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交代する主人公

「ん!? そこにいるのは偏屈の貫己ではないかっ!! 貴様が邸宅から出ているとは、明日は槍の雨か何かかぁっ!!」


「黙っていろ、バカ宮。俺の崇高の目的を、貴様のような脳みそまで筋肉にできた野蛮人にも分かるように語ってやれるほど、俺の心は広くない」


「ふははははは! 相変わらずの不敬者よっ! だが許すっ!! 貴様の観察眼は、世に二つとない宝物(ほうもつ)であるからなっ!! 余は自らの宝を大切にする性質であるっ!!」


 呵々大笑し、貫己の暴言を受け流した若宮は、彼の姿を見て唖然としている輝を睨みつけた。


「して、そこにいるのが最近噂の女怪か? まこと噂に名高き美しさよっ! では斬るか!!」


「待たんか!? お前は即決即断が過ぎる!!」


 天剣をそのまま振りかぶる若宮を見て、俺――賢者の石は慌ててツッコミを入れ静止させた。


「うむ! その声は賢気朱巌命殿だなっ!? 止めてくれるなっ! 我が仕事は《悪人即断》であるっ!!」


「いや、それ絶対神皇の仕事じゃないから……」


 《裁判庁頭(さいばんちょうのかみ)》のジジイがいるだろうが。と、俺は髭を生やした亀獣人の老人を思い出しながら、ため息をつく。


 この若宮神皇という男、先ほどの言動からわかるとおり、生まれてくる時代を間違えた男だ。


 この平和な時代にはひどく不釣り合いな圧倒的な武術のセンス。生身ですら十分建築物を粉砕できる破壊力を生み出す、恵まれた半龍の体。鬼神にすら匹敵するその胆力。


 おそらく神代や古代の戦争の時代や、起きてほしくないがおそらく起きると予想される動乱の時代にでも生まれていれば、一騎当千の大英雄になっていただろう。


 だが、残念なことに彼が生まれたのは、平穏の時代である今であり、決まっていた仕事は、国を背負って立つがゆえに身動きが取れない神皇だった。


 生まれてくる時代を間違えた。宮中の誰もが彼のことをそう評価し、彼自身もその評価が妥当だと思っていた。


 誰よりも強い肉体を持つがゆえに、誰よりも戦いを求めた。


 誰よりも強い精神があるがゆえに、それを試せる巨大な戦を求めた。


 だからこその恵夷征伐であり、大軍の派遣だったのだろう。


 だがしかし、彼が望んだ戦いへ参戦するという野望はもろくも崩れ去る。恵夷征伐に参加するつもりだったコイツは、出兵前にあっさりと臣下たちによって捕獲。神皇としての責務を散々叩き込まれた後、現在も宮に軟禁状態で書類仕事をしているらしい。


 まぁ、もとより恵夷の主要な集落とはすでに密約が交わされている。


 恵夷の地は日ノ本の傘下に入るという密約が。


 そのためこの戦いはほとんど出来レースのようなものであり、日ノ本が恵夷に勝ったから、恵夷は日ノ本の家来になったという形式をとりたいだけだそうだ……。


 そんな風に、せっかく最少の被害で終わりそうな戦を、こいつのバトル脳指揮で乱されてはかなわんと臣下たちも思ったんだろう。


 とはいえ、そうなるとこいつの戦いたいという希望だけが宙に浮いてしまう。


 本音を言うと、臣下たちとしては我慢しろの一言で終わらせたいのだろうが、神皇相手にそういうわけにもいかず……。時々こうして戦いの気配を嗅ぎ付けて、現場に乗り込んでくる若宮の行動を黙認しているようだ。


 というわけで、この神皇は喧嘩の仲裁(物理)から、本気の殺し合いへの横入りまで、物理的暴力が働く事件に、しょっちゅう顔を出す、暴れん坊神皇として、都の名物になりつつあるのだ。


 だが、そうなると不思議なことが一つ……。


「別にコイツ暴力的な事件とかは起こしていないんだけど……」


 今のところ輝がした悪行など、しつこい男たちをちょっと無理難題で困らせただけだ。十分正当防衛で無罪が主張できる。


なんでお前が出張ってくる? という俺の問いに、若宮は胸を張り一言。


「ふはははははは! 決まっているであろう! 余のたぐいまれなる嗅覚が、戦塵の臭いを感じ取ったからである!! この女、見た目はこんなのだが実際はかなりの化物と見た!! ゆえに輝竹の姫よ、貴様に問いたい!! ()らないか?」


「よし、帰れ、このクサレ暴君。あと、流慰天瞳毘売にお前がまだ敵と決まってない神にケンカ売ったって連絡して、お前が大内裏に帰ったらガチ説教してもらうように言っとくからな」


