明石閑話・千夜紡ぐ物語 後編
そして、ところ変わって夜。
頭に栗のような屋根を乗せた、無数の塔が立ち並んだ王宮と、それを中心に広がるオアシス都市を砂丘から眺めながら、真っ黒な服装に身を包んだシルとアルは、雑談をする。
「ま、マジですんの!? マジですんのっ!?」
「いまさら何言ってんの。シェイラさんだっけ? 彼女のこと助けたいんでしょ?」
「いや、確かにそういったけど、宮殿には500を超える兵士がいて、王様自身も滅茶苦茶強い武人なんだぞっ!? たった一人で宮殿に攻め入った賊300人を殺したって言われるほどの豪傑で……」
「なんだ、その程度か……」
そんな二人の会話に口を挟んだのは、不可視の幽霊状態になって宮殿の偵察をしていた、シルの使い魔――ラン。
「俺の宮殿には近衛は1000人ぐらいいるのが普通だったが? それに俺の右腕と呼ばれた男は、たった一人で1000人近い兵士を打倒した世界記録を樹立……」
「はいはい、自慢はいいからさっさと行くよ、ラン。時間もあまり残っていないだろうしね」
「ちょ、きけよ!!」
偵察のランが戻ってきたのを皮切りに、雑談を切り上げシルは連れてきたラクダに騎乗し、その腹をけりつける。
それにより疾走を開始したラクダに舌打ちを漏らしながら、ランは自分の馬を召喚し、その背中に乗った。
「じゃぁ行くぞ、小僧」
「え!? えっ!? そんなすぐに!? 作戦会議とかは!?」
「バカかお前。そんなもんいらねーよ」
「なんで!? あんたわざわざ偵察に行って、俺たちが潜入しやすいルートを調べていたんじゃ!?」
「はぁ? 何言ってんだよ。俺が偵察に行って調べてきたのは……」
あの城は、おれが力任せに襲撃しても、落とせる城かどうかの、確認をしただけだよ。と、あっさりと告げられた物騒すぎるその言葉に、アルの顔が引きつった。
…†…†…………†…†…
きっと悪い夢でも見ているんだ……。
月がきれいな砂漠の夜。
そんな平和な夜空を眺めながら、王がひきこもる塔の上から響く物語をつづった歌に、「哀れな娘だ……」と、ため息をついていた王宮近衛A――私はそう思う。
数分前突如王宮を襲撃してきた賊。当然、王宮を守っている以上、この場に集っている兵士は国中から集められた猛者だし、数だってばかにならないほどいるから、すぐにとらえられるだろうと思っていた。
万が一捕えられないのだとしても、それは相手がよほど隠れるのがうまいのだろうという結論に落ち着くはずだった。
すくなくとも、
「どくがよいっ!! 我が覇道を阻むことなど許さぬっ!!」
並み居る近衛兵たちを薙ぎ払いながら、噴水の様にうちあげる化物が襲撃者なんて、そんな可能性考えてなかった。
「薙ぎ払うぞっ!! 俺の後ろに入れガキどもっ!!」
「りょうか~い」
「ちょちょちょちょ!? これ以上まだ何か人外じみたことすんのかよっ!?」
と、彼の背後にかばわれた少年二人の声が聞こえた気がしたが、今の私にそんなことを気にしている余裕はない。
「薙ぎ払え、《七神器・覇軍剣》!!」
瞬間、黒と金の豪奢な鎧に包まれた化物が、どこからともなく出現した直刀を手に取り、横薙ぎに振るう。
瞬間、莫大な魔力の高まりがその剣の切っ先から放たれ、衝撃波となって俺たちを打ち据えた。
他の兵士たちと同じように、風に巻き上げられた砂のように吹き飛びながら、私はもう半笑いになりながら私たちを薙ぎ払い、さっさと王宮の中に入っていく化物を眺めるしかなかった。
そして、
「あぁ……世界って広いなぁ……」
そうつぶやきを漏らした瞬間、私の体は地面にたたきつけられ、意識は深い闇の中へと沈んだ。
…†…†…………†…†…
シルに手を引かれた俺――アルジラは、先ほど中庭で見せつけられた信じられない光景に、思わず口をパクパクさせる。
「い、いまの……今のなにっ!?」
「え? なにって……伝承兵装だけど?」
