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タラシの問いかけ

 秋の園遊会からもう一週間。


 私――天華は、夜の闇を照らす灯台の光のもと、つらつらと紙面に筆を走らせながら、ある文章を書いていく。


 それは、


「学校設立において足りないもの……。一、予算。一、教師。一、生徒。一、施設……。ん~、あと何があったかしら」


 はるか昔、古代の時代から、神皇家が設立を夢見て頓挫してきた、公的教育機関――学校を設立するにあたり、現状何が足りていないのかをかきだしているところだった。


「ん~。教師に関しては問題ないと思うのよね。今でも貴族の子供たちに、習い事を教える教師のようなことをしている人はいるのだし。その人たちを雇用すればある程度のものはそろうのよ。それよりも問題は、予算と設備ね。都には今余っている土地なんてないから、まずは土地から買っていかないといけないし……」


 私が、いざ問題点をあげてみると、意外と難しい問題だった学校設立に、思わず眉をしかめた瞬間だった。


「なぁ、天華」


「なぁに、賢気様」


「現実逃避がてらに、議会が必死に頭を悩ませている問題を解決しようとするの止めないか? それをするべきなのは、朝議に参加する貴族達であってお前じゃない。お前はもっと、別のことを気に掛けるべきだろうが」


「ひ、人がなにして現実逃避しようが勝手でしょうがぁああああああああ!!」


 今日も今日とて私の相談に乗るために、やってきてくれた賢気様の、冷静かつ、率直すぎる正論に、私は顔を真っ赤にしながら、先ほど学校の問題点を書き起こした紙を丸め、賢気様に投げつける。


 わたしと、自愛が両思いだと自分たちの思いを確認してから、二年の月日が流れた。


 私たちの恋の障害は、いまだに小揺るぎもせず、私たちの妨害をしている。




…†…†…………†…†…




「結局この二年でお父様を説得する手段は見つからなかったし……」


「一番手っ取り早いのは、殺しちゃうことだぞ?」


 頭を抱える天華に対し――俺、賢者の石は冗談交じりに割と最悪な解決法を提案してみるが、


「できるわけないでしょう。あれでも私に結婚相手を選ばせてくれない以外は、いいお父様なのですよ。それに、自由に結婚できないなんて、いまのご時世は珍しくないのですから、寧ろ私は恵まれている方」


「さすがにそこは自覚していたか」


 近年の内裏では、政治的駆け引きも随分と成熟してきており、血縁による縁故なども随分と露骨になってきた。


 そのため、自分の子孫をよりよい環境に置くために、涙をのんでいやがる娘や息子を、有力者の子供と結婚させる家系が増えてきたのだ。


 いわゆる政略結婚だ。


 当然、神皇家はその政略結婚の第一標的に据えられており、年頃になり成人の儀も済ませた天華には、ひっきりなしにお見合い話が舞い込んできている。


 いまのところ、その話は娘を溺愛しまくっている冠務が握りつぶしているそうだが、もうそろそろシャレにならない階級の貴族達も、自分たちの息子を天華に取り入らせようと策を巡らせ始めていた。


 いつまでも、私情に駆られた判断を冠務が続けていけるとは思えない。


 仮にもあいつは神皇だ。時に私情を殺し、国のために身を斬らねばならないことくらい、あいつが一番よく理解していた。


「だが、自覚しているならわかっているだろう。これ以上の引き延ばしは難しい……。殺すのはさすがにあれだが、多少強引な手段に出てでも訴えかけないと、あいつとの婚儀も難しいぞ」


「はぁ……。ほんと、自由に恋愛もできぬとは、住みにくい世の中になりました」


 私の子供のころはもうちょっと自由が利いたものを……。と、はるか昔の良き時代に思いをはせながらも、天華は選択肢を上げていく、


「駆け落ち……。もしくは、でき婚」


「後者はあんまりお勧めしないな……。逃げ場がないから万が一とりなしに失敗すれば、確実にあいつの首が飛ぶ」


「ですね……。ということは、駆け落ちですか」


 今度の逢瀬の際に「私をさらってください!!」とお願いしてみますか。


 と、天華がつぶやきを漏らした時だった、


「いやいや~。それはあんまりお勧めしないよ? 自愛さんが上官になってから、検非違使のみんなは結構腕上げたからね。いくら自愛さんでも、女の人一人かついで、あの化物武装集団から逃げきるのは無理でしょう」


