレベーター内部にある掲示盤の説明を後から組に施して、3人は最下層行きのボタンを押した。
地下12階、正解かは不明だが基本的に最下層に色々と作るもんだ、悪党ってやつわ!
閉まるドアと聴き慣れたフレーズ。
3人は一気に地下へと降下して行く。その先の未来を取り戻す為に。
そしてこの先の不遇を排除する為に。その為に、命を賭ける。
『今頃、ミッションが開始されているはずです』
出羽総理大臣の傍らの男が、主に伝わる範囲の声量にて呟く。
その姿から女性を思わせるのだが、決して出羽がそれ系って訳ではなくて、
単純に惚れているのだ。 …勿論、それ系の意味ではなくて。
湯原 清一郎(26)次の仕官候補であり、出羽の全てを引き継ぐ予定の男である。
その出生に明確なる答えはないが、唯一無二の存在として出羽より直々に英才教育を
受けているのだ。
『皆が無事であれば、何よりだがな…』
似つかわしくない、と湯原は感じている。
そうではないだろう? 悪に落ちる必要はないが、もっと負のドス黒い感傷の中で導き出される言葉があっていいはずだ、と。
まぁ、年には勝てぬのだ誰しも。出羽が奪ったように、湯原もいずれ行動に出る。
ただ、それだけの事。時代とは繰り返し…
『湯原!』
瞑想中?だった湯原を我に戻す怒号。…私を驚かすとは、本来なら万死に値する…
『新興勢力に付いてまとめた資料があったはずだ、持って来てくれるか?』
頭の中に数字が浮かび、その先にあるバインダーのタイトルが浮かび上がってゆく。
湯原は記憶力に関してずば抜けていた、それは障害であると思えるほどに。
『…ありますね、直ぐにお持ちいたします』
ぺこりと頭を下げ、瞬時にターン。抜群の姿勢のまま退室していく湯原。
(本当に使える奴だ、まぁそれだけだがな)
奪われるつもりなど毛頭もない男は、ゆっくりと前方の絶景を眺めた。
(我の作り出したる世界、誰の物でもなく我の、我々の…!)
出羽竜之介、その視線の先にある野望を知る物は、もういない。
可もなく不可もなく、エレベーターは最深部に到着。
静寂、その言葉しかない。3人はゆっくりと箱から降り、周囲を見渡す。
待ち伏せや罠、その類を探るための時間。それなくしては箱を戻せない。
『…どうやら、もっと奥でお待ちの様だね』
レイニーは箱の上昇ボタンを押し、上部の2人に合図を送る。
『よし、少し進みましょう』
トライアングルを形成した3人は、すり足を混ぜつつ前進。
戦いで大事なのは索敵なのだ、相手を知る事であり状況と情報を得る事であり。
そして何より自身の力と相手の力を比べ、引くべき時は引く事。
これを守れば百戦錬磨である。
杉本もそれを行っている。2人が最深部に降りる前に少しでも、と。
だが、2人がエレベーターで最深部に来ることは無いのだ。
来るには来るのだが…。
-27
エレベーターフロアの出口は一つ、ドアのない囲いを通り抜け見渡す。
長い廊下に近いイメージ。左右にドアや脇道の類はなさそうだが、あくまでも現時点では、となる。
後ろを振り返る牧野、来るはずの二人が来ない。それどころかエレベーターすら降りてこない。
(遅い、明らかに。何かあったのだ…!)
それを進言するか迷う。だがその必要はない。3人が降りる前に打合せ済みだ。
『俺たちを待つな』、と。
・・・『何かが起こるだろう、想像にもない何かが。だからその時は目に見える仲間だけの為に動こう。そして自らの責務を終えた時に、互いを探し共に喜びを分かち合おう』・・・
岡林の言葉を思い出す3人。だから進む、前しか見ない。
まぁ、気に成らない訳ではないのだが…気にしていたのでは恐らく己の命すら守れないのだ。
3人の歩く速度が少しずつ増していき、それは次第に駆け足へと変化していく。
『一気に行くよ!』
理由など無い、急がないと…はあるが、そうではない。
走らなければこの動機を抑えられないのだ。
不安と焦りと、耐え難いあの日の記憶とが重なりあい、それが彼女らの鼓動を速めている。
いそげ、一秒でも早く…!