「ごめん、バカの俺にもわかるように言って!!」
「安心しろ。イウロパ圏の魔術師でもない限り今の説明ではわからんから」
俺達をかばうランからもあきれ返った声が届けられ、「魔術師じゃなくて神聖術師だって何度言えばわかるんだよ」と、その声にシルは反論しながら、ひとまず暇つぶしがてらに説明を開始してくれた。
なにせ並み居る近衛兵たちは、ランが先ほど取り出した剣を一振るいするだけで吹っ飛んでいく。正直俺たちは、念の為はられたシルの盾に隠れること以外することがない。
「えっと、どこから話そうか? ランが実は世界のどこかで偉業を残した英雄の幽霊だってのは知っているよね?」
「お前たちの神様の力を借りて、力づくでこの世界に顕現させているんだったかっ!? どっからどう見ても降霊術だよ、それっ!! 魔術の類だよっ!!」
「失礼な、神聖な力で招かれた神聖な霊が、魔なわけないだろう。だから神聖術だよ」
「物は言いようだなっ!?」
「続けるよ? んで、その召喚した英雄は、その偉業を果たした際に使ったとされる道具――武装や、防具。派手なものだと軍勢やら、城やらを使う人もいるみたいだけど、それを自身の神聖力によって完全再現・使用することができるんだ。ランの場合はさっき使った《七神器》っていう武装。ある例外である一つを除いて、ランは七つの武装を自由自在に作りだし、使役することができるんだ。ちなみに、いまランが着ている鎧もその七神器の一つだよ?」
だから基本的に彼に僕の盾はいらないんだ! と、珍しくチョット自慢げに語るシルに半眼を向けながら、俺は、
「どこまでが本当なんだ!?」
「残念なことにどこまでも本当だよ……。信じがたいのは分かるけどな」
荒唐無稽すぎて話にならないとランにも問い掛けてみたんだが、帰ってきたのはシルの説明が全部事実だという信じがたい答えだけだった。
「まぁ、困ることはないからいいだろう? それが真実だとしたら、お前に強力な味方ができたってことなんだから」
「う……。まぁ、確かに……それは、そうだな……」
でもやっぱり、本当かどうか信頼できない戦力とか、あんまりあてに……。と、俺が言いかけたとき、
「貴様……アルジラか?」
「っ!?」
俺たちの目の前に、黒ひげを胸元まで伸ばした、豪奢なターバンを巻く一人の男が現れる。
ジャッカルのような鋭い眼光に、サソリの毒を思わせる、刺すような厳格な声音。
「何をしに来た。この宮殿は、貴様のような市井のコソ泥が、入り込んでいい場所ではないぞ?」
この国の大臣を務める男――アブブラ・ザードがそこに立っていた。
…†…†…………†…†…
とつぜん現れた、アルが「この国の大臣にしてシェイラの父だ」という男の姿を見て、俺――ランの動きは思わず止まった。
このおっさん、かなりできるな。と、長年戦場にいた経験から、それが読み取れたからだ。
懐に隠された護身用のナイフ。
体の各所に、自然に隠された本命の武器と思われる暗器。その隠し方も巧妙で、死が近づいた末期の際、暗殺を誰よりも気にしていた俺でなければ気づかなかっただろう。
その身のこなしや、視線の配り方、そしてこちらを牽制する殺気の放ち方は、まず間違いなく一級の暗殺者の物。
こんな男が何で国の大臣なんてやっている? と、俺が思わず首をかしげてしまうほど、その男の戦闘技術は完成されていた。
「そういえば、故郷で聞いたことがある。砂漠の国には《砂丘の死骸》なんて呼ばれる、国おかかえの暗殺集団がいるって。そいつらは戦争が起こる前に敵国の王族を暗殺し尽くすことによって、戦争を止める裏の闘争のプロフェッショナルだとか……」
「厄介な話だな……」
いける? と首をかしげながら放たれたシルの問いかけに、俺は分からんと首を振るしかなかった。
