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明石閑話・ヒラ官吏靖英

 一言主は、あのはねっかえりの若手の鬼に殴打されたときの傷から発せられる、痛みに眉をしかめながら、森を疾走していた。


「おのれっ……あの若造めっ!! 我が一言呪(いちげんしゅ)を力技で破りよるとは……。それにあのような化物じみた武装、いったいどこから手に入れてきたのだっ!!」


 冠務真王から生まれたエリート鬼神として知られた自分の栄光を、瞬く間に叩き潰した若い赤鬼の姿を脳裏に浮かべ、一言主は歯ぎしりをする。


――許すわけにはいかない。必ず復讐をしてやるっ!!


 久々に感じた敗北による怒りで頭を満たしながら、それでも彼の脳裏には鬼らしくない冷静な部分が残っていた。


 そんな冷静な部分が、彼の脳裏にこれからとるべき行動を教えてくる。


――今の段階で特攻を仕掛けたところで、勝てないことは分かっている。敵も辛勝だったとはいえ、相手が我よりも実力的に上だったからこそ我は敗北したのだ。ならば、我は一度奴の拠点から離れ、再び多くの人間の狂気を食らい成長せねばならない。


 だからこそ、一言主は自分の原点へとたちかえることにした。


 国を裏側から支配し、多くの人間の狂気を食らった自身の黄金の時代。


 その舞台へと舞い戻ることを、彼は決めたのだ。


 その舞台とは、


「さて……帰ってきたぞ? 内裏っ!!」


 眼下に広がる人間の都。


 その北部中央に広がる巨大な宮殿を見て、一言主は凶悪に笑う。


 国をかき乱すほどの大鬼が、今再び人間の都を犯そうとしていた。




…†…†…………†…†…




 が、


「どういうことだ?」


 あっさりと内裏への侵入に成功した一言主は、神皇を探しながら、思わずそんな声をあげてしまっていた。


 人っ子一人いない……。


 内裏に人間がいないのだ。


「出かけているのか? バカなっ……だとしてもここに人がいないなどという事態は決してありえない」


 異常すぎるその事態に、一言主は冷や汗が流れ出るのを止められない。


――自分は何か、得体のしれない力にとらわれているのではないか? そんな最悪の予感が彼の脳裏によぎった瞬間だった。


 誰もいない空っぽの内裏に、いきなり人の気配が現れた。


「っ!」


 そのとき、一言主が感じたのは突然すぎる気配の出現に対する警戒ではなく、この得体のしれない世界にようやく自分の理解が及ぶ相手が出現したことの、安堵感だった。


 彼にとっては、人間が一人現れた程度では警戒するに値しない。むしろ人間が生まれたからこそ、彼はその人間から一方的な感情の搾取ができると喜ぶ。


 彼にとって人間とはつまりそういう存在だった。


 自分に対抗しうる手段などもたない、ただの家畜。


 だからこそ、彼は無警戒のまま内裏の中央庭園へと出現したそれに向かい、全力疾走。


 腰に今まで見たこともない、特徴的なそりがある鞘に入れられた剣を下げる男に向かい、


「『動く……!』」


 な! と言おうとした。接触早々の《一言呪》。


 神皇の狂気より生まれた彼にだけ許された特級の呪詛。


 そのたった一言の言葉には、神皇の絶対命令という概念が内包されており、初めからこの国に害意をなす存在として生まれ落ちた(あやかし)でもない限り、破ることは不可能な、呪いの命令。


 だが、


「あぁ?」


 その命令が発しきられる前に、一言主の鼻っ面に叩き込まれた何か。


 顔面を大きくゆがませ、鼻の骨すら粉砕された一言主は、何が起こったのかもわからず呆然とした様子で、自分の顔面に叩き込まれたそれを見つめる。


 それはただの足。


 佇んでいた人間が放った、信じられない速度の回し蹴りだ。


「その呪詛……彼の有名な一言呪でござるな? ということは貴様……仰得山の一言主か!」


 酔天の化物に撃退されたと聞いていたが……。と、自分に攻撃した男は、明らかな嘲笑を浮かべながら、


「敗北したうえでなお、このようなところにやってくるとは……よほど、うぬぼれが強いと見える」


 体を旋回。一言主をとんでもない速度で蹴り飛ばし、内裏の塀へと叩きつけた。


「がっ!?」


 凄まじい衝撃と共に、自分の体が塀を突き破るのを感じながら、一言主は愕然とする。


――な、なんだ!? 何が起こった!?


