エピローグ
ベニス戦隊 ~遥かなる蒼茫~
~エピローグ~
『レッド~!』
悲痛な声とは似つかわしくない音が、小金井公園に木霊する。
なぜ、こんなことに…
ブルーは頭を巡らす。
目の前の光景に、考えが追いつかない。
レッドの右胸を貫く鋼鉄の刃。
その刃の先の影のあるニヤついた顔。
なぜ、ここにいる?
そう、確か…
多摩地区に根を下ろす暗黒組織『ボル・ル・ンゲ・ボ・ロルガ』、通称ボルゲを壊滅すべく
俺達『ベニス戦隊』は召集された。
順当に小競り合いを征し、最後の砦、ボルゲの総司令官『グランドゥ』との、
ここ小金井公園での最終決戦。
確かに奴は強い。 だが、必ず勝てる、皆無事で帰れる。
根拠の無い未来予想はただの願望。
…簡単に、打ち砕かれるなんて。
レッドの体が痙攣を起こし、小刻みに揺れる。
それとは相対するかのように、心の臓は静寂を保つ。
『ベニスレッド』事、林健太郎の生涯の幕は、ここに閉じようとしていた。
パープル、ブルーが飛び寄る。
瞬時に、レッドの命を奪った刃を引き抜き、後方に飛ぶグラントゥ。
微笑みの奥の冷たさに、寒気を覚えたピンクの脇を、グリーンが貫ける。
『くたばれ!』
グリーンの手に握られた小振りのナイフ『ベニスグラス』に殺意が貯まる。
鉄と鉄の弾ける音に続き、肉の裂ける音が…。
グリーンの右脇が、みるみる真紅に染まっていく。
まさかグリーンまで…。
もはやピンクに戦意は無かった。
ありふれた光景と、昨日までの静寂を。ただ頭の中で繰り返すだけの存在。
パープルには、他の仲間より格別の思いがある。
レッドとは、ベニス戦隊東京支部発足当初からの、唯一の生き残り。
忘れられない映像のフラッシュを弾きのけ、パープルは行く。
その手に、『ベニスジャベリン』を抱えて。
細身のその槍は、レッドの持つ『ベニスソード』と共に、
幾多の野望を打ち砕いてきた名矛。
その矛先に殺意を込めて、パープルは跳躍する。
『グルージング・アロー!!』
…ピンクは、意識の裾野の逃避行を終え、目の前の光景を目視する。
赤色が見える。レッドの横たわるカラダ…いや違う。
四つの塊全てが、真紅に染まっている。
どれがレッド…? 逃避行に未練を残していたピンクには区別がつかない。
『残るは…君だけだ…』
焦点の合わないピンクの瞳に、ゆっくりとフレームインしてくるグラントゥ。
覚悟した訳ではない、ただ諦めただけ。震えも恐怖もないピンクは、第3者的に自らを分析し、
迫りくるであろう無の時間を待ち侘びた。
被写体が、もう少しで撮影可能な距離へと入ってくる。
が、そこからズームしてこない。首全体でグラントゥをパーンしてみる…。
奴の右足に、真っ赤な腕が。 血痕だけでは表現できないレベルの深紅。
『レッド…!』ピンクのひねり出した声は、人の聴覚レベルでは聞き取れない小ささだった。
だが、レッドはそれに答えるように微笑みかける。見えるのだ、彼等・彼女等には。
ヘルメット越しだとしても。それだけの修羅場を、皆で超えてきたのだから。
だがレッドは、もはや死人。 分かってないのはピンクのみ。
少しの驚きを見せたグラントゥも、すぐに理解する。
『…ぞこないが!』聞こえなかった語頭をさえぎった音…、レッドの腕がチギレル音。
『レッド~!』
ピンクの金切り声は、レッドの耳に響いた。
ずっと好きだった。彼女が受付嬢として、時給940円でアルバイトを始めた当初から。
―――ひと目見たときから、ずっと今日まで。
常に危険を抱きかかえるこの仕事。
多摩地区に残る最後の敵『グラントゥ』を倒せば。
除隊し、彼女と共に…
決して一方通行では無かったのに、二人が結ばれる事はもうない。
右手を失ったレッドは、残った左腕で『ベニスソード』を抜く。
それを杖変わりに起ちあがるレッドに、グラントゥは心を打たれた。
彼は好きなのだ、こういうシチュエーションが。
そして、そんな人間を、死へと追いやる瞬間が。
グラントゥのニヤケ顔が、さらに深みを増す。
『グランドゥー!!』
レッドの断末魔にも似た声が、小金井公園を包む。
それは握りしめたベニスソードにも伝達され、その力を最大限に解放させるのだ。
林は一瞬だけ、ピンクへと視線を流した。
この想いを、この感情を、伝えられなかった事への後悔と絶望。
もう、言うべくもなし。
最後の力を振り絞り駆け寄る姿に、グラントゥの興奮はMAXへ昇り詰める。
『さぁ来い、来い来い!来いぃぃ~!!』
(来いじゃねぇ、恋だよ…)
馬鹿に付ける、薬は無いのだ。
白塗りのハイエースを操り、ベニス戦隊東京支部統括の小杉正臣が小金井公園の土を踏む。
(眼前の光景を、受け入れる強さを…)
呪文のように繰り返しながら、小杉は全身を動かす。
帝国病院エリートの過去を持つ小杉ならではの、軽快な処置。
身内であろうが変わらない華麗な手さばきに、見とれていたピンクに檄を飛ばす。
ピンクも看護師免許取得者であり、今まで幾度と無く経験してきた現場。
目は覚めないながらも体は反応し、小杉の指示を的確に完遂させてゆく。
グリーンの腹部の裂傷がひどい。緊急オペをハイエース内にて。
…ピンクは、東南方向を見ないようにしていた。
そこにあるのは、グラントゥの爪で心の臓を貫かれたレッドの屍が。
起ち尽くすその先に、同じように胸を貫かれたグラントゥ。
真っ赤に染まったベニスソードは、ご主人の最後の望みを適えたのだ。
ピンクを護る…、その願いを。
適えたのだ。
数時間後…
帝国病院特別処置室第十三隔壁に、3人は横たわっていた。
見知らぬ天井が見える。
両脇に、見知った顔が見える。
雲の彼方にも、見知った顔が見える。
『林…』
パープル事、『岡林隆一』は、その彼方へと小さく会釈した。
コンコン
ピンクの仮面を外した『牧野玲子』が入室してくる。
頬の川を無意識で探したグリーン『御堂伸也』を目で制したブルー『辻本実』は、
その必要の無いことを悟る。
かと言って、レッドが助かってる…とかでは無い。
その願いは、聞き入れられない。
誰もそれを、適えられない。
こうしてベニス戦隊東京支部は、
隊のリーダーを失った…。
――続――