暗殺者との戦いなんてものはごまんと経験してきたが、俺が王をしていた時代の暗殺者は基本的に、食事に毒を盛る毒殺を主体とした連中だった。こんな風に肉体を磨き上げて、正々堂々と殺しにかかってくる暗殺者は、俺の生きた時代にはまだ少なかった。
というわけで、敵の戦力は未知数。
普通なら撤退して体勢を立て直すべきところだが、
「それに、いまさらシェイラを助けようとしたところでもう遅い……。陛下のご機嫌伺いに行った際、陛下ははっきりとおっしゃられた。今宵で最後だと」
「っ!!」
どうやら、その時間すらも残っていないらしい。
押し通るしかないか……。俺がそう覚悟を決め、覇軍剣を握りなおした時だった。
「あんたはそれでいいのかよっ!! 娘をむざむざわけわからん理由で殺されて……あんたはそれでいいのかっ!!」
アルジラの怒声が、通路中に響き渡る。
その声にはたしかな力が宿り、一流の暗殺者である男の行動すら一瞬遅らせた。
「こいつは……」
意外といいもの持っているじゃないか。と、俺が少しアルジラを見直す中、アルジラは言葉を重ねていく。
「一夜明けたら死んでいたかもしれない命が、せっかく今まで生き延びているのに……。手を伸ばせば助けられる距離にある命なのに、何だってあんたは……こうしてあいつを死に向かわせることしかできないんだっ!!」
「……仕方がないのだ。国は王によって維持され、守られる。王がいなければ民は我々についてこない……。王こそが、この国そのものなのだっ!! たとえどれほど狂おうとも、王がいなければこの国は回らんのだっ!!」
政治家として、この国の運営を行うものとして、王は絶対に必要だと叫ぶ大臣の姿に、俺は思わず目をつぶる。
違う。王様なんて、そんなに必死になって守る必要がある、上等なものじゃないんだと。
民が王についていく理由は、王が王だからという理由ではない……。
「自分の民を食い荒らすだけの王が……王を語っていいわけないだろうっ!! たとえどれほど偉くても、そんな王様には誰もついて行かないッ!!」
「――っ!!」
俺の胸を、大臣の胸を射抜くその言葉に、大臣は思わず息をのみ、俺は小さく苦笑する。
「どきな、未熟者」
そして、一瞬こわばった大臣の懐に飛び込んだ俺は、
「っ! きさっ」
「わるいが……さっきの舌戦は小僧の勝ちだ。王のなんたるかを、奴はよく捕えていた」
剣の柄頭で大臣の腹部を一撃。その意識を刈り取った。
「みごと……異国の英雄よ」
だが、
「だが……決して王には勝てない。あの方は正真正銘……化物になられたのだから」
たおれふす大臣が残した言葉が、おれにはやたらと不穏に聞こえた。
…†…†…………†…†…
そして、僕――シルとその愉快な一行は、とうとう王の寝室にたどり着いた。
そこは巨大な空間で、その中央には天蓋付きのベッド。
そこに腰かけ歌を歌う、黒いさらさらした髪と褐色の肌を持つ美少女が、こちらの姿を確認し瞠目、一瞬歌を途切れさせるが、
「哀れ、アリババは盗賊たちに捕えられ、合言葉がかえられてしまった、扉のあかない宝物庫の中に捕えられた……」
王の気を引くために、気丈に物語を続けてくれた。
「いい子じゃないか……」
「命がかかっているからな」
「その言葉はロマンチックに欠けるよ、ラン」
意外と現実的なことを言うランに肩をすくめながら、僕たちは王を倒せる範囲に近づいていく。
物音を立てぬよう。こっそりと、着実に……距離を詰めていく。
だが、
「もうよい……。茶番は良いだろう、シェイラ」
「っ!?」
突如響き渡った雷鳴のようにとどろく声に、僕たちの体は委縮する。
だが、流石は英雄。ランだけは瞬時に武器を長大な槍に持ち替えて、構えていた。
「お前……人間じゃないなっ!」
「くかかかかかか! 一瞬でわれの正体を見抜くとは……死者よ。なかなかいい目をしているようだ」
天蓋の影がムクリと起き上がり、少女の腕を乱暴に掴む。
その手は、無数の鱗に包まれていた!