 内心で混乱の極みにおちいる彼に向かって、男は腰に差した剣――いや、片刃でそりがある美しい刃物――刀を引き抜き、正眼に構える。


「覚えておくでござる……古の鬼よ。貴様ら鬼が成長するように、人間もまた成長するのだと……。もはやこの宮殿は、貴様が勝手にできたころとは別の物と知れ」


 男のその言葉と共に、刀に集められる莫大な霊力。


 自身すら凌駕しかねないその霊力の高まりに、一言主はようやく自分が選択を誤ったことに気付いた。


「ま、まてっ!? わ、わかった……我はここから引くッ! だ、だから……命だけはっ!?」


 生まれてからこの方、一度もしたことがない命乞いを、ためらいなくやらせるほどその刀に集まった霊力はやばかった。


 だがしかし、


「それで……ここで貴様を見逃して、また陛下を危険にさらす。そんなことをこの拙がすると思っているのでござるか?」


 男は笑ってその言葉を切り捨てる。


 見ているモノを凍りつかせる、濃密な殺気をはらんだ笑顔で。


「ふざけるなよ。それで万が一また神皇陛下が代変わりでもしてみろ? 誰がいったいその詳細を、あの面倒な帳面に記すと思っているっ!?」


「な、何の話だ!?」


 突然意味不明な絶叫を上げる男に、一言主はもう泣きたくなった。だが、そんな彼を置き去りにして、


「陛下の障害になりうるものは、即殺害。見敵必殺……あるのみっ!!」


 とりあえず、自分の命がここで終わることを理解した一言主は、


「おのれ……」


 悪あがきとして、最後の呪詛を放とうとし、


「焼き払え……《降魔炎業ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお》!!」


 刀剣から迸る、内裏全土を包み込みかねない、圏獄より召喚された紅蓮の炎の一撃により、跡形もなく焼き滅ぼされた。




…†…†…………†…†…




「ん?」


 ある夕方。逢魔が時に至りつつある頃。自分が言霊によって作った偽の内裏――敵対勢力の隔離空間が、一撃によって消し飛ばされたのを感じ取った私――書家靖英は、仕事をしていた手を止めて首をかしげる。


「なにやら弱った気配がしていたから、しばらくは放置で大丈夫かと思っていたんだが……。結構強力な輩をとらえてしまったのか?」


 対策が必要かな……。と、さらに増えてしまった、雑務以外の仕事に私が嘆息した瞬間、


「靖英殿!」


「ん? 野洲殿。どうされましたか? あなたの出仕時刻はもう終わられたはずでは?」


 最近自分が所属する部署……下から登ってくる書類や、上から下される命令書の清書を行う、《清書部》の頭に任命された若手上級官吏――野洲中彦(やすのなかひこ)の登場に、私は思わず首をかしげた。


 彼は自分のような下っ端とは違い、半年もこの部に勤めれば、とんとん拍子で上に上がっていく、内裏期待の新星だ。だからこそ、出仕時刻を過ぎてまで居残りをする理由がない。


 事実、彼が今までこの部署で居残りをしたのは、以前起った早期の神皇二連続交代によっておこった、《皇家葬送帳》の連続記載の時だけ。


 神経をすり減らす執筆作業を、泣きながらやっているのが印象的だったので、私はそのことをよく覚えている。


「いえ、あなたに少し報告がありまして」


「上司なのですから敬語は不用ですよ、野洲殿。それに報告って……私のような下っ端官吏が、あなたの採決に口をはさむことなどできないのですから、そのようなものは不用です」