「いや……それは勘弁してください賢気朱巌命様……」


 自分の母親を思い出すのか、この男は流慰に頭が上がらない。そのおかげで、この暴走特急は、とりあえず流慰の名前さえ出しておけば、停止してくれるのがせめてもの救い。


 速やかに土下座に移行する若宮に、俺と那岐はひとまず安堵の息を漏らす。


 ほんと、戦闘狂でさえなければいい奴だし、いい神皇なんだけどな……。


 まぁ、ガチバトルになったとしてもこちらには貫己(・・)がいるので、負ける可能性はゼロに等しいが。ほんと、なんでせっかく平和になったのに、こんな平和をかき乱す個性的な変人ばかりが生まれてくるかね……。


内心で俺が諦観のため息をついていることなどつゆ知らず、土下座する若宮に貫己は鼻を一つ鳴らし、


「この家に入ってくるときにドアを壊したな? 直してこい」


「むぅ……相も変わらずどんな観察眼をすれば、そんなことがわかるのだ?」


「壊したのかっ!?」


 呼吸をするように人様の家壊してんじゃねぇ!? と、俺がツッコミを入れる中、若宮よほど流慰の名前が効いたのか大人しくその場から去り、家の引き戸を直しに行った。


 捨て台詞に「余との戦いに関しては考えておいてくれっ!!」とか、懲りずに輝に言っていたが……。どうやら土下座しようが、流慰の召喚はしておいた方がよさそうだ。


 外から、若宮が応の爺さんに、「引き戸の材料になる建材はないかっ!!」って聞いている声が聞こえる。どうやら引き戸を粉々に粉砕したようで、一から引き戸を作り直すらしい。戻ってくるのにかなり時間がかかるだろう。


 というわけで、


「さて、なぜここで過ごしているのか目的をきこうか?」


「え!? 今の珍事の後で、それほどすぐに戻られるのですか!? あれ全部なかったことにするのですか!?」


 シレッと元の話題に戻った貫己に愕然とする輝だったが、そのくらいで驚いていてはこいつと付き合っていくことはできない。なにせ自己主張と、自己目的達成の鬼だ。自分が書きたい物語の為なら、たとえ神皇だろうと足蹴にする変人作家。それが鹿貫己という男だ。


そんな貫己の態度に慣れきった俺と那岐は、平然と貫己の態度を流しておく。


 そんな俺たちの態度から、いい加減逃げ場がないことが分かったのか、輝はため息を一つ付き、


「私は……月からまいった、とあるやんごとなき家系の姫です」


「ウソをつくなっ!!」


「私は貴い月の民で……………………って、否定するのが早いではありませんかっ!?」


 貫己の観察眼によってあっさり嘘を見破られる。


 というか、なんでそんなすぐにバレる、嘘をつくんだよ……。


「いえいえいえ!? 意味がわからないのですが!? 原始的な天文学しかないこの国の住民が、どうしてそのようにはっきりと、月の住民であるということを否定されるのですか!? おまけに、絶対ばれない呼吸と態度と脈拍で発言しましたよ!? 何を根拠に嘘だと断言するのですか!?」


 いや、寧ろどうしてだまし切れると思ったのかが気になるんだが……。と、俺は内心で考えながら、相変わらず反則くさい貫己の観察眼の能力披露を待つ。


「視線の動き。口元。瞳孔の開き具合。貴様のアホっぽい顔」


「侮辱しておられるのですねッ!? そうなのですねッ!?」


 この状況でよくもまぁそれだけ口が回るものですっ!? と、化物を見るような目で貫己を見つめる輝。どっちかというと、人外はお前だろうとよほど言ってやりたくなったが、余計な言葉をはさむとまた話題がそれそうなので、俺は黙って貫己の取材の行く末を見守ることにした。




…†…†…………†…†…




「ほう……要するに貴様は罪人の娘なのだな?」


「ざ、罪人ではありませぬっ! 父と母がチョットした冤罪をこうむって、逃げなくてはならなくなっただけですっ!!」


「バカか貴様は。冤罪なんてものは、きちんと無罪が証明されるまで罪人と変わらんのだよ。おまけに無実を証明する前に逃げたのでは、まず間違いなくそいつは罪人のままだ。貴様がいくら冤罪を叫ぼうとも、証拠がなければ罪にならないように、証拠がなければ冤罪だと認められることはない」


「くっ!!」


 そして結局言い合いになる二人だった……。なんというかもう、ほんとこいつら相性悪いなぁ。いや、貫己と相性いいやつがいるのかよと聞かれたら、ちょっと黙らざるえないけどさ……。