「逃げてアルジラっ!!」
少女――シェイラ嬢の悲鳴が響き渡ると同時に、天蓋に隠れていた影は見る見るうちに巨大化。
寝転んでいたベッドを粉砕しながら、全長10Mほどある、ずいぶん高さがあった部屋の天井まで頭を届かせる、巨大な爬虫類へと変貌した。
割れた瞳孔に、毒々しい紫の鱗。口から漏れ出る乱杭歯に、舌先の割れた蛇のような舌がちろちろ出ている。
大木のような四肢と、背中に生えた蝙蝠のような羽。
そう、その姿はまさしく……イリス教布教時代、生贄を求め、とある国を恐怖に陥れていた化物の姿で。
「あ、悪竜!」
「くははははは! さて人間、どいつから食われたい? 貴様らはこの娘を助けに来たようだから、こいつは最後にしておいてやる。面白い話をたくさん聞けたしな、延命はこの娘への褒美でもある!!」
なんでこんなところにっ!? と驚く僕をしり目に、半眼になったランが明らかにとげとげしい空気をはらんだ言葉で反論する。
「どうせ今夜中には食うんだろ?」
「しかり。この国で神として崇められるにはどのような行動をすればよいか、この娘が語る伝承を聞き理解したからな。もはやこの娘は用済み。あとは、この国を踏み台に、我を神として神格化していくだけだ。そうすれば、あのもどってきた最高竜にも牙が届くほどの力を得ることもできようてっ!!」
そう叫び、丸太のような手にシェイラ嬢をとらえながら、こちらに向かって毒々しい紫色の吐息を吐きつけた悪竜。
「まずいっ! 毒だっ!!」
「っ――!! シェイラっ!!」
慌てて僕が《聖域結界》を張ることによって、毒のブレスを遮断する。
でも、その結界は二人しか入れない小さなもの。
ランが外に残されているっ!!
しまった! と、僕が慌てるなか、ランはひらひらと手をふるい「きにすんな。どうせ幽霊だし、よっぽど特別な毒でない限りきかねぇよ」と、いつものように笑う。
その顔には、さっきまで見られた緊張感はない。
なんだ、この程度かと言いたげな色が、その顔からはうかがえた。
「ふはははは、見捨てられたな。亡霊」
「はぁ? どこ見てんだ。お前程度なら余裕だからと、信頼して放置されたんだよ」
「くく。戯言を……。いくら霊格が高い亡霊だからと言って、この俺にその刃が届くわけないだろう?」
悪竜は笑いながら、ランの言葉を強がりと断じ、彼をあざ笑う。
「まぁ、安心せよ……。この姿の俺を見てなお慄かぬ存在というのは珍しいからな。この国の王として、貴様のことは賊にしては大した男だったと、丁重に葬ってやろう」
「王?」
その言葉は、ランにとっては逆鱗だよ。よっぽど竜にそう教えてやろうかと思った僕だったけど、
「貴様風情が王とは……笑わせるなっ!!」
その前に、ランの一喝が響いたため、あーあと言いながら諦める。
もうどうせ、取り返しつかないんだし……。あとは野となり山となってもらうしかない。
「お前を見ていると昔の俺を見ている気分になってむしゃくしゃしやがる! いいかっ! 民のために働かず、民の為を考えず、ただむさぼり、くらい、搾取するだけの存在は王とは言わん!! ただのゴクツブシだ!!」
そう吐き捨て、ランは鋭く槍を旋回、竜に向かって疾走する。
「貴様には王を名乗る資格はない。その醜い首……今ここにおいていけっ!!」
怒号を上げ突撃するランに、悪竜は笑い、ランに向かって巨大な顎を開き、食らいつく。
でも、僕は知っていた。ランが持っている武装の能力。その凶悪さを。
「沈め、王を騙る不敬者よっ!!」
伝承兵装――七神器・墜天蛇戟。その効果は、切っ先が触れた、対象の首を、問答無用で斬りおとす。
伝承では賢者の石より与えられたとされる、対巨獣用の一撃必殺武装。
それを再現したランの大槍の一撃は、そのまま竜の口内に飲み込まれ、
「っ!?」
得体のしれない悪寒が走ったのか、竜は慌てて身をひるがえし、何とかその槍に触れることを阻止。その身を大きく引かせた。
「ん? どうした?」
「っ!? その武器についた魔力――まさか、貴様あの国のっ!?」
「?」
突然反応が変わった竜の姿に、首をかしげるラン。
そんな彼に恐れをなしたかのように竜は身を引かせ、
「くっ! 今の他宗教圏の圧力によって力をそがれた状態で、敵対していい存在ではないかっ!!」
突如、身をひるがえし、シェイラを前足で握りしめながら王宮から飛び出した!
