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明石閑話・六歌仙の集い

 時は流れ、二年後の内裏にて。


 季節は秋。


 もみじが咲き乱れ、鮮やかに紅葉した木の葉が舞い踊る。


 川のせせらぎは、穏やかに響き、


 秋の花々は百花繚乱。


 その隙間を埋めるように、黄金色の稲穂が豊穣を示さんと首を垂れる。


「……ここまで行くと、逆に毒々しく感じるのは私だけなのでしょうか?」


「ちょ!?」


「身も蓋もないことを言わないでくださる、自愛様っ!?」


 そんな私――自愛の呟きと共に、部屋の中どころか内裏そのものを侵食し、内裏を一時的に秋の絶景で埋め尽くしていた景色たちがわずかに揺らぐ。


 それを感じ取ったのか、私たち六人がいる部屋に駆け込んでくる左大臣。


「な、何をしておる六歌仙! 早う、景色の維持を!! 冠務陛下が首をかしげておられる」


「はい! ただちにっ!」


「チッ。勝手なことおっしゃられる。そちらの無茶を我らがどれだけ苦労して通したと思っている」


成片(なしひら)、少し黙って!! ご本人の前で言うことではないでしょうっ!?」


 不機嫌そうな猫獣人の美男子――奈木山成片(なきやまのなしひら)の言葉に、狸顔の左大臣の顔が引きつるが、成片を友人である狼獣人の書家靖英(しょかのやすひで)が慌てて彼の口を塞ぎ、絶世の美女と名高い雀獣人の春野小町(はるののこまち)が、扇子で顔を隠しながらも伝わってしまう笑顔で、何とか左大臣の機嫌を直すことで事なきを得る。


 私はそんないつも通りの凸凹三人組に苦笑をうかべながら、


『紅葉舞う―――』


 紅葉をたたえる歌を歌い、何とか景色の維持を行っていた。


 そんな元凶である私のシレッとした態度にあきれ返っているのは、頭を見事に剃りあげた、秋らしい山吹色の袈裟を着る美丈夫の僧侶。柴犬獣人の紀泉法師(きせんほうし)


 そして、そんな彼の背後で肩をすくめる春野小町の義兄である、ツバメの翼をはやした近正義貞(いまただのよしさだ)様。28という若さで蔵人の頭に任命された、秀才だ。


 そして、私――鹿自愛を含む計六人が、現在この景色を、歌を使い増幅した言霊によって作り出す、都で《六歌仙》と称えられる和歌の達人であり、言霊使いの第一人者たちだ。




…†…†…………†…†…




「あぁ。まったく左大臣のむちゃぶりにも困ったもんだよな……」


「出家した拙僧まで呼び出すのはやめていただきたいのだが、自愛殿……」


「も、申し訳ありません紀泉法師。内裏全土を覆う景色改変となると、われわれ五人だけでは力及ばず……」


 というわけで、何とか景色の維持に成功した私たちは、自分たちが作り出した景色を見て歓声を上げ、和歌を読み上げる貴族たちを見つめるという虚しい作業に戻りました。


 何分我々はまだ貫己おじい様ほど言霊を使いこなしていない。そのため、このような大規模な景色改変の際は、結界の基盤を作り、そこを囲いながら言霊を使い霊力を流し込んで景色を維持していなかなくてはならない。


 だから我々はこの場から動けないため、窓から覗ける一部の景色を肴に、雑談をすることしかできず……とても暇をしていました。


 それに、この娯楽の少ないこのご時世。


 貝に書かれた絵柄を合わせる貝合わせも、賢気様が作られた数符(とらんぷ)遊戯も、もうすでにやりつくし、あとできることと言えば、


「ところで成片……この前お前に夜這いの約束すっぽかされたって、女御の女の子が俺に抗議に来たんだが……。お前の友人だからって、いい加減お前とのいざこざを俺のところに持ってくるのはやめさせろ」


