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神がやるべきこと

 すがすがしい朝日。のんびりした、小鳥たちの声。


 そんな爽やかな朝を演出する、無数の環境に目を細めながら、俺は夜の間は防犯用にと閉じられた、御簾や扉を次々と開き、この邸宅を、朝を迎えるにふさわしい状態へと変えていく。


 そして、俺はもはや自分の分身のように操れる、不可視の念動力の人型に、俺の生前の姿を、光を屈折させることによって投影した『さかきくん・改』を使い、ここの邸宅の家主を起こしにかかった。


「ほらっ! 靖明! 朝だよっ! 早く起きないと出仕時間に間に合わないよっ!」


 開いた扉から差し込む朝日に、うめき声をあげる家主――靖明。


「う~ん。あと五分……」


「もう、そんなこと言っていつも時間通りに起きないだろっ!! ほら、早く起きてっ!!」


 そう言って、俺は苦笑い交じりに靖明の寝台に手をかけ……。


「って、明らかに配役の性別を間違えてんだろうがぁああああああああああ!! これは幼馴染の美少女がするべき仕事ぉおおおおおおおおおお!!」


「ぶはっ!?」


 寝台の下に敷いてある畳ごと、靖明の体をひっくり返した。


 俺――賢者の石が復活してからはや数カ月が経過した。


 現在俺は傷心の為神様を引退……。現在帝の下知により俺を管理することになった靖明についていくことに決め……現在家事・雑用を請け負う家政婦をやっている。



……どうしてこうなった?




…†…†…………†…†…




 始まりは数か月前。


 まだ春の気配がわずかしか感じられない頃のことだった。


「ん……ぁ」


 もはや時間という概念を忘れてしまうほど、長い長い時間暗闇に閉じ込められていた俺は、ようやく刺しこんできた光に覚醒を余儀なくされ、その意識を表の世界へと浮上させた。


「おぉ……これが」


「最高神……賢気朱巌命様」


 そして、目が開いた直後にみた光景は俺を見て歓喜に震える無数の貴族と、御簾の奥に隠れている何を考えているかわからない帝の視線。


 俺の背後には結構な力の波動を感じる、人間の術者が控えており、俺の封印を砕いた残滓を体に残していた。


 それを見て俺はようやく事態を正確に悟った……。


「俺は起こされたのか……」


 そして、俺は呟くようにそう言ったと同時に、


――俺は、起こされてしまったのか……。という、多分な悔恨が含まれた言葉を心の中で呟いていた。


――どうして寝かせておいてくれなかった。と。


――どうしてこんな役立たずにまた縋ろうとする。と。


――俺はもう、神様をやれる自信がないのに……。と、俺の心が悲鳴を上げている。


 今でも鮮明に思い出す。暗闇の中で何度も後悔し、何度もやり直しができないかと考え、そのたびに血の海に沈む天華と慈愛、発狂する冠務、死にゆく多くの人々の姿が頭をよぎった……。


 もう、許してほしかった……。


 どれだけ長い年月を生きようと、どれだけ多くの人々が助かった国を作ろうとも、たった一つの失敗ですべてが壊れてしまうこんな責任重大な仕事……俺には続けられそうにない。


 ただの王様だったらどれほど楽だったか。ただのチートを保有するだけの人間だったらどれほど楽だったか!


 奴らには、自然に死ねるという最大の利点が残っている。


 だが、俺は死ねない。


 永遠に生き続け、永遠に存在し続ける俺は、たった一代無事に勤め上げればいい王様と違う。自分のやりたいようにやって、目につくものすべてを助けて、最後は笑って大往生すればいい、チート能力者たちとは違う!


 何百何千という時の中で、一度も失敗することが許されない、いつ終わるともわからない仕事をし続ける。


――どれだけ多くの人々を幸せにし、どれだけ多くの人々を助け、周りの人間が笑ってくれたところで……失敗の許されない、終わりがない仕事など……拷問と何らかわらないじゃないか……!!