「なっ!?」
まさかあれほどの巨体と力を持つ存在が、あっさりと逃げを打つとは思っていなかったのか、流石のランも反応が遅れ、その竜の逃走を許す。
でも、それよりも驚いたのは、
「シェイラァアアアアアアアア!!」
誰よりも早く、誰よりも戦う力がなかったアルジラが、竜が飛び出したことによって空いてしまった大穴に、身を躍らせたことだった。
「あのバカっ!? 何してんだっ!!」
「うわっ! 投身自殺だ! うわっ!!」
「言っている場合かよっ!?」
僕たちがそんな風に、揉めながらあわてて下を覗き込んだ時だった。
大穴の下からすごい速度で何かが飛び出してきて、竜が飛び上がったはるか上空へと消える。
「なんだいまの!?」
「わ、わかんない!」
驚く僕らをしり目に、はるか上空へと飛んで行ったそれは、凄まじい速度で竜へとおいすがり、
「おいあれ、絨毯?」
「なんであんなもんが空飛べるのさっ!?」
空の風に身をはためかせながら、しっかりとアルジラを乗せた布――絨毯は、空の覇者たる竜に追いつく!
…†…†…………†…†…
ランプのついでにもう一つお宝もらっておいてよかった。と、俺――アルジラは最後の最後で役立ってくれた空飛ぶ絨毯を撫でながら、
「頼む……少しでも早く。シェイラのもとにっ!!」
その言葉に答えてくれたのか、絨毯の飛翔速度は見る見るうちに上がり、竜へと追いつく。
体が巨大すぎて、速度が出ない竜と絨毯では、もとより速度が違ったのだろう。
「アルジラっ! 来ちゃダメっ! 殺されてしまいますっ!!」
「いやだ! キミが死ぬかもしれないって聞いたとき、俺分かったんだ……。たとえ命を懸けることになっても、君の手を離したくないって!」
一度は振り払った手だった。
いっしょに逃げようといってくれた彼女の手を、身分の違いを理由に振り払った。
俺なんかよりも、きっと君にふさわしい夫が見つかると。
いつも、ひとりの夜が怖いと震える子供の俺に、王宮の図書館から仕入れてくれた物語を聞かせてくれて、寝かしつけてくれた恩をあだで返した。
だからもう、会う資格も……こんなことを言う資格もないと自分に言い聞かせてきたけれど、
「シェイラ……俺は、君が大好きだ! そんな化物なんかに、絶対渡さないッ!」
「アル……ジラっ!!」
シェイラの瞳に大粒の涙が浮かぶ。そして、
「うるさいぞ、羽虫っ! 貴様ごときがこの俺をどうこうできるわけないだろうがっ!!」
しなる鞭のような尾の一撃が、俺を乗せてくれた絨毯を一撃。空から叩き落とした。
でも、俺の体はその前に宙を飛んでいた。
ここまで俺を連れてきてくれた絨毯が、尾の一撃を喰らう前に大きくうねり、勢いをつけて、俺の体を一瞬だけ宙に飛ばしてくれていたからだ。
ありがとう……。地面に向かって落ちていく絨毯に心の中でお礼を言いながら、俺は腰からレイピアを引き抜き、「破邪の力があるよ?」といって、お守りとしてシルが渡してくれた十字架の首飾りを柄に巻きつける。
そして、
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
気合い一閃。
全身全霊を込めてレイピアをつきだし、シェイラを捕まえる竜の手に突き刺した。
瞬間、十字架がどういうわけか砕け散り、それと同時に竜の周りに張られていた、見えないガラスのような何かが粉砕されるような音が聞こえた。でも、それを気にしている余裕はない。俺はさらに力を込めて、レイピアを竜へと突き入れる!
