表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/86

16 ・17 ~対談~

-16


『れ、連絡が付きました…』

99%なんてことは言わない、ゼロだったのだ電話に出るだなんて。

そしてその会話の先に【会う】選択があるだなんて、更なる困惑。…だが、

『私に会いに来いというのか奴は!』

どうやら官房長官は人を怒らすのが得意らしい。火に油を注ぐ行為を繰り返す事の先に、いったい何があるというのだろうか?

出羽は考える、この意味を。彼は誰よりも榎本を信頼し、その結果として職務を与えたのだ、ナンバー2ともいえるその地位を。

そのしっぺがこれか?挙句私に足を運べと?

出羽は考える、その意味を。そして何かを思い出し、スッと立ち上がり一言。

『奴は何処で待っている?』


黒塗りのハイヤーを嫌う出羽の愛車は白い大衆車。日本で一番売れている色と車種というだけの理由で、この車を公務車にした。狙われにくいとか木を隠すなら森とか、理由はあるのだろうが。一番の理由は経費。一応の合理主義、無用の浪費は政治家生命を縮めるだけだと理解している。だから服装も最低限の着こなしと、最低限のブランド(とはいっても紳士服の全国チェーン店にて購入だが)、

彼に欲望はない、あくまでも私腹を肥やす望みは無い。政治家生命を終焉さした後に、喰う寝るに困らなければそれでいいのだ。一応、100歳までは生きる設定らしい。

『後10分程で到着します』

第一秘書兼ドライバーの福田。合理主義からくる人件費削減である事は言うまでもなく。

出羽は軽く返事をし、遠くを見つめていた。この夕日は見たことがない。

いつも思考の中で傍にいてくれた榎本、彼が居ない夕日。彼を得てから今日までの間では、

見たことがない薄汚れた夕日。

(榎本…お前が居なくなった後、私はどうすればよいのだ…)

出羽の全てを理解していた。その政治的観点も、その為に成すべき事も。

共通の見識の間柄であった。そもそも白でいいだろ?と言い出したのも榎本なのだから。

今回の件、出羽は一つだけ理解していた。それに至る理由は不明でも、確かな事がひとつ。

榎本はもう、戻らない。

それが意味するものは方向性の違いで解散的な話ではない。

アイツが私を呼び出したのだ。それだけで、全てを理解できる。納得は出来そうもないが。

榎本の命は、もう長くないのだ、と。


地上30階建ての高層マンションの21階。ここは知っている、アイツの別宅ではないか。

自宅を神奈川に置く彼は、新法案策定の時や予算等の難しい案件時の国会連続開催日に、

ここで寝泊まりしていたのだ。当然そこに私も居た。

この共通玄関もよく潜った、盲パイで押せるほど、EVの22階のスイッチの場所は覚えた。

…今日で最後なんだな榎本?

出羽は合鍵にてドアのデットボルトを収納させていく。今時珍しい円型のひねるタイプのドアノブ、手になじんでいるかのごとく。

『榎本、入るぞ』

福田を玄関で待たせ、出羽はゆっくりと室内へ。左に脱衣所、右にキッチン、よくある間取りだがそれが好きだった。榎本と居るから?は、当然の思考であり、恐らくは正解。

短いローカの先に2部屋、リビングと寝室。…寝室は出羽の部屋だから、右のリビング、か?

軽いノックの後、入室。…室内が異様に暗い?

『…早かったな、ご足労すまない…』

ずっと聞きたかった声であり、聞きたくなかった声であり。

明らかに声質が違う、弱りきった病人のごとく、か細い声を絞り出しているのが伝わる。

『慣れ親しんだ道だか…』

出羽の行動はフリーズした。思考が間に合ってないのだ、声など出るはずもない。

暗くて見え辛かった室内、3人掛けのソファーに横たわる塊、蠢いているのだけは分かる。

そして先ほどの声がそこから聞こえてきたのも分かる。

分からないのは慣れ親しんだ顔が、その3人掛けソファーと同等のサイズで横たわる塊に、

乗っかっているという事。苦悶の表情で、こちらを見ているという事。

『榎本…!』

声は出たが思考はおぼつかない。もはや待つしかない、彼の口から語られる真実を。

『本当は、お前だけには見られたくなかったが、逆に言えばお前だけには見せても良い、と』

最後の力の使いどころは各々違う、榎本にとってはここなのだ。最初の声よりもはっきりと聞き取れる、いつもの榎本の声。

『なんだ?何がどうなって…?』

すり寄ろうとする出羽を制止する榎本。

『それ以上はダメだ、制御できる自信がない…』

その塊は一応榎本の所有物だが、一部暴走を始めているそうで。それが何時、全身?に広がるかは不明で、今回の件は残り時間を計れない事から来るものである。

『もう、どこが足だったか腰だったか、分からないよ…』

出羽は理解しようとしていた、だが見えない。待つしかない語り部の都合を。

『…出羽、ロシアを止めなければならない。もちろん国ではなく、一部のコミュニストを、だ。』

出羽は理解しようとしていた、いや思い出す、か。

(ロシア…コミュニスト…、クラール!)