 まぁ、それはともかく、このかぐや姫もどきの輝が日ノ本にやってきた理由は以下の通りだそうだ。


 まず彼女の両親がいわれのない冤罪をかぶる。どうやらかなり高い地位についている両親だったらしく、日夜政争に明け暮れていたらしい。そんなときにふとした油断で対抗勢力にはめられてしまい、冤罪をこうむったらしい。


 そこで輝は両親の手によって国から逃がされ、この日ノ本に落下したのだとか。


「でも、それだったらなおさら、どうしてうちの国のこんな寂れた竹林に? その理由が語られていないんだけど?」


 そんな二人の不毛な言い合いをぶった切るように、今度は那岐が口をはさんだ。が、それすら貫己は鼻で笑い跳ねのける。


「罪人の娘が国外に逃走する理由など限られているだろう。無知め。親が余計な被害を娘がこうむらないように、逃がしたのさ。当然追手がかかるだろうから目立つことは厳禁。だからこそ、この寂れた竹林でひっそり暮らすのは、理にかなっていたんだろうよ」


「…………………………」


 今度ばかりは正論だったためグウの音も出ない那岐。そんな彼女の悔しげな顔を、心底楽しいといわんばかりの顔で見つめる貫己は、相当底意地が悪い。


「気に入りませんが、そこの男の言うとおり。父上と母上は、私が自分たちの冤罪で酷い目に合うことを恐れ、特殊な術を使い私を国から逃がしてくださいました。そして、自分たちの冤罪が晴れたときに、私を迎えに行くからそれまでできるだけ目立たないよう……静かに暮らせとおっしゃられたのです。その言いつけを守るためには、この家はうってつけでした」


「そして、何の罪もない老夫婦二人をだまくらかして寄生虫がごとき生涯を送っているわけだな……。いや、じつに愉快。貴様を主人公にしてもなかなか面白い話が書けそうだ」


「………………………」


 怒りのあまりブルブル震える輝に、いいかげんこれ以上のからかうはまずいと判断したのか、貫己は咳払いを一つ。


「まぁ、軽い冗談だ。貴様の態度を見れば、あの老夫婦を大切にしているのも見て取れる。作家冗句(じょーく)だ。忘れろ」


「いかがいたしましょう? これほど怒りに打ち震えているのは初めての経験です……。本性に戻ってひねりつぶしてさしあげたい……」


「ならその怒りをさらに鮮烈な衝撃で塗りなおしてやるが? 次回作の題は《輝竹の姫とおばあさま。禁断の愛の行方》に決まりだな」


「もう忘れましたよ!!」


(ご機嫌取っていたはずが、躊躇いなく脅しにシフトしやがったこいつ……)


とてつもなく傲岸不遜な貫己の態度に、俺は戦慄を覚える。


 そんな貫己の相手に疲れたのか、輝は嘆息を一つ漏らした後さっさとこちらを帰らすためか、次々に片づけなければならない話題を提示した。


「それで? あとは何の話が聞きたいのでしょうか!? 私に求婚した好色の貴族? あと、私がその方たちに要望した無理難題ですか?」


「あぁ。それに関してはかまわん。なぜ貴様がそんなことをしたのか大まかなところは分かったしな」


「…………………え?」


 だが、本当の貫己の怖いところはここからだ。


 こいつの観察眼は国の宝だと若宮は言った。それは比喩でもなんでもない。


 人間観察はこいつの趣味であり、生業であり、天職であり、才能であり……異能(・・)なのだから。


「おそらく、貴様はその両親の冤罪を晴らすための証拠……。いや、証拠を集められる、もしくは証拠として提示できる宝具を、その求婚者たちに集めさせようとしたのだろう?」


「っ!?」


 そんな彼の才能を良く知る俺は、ごくたまに思うことがある……。貫己はもう、作家ではなく名探偵になった方がいいと……。




…†…†…………†…†…




 まくしたてるように。立て板に流す水のように。よどみなく貫己は自分の考えた物語(すいり)を紡ぐ。


「何故そう思ったのか? 物証はないが、貴様を観察するに当たり、俺は貴様が割と家族を大切にする性質だと判断した。言葉は悪いが高々育ててもらっただけの老夫婦。血のつながりもない、ここの人たち相手に貴様はよく尽くしていると思うぞ? 婆婚だし、応の翁の仕事も手伝っていると聞く。それも、嫌々やっているわけではなく、結構楽しげにな。おそらく貴様は本心から、ここの老夫婦の役に立つことを喜んでいたはずだ。なぜかだって? それこそ愚問だ。人をだまし、自分をだましている人間は、貴様のようなまっすぐな目をしない」