 今回のことで、それを嫌というほど思い知らされた俺は、ただただ黙って神皇の次の言葉を待った。


 きっとおれに何かを縋ってくる、何かを言うはずの神皇の言葉を……一分一秒でも早く断り「俺にすがるな」と諭すために。


 こんな役立たずの神なんかに、初めから国の行く末なんて大事を、任せるべきではなかったのだと……。


 だが、神皇はそんなことを言わなかった。


 ただひとこと、


「それが……我が国の最高神?」


 心底不思議そうな、心底信じられないといわんばかりに、


「何かの間違いじゃないのか? 喋るだけの、そんな貧相な宝石が……我が国の最高神などと……」


「……は?」


 それは、端的に俺が眠っている間に起った出来事を、より正確かつ端的に表す言葉。




…†…†…………†…†…




 予想していたよりも理想に近い答え。だが、理想に近くとも、正直言って神に対してこのような態度をとる神皇というのは、看過できなかった。


 もう関わらないと決めたが、


 もう俺にすがるなと言おうとしたが、


 それにしたって、神に対してここまでの不敬、幾らなんでも異常事態だ。


「なにがあった……」


 俺は慌てて透視と遠視の神術を発動させ、日ノ本全土を見渡す。


 そして、それでわかったことは……。


「なっ!? 高草原からの霊的つながり(パス)がほとんど切れているだとっ!?」


 天上に浮かぶ神の世界と、この下界との通路が、ほとんど消滅。残っている通路も数えるほどしかなく、それだって糸のように細いモノばかりという信じられない現実だった。


「…………どういうことだ?」


 流刃達は無事なのか? この国で一体何が起こった!? と、俺は慌てて歴史を読み取る神術を発動。歴史は無数の文章形態になり俺が眠っている間の日ノ本を読み解いていく。


 神も真もない血で血を洗う騒乱に、神々との関係維持を行っていた狐獣人が、八割がた死滅したこと。


 また、その騒乱で荒れた各地の社も多くが焼失し、神々との関係を復旧するための技術が遺失してしまったこと。


 なにより、60年近くこの場に居座った大鬼――一言主の手によって、この国の霊的加護は滅茶苦茶に破壊され、都は百鬼夜行が駆け巡る魔の都市に変貌していた。


「これが……俺が失敗したせいで起こったことなのか……」


 ふたたび、俺の心に後悔が去来する。


 もうどうしようもない。ここまで滅茶苦茶になった国を、治すことなんてできない。


――もうこの国は亡びる……。また、俺が助けた王の国が亡びる。


――俺のせいでっ!!


 身を切られるような痛みと共に、俺は神皇の不審の視線も甘んじて受け入れた。


――そうされても仕方ない。俺はだめな神様だった……。と。


 もはや立ち直れないくらい深く落ち込み、口を閉ざす俺に対し、背後の術者の男はわずかながらに不安げな色を視線を乗せながらも、それをおくびにも出さない口調で言ってのける。


「間違いございません陛下。この霊的圧力に、存在感……この方こそが賢気朱巌命様です」


「まぁ、靖明が言うのであればそうなのだろうが……期待外れではあるな。もう良いぞ、靖明。どうせ使っていなかった最高神殿の社など、たいした手入れもされておらんのだ。おぬしが言うように、しばしその神は汝があずかれ」


「はっ……。ありがたき幸せ」


――この神皇は……神を知らない。


 その事実がどうしようもなく悲しくて。それでも俺が何とかできるとは到底思えなくて……俺はただ黙して、人間に好き勝手されるに任せ、その部屋から退室した。




…†…†…………†…†…




「なんというか、予想していたよりも暗い方ですね。賢気朱巌命様は」


「賢気でいいよ。いや、むしろ石ころの方がお似合いかな……」


――国が一番苦しいときに何もできずあっさり封印された挙句、やる気も出さずにされるがまま放置して、いざ起きてみればこの惨状だ。最高神が聞いて飽きれる……。と、俺は内心で深い自嘲の笑みを浮かべながら、牛車に揺られて自分の邸宅に帰る術者――綾部靖明に返答を返した。


 名前を聞いて「字が違う」というツッコミを入れられたのだけは僥倖だが……だからと言って俺のやる気が元に戻ったわけではない。


 どちらかというと、もう、どうにでもなれといった感じだ……。


 どうせ俺が何したって、ろくな結果にならんのだし……。と、内心で腑抜けた考えをしている。


 それを自覚して、なおかつ認め、そしてやめないのだから、俺も落ちるところまで落ちたものだ。


 内心で浮かべた自嘲の笑みすら失せるほどの自分の暗い考えに、さらに深く落ち込みながら、俺は再び口を閉ざす。


 誰かと楽しくおしゃべりできるような、そんな気分ではなかったから。


 だが、そんな俺の態度も、靖明はある程度予想していたのか、苦笑いして扇子を開く。


「まぁ、そうなられる理由は、大方予想がついていますが。あなたを目覚めさせるに当たり、いろいろ歴史を調べさせてもらいましたし。ほら、あなたが謁見の間で使っていた」


「気づいていたのか?」


 妙に張りつめた空気をしていたから、貴族や神皇を刺激しないために、あの歴史読み取り術は、隠蔽術式を併用していた。


 気づける人間はそうはいないはずだったが……。


「ほんの少し前に似たような術式を使っておられる神がいましてね。ちょっと記憶して便利そうだなと、人間でも使えるように改造してみたのですよ。ですから気配に敏感になってしまって……」