「いやいや、今陛下にちょっとした相談に行こうとしていたあなたには重要なことだと……」


「ん?」


 突然自分が今から行おうとしていたことを言い当てられた私は、思わず首を横に傾ける。


 片胤親王がなくなられてからもうずいぶんと経つ。その親王陛下に頼まれていた定昭さまこと耀税神皇陛下も、素行が悪いということでとうの昔に退位させられてしまっており、私が政治に口をはさむ機会はほとんどなくなったといっていい。


 その耀税神皇陛下も、今は私が何とか見つけた縁談相手が、あの乱暴者にはもったいないくらいできた人だったのか、穏やかな生活を送られている。神皇として復権することはまずないと思われた。


 だからこそ、私は一時期もっていた蔵人頭という官位を返還。性に合っているヒラの仕事へと戻り、殿上に上がれる機会は二度となくなった。


 だが、そんな私が唯一神皇陛下に謁見する機会が与えられているときがある。それは、私が言霊で作り上げた異空間――《乖離殿(かいりでん)》に異常が見受けられた時だ。


 詳しい説明は省くが、この乖離殿は神皇家に害を成そうとする存在が入り込んだ時に自動で発動するもので、内裏の門をくぐった悪意ある存在を自動でその空間に取り込み、幽閉する便利術式だ。


 強度もそれなりのものを用意しており、彼の一言主が全力で暴れたところで、傷一つ付かない強度を確保できたと、自負している。


 だが、そんな空間に異常が見受けられたということは、それはもう国家に甚大な被害を与える、災害のような存在がその空間を破壊したということに他ならない。


 だからこそ、この空間を管理運営する私は、その空間に異常があった際には殿上へと登り、神皇陛下に報告をする義務が課せられているわけだが……。


「何か知っておられるのですか?」


 私も、乖離殿が消えたというだけで、その消えた理由まではつかみかねていた。


 だからこそ、ぴたりと私の行動を言い当てた野洲殿は、何か知っているのだと踏み、私はそう質問する。


 野洲殿はそんな私の質問に、顔を青ざめさせながら視線を逸らした。


――最近武官としても、めきめきと頭角を現しておられる野洲殿が、このような顔をするなど……よほどの事態があったに違いないっ! と、私は次に野洲殿が口を開くのを、固唾をのんで見守る。


 そして、


「実は……」


「っ!!」


「い、一言主が入り込んでいたので、全力で《降魔炎業》をふるってしまい……その、乖離殿が全焼してしまいまして……」


「……………………………」


 私はその報告にしばらく無言になった後、


「わ、私の渾身の力作が―――っ!?」


「あ!? や、靖英殿っ!?」


 これだから天才は……私たち凡人の苦労も知らないで。と、滂沱の涙を流しながら、ばたりとあおむけに倒れた。


 数時間後、私がすべての仕事をほっぽり出して、乖離殿の修復をするよう陛下に命じられたのは言うまでもない。


 そして、野洲殿は今回の一言主討伐の功績をたたえられ、一週間ほど仕事を免除。


 さらにその休暇の後は、新しい職場への移動と出世が約束されていた……。


 納得いかん……。と、ひとり徹夜で乖離殿を直していた私がつぶやいたのは、無理らしからぬことだと思っていただきたい。




…†…†…………†…†…




「はははは! そんなことがあったのか?」


「笑い話じゃないんですよ、あんたっ! ほんとに大変だったんですからっ!!」


「いや、失礼。お前の愚痴はいつ聞いても面白いから、つい……な」


「ついじゃねぇよ!」


 その翌日の夜。疲れ切った顔で帰ってきた私を、ある懐かしい顔が迎えてくれていた。


 僧衣を着ているくせに「あぁ、これは仮装だから。この恰好で旅をしていると何かと便利でね」と平然とぬかす、不信心者――奈木山成片殿だ。


 久々に都に帰ってきたからよってみた。とぬかした彼は、つい先日旅してきた地方の地酒を片手に一杯やらないか? と言ってきた。ちょうど私も今回の一件でうっぷんがたまっていたので、渡りに船と承諾し、こうして彼と酒を酌み交わしているわけだが……まぁ出るわ、出るわ日頃の愚痴が。


