金太朗 安増山にて
土蜘蛛退治から五年ほどたったある日。
日差しはどんどん強くなり、春が去っていくのと、夏の到来を感じさせる日だった。
さすがに今年二十歳ということで、社会人としての自覚が芽生えてきたのか、今日は珍しく、素直に出仕をしていた靖明。
少し吊り上った狐目すら、一つのチャーミングポイントとなるくらいの美男子に成長した靖明が内裏を歩けば、男性からは嫉妬の視線が向けられ、女性からは黄色い声とともに恋文が飛ばされる。
――こいつ、こんなんで仕事になってんだろうか?
と、わずかに自分の家主を心配する俺――賢者の石はそんな靖明に連れられ、久々に内裏へと訪れていた。
――たまには古巣の空気を吸うのもよかろう。と、靖明には言われたが、正直俺がいたころとはずいぶん違っている。
こんなに調度品に金をかけていなかったし、庭だってもうちょっと質素だった。
それになにより、
「紫藤姓が多くね?」
ふたたびすれ違った官吏の名前を、靖明が紹介してくれるのだが、それも聞き飽きた紫藤から始まる名前。
正直普通にひいた。どうなってやがるこの内裏は?
「紫藤氏は先々代神皇陛下の時に、紫藤房喜殿が、娘を入内させてな。その際皇子が生まれて、神皇家に外戚になられたのだ。おかげで今は紫藤家の隆盛の極み……。他の貴族は肩身の狭い思いをしておるとか。もっとも、その紫藤家も随分と増えすぎたせいで、身内で共食いをしておるようだが」
「身内同士ぐらい仲良くできんのか……」
と、俺はもはや呆れて声も出ないと言いたげに内心で肩を竦め、口を閉ざす。
何を思おうが、俺は神様を自分の意志でやめた身だ。政治にとやかく口出しする資格はない。
そう思い、俺は靖明の職場に着くまで、ダンマリをすることに決めたのだが、
「おぉ! 靖明っ!! ちょうどよかった!!」
「ん?」
最近部下が増えて何かと忙しくなったらしい、懐かしい顔にあって少しだけ声を漏らしてしまった。
「来光? 久しぶりだな」
「おぉ、賢気も久しぶりっ!!」
「ちょ!!」
そして、俺の軽い挨拶に、変わらず馴れ馴れしい挨拶を返す五年ほど年をとった来光。こいつも靖明と同じようにすっかり大人の美男子になりやがり、妬ましいことこの上ない。だが、そんな俺の内心をしり目に、彼の背後に控えていた若武者が思わず顔をひきつらせて、来光の口をふさぐ。
「あ、あんた何してんですかっ!? 仮にもうちの最高神に向かって!?」
「なんだよ~。宇賀は相変わらず堅苦しいな。本人は引退済みだって言ってんだから、いいだろべつに?」
「よくないですよっ!? たとえ堕ちようが、腐ってようが、引退しようが、神様は神様ですっ!!」
さすがに腐ってはいないんだが……。というか堕ちてないし。なに? 俺闇堕ちしたように見えんの?
と、ちょっとばかり俺は、あんまりな言いぐさをする若武者――渡部宇賀に顔を引きつらせる。
こいつは最近都で有名になりつつある槍の名手で、一度の刺突で三か所を同時につくという、「もうそれ次元が屈折しているだろう……」と思わず言ってしまうほどの速度で、槍の刺突ができるんだとか。その武勇を見込まれ、つい数日前に来光にスカウトされたのだ。
そんな武勇があるくせに、こいつは黒いウサ耳を生やすかわいい系男子だ。つまりイケメンだ……超モテる。
来光はどうもそれすら利用して、自分の名前を売るのに使っているらしい……。なんでも、こんなイケメンを従える俺、凄い!! と主張しているとか。
相変わらず、この都の奥地を守護する最強の座を狙っているらしい……。野心家なのは悪いとは言わんが、そのうちこいつ、それで身を滅ぼしそうで怖いと思うのは、現代人の感性を持つ俺だけなのだろうか?