「「…………………」」


 空間からにじみ出るように現れた美男子――奈木山成片の姿に、俺と天華は思わず固まる。


 そんな俺たちの態度を見て、自分の姿があらわになっていると気付いたのか、成片は「しまった!」と言いたげな顔をしたあと、


「ごほん。恋の悩みの気配がしたので、参上仕りました。天華内親王。何かお困りなことがあるようでしたら、ぜひこの恋の名手、奈木山成片にお話しくださいませ」


 何人もの女をだまくらかしてきたと思われるハンサムスマイルを向け、天華の手をとる成片。おそらく、適当な侵入の理由をでっち上げて、自分のハンサム力で誤魔化す気なのだろう。


 だが今回ばかりは相手が悪かった。


 眉目秀麗。才色兼備。おまけに成片なんて眼中にないくらい別の男に惚れている天華にとって、普通の娘が近くで見れば熱を出しかねない成片のハンサム力は無きに等しい。


 結果、


「離れなさい、下郎」


 呆れきった声音と共に、成片の整った顔に、天華の脇息が叩きつけられたのは、避けられないことだったのだろう。




…†…†…………†…†…




「いや~すいません。最近ひいきにしている女御のところに訪れるのに、ちょうどいい近道だったもので」


「言い訳にもならない言い訳ありがとうございます。というか、女御の方に手を出しているのですか!? 一応お父様の側室ですよっ!?」


「相手も私も遊びと理解しておりますよ。こういうハラハラとした危うい恋にこそ燃えるという方もおられますし、何より陛下は亡くなられたあなた様の母上を溺愛するあまり、他の女御の方に興味すら抱きませんからね」


 あの方々もいろいろと欲求不満なのです。と、厚顔無恥に言ってのける成片に、わずかに顔が引きつる俺と天華。


 そしてこうも思う。


 もしも自愛がこのくらい平然とやってのける男だったら、もしかしたら事態はもう少し早く進展を見たかもしれないと。


「あぁ、だめっ! でもやっぱり私は誠実なあの人が大好きなのですっ!!」


「落ち着け天華! 色々だだ漏れているぞ! こっちが口から砂糖吐きそうだっ!!」


「はははは。自愛さんから聞いた通り、どうやら相当面白い方々のようだ」


 俺たちの掛け合いを見ていた成片は、一通り笑った後なにやら真剣な表情となり、


「まぁ、あの人にはいろいろと世話になっているから、老婆心ながらの忠告です。駆け落ちはやめなさい。検非違使につかまって、自愛さんの首が刎ねられますよ?」


「ではいったいどうしろというのです」


 私たちにはもうそのくらいしか解決策が残されていません。と、天華がそう漏らすのを聞き、成片は、


「……一つ、あなたに問いたいことがある」


「ん? なんです?」


 真剣な表情に、嘘は許さないといわんばかりの光をひめ、問う。


「その恋に……あなたの人生、すべてを駆ける覚悟がおありか?」


「……何が言いたいのですか?」


 幼いころから恋い焦がれた、自愛への気持ちを疑われ、明らかに不機嫌になる天華に、成片は愛想笑いをうかべながら肩をすくめた。


 目が笑っていない愛想笑いを……。


「いや、ほんの少し問いたかったのですよ。今のご時世は確かにしがらみによって婚儀は結びにくい。だがしかし、実際他の男と情交するのはたやすい」


 いわゆる通い婚の制度が、この時代の結婚形態の主なものだ。


 男が女のもとに通い、それが10日続けば、事実上彼らは夫婦となる。


 無論、女性が男の通いを断ればそれまでなのだが、そのお手軽さから、お試し感覚で通い婚を成立させてしまう人間が多いのだ。


 男も……そして、女も。


「はっきり申し上げて、私としてはまだあなた方のことを疑っています。いくら幼馴染だといっても、身分が違いすぎる。姫様と、身分の低い男の恋物語。なるほど、それはとても美しい話なのでしょう。あまりに美しすぎて嘘くさい」