――私、自分が思っていた以上に疲れていたんだな……。といまさらながらそれを自覚し、今度物忌みと言って、仕事を休もうと内心で画策する。


「ほんとうは耀税君のところにもよって行こうかと思ったんだがね、こっそり塀を超えたら屋敷から喘ぎ声が聞こえたからやめた……。もう彼もソコソコの歳だろうに、なかなか激しくやっているみたいだね」


「あんた、また出歯亀なんてしてんですか……」


「事故だよ、事故」


 シレッとそんなことを言ってのける、変わらぬタラシにため息をつきながら、私は空になった盃に再び酒を満たす。


「それにしても……屋敷に帰っても出迎えてくれるのは年寄りの傍仕えと、男の友人だけとは……君も大概さびしい奴だね」


「着の身着のままで一人旅しているアンタに言われたくないわ……。いいかげんどっかに落ち着いたらどうですか?」


「それが、是といった女性が見つからなくてね……。一度蔵人頭になったことがあるんだろ? どこかにやんごとない姫様とかいない? 会うことも見ることもできない箱入り娘とかだったらなおよし。未亡人でも可だよ。人妻はさすがに遠慮したいが、そのくらいしかいないというのなら、あえてそれもよし……」


「なんであんたはそんな風に、面倒な恋愛ばかりしようとするんですか?」


「浪漫がわからん奴だな。そっちの方が燃えるからだ」


 焼け死ね。とよほど言ってやりたくなった私だったが、その直後成片殿が普段は見せない真剣な顔になっていたので、とりあえず口を閉ざし話の続きを促す。


「冗談はさておき、今度は私の愚痴でも聞いてもらおうか?」


「冗談?」


「冗談だよ。私ももう年だしね……」


「歳って……私たちはもう歳なんて取らないじゃないですか」


 どうして年を取らないのかは分かりませんが。と苦笑い交じりにつぶやく私に、成片殿は頷く。


「そう、それが問題だ……」


「……」


「私たちはいつの間にか人から外れ、悠久の時を過ごす存在となった。そして自覚がないまま、そういう存在になってしまった弊害で、私たちは自分がいつ死ぬのかもわからない」


 難儀な話だ。と、成片殿は小さくつぶやき盃をあおる。


 私もその言葉を聞き、ため息が漏れるのを止められなかった。


 成片殿のつぶやきは、六歌仙全員の不安を代弁する言葉だったからだ。


「紀泉法師は、その不安を消そうとして強く真教を信仰しすぎてしまってね……いつのまにか角が生えていたってビビッていた」


「あぁ……そういえば五山頂になったんでしたっけ、あいつ。鬼仙童子なんてよばれていましたよ」


 ある意味、六歌仙一番の出世頭ですよね……。と、ちょっとだけ私は冗談を挟むことで場を和ませる。


 そうでもしないと、この重苦しい空気と、自分自身が感じている不安に押しつぶされそうだった。


「もうねぇ、私は結婚することを半ばあきらめているんだよ。だってそうだろう? どれほど熱烈な恋であったとしても、相手は老いさらばえ、いつかは私を残していなくなる……。逆に、私だっていつまでも不死でいられるかどうかはわからない身だ。明日の朝になれば冷たくなっているなんて可能性も、皆無ではない。そんな不安定な状態で所帯を持とうなんて、私には考えられないよ」