そんな俺の感想をしり目に、もう一人の来光の部下である、大鎌を所持した、イタチの尻尾と耳を生やした青年が盛大にあくびをしながら柱にもたれかかった。
正直言って来光以上に失礼極まりない行為なのだが、他のメンツは肩をすくめてため息をつくだけだ。
そりゃ、この青年は問題児として帝に押し付けられた類の部下だ。態度の改善に関しては、来光も半ばあきらめて「これも味じゃね?」とか言い出している始末。いまさら治せるものでもないと、この場にいるメンツは思っているのだろう。
彼の名前は臼井定湯。とある片田舎の役人の家系で、その土地を苦しめていた大蛇を退治したことにより、都に召し抱えられた新星だ。
とはいえ、田舎者かつ武人気質だった彼は、内裏で仕事をするようになってすぐに田舎者と馬鹿にする貴族と激突し、政争によって叩き潰された。それによって盛大にぐれた彼は、一応内裏に上ることは許されたのだが、昼間から酒を飲んで暴れるわ、備品を壊すわ、自分に嫌がらせした貴族のところに乗り込み半殺しにするわで、もう大暴れしたらしい。
というわけで困り果てた帝が「なんとかしろ……」と、来光に彼を押し付けたのがつい数日前。来光はそんな命令にため息をつきながら、また酒を飲んで暴れていた定湯を殴りつけて鎮圧。屈服するまで模擬戦をして、何とか部下にしたんだとか。
とはいえ、こちらは宇賀のように忠誠を誓ってくれているわけではなく、隙あらば来光から逃れようと、来光の首を狙っているので、あまり言うことは聞いてくれないそうだが……。
そして、最後の一人は自分の尊敬する人物の首を、じっと狙い続ける定湯を睨みつけた後、
「お久しぶりです! 賢気様、靖明様。申し訳ありません……父はいつまでもこんな感じで」
「あぁ、構わん構わん。小生と来光の仲だ」
「というか、寄芽ちゃん……女なのに出世したな。都じゃえらい話題になっているよ? っと、違った……今は末竹嬢だったっけ?」
「嬢はやめてください」
私は武人ですよ。と、女性でも着られるように改造された、橙色をした衣冠を着たベリーショートの刺激毛を持つ複眼の15歳の少女――あの寄芽だ。今は改名して寄部末竹と名乗っているらしい。
つい先日、とうとう単独での鬼の討伐に成功した彼女は、その実力で説得した来光に口利きしてもらい、女性初の武官として内裏へと登った。
現在は来光の右腕と呼ばれる宇賀と共に、来光の左手として主に事務処理面で活躍しているとかいないとか……。
「昔は野生児とほとんど変わらんかったのに……。なに? 相変わらず刑部卿に『うちの息子の嫁にならんか?』って言われてんの?」
「ぎょ、刑部卿のことは言わないでくださいっ! 後ろめたくてなかなか断ることができないんですからっ!!」
俺の揶揄の言葉に顔を真っ赤にしながらも、若干困ったような顔でため息をつく彼女。
蟲人の異形も、今ではすっかり彼女の功績に相殺されてしまっており、寧ろエキゾチックでカッコイイ! と言われ、宮中では時の人として、この世の春を謳歌しているようだった。
ただ一つ問題があるとするならば、頻繁に舞い込む縁談と、それ以上の数が送られてくる恋文をもらうことだろうか?
「ん? ところでそっちの通路は局(后妃。またはその臣下が住む場所)に繋がっていたと思うんだけど、大丈夫だったのか?」
「っ!?」
主に女性から……。
なんというか、女は昔から男装の麗人というのが好きらしく、彼女が局に近づくと砂糖に群がる蟻のように、女たちが襲来。
「末竹お姉さまぁ!!」とか言って慕われているんだとか……。間違いなくその場には百合の花が咲き乱れているものとみた……。
「この前はわざわざこの複眼を晒したあげく、刺激毛を一本使って一刺しすらしたのに……『あぁ、この痺れすらいっそ甘美です……』って言われて押し倒されて。ち、父上が通りかかっていなかったらどうなっていたことか」
「お前もお前で苦労しているんだな……」
よっぽどその時怖い目にあったのか、真っ青になってガタガタ震える末竹に、俺は労いの言葉をかけ、宇賀は落ち着けと言いたげにポンポンと彼女の背中を叩く。
そんな二人の背中を見て、ほんのちょっとだけ視線が険しくなる定湯がまた何とも……。
「なかなか複雑な人間関係を構築しているようだな……。恋愛関係はほんと気をつけろよ来光。先輩からのガチ助言だぞ?」
「まぁ、これも若さゆえにおこることだろうよっ!! 年上が口出ししていい問題ではないさ」
と、割とのんきに構える来光に、ちょっとだけ嫌な予感を覚えるが、まぁいざとなれば来光や靖明が力ずくで解決するだろうと自己完結。どちらにしろ、神の称号を返上した俺が、とやかく言うことでもないのだし。
それよりも、
