22・23 ~距離~
-22
小杉正臣がベニス戦隊に入隊したのは、はるか昔のこと。
正義に燃えてとか、誰かの為に…とかではない。
ベニス入りした隊員の中で、動機理由に上記の考えは少ない。
皆が一応に声を揃えるのは高収入・高待遇・天下り、である。
ベニスで活躍した者は、早くて40代で天下る。
企業としては民衆を護ってくれた英雄を迎え入れてます的な宣伝となり、企業イメージがアップするのだ。
(特に、株主総会ウケが良い)
だから小杉の下にも大量の下り先があった。だが彼は拒否し続けた。
理由は簡単、入隊した意味を忘れられなかったから。
【カッコよく死ねる職場】
人の生き方に目的があるだけマシなのだ。ただ皆無に怠惰に暮らすよりもずっと。
(来た、ここだ。ここで果てる!)
小杉の魂の叫びと共に、速度を上げる両脚。
『むふーん、まず一人目でーんす』
いまいちキャラの掴み切れない蜘蛛女、小杉をキャプチャーすべく数本の糸を放出。
背面より放物線を描く蜘蛛糸。それを軽快に回避する小杉。
(そう簡単には収まらんぞ…それより)
小杉は守るべき部下の名を叫び、その行動を後押しさせる。
だが、動かないレッド。思考の停止? 問題の先送り?
結果を見ずに行動しなければ成らない時だってある。
『杉本ー!行けっ!!』その叫び、そこに込めた想いは強すぎて。小杉の行動を一旦停止
させていた。そこを見逃さない蜘蛛女、すかさず全門開放し蜘蛛糸にて天空のシャワーを作成、つまりは逃げ場ゼロ。
『はーい、一人目ゲッートっ!』
絡みつく蜘蛛の糸、奪われて行く自由。そんな自身の危機的状況の中でも、小杉は杉本を見ていた。
(なぜだ、なぜ動かない!そんなヤワなお前では…てか何笑ってる?!)
『ベニス・スピニッシュ・ヒール!』
どこかで聞いた声と台詞が、上空より舞い降りてくる。
高速回転しつつ標的の中天へと突き刺さる、黄色のヒール。
そしてそのまま山のふもとまで洞窟を作成しつつ着地。響く断末魔、奴の生命とばかりにボロボロに崩れて行く蜘蛛の糸。
『レイニー!』今回が初陣と成るベニスイエロー、こっそり練習していた決めポーズをば。
『どうしてここが?それよりもてっきりホテルで散在してるものと…』
小杉は振り返り、話の首謀者であろう女性を睨む。
『おい、さっき笑ってたよな。…なんでだ?』
杉本、え?私?というお決まりの顔をしつつ。
『いや~、レイニーも人が悪いなぁ~っと』
そう、ベニスイエローはずっといたのだ。だから何時でも倒せたのだ蜘蛛女は。
『違うのコスギ、貴方の男らしさ・たくましさに見とれてしまったのよ…』
あからさまな棒読みの台詞。今日確信した、コイツ等の性格は捻じ曲がってる!
『…まぁみんな無事で何よりだ。…出来れば次回からはちゃんと事前に作戦をだなぁ…』
小杉の話を最後まで聞く気のない2人は足早に元来た道へと。
前方にはまだ敵の気配があるが、レイニーが居るのだから問題なしである。
一瞬、取り残された小杉。話してた内容も忘れ先程と同様の脚力にて2人と合流するのだった。
『なんなのアナタ達、上司2名が死にかけてたってのに…』
両腰に手を当て、ヘルメットで見えないがヤレヤレ顔のレイニー。
残念ながら待機組みの4人に返す気力は無い。
牧野でさえ、環境と展開に我を忘れてギャンブルに落ちていたのだから。
『違うんだレイニー、あそこで13に賭けとけばだなぁ…』
ベニス・スピニッシュ・ヒールを炸裂させたくなる衝動を抑え、レイニーは自室へと消えていった。着替えたら、行くよ杉本!の声と共に。
…その夜、レッドとイエローで4人分の負債を完済させたそうな。
(小杉分の負債は、スルー)
決戦を誓った日、人はどうなるのだろう。
ある者は奮え、ある者は嘆き、ある者は燃やし。
結果的に彼らの状況は【涼み】であった。
冷静に状況とこれからを分析し、自らの不遇をも受け入れる覚悟を持ち。
何より、自身の命よりも仲間の命を重んじる姿勢。
それは即ち、隊としての円熟期へと昇華途中であった。
まぁ、残念ながら世の中のリズムは正しく流れるばかりではない。
彼女等にとって、望まない結果になることだって当然のようにあるのだ。
途中は途中、完遂されるべくも無く…。
-23
室内のアンティーク家具に同化した最新家電が、決戦の朝を告げる音楽を奏で始める頃、
レイニーの部屋からはモーニングトーストの焦げた臭いが立ちこもり、
牧野の部屋からはブラジル直輸入のコーヒー豆から精製された香ばしい臭いがこもり、