 数多の恋をしてきたがゆえに、無数の女と関係を持っていたがゆえに、人の《愛》に一家言を持つこの男は、眼光鋭く天華を睨みつけた。


「そして、神皇家の王女ともなれば、そんな話があったとしても結婚相手はより取り見取り。それどころか、そんな一途なところがいいと、他の貴族達も思うかもしれない。あなたは、自愛さんの恋心を利用して、自分により良い婚儀を持ち込むために、そのようなふるまいをしているのではございませんか?」


 瞬間、鋭く投げられた扇子が、成片の額を打ち据えた。


「っ!? おい、天華っ!」


 扇子の角で額を斬ったのか、額から血を流す成片。だがそれ以前に、天華は己が顔を彼にさらしていた。


 この時代の女性にとってはあるまじき失態。だが、それすら気にならないといわんばかりに、天華の瞳は怒りに燃えていた。


「無礼者っ!! 私は……ずっと昔から、あの人のことが好きだった! ぽっと出のあなたに、知ったような口をきかれたくありません!!」


 おしとやかな女性が好まれるこの時代には、あまりにそぐわない苛烈な愛の告白。そんな言葉を受け、額から血を流す成片は小さく笑う。


「いいでしょう。その言葉に、偽りはなさそうだ……」


 まったく。あのお人よしの先輩のことが心配で、六歌仙代表できてみれば、取り越し苦労でしたかね? と、成片は肩を竦めた後、


「失礼をば致しました。謝罪に、この奈木山成片、全身全霊を持って、あなたの恋の成就をお助けしたく存じます」


 そして、成片は天華に平伏し、


「わが恋の手練手管、とくとご賞味くださいますよう」


「っ!?」


 驚く俺たちを見つめて、安条随一の貴公子は女をとろけさせる穏やかな笑みを浮かべた。




…†…†…………†…†…




「ん?」


 私――鹿自愛は、仕事の帰り六歌仙で集まろうぜ! という靖英さんの申し出を受け、酒の入った壺を片手にのんびりととある屋敷にやってきていました。


 そこは、元々大貴族だった鹿家が所有していた屋敷の一つ。そして、私の代で没落してしまったがゆえに、まったく掃除が行き届いていない、ほとんど打ち捨てられた屋敷でした。


 だが、六歌仙の面々はこのうらぶれた雰囲気が気に入ったらしく、よく集まる場としてここを指定してきます。


 出家した紀泉法師はともかく、他の六歌仙の面々はおのおのの立場で、都の貴族社会にもまれる人々です。私も含み日々の苦労はそれ相応……。


 というわけで、こうして誰にも見られることがない、皆が生きがいとして本気で楽しめる歌に、こっそり打ち込めるこの場所が私たち六歌仙は大好きでした。


 だから私も、なかなかいい案が思い浮かばない冠務陛下の説得のことを一時的に忘れることができるこの場へと、意気揚々とやっていたわけですが、


「成片……危なくね?」


「あの笑顔向けられて、ときめかない女性はおりませんもの……」


「姫様寝とったりしたらどうなるかの?」


「ははははは、六歌仙の間で血の雨が降るね?」


――何やら不穏な会話が聞こえる……。屋敷の入り、ほこりだらけの回廊を歩いていた私の耳に飛び込んできたそんな会話に、私は思わず顔を引きつらせる。


「また成片がやんごとない方に手を出したのですか?」


「「「「ひうっ!?」」」」


 土産です。と言いながら、酒の入った壺を掲げて廊下の角より姿を現した私を見て、六歌仙の面々は何やら息をのみました。


 盛大に目をそらす四人。靖英くんに、小町さんに、紀泉法師に、義貞さま……って、あれ?