「そ、そうか……」


 神々が使う神術の再現……。言うは易し、行うは難しなその行為を、割とあっさりやってのけたという靖明に、ほんの少しだけ「こいつ、本当に人間かよ……」と引きながら、俺は、


「俺の歴史を知ったのならがっかりしただろう? 最高神とは名ばかりの、失敗だらけの石ころだ。何のためにお前が俺を預かったのかは知らないが、大した助けにはなれないと思うが……」


「いえ、まぁ確かにあなたを手に入れれば陰陽道の完成がさらに早まると思って、主上に無理を言って貸し出してもらえるように頼みはしましたが……本当の目的は、小生が世話になっているとある方が、あなたに会いたいと申されておられたので」


「俺に会いたい人物?」


――だれだ? 封印されてから百年以上の年月が過ぎているから、少なくとも人間ではない。そしておそらく神でもないだろう。高草原と下界をつなぐパスはほぼ壊滅状態だが、ほぼと言う以上、いくつか使えそうなパスが生き残っているのもまた事実。以前流刃天剣主が使っていた人型を使った降臨もどき程度ならできるだろう。だが、それだってかなりの労力を支払わなければ発動しない状態だ。すくなくとも、俺が目覚めたことに気付いて、その降臨を即座に行うことは流刃であっても不可能。


 俺の目覚めを予想してあらかじめ降臨しているやつがいるとも思えんし……。


 俺がそんな風に頭を悩ませていた時だった。


 いつのまにか牛車は止まり、外からは重たい木製の扉が開く音が聞こえる。


 そして、再び動き出した牛車が邸宅に入り、再停止したのを感じ取った靖明は、そのまま牛車の後ろへまわり、出入り口の御簾を上げる。


 瞬間、


「おや、お待ちでしたか」


「友人が来るのが待ちきれなくてな」


 ほんの少し驚いた声を出したかと思うと、外から何やら快活とした青年の声が聞こえてきた。


 そんな返答に靖明は苦笑いしながら、俺を手に取り牛車の外へと持っていく。


 そこで俺はようやく、外で待っている人物の顔を確認できた。


「っ!? お、おまえは……!」


 その人物は、斜に構えたキセルをふかし、


「よぉ賢気」


 生意気かつ不敵な笑みを浮かべながら手を挙げた……神になった途端、自分の神格を磨くために、世界中の宗教を見てくると置手紙を残してどこぞへ消えた、


「また手痛い失敗をしたらしいな?」


「せい……ぶ?」


 両義神――征歩神皇。


 昔とは違う他宗教のシンボルと思われる多くの飾りを身に着けつつも、昔と変わらぬ不敵な笑みを浮かべたその男に、俺はあんぐりと口を開く。


「帰ってきていたのか……」


「国が大変だって聞いて黙っている男だと、俺のことを記憶してんのか?」


 失礼な奴め。と、俺の驚きを隠しきれない言葉を聞いた征歩は、小さく肩をすくめた。




…†…†…………†…†…




 あの後、靖明の邸宅に上がった俺たちは、邸宅の中で一番大きな居間へと通され、其々に出されたお茶と共に二人きりになった。


 靖明もさすがに俺たち神々の対談に首を突っ込むつもりはなかったのか、大人しく自分の部屋で呪術の巻物でも読んでいるとのこと。


 そして、元教え子と二人きりにされた俺としては、100年前の失態がまだ尾を引いており、正直顔を合わせるのもつらい気分だった。


 こんな情けない俺の姿を見て、征歩になんと罵ってくるだろうと……。


 そして、そんな気まずい空気を切り裂くかのように、


「話は大体流刃様から聞いているよ」


 征歩が口を開き、話を切り出した。


「流刃に会えたのか?」


 この状態の日ノ本で!? と、俺はほんの少し驚いたのだが、よくよく考えると驚くべきことはそこではない。こいつは神様なのだから、寧ろ高草原に上がれるのは当然なのだ。


 問題は、その高草原からどうやって降臨したかということ……。


「訂正しよう……。流刃にあってどうやって下界に降りてきた?」


「俺は両義神だぞ? どの宗教にも属しておらず、どの宗教にも帰属している異常神だ。真教や、神祇道の神が下界への降臨が難しくなったところで、俺にはほかの宗教的降臨方法があるから、抜け道ぐらいはいくらでも作れる……」