 こういった恋が絡んだお話。いわゆる恋バナです。


 人は暇になると他人の恋愛ごとを肴に喋り出すと、賢気様が言っていたが、私はその言葉には今すごく同意できる。


 もっとも、我が六歌仙随一の女遊び人――成片君の恋バナとなると、たいてい爛れた話になるわけですが……。


「おっと、それは済まない靖英君。ところで、その子の特徴は? 五人ほどいるんで思い出せないんだ。これが終わったら謝りにいかないと」


「あなたまだそんなことしているんですかっ!」


 そんなんだからいつまでたっても正妻ができないんですよ! と、小町は顔を隠していた扇子を勢いよくたたみ、その絶世に美貌を私たち六歌仙の前にさらす。


 本来ならはしたないと咎められなければならない光景だが、もとより彼女はその言霊の腕を買われ仕事を仰せつかり、女性にしては珍しくしょっちゅう外出をする。


 そのため、扇子などという防御力が低いもので完全に顔を隠し切れるわけもなく、仕事でよく同じ場所に集まる我々には、もうほとんど顔の全貌が知れてしまっています。


 そのため、彼女もいいかげん顔をわざわざ隠すのが面倒になったのか、私たちの前ではこうして扇子の防御を解いてくれるのです。


 とはいえ、内裏随一の女遊びが激しい成片君とはよく言い争いをしている犬猿の仲のようですが……。


「まったくもってその通りだよ、成片君。君はもう少し節操というものを持った方がいい。誰彼かまわず盛るなんて……犬でもしない暴挙だ」


「流石ですわお兄様! もっと言ってやってくださいっ!」


「む」


 犬猿の仲と言えば、六歌仙最年長であり、実は官位も一番高い義貞様とも、成片君は仲が悪い。


 若者随一の出世株ではある成片君だが、海千山千の内裏の政争を制し今の地位にいる義貞さまと比べると、さすがに少しいろんな面で見劣りする。そのため、口が過ぎる成片君をいさめるのはいつだって義貞様の仕事。そのせいで、成片君は義貞様に、妙な苦手意識を持っているらしい。


 さらに義貞さまは、


「それに……誰が小町と5秒以上話していいといった。小町から離れろ、悪い虫め」


「って、あ、あれ? お兄様? 今何か妙なことを……。というか、内裏の役人の方が遠巻きにわたしを見てなかなか話しかけてくださらないのは、もしかしてお兄様のせい!?」


「そうカッカしなさんなよ、お義兄(おにい)様」


「貴様っ……」


 割と重度の妹婚(しすこん)であるせいで、犬猿の仲とはいえ小町と軽口を交わし合う程度には仲のいい成片君に、シャレにならない憎悪を抱いているらしかった……。


――この人もこの人で、もう少し落ち着きを持つべきですよね……。あと小町さん。役人連中がなかなかあなたに話しかけないのは、お兄さんの脅しもありますが、あなたの美貌に二の足を踏んでいるだけです。と、内心私は考えながら、私は立ち上がった義貞さまと、成片君の眺めながら手元に置かれたお茶をすすったあと、ため息交じりに立ち上がり、靖英君と共に仲裁をする。


「まぁまぁまぁ! 落ち着いてください義貞さま。成片君のほんのちょっとした冗談じゃないですか」


「成片もっ! いらんところでケンカ売るなっ!? あとで尻拭いするのが誰だと思っているっ!?」


「おぉ、そのことで思い出したのだが成片」


「ん?」


 そんな騒動の炎が起こりかけるさなか、紀泉法師が油を投げ入れる。


「わしの寺院で面倒見とる孤児におる一人の少女がな……おぬしにやたらと仲良くしてもらったといって喜んでおったのじゃが」


「あぁ、(ゆかり)ちゃんか。楽しんでもらえたのならよかった」


「そ、それでのう成片……。拙僧のちょっとした戯言なのだが……ま、まさか懸想しとらんよな」


 六歌仙の間に戦慄が走る。いくら結婚適齢期が15歳だといわれているご時世でも、さすがに女児はまずい。ばれれば社会的に抹殺されるし、私たちもそんな人間の近くにいたいとは思わない。


 はたして……成片君の返答は? 私たちがそう固唾を呑んでキョトンとした顔の成片君を見つめる中、成片君は、


「やだなぁ、法師。節操なしと知られる俺でも、さすがにそれはありませんよ」


 笑顔でそう言ってくれてひとまず一安心。私たちがホッと胸をなでおろす中、


「まぁ、10年後は分からないので、とりあえず唾付けておいただけですよ」


「待ってください紀泉法師! さすがにここで流血ざたはぁっ!?」


 次の言葉で一斉に六歌仙はドン引きし、私は懐から取り出した短刀を逆手に構え、立ち上がる紀泉法師を必死に抑える。


 というか成片君。私はいい加減、君は一回刺されるべきだと思いだしたんだが、紀泉法師止めるのやめていい? と、へらへら笑いおちゃらける遊び人の姿にため息をつきながら、なんやかんやで私は楽しい職場を満喫していた。


 個性的な楽しい仲間たちに、充実した仕事。


 あとは、あの人とのことがうまくいけば……。


「まぁ、そんな私のただれた恋愛よりも、もっと進捗具合が気になる話があるでしょう?」


「自覚してはいたんだな……」


「だったらいい加減本命作ればいいのに……」


 成片君の強引な話題変更に、靖英君と小町さんは呆れながらもこちらを見てくる。って、え?


「おぉ、そういえばそうでした」


「そうだのう。いいかげん何らかの決着がつくかと思っておったが、まったく進捗はないようだし、何をしておるんだ、自愛殿」


「え、え? わ、私っ!?」


 まさかこの話題の当事者にされると思っていなかった私は、ニヤニヤこちらを見てくる六歌仙に、顔を赤くしながら必死に反論する。


 そう。この六歌仙のメンツ。実は私と天華の恋愛事情を知っている。


 あまりに女気がない私をいぶかしんだ成片が、言霊を使い、姿を隠して(夜這いに便利だと自慢していた。私も実は使わせてもらっている)こっそり私を尾行。私と天華の逢瀬をいつのまにか盗み見していたのだっ!