岡林の部屋からは早朝トレーニングをしこたま行った事による汗臭が漂い、
小杉の部屋からはヘビースモーカー特有の臭いがこもり、
辻本の部屋からは朝から肉だ!との事で煙だらけとなり、
御堂の部屋からは無音無臭の座禅中による澄んだ空気がそよいでいた訳で。
出発は9時半。それまでに各々ベニススーツ姿となり(ヘルメットのみ未装着で)
1階ロビー横広場に集結なのだ。
まぁ約一名、今だ夢の中なので…出発がズレ込むのは必然と言えるのだが。
(今日も彼の夢が見れた…今日でもいい、これで今日でも逝ける)
9時半ジャストに起床した杉本の脳裏に浮かぶのは、決戦日話題よりもそちら。
良い意味で何時も通り、悪く言えば緊張感ゼロ…。
とは言うものの一応リーダーポスト担当。
すぐに状況を理解し、猛スピードでベニスレッドへと変身していくのだった。
罵声や怒号、あって嬉しいものではないかも?だが、
まったく頂けないのも少々つらい。
そういう意味では今の杉本は幸せとなる。
『リーダーが寝坊なんて、ありえねぇ!』…等々、ありがたいお言葉ですよと杉本。
時は9時44分、一行を半分づつ乗せた2台の高級ジープは、
目的地へと静かに進撃を開始するのだった。
心の距離も実際の距離も、歩み続ければ詰まっていく。
もっとも、心の距離は互いが縮め合う努力をしなければならないのだが。
片方が寄せても片方が離れたなら、縮まらない心の狭間。
それは片思い、仕方のない現状。誰しもが体験し、誰しもが失ったる現実。
涙は枯れることなく流れ、いつしか傷が塞がって。
それでも居座る想いがある。本人の予定に反するかどうかは、問題ではなくて。
忘れたくて即ハイ!っと忘れられる想いなら、こんなに悩んだりなどしない。
それは女性陣の想いではない。
一人の女性を見る、ひとりの男の目線と想い。誰にも告げることなく始まり、
誰に知られるでもなく内に秘めたる想い。
林はもう居ない、だからこそ届かないこの想い。
心の中で美化された偶像に敵う訳もない男は、静かに待つのだった。
牧野の心に住む偶像が、消え去るその時を…。
時間にして15分、先日2人が潜り抜けた通路に並ぶ2台のジープ。
それより降り立つ半変身の6人のベニス。
『さぁ、行きましょう。全ては計画のままに…』
レッドより順に、変身を完了させていく面々。これより先は昨日の打合せ通りに進行してゆく。
上空よりの衛星写真にてその1階部分の間取り、及び面積の把握は終えている。
小屋とはいえその内部は広く、一般家庭の1階部分に相当。
つまりは小屋というより平屋、なのでキッチンもあるしリビングもある。
日本的表記なら2LDKといったところか。
さて、問題はどこにあるかだ。地下へと通ずるEVなる物が。
榎本の話からリビングで寛ぎ中に案内されて別室に…、そこでEVに乗り込んだ、と。
恐らく外部ではないだろうし、この平屋内のどこかで間違いはない。
『リビングは捨てよう、一番はもう一つある部屋と、水回りだ』
6人は2人編成となり、各所よりの侵入を開始する。
玄関よりの侵入はレッドとイエローが。キッチンにある裏口からはグリーンとパープル。
そして一番怪しい部屋に設置された窓からは、ピンクとブルーが少し間を開けてから突入する。
それが作戦、昨日の決定事項。残念ながらその先は未定。出たとこ勝負なのだ。
だがそれは今回に限ったことではない、毎回が出たとこ。
6人はパートナーとの呼吸を合わせつつ、各々の配置ポストへと消えていった。
『そろそろ、ですね…』
ここはベニスの居る地点よりも遥かなる地下。光は人工的にしか照らさず、
呼吸は空調無しでは行えず。
発言した者に視線が集まる。そしてそれが予言の類ではないとの事が解る。
モニターに映し出されているのだ、小杉の姿が。
『丁重にお迎えを、そしてその後は…』
皆の共通意識であることを、わざわざ言う必要も無いとばかりに語尾を濁す。
そしてゆっくりと右手を天に掲げ、組織の名を腹の底から出したかの低さにて唱える。
涼しくもある言葉に秘めた負。それに魅了されていく面々。
彼らは絶叫の如く組織の名を復唱する、何度も何度も。
声が涸れるまで続ける勢いで、張り上げる。
彼らは人間。心を狂信させた人々。
目的や希望や願望は見えない。ただそこに居ることで満たされている。
この場所以外に生きる術がない面々。
彼らは人間、それを殺めるのも人間。
殺人者となるのは、ベニスか、狂信者たち…か?