「……わかります」


 だからこそ、私もこの歳になるまで嫁をもらうという決心がつかなかった。


 六歌仙で元蔵人頭だ。縁談がなかったわけではない……。だが、相手や自分のことを考えると、どうしても決意することができなかった。


「不老不死なんて……思った以上にいいもんじゃなかったですね」


「そうだね……。誰かに止められたならまだしも、まさか私自身が恋をあきらめる未来があるなど、昔の私では考えられなかっただろうさ」


 そう言って私たち二人は、ひと時下界の喧騒と、己の不安を忘れるように月を仰ぎ、盃をあおる。


「だがね、靖英」


「はい?」


「私はね……君にならまだ幸せになれる可能性が残っていると思うんだ」


「何言ってんですか、突然?」


 同じ独身貴族仲間じゃないですか? と、酒の勢いで茶化す私に苦笑いをしながら、成片殿は小さくつぶやいた。


「私は本気で言っているよ、靖英。だからこそ……今度訪れた機会は、決して逃すんじゃないぞ?」


 なぜかその言葉はとても私の印象に残り、私の未来を暗示されたかのような印象を受けた。




…†…†…………†…†…




「……うぁ。挨拶もなしに出て行ったんか、あの人」


 翌朝。召使の老人に頭を下げて、物忌の休暇届を出した私は、二日酔いで痛む頭を押さえ、眠りこけていた私の隣に置いてあった、一区の和歌に目を通していた。


 意味合い的には、


『君のようなむさくるしい男と愚痴りあっていたら、昨夜の月のごとく白けてしまった。復活した私は紅葉が如く、紅く燃え上がる情熱的な恋を探しに行くので、昨夜の無様は忘れてくれたまえ』


 といった感じ。


「昨日の愚痴どこまで本気だったんだろう……」


 真剣に聞いていた私がばかみたいじゃないか……。と、私は思わず舌打ちを漏らしながら、台所へ赴き、召使夫婦の老婆が朝食を作ってくれている窯にその和歌を投げ込む。


「あらら、旦那様。それいい歌でしたのに……」


「いい歌だろうがなんだろうが、腹立ったもんは焼きたい気分だ」


 成片殿なら、どうせこれ以上の歌の一つや二つ、平然と読むだろうし。と、私は内心でそうつぶやきながら、朝食ができたら呼んでくれと惜しむ老婆に頼んだ後、二度寝でもしようと自室への回廊を歩きはじめ、


「旦那様」


「ん? 届け出は出してくれかい」


「へぇ。さすがに昨日は働かせすぎたとおっしゃられて割とあっさり。それよりも旦那様……お客様がお見えです」


「客?」


 せっかくの休日にだれだ。と、私は首をかしげながら、老人が連れてきてくれた客人に視線を向け、


「っ!?」


「お久しぶりです靖英様。ようやく帰ってきたのですが、屋敷の管理がずさんだったせいで到底住めぬ状態でして……。小間使いを雇って今清掃しているのですが、それが終わるまでしばらく泊めていただけませんか? 成片様もちょうど泊まっているというのがいささか不安ではありますが……」


 変わらぬ美しさを誇る、春野小町が、はしたないとでも思っているのか顔を赤らめながら、恥を忍んで私に頭を下げてきていた。


 私はその愛らしさに思わず息をのみ、


「か、かまいませんが……何分貧乏貴族ですので、大した歓待は」


「あぁ、かまいませんよ。最近は旅暮らしで貴族らしい生活なんてしたことありませんし……」


「た、逞しくなられましたね……」


 変わらない。でもちょっと変わった、快活な小町さんの笑顔に私は思わず苦笑いを浮かべながら、


『今度訪れた機会は、決して逃すんじゃないぞ?』


 と、昨夜言われた成片殿の言葉が思い出された。


――まったく、あなたの助言はいつもわかりにくいんですよ。と、私はひねくれ者の女たらしにそう愚痴りながら、


「成片殿は昨夜のうちに恋を探しに行くと出て行かれたので、今はいませんよ」


「あら、そうなんですか? よかった……。同じ屋根の下にいたら、いつ夜這いされるかわかったものではありませんから」


「確かに」


 苦笑いを浮かべながら、


――まぁ、タラシのアンタがせっかく譲ってくれたんだから、ちょっとぐらいは頑張ってみますよ。と、内心で頭を下げながら、私はどうやって小町さんと恋仲になろうかと、皆無に近い恋愛経験を必死に思い出しながら、今後の予定を立てていくのだった。


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