 何それチートくさい……。と、俺は思わず内心で呟いてしまい、征歩が割と反則染みた神様になったことを悟る。


 というか、あいつが体のあちこちにぶら下げているアクセサリー……十字架まであるんだけど、まさかヨーロッパモドキまで行ってきたのかっ!?


「俺の話より今はお前の話だ、賢気……。ガキ同士の恋愛話ひとつまとめられなかったあげく、雑霊上がりの鬼なんかに封印されるってどうなんだよ、最高神として」


「あぁ……ホントに、情けない話だよな」


「…………………」


 明らかに悔恨の色が浮かんだ俺の言葉を聞き、征歩が茶化すように告げていた言葉を止める。


 そして、


「おい賢気……お前まさか……全部自分が悪かったなんて考えているのか?」


 そんな、信じられないものを見るかのような視線と共に発せられた、征歩の質問に俺は答える。


 深い自責の念を乗せて、答える。


「……あいつらの面倒は俺が見ていた。そして俺は全知全能の最高神。その状態で悲劇が起こったんだぞ? 俺の責任以外何があるというんだ」


「………」


「もっと他にできたことがあったはずだ。もっとあいつらに注意して、もっと自愛の心の傷に気付いて、もっと天華に素直になれと……教えて、導いてやることができたはずだ! なのに俺は……俺はっ、全知全能を語る神のくせにそれが何一つできなかった!!」


 最後は叫ぶようになってしまった、俺の懺悔の言葉を、征歩は黙って聞いていた。


 それが今は何よりもありがたくて……。たまっていたものをすべて吐き出すように、俺は絶叫する。


「何が最高神だ! 何が全知全能の神だ! 何が国つくりの最高神だ! ふざけるなっ! 子供の恋ひとつ成就させてやれないまま、すべてが台無しになるのを黙ってみることしかできなかった存在が……いったい、何をもって神と名乗っていたんだ!」


――恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。


 愚かだった。バカだった。ずっと昔に気付いていたはずなのに……。俺に国を背負って立つなんて大役が務まるわけないと、兎嵐の時に理解していたはずなのに。


 流刃が作った国があまりにやさしくて。


 征歩が守った国があまりにまぶしくて。


 若宮が誇った国があまりに愛しくて……俺は自分の本質を見失っていた。


 ただの凡人の魂が……ちょっと知恵をつけただけのこの俺が、


「神を名乗って……いいわけがなかったんだ」


 だから、俺は覚悟を決める。


 この国の惨状を知り、この国をこんな風にしてしまった自分が許せなかった。


 俺とこの国を守り、この国のために命まで賭した征歩は、きっとこれをきけば怒るだろう。


 でも、無責任かもしれないけど、


 自分勝手かもしれないけど、


 もう……俺にはこの国を導けないから。


「俺は……神様を辞めるよ」


 情けないほど小さくなった声で、俺はボソリとそんな惨めな言葉を継げることしかできなかった。


 今の俺にはお似合いな惨めな引退宣言。


 それを聞いた征歩は、再びキセルを取出し、中に入った煙草に火をつける。


 そして、


「いいんじゃないか?」


「っ!?」


 俺の予想を裏切り、


「お前が疲れたなら……しょうがないよ」


 苦いモノを含んだ笑みを浮かべながら、煙草の煙を吐き出した。




…†…†…………†…†…




「俺さぁ、世界中を回ってたくさんの宗教を見てきたんだよ。真教みたいな、思想をもとに作られた道徳宗教とか、神祇道みたいな自然信仰を生かした土着魔術宗教とか、空を舞う蜥蜴どもを敬う宗教とか……ヤバいところじゃ、年に一回生贄をささげて、神に祈りをささげるなんて宗教もあった。でもさ、そんなたくさんの宗教を見続けて、俺は一つだけ理解したことがある」