「成片君はどうしたんですか?」


「あぁ、成片なら今、てんか……」


 靖英君が何かを言いかけた瞬間、小町さんが慌ててその口を封じ、紀泉法師が冷や汗交じりのにこやかな笑顔で、それを覆い隠す。


「ほほほ、なんでもない。なんでもないのですよ、自愛様」


「そ、そうだ? いつも通りただの夜這いだ。気にする必要はないと拙僧思うが」


「いや、あの子意外とこの集り気に入っていますから、相当な理由じゃないとすっぽかしませんよ?」


――って、あぁ。あの子が女の人の夜這いをするのが、大したことじゃない扱いにいつの間にかなっている……。


 慣れって恐ろしい。と、私が戦慄する中、義貞さまが私に盃を渡し、私が持ってきた壺から酒を注いでくれる。


「まぁまぁ、気にすることはないさ。のっぴきならない事情の一つや二つ、彼にもあるだろう。そんなことはともかく、まずは駆けつけ一杯ならぬ、駆けつけ一句でどうかな? この盃に映る月を題材に一つ」


「いや、何なんですかそのノリは。珍しく能動的ですね、義貞さま」


 と、いつもは穏やかに酒を飲み、小町さんをめでる歌を詠む義貞さまの、らしくない姿に、私は困惑しながらも、水面の月で一句詠む。


 そんな私の背後では、


「な、何で言わせてくれないのですか? 別に悪いことしているわけじゃ……」


「たわけ! 拙僧らが、天華様のことを悪女だと疑っておったと聞かされて、あの純愛自愛がいい顔をするわけないだろう!」


「おまけに今会いに行っているのは、自他ともに認めるタラシの成片ですよ! 自愛様に妙な疑いをもたれたらどうするのですっ!! そんなことになれば、うまくいくものもうまくいきません!」


 そんな会話がなされていることなどつゆ知らず、私はいつも通り、穏やかに酒を飲みながら、せわしない俗世のことを忘れて、六歌仙たちと詩の花を咲かせた。


 穏やかな秋の夜。


 中秋の名月に見守られながら、私は仲間に恵まれたことを感謝し、これからも幸せなことが続くことを祈り続けていました。


 ですが、



…†…†…………†…†…




『流刃天剣主様より神託。『天華内親王を《威世神宮》に仕えさせるべし』よって、天華内親王を、第14代斎宮に任命する』


 内裏中に張り出されたその告知文を見て、私の心は氷結した。


「さい……ぐう?」


 その役職は、代々流刃天剣主様と霊依産毘売様が住むとされる、威世の地にある威世神宮に仕える神皇家の姫が務める巫女。


 神の花嫁。


 勤めは10年であり、その間は遠く離れた威世の地で、都にかえることすら許されず、神々に奉仕しなければならない。本来ならばもっと幼い内親王が任命されるべき役職。


 そして、斎宮には暗黙の了解となっている掟がある。


 斎宮を務め、都に戻ってきた内親王はもはや神の物である。


 そのため、下界の人間が結婚することはまかりならぬ。そのため斎宮は、生涯独身を貫くか、時の神皇の後宮に入りその一生を終えることとなる。


 つまり……それは、


「ば、かな……」


 天華は……永遠に結婚が成せぬ存在となる。


 私たちの恋の結末は、驚くべきところから終止符を打たれた。


*威世神宮=主神・流刃天剣主とその妻・霊依産毘売が住むとされる大神社。その階級は非常に高く、安条時代より高原大社と同列の階級に位置した日ノ本の重要な神社の一つ。


 一応、流刃天剣主たちを奉る本社は高原大社なのだが、威世は、都にいたため穢れを蓄積してしまった、彼らの祟りを収めるための清浄な地として彼ら自身が選んだ地だといわれており、一種の流刃天剣主たちの療養地=別荘として扱われている。


 とはいえ、最近ではほとんどこの神社に二柱は滞在しており、高原大社には仕事で高草原に上る際にやってくるんだとか……。


 要するに、黄泉より助け出したことによって久々に霊依産毘売と会えてハッスルしちゃった流刃天剣主が、誰にも邪魔されない愛の巣として造った神社がこれである。


 新婚夫婦の新居だとかは……言ってはいけない。

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