「靖明を探していたんだろ? さっきの口ぶりからして」
「そう言われればそうだったの。何か用か、来光!」
「おっと、そうだった! 靖明……ちょっとお前の力を借りたいんだ」
本題だ。靖明を探していた理由だ。
俺達の質問を聞いた来光も、ようやくそれを思い出したのか「わるいわるい!」と頭をかきながら、ようやく用事について話し出す。
「実は、安増山近辺のガキの化物が出るって話でよ。大罪府の連中でもどうにもできんから、こっちに救援要請が出たんだ。多分鬼なんだろうが、不測の事態が怖くてな……。お前の力を借りたい」
「安増山?」
確か日本で言うところの中国地方を南北に分ける大山脈の中で、最も大きな山の名前だったはずだ。
そしてそこは、その山脈を支配する、
「五山頂の本拠地だろうが?」
「あぁ。だから戦力が一人でもほしいという理由もあるな」
「「……………」」
――厄介なことになった……。俺と靖明は同時にそんな雰囲気をだし、カラカラ笑いながら懐から勅命書をチラ見させてくる来光に、もう逃げられないと悟るのだった。
…†…†…………†…†…
そのころ、中原地方(中国地方に相当)――その中央を東西に貫く大山脈に所属する、如廊山の麓にて。
「帰れって、言ってんのがわかんねのか?」
「が、ガキ風情が……。お前と話しても埒があかんから道を開けろと言っているのだっ!!」
「それはこっちの台詞ダベ」
――何度同じセリフを言えば理解するんだべ。と、見た目15歳くらいの少年は弱ったように頭をかき、ため息をついた。
普通の人間が見ればその光景に驚くだろう。
少年の種族が珍しいのか? いや違う。少なくとも少年の見た目は至って普通。狸系か何かと思われる真っ黒な毛におおわれた丸い耳と、なぜか袴に隠されて外に露出していない尻尾。特徴と言えばそのくらいの、きっと耳が丸い動物の獣人なのだろうと思う程度だ。
問題は相手。少年が苦労しながらも、何とかあしらおうとしている相手だ。
肌の色は通常ではありえない、紫と青。額にはそれぞれ二本の角を生やし、口元から覗く牙をちらつかせて威嚇する――体躯2明取近い鬼。それが今、少年が対峙している相手だったのだ。
かなり距離がある対峙だとはいえ、普通の人間なら腰を抜かして命乞いをするしかできない相手。
少年はそれを相手取ってなお、自分の態度を変えようとはしていない。
「てめぇ、俺たちが誰の使いかわかってんのかっ!?」
「五山頂の一人《天目童子》様の使いだぞこらぁ!? いいからとっとと《女郎御前》出せっつってんだよっ!!」
現代社会にいればまんまヤンキーと言われかねない低俗な脅しをかけてくる鬼。もしかしたらまだ生まれて間もない鬼なのかもしれない。
そんな二人の態度に少年は思わず舌打ちをもらし、
「チッ……。お袋の体調が思わしくないから、穏便に帰してやろうと思ったらこれだべ。調子に乗ってるんじゃないべ、下っ端。地面の汚いしみになるべよ?」
「あぁ!?」
「舐めてんのかクソガキィイイイイイイイイイイイ!!」
見たところ一般的な獣人のくせに、自分たちに対してこの口のききよう。鬼として生まれた者の矜持がとうとう我慢の限界を迎えたのか、二人の鬼は怒号を上げて少年に向かって疾走。
文字通り化物の脚力を使い、足場の悪い山岳の坂道であるにもかかわらず、二人の鬼はさながらダンプカーのような突進力を発揮し、少年に襲い掛かる。
だが、
「はっ!」
少年はその行動を鼻で笑い、近くに生えていた40メートル近い樹高を持つ樹を掴み、
「警告はしてやったべ」
根っこごとその大木を地面から引き抜いた。
「「っ!?」」
さすがの鬼たちもこの光景は予想外だったのか、あんぐりと口を開けて疾走を停止。
隙だらけである。
「死ね……!!」
「ちょ」
「ま、まって!?」
当然少年がその隙を見逃すわけもなく、地面から引き抜いたその大木をまるで取り回しやすい、木の枝か何かのように軽々と振り回し、周りの木々を粉砕しながら鬼たちを横方向から殴りつけた!
凄まじい質量の樹に、とんでもない勢いで打撃されたためか、攻撃を食らった鬼たちは吹き飛ぶ云々以前の前に、上半身を爆散。無様に地面に残った二本の足がふらふらとしばらく佇んだ後、ばたりと倒れる。
そんなむごたらしい光景を作り出した少年は、顔色一つ変えることなく、武器に使いボロボロになった大木を投げ捨てる。そして、近くに置いてあった薪を乗せた背負子を背負い、あたりに飛び散った木の残骸を見て一言。
「また薪がたくさんできたべ。これ乾くまで放置したら、また家から遠くの場所に薪拾いにかなくて済むべ~」
なんて、信じがたいくらいのんびりした口調で「得をした」と喜びながら、山の奥地へと消えて行った。