 征歩はそう言いながら、煙草の煙を味わいながら、苦い笑みを浮かべつづけた。


「結局どんな神様がどんな力をふるおうとも……自分を慕ってくれる信者を、全員幸せにできる神様なんていないという事実だ」


「――っ!」


 それは、俺のもといた世界の宗教でも大きな題材となっていた話。


 これだけ神を深く信じているのに……神は絶対な善性の体現なはずなのに……世界にいる人間は、不幸な人間の方が多いという冷然とした事実。


 うちの世界ではそれを使って「神なんていない」と証明しようとする人が多かったが、実際神がいるこの世界では、また違った結論に到達する。


「お前は最高神だから救わないといけないと言っていたな。でもちがうんだよ……神様だって、救えない奴はいるし、助けられない命がある」


 俺も世界を回っている間に、たくさんの命を取りこぼした。と、征歩はどこか悲しげな顔をして呟いた。


「ある迫害を受けていた種族を救おうと、迫害を裏からあおっていた宗教の教主を殺したことがある。だが、それはその種族の報復活動ととられ、迫害は激化。そいつらの集落は焼かれ、俺が助け出せたのはたった二人の子供だけだった」


「……」


「病にかかった母親のために、盗みを働いて金を集めていたガキがいた。俺はそいつのために、神術で金を作り出し渡してやったが、大金を持って薬屋に駆け込んだそいつは、待ち伏せしていた、そのガキの被害にあった店の店主たちに捕えられ、リンチされて殺された……。両方とも、良かれと思ってやったことだ……。人の力を信じて、人の善意を信じて、最低限の干渉しかしなかった……。そのことを、俺は今も後悔している。そして、後悔し、失敗しちまった連中を助けるためにはどうすればいいんだ? と考え続けて、その先にあった答えは……神が人間すべてを支配し、管理すればいいというものだったことに愕然とした」


「……それは……」


 わるいことじゃない。と言おうとして、俺は思わず口を閉ざした。


 神が言うことは絶対正しい。少なくとも人間よりは視野が広い存在だ。それに従えば確かに現状よりかはいい生活になることは保証される。悪いことでは……ない。


 だがしかし、果たしてそれは良いこと(・・・・)だろうか?


 神に強制され、正しい生活を強いられる民たちは、本当に幸せになったと言えるのだろうか?


 俺の教育を受けた征歩は、少なくともそうは思えなかったらしい。


「一から十まであれをやれ、これをやれと言い、正しくないことは徹底的に排除して、人に無理やり善行を強いる……それは確かに理想郷だろうよ。誰も苦しまない、誰も泣かない、悲劇なんてない世界……でも、それじゃぁ人間は人間じゃなくなる」


 ただの生きた屍に成り下がる。と、征歩は答えを告げた。


「だからさぁ……俺は悟ったんだよ。人間が主体でいる限り、ずっと神様が見守っていたところで、すべての人間を救うことなんてできやしないって。悲劇は減らないし、戦争は起る。人は死ぬし、人間を本当に愛する神ならばすべてを幸せにすることはできないって……」


 だからこそ、


「そのあとどうするかによって、神の真価は問われると思ったんだ……。悲劇の後に起ったことをどう収拾し、悲劇の影響を小さくするのか。戦争で死んだ命を、どうすれば癒してやれるのか? 死んだ人間の魂の安寧を、どう与えてやればいいのか? ……神っていうのはさ、悲劇を防ぐ存在じゃなくて、滅茶苦茶やった人間のしりぬぐいをする存在だと考えたんだ。でもまぁ、これは結構しんどい仕事でな」


 他の宗教の神々も、俺と同じ結論に達して、そういう風に働こうとして、摩耗していたよ……。と、征歩は現実を語る。


「どうしてもっと早くに助けてくれなかったんだ。あなたなら起る前にすべてを防げたんじゃないかって……よく人間たちに言われるんだよ。実際その通りでさぁ……防げるし、もっと早くに助けられるっていうのがまた救いようがなくてな。俺たちとしては頭を下げて、『すません。あなたたちが人間らしい生活を送るためにと考えた結果、これが私たちの考える最善なんです』と言って、怒り狂う人間たちを同じように助けていくしかないわけで……」


 正直、俺だって神皇の経験がなければ、長く続けられたとは思えない。と、征歩は笑った。そして、


「だからさ、疲れたっていうなら、俺はお前を止めないよ、賢気。お前は俺以上に長い年月、その仕事をまっとうして過ごしてきたんだ……。お前が疲れたからと言って仕事を投げ出しても、誰もお前を責めたりしないよ」