クラール・ハウゼン、前ロシア政権時代の国防省長官。今は対抗勢力に敗北し、イチ議員のハズだが。

『…私は半年前、彼に招待されるままロシアの地を踏んだ。…今思えば疑うべきだったがな』

部屋も暗く、空気も重く、だが何かが心を優しく触ってくる。

これは理解している、榎本の声が出羽の心をくすぐるのだ。

懐かしき思い出が、彼の本質をギュッと握り絞めたまま、離れてくれない。

『一通りの歓迎を受けた後、向かったのは旧市街地の寂れた小屋。その地下室だったよ』

語り部が核心を話そうとしていた。

出羽は鼻でゆっくり息を吐き出しつつ、待ち詫びたその先に備える。



-17


『榎本官房長官が? 何故だ?理屈にならない!』

彼を古くから知る男の口調が荒い。

桑原本部長の声が微かに震えている…まぁ、それは元々か。

『そう、リークされた側がリークした? 納得のいく説明が欲しいな』

田名丘司令補がグイッと体を前へと乗り出し、その興味の程を世間へと知らす。

周囲の空気の流れが一点へと集約されていく。

その到達点は勿論の榊原フリージャーナリスト。

彼はその心地よい空気を散々吸い込んでから、言葉を結ぶ。

『答えが知りたければ、一緒に来てもらおうか』

両手の甲に顎を乗せたる男は、会心のイキり顔にて周囲を見渡していた。

待ちわびた答えがこれ?…と5人が思っていると想像すらせずに。

…だが、クレーム等は届きそうもない。今は従うしかない。

『案内して!』

少々憤りを抑えきれなくなってきていた杉本、早々に立ち上がる。


暗い室内、重い空気、錆びれた感覚。

このマンションには栄光への架け橋が、多方面へと繋がっていたはずであり、

その中にこそ我々の未来はあった。

今はどうだ? 現実はどうだ?

奴は今にもヘブンズ・ドアーを開けそうではないか?

あの姿に希望を持てというのは間違いであると、感ぜずにはいれず。

『この部屋より薄暗い室内、その先にある隠し部屋』

話の内容から全てを想像することは難しい。だが、伝わる凄みはある。

まぁ、その姿を見ているからだろうけど…。

『その部屋よりEVにて地下12階…、そこにあったんだよ。』

榎本と思われる塊の一部が裂け、水色とも取れる血とも思える液体が噴水を上げる。

痛みも何もないらしい、彼は話を続けていく。

『生体実験室…正確に言うと怪人化計画遂行室がな』

長き付き合いである。 彼が嘘を言う男でないことも、この状況で必要がないことも分かる。だが簡単に受け入れられる言葉ではない。

『怪人化計画?…意味が分からんが?』

出羽は昔からそんな節がある。理解しているのに確信がないから、遠回しに聞くのだ。

『私を見ればわかるだろう?』

それより先の言葉は不要だった。


案内されるまま、到着するマンション。小杉の記憶にある部屋が、この中にある。

『榎本官房長官の別室…ここに居るということか?』

杉本以下勢揃いのベニス隊にも緊張は伝わる。

ここには何かがある、そして現に何かが起こっている、と。

『本人の了承済だから、このまま21階まで』

榊原の口調が少々重い、彼は知っているのだろうか?ここに何があるかを。

口調どころか足取りさえも重く見える榊原、思い出したくもない塊を払いのけ、

21階へと先導してゆく。


『怪人化エキス、ロシアの開発した馬鹿げた液体だよ』

彼はそれを注射された、その地下で、その遂行室で。

勿論、希望したわけではない。目の前にあったのだ、原子力潜水艦への通信設備が。

『私の一言で、3発目が東京に…それで良いのなら』

突如現れたクラールの冷えたロシア語に、榎本の希望は消滅した。

残ったのは従順なる心、武士の魂。

『体内で1週間眠るように調整してある。その1週間をいかに使うかは、君次第だよ榎本』

地下室から掘り出された男は、残された時間を有意義に使うことだけを考える。

だがそんなの、すぐに見つかる訳もなく。

(日本に、帰ろう)

榎本がロシアで思いついたのは、それだけであった。

『人体実験に使われるために、お前は遥々ロシアまで…?』

薄ら笑いを浮かべる榎本、それが返事であり自らに対する非難であり。

『アジア人第一号の名誉付だがな…』

2人は笑った、何もかも忘れて笑顔を見せあうことが、何よりの心の交流だったのだ。

これが最後になる。それを考える必要もないのだが。

『奴ら、既に最終調整段階だ、誰かが止めなくては…』

榎本の眼差しを受け止めるのは、遅れて入室して来たレッド杉本。

その意義を、問われる時間…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