戦いに大事なのは平常心、それを欠いては勝利など無し。
ボタンが反応しないのは予測の範疇。
だが空間が裂けるのは予期していた最悪の範疇。
単純に数の少ない方を狙おうってだけかもしれない。はたまた弱き方を狙い撃ちなのかもしれないし、残った方を…だったのかもしれないし。
まぁ、理由などは問題ではない。
結論として2人は狙われたのだ、キャプチャーの対象として。
しかし想定内である。2人は瞬時にその網を交わし、後方へとジャンプ。
『コイツ等が辻本を!!』
空間の狭間から除く姿は怪人そのもの。頭に元を付けようとも人間との認識など皆無。
だから切り替えられる。当初不安はあった、榎本官房長官と同様に躊躇してしまうかもしれない、と。その隙に前回にはなかったお返しを食らい絶命。考えられるシナリオだ。
それを回避したのが吉兆、そのまま奴らを返り討ちに出来たら更なる吉兆。
…それでは足りない、奴には重要な任務を受けてもらうのだから。
『使わせてもらうぞ!そのゲートを…御堂!』
岡林が真正面からダッシュで襲い掛かる隙に上空へと飛んでいた御堂、渾身の一撃とやらを打ち下ろす。
『天よ地よ、生きとし全ての精霊よ…クロス・ザンダー!』
知る人ぞ知るベニスグラスにて十字斬り、一瞬でゲート内の怪人の命を刈り取ってゆく。
『よし、来い!』
上空から飛来する御堂を空中でキャッチし、そのままダッシュの慣性を利用して、
主の失われたゲートへと飛び込んでゆく2人。
『ジャかヘビか、何でもきやがれ!』
同じ意味だよって事を指摘するほど、周囲は甘くなく、2人には優しくなく…。
徐々に狭まるゲート、それは効力を失う予兆。
2人は抱き合い面積を小さくし、その狭まる隙間へとダイブしてゆく。
それはグニャグニャのマンホールに落ちて行く感覚。少々生暖かく、少々焦げ臭く。
寝不足がたたり頭クラクラでベッドに転がる瞬間に似ているとも。
時間にして10秒ほどに感じれた一瞬は、瞬く光の渦と共に終着、ゲート出口に放り出される2人。
『ここは…』
良くない所に来たであろう事は、ゲートを使用する想定時の感覚で分かっていたが…。
部屋の中央に祭壇のような物があり、金色に光を放つ4つのスタンドに囲まれている。
御堂はその中央から視線を右にパーンし、岡林は左にパーンしてゆく。
まぁ、互いの見る方向は無意味だった様で、周囲の壁という壁には蚕の繭のようなものが無数に釣り下がっていて、中は見えないが一部動いている?
【グムムォ…】
2人はその声?が発せられた中央へと視線を戻す。
中央にある祭壇、その上に一人?一匹?
『御堂…率直な意見を言い合おう。…どうする?』
言おうといったくせに先に言わすのか?っとか思いつつ。
ここは先輩を立てなくてはならない。先輩に恥をかかすわけにはいかない。
まったく、縦社会とは面倒の塊しか落ちていないのか…?
『室内の空気感も異常だが、何より中央のアレ』
御堂は心の中にある少し大きめの人差し指にて指し示した、中央のアレを。
『…残念ながら手に負える代物では無い気がする。あくまでも、現段階で、だけど』
岡林も中央のアレを凝視していた。背丈は2メートル程で体はグレーのローブを羽織っているから分からない。一見人間?だが、それが違うことが直ぐに見て取れる。
だって、眼が光っているんだもん赤く濃く。肌の色もロシア人?っな見解を飛び越える程に、灰色だし。
『うむ、素晴らしい洞察だぞ御堂。私もまったくの同感だ』
命を賭ける必要があるときなら、勿論行くさ!っと2人の談。今ではない、今は無駄死に。
2人のハラは決まった、がそれを待ってくれない中央のアレ。
何やらバチバチと音を立てながら膨らみ始めるグレーのローブ。そしてアレの周囲からは赤いオーラのようなものが見え始め…
『離脱!!』
どっちが言ったのか。はたまた両方が叫んだのか、不明ながらその行動は俊敏で、
一気に部屋の片隅にちゃっかり見つけてあった扉へと奪取してゆく。
【ゴスグルグ~】
全力疾走の逃亡者の耳にも届くその声。奇声か知らぬ言語か?
『御堂、アレ何て言ってるんだ!』
『知りませんよ!ロシア語なんて!』
たった数十メートルが永遠に感じれる2人。寿命が縮まるとはこの事か…的。
まぁ、ある程度の距離が離れた段階で、アレの赤きオーラは透明へと近づき。
所々盛り上がりかけたローブも収まり、すっかり通常モードなのだが。
それに気付ける余裕の無い2人、まだまだ全力で逃亡である。
…その時、パーンした時の光景が蘇って来ていた。それは2人共、ほぼ同時に。
そして急停止、互いの眼を見つめる。
『…どう思う?』
それだけで全てが伝わるはずは無い。だが、今回に限り伝達される。嫌なことばかりだ…。
『ゼロではない、それしか言えないでしょうね。繭を裂く以外の方法はちょっと…』
先ほど見た壁の光景。大量の繭があった、そしていくつかは蠢いていた、中に人間が居るかの如く。
命を賭ける必要がある時は迷わずに行く。それが2人の談話。
中央のアレに向け、ゆっくりと歩みを開始する2人。
『いいのか?無駄かもだぞ?』
『それはこの行為が?はたまた無駄死にって意味の?』
2人はゆっくりと戦闘モードのギアを上げて行く。
あの繭の中に辻本が居るかも…それだけで、戦える。
命を賭けて。