 あの聖女の神様みたいに……もう、死ぬって言わないだけ、十分マシなんだから。と、征歩は最後に煙をリング状にして吐き出しながら、俺の体に手を乗せ撫でた。


「それでまた、お前の心の傷が癒えて、お前がまた『俺にもまだできることがある』って思えるようになったのなら……その時はまた、俺たちの仕事を手伝ってくれ」


 その言葉を最後に、征歩はそのまま立ち上がり、部屋から出ていく。


 部屋の中に取り残された俺は、神として新たな成長をしていた昔の教え子に、ほんの少し励まされ、そしていつまでたっても変わらない愚かな俺自身を見返り、


「…………くそっ」


 ちょっとだけ、取り残されてしまった気分になった……。




…†…†…………†…†…




 結局、あの会談の後も俺は神様を辞めるという結論を覆すことはなかった。


 そして、どうやら新しい呪術体系=陰陽道を作り出す際に、征歩に多大な恩を受けた靖明が、俺の身元引受人になってくれるらしく、俺は現在綾部邸のとある一室に、居候することになった。


『神の居候とは……畏れ多いですね!』


 と、一度迷惑じゃないかと靖明に聞いたとき、靖明はそう言って笑っていたので多分問題はないのだろう。


 こうして俺は終の棲家をようやく見つけ、政治も、神も、神皇も……何も関係ない穏やかな生活を送っていた。


 そう……。靖明との同居生活が二日目に差し掛かった時、他の部屋を覗いてみて、その惨状に気付くまでは……。


「まったく! 片づけもダメっ! 飯もダメっ! おまけに夜更かし寝坊は当たり前の不健康な生活……バカじゃないのかっ!? よく内裏に出仕しようなんて考えたなお前っ!!」


「そう怒るなよ、賢気殿。小生とてそれなりに頑張ったのだぞ? 頑張ってダメだったから諦めただけなんだ!」


「そこはもっと頑張れ、社会不適合者がぁああああああ!!」


 そんな怒号を上げながら、俺は先日神術を使い何とか使える状態にしたかまどで朝食を作りながら、征歩が「復活祝い!」とおいて行った、味噌と醤油を使い料理の味を調える。


「おぉ、相変わらず賢気朱巌命殿の朝食はうまそうな匂いがするな」


「普通はこういうの、お前に惚れている女の子とかの仕事なんだけどなっ!! そういう色気のある話ないのかよっ!!」


「あいにく小生見ての通りの呪術馬鹿ゆえ、怖がられることはあっても、惚れられたためしはない!」


「えらそうに抜かしてんじゃねぇ!!」


 手間のかかる、すっかり俺に対する口調まで砕けてしまった家主にむかって怒号と共に、朝食を乗せた盆をフリスビーのように投げつけながら(無論、上に載っている料理は神術で固定済み)、俺は投影した俺の映像を操り、俺(本体)を指差す。


「あと、飯食い終わったら絶対俺を部屋に戻せよっ! 昨日みたいに間違えて内裏に行って、征歩と鉢合わせなんて気まずいこと、真っ平御免だからなっ!」


「『え、ちょ、復活早くね?』と両義様も微妙な顔されていたしな……」


「わかってんならやるなよぉおおおおおおおおお!!」


 神様云々は置いておくにしても、どうやら俺は平穏な生活とは縁遠い時間を送る運命にあるらしい。


 ケラケラ笑いまったく生活態度を改める気がない家主に嘆息しながら、俺はひとまず安条の時代を、ただの石ころとして生きることを決めたのだった。


 というわけで、主人公復活っ!! 主人公復活っ!!


 とはいえ、神様は引退しちゃいましたけどね……。今後はどうなることやら。


 しばらくは靖明の成長と、彼と賢者の石が解決する陰陽師の仕事のショートストーリーを書くことになるかと。


 安条後期に終止符を打つ大きな話はそれからですかね……。


 神がいないため、神の代わりになるようにと発達していった霊的武装。


 天下五剣に数えられる刀剣や、いつの間にか姿を現していた日本刀。


 来光を筆頭に現れる、令外官……のちに武士の前身となる、都を守る戦士たち。そしてそれを統括する、日ノ本最強の爺とはっ!?


 そして、綾部靖明が作り上げようとしている、陰陽道の全容とはっ!!


 安条後期……はじま~るよ~!!

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