「だ、だって仕方ないじゃないですかっ! いくら幼馴染とはいえ、天華様は内親王。私はしがない検非違使で、ただの歌詠みです。結ばれるにはいろいろと面倒な段階を踏んでいかないと……」


「そんなもの、夜這いかけて押し倒しちゃえば一発でしょうに」


「私を殺したいんですか成片」


 そんなことをしたら、私の首が河原にさらされるだけで終わりますよ……。と、天剣片手ににっこり笑う冠務陛下の姿が頭によぎり、私は冷や汗を流しながら首を横に振る。


 そんな私の態度に、六歌仙の面々はため息を流し、


「まぁ、確かに……今上は天華内親王様を溺愛しておられるからな」


 それもいたしかたなしか。と紀泉法師は苦笑い。


「一歩間違えば禁断の愛染みているから……。まったく、あれさえなければいい神皇陛下なんですけどね」


「あんたがそれを言いますか」


「成片君? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい。ちなみに私は義妹だから大丈夫だ」


「お兄様っ!? 何かいま危険な言葉が聞こえましたがっ!?」


 義貞さまと成片君は、互いの視線で火花を散らしあい、なにやらサラッととんでもないことを言われた小町さんは顔を引きつらせる。


「おや、小町は嫌なのかい? わたしとそういう仲になるのが?」


「いや、だって……私たち兄妹ですし」


「血のつながりはない。大丈夫だ……きっと誰よりも愛して見せる。それに君も昔言っていただろ? 大きくなったら私のお嫁さんになってくれるって」


「い、いや……あれは小さなころのお話で。それは、初恋の相手はお兄様ですけど」


 と、なにやら兄妹の痴情のもつれが展開され、誰かに聞かれていないかと私がハラハラしだした時、


「おやおや。お義兄さん、しつこい男は嫌われますよ?」


 颯爽登場、成片君!


 彼はきざったらしげに髪をかき上げながら、小町さんの肩を抱き一言。


「小町。こんな危険な考えをした兄貴は放置して、俺と一緒にならないか?」


 無論本気ではない。ただ単にいつもぎゃふんと言わされている義貞さんに一杯食わせたいだけだろう。


 六歌仙の面々は無論それに気付いている。


 気づいていながら、義貞さんは激怒し般若みたいな顔をしているが……まぁ大丈夫だと信じたい。


 だが、そんな小町の反応は、


「え?」


 と、少しの間ぽかんと口を開けた後、


「気持ち悪いんだけど……やめて。あなたみたいな不誠実な男と結婚するくらいだったら、蛆虫に口づけした方がまだましよ」


 美しい顔を心底いやそうにゆがめてのガチ拒絶だった。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 さすがにここまで真剣に嫌悪されるとは思っていなかったのか、固まる成片。その背後では、いつも女を引っかけて遊んでいる友人の失態に、靖英君が四肢をつきバンバン床を叩いている。


 紀泉法師も顔をそむけブルブル震えているところを見ると笑っているのだろう。


 私も正直に言うとちょっとだけいい気味だと思っていたりはしたが……。


「あぁ、成片君。傷心なのはわかるけど、あんまり集中を乱すのは……」


 一応この集りの立案者としての責務があるので、私は何とか成片君を再覚醒しようとして、


「こらぁああああああ! ろっかせぇええええええええん!! 今度は紅葉が突然葉を全部落として枯れ木になったと陛下が驚いておられるぞっ!?」


「「「「「「げっ!?」」」」」」


 左大臣の怒声を聞き、われわれは慌てて結界の構造を修正する。


 げに哀しきは宮仕え。数多の人を虜にし、涙すら流させる偉大な和歌を詠む我々六歌仙であっても、権力からの命令は無視することはできないのだった。


*六歌仙=安条の世に存在したといわれる、数多の優秀な歌を作り出した、和歌の天才たち。後に発行された勅撰和歌集の序文で紹介され、その称号を不動のものにする。


 女たらしにして、恋多き男奈木山成片(なきやまのなしひら)

 天才的技巧が凝らされた歌を読むが、出世には恵まれなかった、書家靖英(しょかのやすひで)

 日本三大美姫の一人、春野小町(はるののこまち)

 厭世的かつ美麗な文章で美しい自然を表現し尽くした、紀泉法師(きせんほうし)

 正体不明のある一人の女性を愛で続ける歌が話題になった、近正義貞(いまただのよしさだ)


 そして、一時期は朝廷が記録の抹消にかかったが、詠まれた歌に罪はないということで、かろうじて六歌仙欠番を免れた、大罪人、鹿自愛(かのじあい)


 この六人で構成されており、彼らが歌を一つ詠めば、言霊が呼応しその景色を再現。その場に雅の世界が作り出されたといわれている。


 また、彼らが作った恋の歌を相手に届ければ成就率が100%だったらしく、そういった歌の代筆依頼もひっきりなしにやってきていたのだとか……。


 仙という称号を賜ったためか、彼らには仙人としての一部の特性が受け継がれてしまい、平安が終わるまでその寿命を終えることがなかったといわれている。


 しかも、彼らはなくなるその瞬間まで、全盛期の美しい姿を保ち続けていたとか……。まぁ、これらは近代では怪しいと否定される、眉唾物の伝説の類ではある。信憑性はとても低い。

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