俺の剣はそのまま竜の鱗の隙間に入り込み、深々と竜の肉をうがった!
…†…†…………†…†…
夜空に竜の悲鳴が上がり、抱き合った二つの人影が落ちていく。
このままではあわや墜落死かと思ったが、先ほど払われた絨毯が何とかキャッチしたので、大事には至らないだろう。
よかった……。と僕――シルは安堵の息をつきながら、
「やったよ、ラン!! アルがやった!」
「了解。なら次は俺たちの番だな!」
よくやったと、満面の笑みを浮かべるランの言葉に、僕は大きく頷きながら胸元に下げた十字架を握り締める。
使う術式は宣教術式。
いかなる宗教圏においても、奇跡をふるうために編み出された、イリス教最高秘儀。
イリス様の象徴である十字架をアンテナにして、イリス様の加護を戴き、一分間だけ、宣教者の範囲2メートルを、イリス教の土地へと作り変える術式。
普段は出力を抑えて展開しているせいで、戦況範囲は、術者から半径数ミリほど。出力は3割ほど削られてしまうのだけど、今は全力で展開しているおかげで、いくつもの恩恵が受けられる。
その恩恵の代表が、神聖術者はイリス教圏内にいるときと変わらぬ出力で、神聖術をふるえること。その恩恵を受けた英雄霊も、他宗教圏では封印される、本当の切り札の開示を許される。
「真名を告げろっ!! ラン!!」
「わが名は東の大皇帝。兎の始皇帝、兎嵐なり! この名、この存在を持って、古の伝承に従い、我がもとに顕現せよっ!!」
ラン――兎嵐の場合は、七神器の中で、最も威力が高く、国一つを滅ぼしたとされる大弓の顕現。
自身の身の倍はある大弓を手に持った兎嵐は、それを横向きに構え、矢をつがえないまま弓の弦を引く。
それと同時に、矢が本来あるべき場所に光が集い、一本の極光の矢へと変貌した。
「賢者の石によりつくられし、民を照らすべき大弓よ! 我が敵、我が難関、我が光の妨げになりし、幾多もの闇・穢れを、祓い清める光となれっ!!」
矢が、放たれる!
「滅ぼせ。七神器・大陽弓!!」
放たれた矢は一条の光となり、夜空をかける。
それと同時に、竜が逃げようとしていた東の方向の空が白みはじめ、太陽が顔をのぞかせた瞬間、
それの光を塗りつぶすほどの、巨大な白い炎の塊が、竜を飲み干し、
「終わったな……」
「えぇ。これにて一件落着だね」
炎が消えた後には、何も残っていなかった。
…†…†…………†…†…
「にしても、まさかアルジラがあのまま王様になるとはな……」
「王を殺して化けていた竜を退治した、救国の英雄だからって、王様に大抜擢とかちょっとびっくりだよね。大臣さんがシェイラさんに、『恩をあだで返すんですかっ!!』言われて色々頑張ったみたいだよ?」
あの騒動があってから二日経った昼。豪華な日傘つきのラクダに乗り、ノンビリ旅をするシルと、不可視化して彼につき従うラン――こと兎嵐のコンビは、また砂漠の横断に挑戦することとなっていた。
背後に広がる大帝国では、いまだに大臣の娘と新国王の結婚式が続いており、遠く離れた砂丘にいる彼らにも、わずかながらの歓声を届けてくる。
「それにしても、こんなに早くあの国出てよかったのかシル? お前だって救国の英雄の一人だろうに。というか、寧ろお前が主役だろうに」
「いいの、いいの。風来坊が国の王様になるなんて間違っているし、何より馬に蹴られたくなかったからね」
瞬間、乗っていたラクダから、ブルルルルルと不満げな声が上がり、シルは苦笑いまじりに「分かってる、分かってる、砂漠じゃ君が一番の乗り物だよね。もう馬の話はしないから」と、宥める。
そんな彼の姿に「お前は本当に出世しなさそうだよな……」とあきれ返る兎嵐。
そんな彼らの旅の目的は、
「とりあえずは絶景探し。あと、兎嵐は《賢者の石》探しだったよね~。何とかして謝りたいんでしょ?」
「あれが死んでいるってことはないだろうから、世界のどこかにはいるはずなんだけどな……。生前は国中どころか周辺諸国まで探させてみたけど、見つからなかったし……。イウロパで『賢者の石』っていう名前は聞いたから、こっち側に来てんじゃないかと睨んでんだけど」
「見つかるといいね」
「だな。まぁ、こんなお宝が眠っている遺跡がごろごろしているんだし、割とすぐに見つかるかもしれんがな……」
と、お気楽極楽に笑う二人旅。
王でなくなり、自らを取り戻した始皇帝の幽霊と、
のちに世界に名だたる冒険家となる少年の物語は、
まだまだ始まったばかり。
*千夜紡ぐ物語=アラビ圏に伝わる無数の説話が集められた説話集。話しの形式としては、妻の姦通により正気を失い怪物となった王様は、一晩に一人の娘を伽に呼び食らっていた。その国王に食われぬよう、とうとう呼び出されてしまった大臣の娘――シェイラが、その王様に無数の物語を聞かせて気を引き、彼にくわれぬようねつかせつづけた。その時に話された物語がこれである……といった感じで始まる。
その説話集の話は本当に千にも及んだのだが、《泥棒アルジラの竜退治》。《冒険家シンドルアの冒険》など、アラブ圏の説話にはない話もあるため、おそらくいくつかの物語は創作でないかとされている。
なお、冒険家シンドルアの話しは創作であることが公的に認定されているが、それはこの話をイウロパ圏に持ち帰った大冒険家、シルドリア・フィ・エム・ラファエロ自身が創作と語り、モデルは自分だといったため。
まぁ、その神秘的なお話や、創作であるとされる物語の愉快な冒険活劇性に、根強いファンが多く、「創作だろうがなんであろうが構わない」というファンが大多数を占めているため、《偽千夜紡ぐ物語》が問題になるということは、あまりないらしいが……。
*冒険家シルドリア=本来なら貴族の名前である苗字も付けなければならないが、本人は勘当された身だからと、生涯その名前を名乗ることはなかったらしい。
アラビ圏を一人で踏破した冒険家であると知られ、天才神聖術者として名をはせた聖人の一人。また、千夜紡ぐ物語を持ち帰った冒険家としても知られ、その話をもとに作られた書籍群は、いまでもベストセラーを記録するモンスターロングタイトルとなった。
つれていた英雄霊の詳細は不明。だが、聖人にしては珍しい他宗教圏の英雄だったらしい。その力は強力無比。比肩する英雄霊のほうが少ないと、他宗教の英雄霊はあまり認めない教会組織が、そう言ってしまうほどの存在だったらしい。
アラビ圏踏破後は、一度イウロパに戻り東の方へと行こうとしていたようだが、彼の実家である屋敷にたどり着いた途端白血病が判明し、80というこの時代では珍しい年齢で死去。
東を目指せという遺言を残し、彼の生涯は幕を下ろした。
その後、彼の子孫である一人の少女が二体の英雄霊を連れて、果てしない冒険の旅に出たそうだが、しょっぱなに方向を間違えて、後に天空大陸として知れ渡るマリューヒルに行ってしまうのだが……それはまた別の機会に記すことになるだろう。
後書き:少し駆け足になってしまいましたが、いかがでしたか?
次こそは安条中期行きますよ~。えぇ、嘘ではありませんとも^^;