 輝の眼球を突き刺さんといわんばかりに、人差し指を輝の眼球に突きつけたあと、貫己は肩をすくめ、


「ではそんな貴様が故郷の両親が冤罪をこうむっているというのに、黙って自分だけ平和に過ごせるか? 答えは否。いくらなんでもありえんな。だから貴様は少しでも両親の助けになりたくて、何か両親の冤罪を晴らすもの、それが無理でもいざとなれば両親をこちらに逃がせるようなものを集めようと計画した。だが自身は動けない。目立つなという両親の指示が貴様の体を縛り付けた。だから貴様は人間を利用することを考えた。幸い自分が美しいことは分かっていたから、その美しさを利用し、都のソコソコ権力があるバカ貴族たちをたぶらかし、その権力を使って数多の宝具を集めさせたのだろう。まぁ、さすがにひっきりなしに求婚が来るほど、有名になるとは思っていなかったようだが」


 そう言われるとまさしく悪女だな……。と、俺がボソリと漏らした感想に、「言葉の選択に悪意を感じるのですがっ!?」と、輝は貫己に抗議するが、奴はどこ吹く風といった様子で無視。


「宝具の種類は確か……。真正仁真がこの世の真理を見たとされる《真の火鉢》。願いを一つだけかなえてくれるという《蓬莱の玉枝》。天を歩くことができるようになるといわれる《飛魚の靴》。親しい者の近況を知らせてくれるという《竜の眼玉》。そして、始皇帝が持っていたとされるこの世のすべてを知るという《賢者の石》。この五つだったか? それだけあれば確かに両親の冤罪ぐらいたやすく晴らせるだろう。まぁ、うちのボンクラ貴族たちは文字通りボンクラだから、集めることなど到底できず全員偽物を持ってきたようだが」


「ぶっ!?」


 な、なんか俺の名前が出た気がする!?


「ぜ、全部知っているんじゃないですかっ!?」


「馬鹿者。取材をするのに事前調査をしない作家がどこにいる。まぁ所詮他人の伝聞だからと、あまり事実であると信じてはいなかったが」


 貴様の態度を見る限りどうやらあたりだったようだ。と、貫己は笑いながら肩をすくめる。


「貴様がほしいと願った物品の力を押さえて、貴様の出自さえ分かれば、あとの話の流れは容易に予想がつく。ようは健気な娘による、両親の救出劇なのだろう? はっ。下らん。特に貴様のような悪女がヒロインでは、読者も色々萎えるというもの」


「悪かったですねわね……」


 弱みを握られてしまっているが故か、何も言い返せない輝はギリギリと歯ぎしりをしながら、何とかその言葉を絞り出した。


 というか、女の子が歯ぎしりとかするんじゃありません。はしたない。


 だが、そんな輝の態度など知ったことではないのか、自由気ままな変人作家はため息を一つ付いたあと、


「はぁ、結局つまらん題材になってしまったな。まぁ、書くと決めたからには書くが。一度帰って話の流れを決めるか。帰るぞ、バカども」


 身勝手にもそんなことを言ってさっさと踵を返す。


「え、ちょ!? ま、まちなさいよっ!?」


「ん? なんだ?」


 驚いたのは無理やりついてきた那岐だろう。これからかかわる大きな面倒事の気配を感じ取っていた彼女は、きっと貫己がまたとんでもない提案をすると思っていたのだ。


 たとえば、輝に対して「復讐物語を書かないか?」と持ちかけて、故郷で冤罪を受けている両親の復讐を行うとか、より面白おかしい物語を書くために、さらに状況をかき回すのではと。


 だが、那岐は知らない。この男が意外と淡白であることを。


「あんなに食いついていたんだから、もっと他にやることがあったりするんじゃないのっ!?」


「それは、俺にこの物語に関われと? バカか貴様は。作家が実際あったことを書く際に求められるのは客観性であり、第三者で居続けることだ。本格的に物語にかかわってしまえば、主観が入り物語は大きくゆがむ。作家としてそれは最もやってはいけない行為だ」


「そ、そうなの!? で、でもほら……さっきの話で何か感じなかったの!? 仮にも神様が政争とか、なんかいろいろ胡散臭いじゃない? 嘘っぽいじゃない!」


「う、うさんくさ!?」


 割と酷い那岐の台詞に固まる輝だが、二人にはそんな彼女の姿など見えていないのか、口論は続いていく。


「下らん。うちの神々だってそこの石ころ筆頭に面倒な連中ばかりだろうが。政治とかめんどくさいとか言って、統治機構は作っていないらしいが、一歩間違えば政争だって起るだろうよ。異郷の神が政争していて何が悪い?」


「そ、それはそうかもだけど……」


「それに」


「?」


 だが、最後に貫己が吐いた言葉は、いままでの那岐を馬鹿に仕切ったニュアンスが含まれたものではなく、多大な呆れが含まれた言葉で、


「この物語はもう、この姫の物語ではなくなった」


「はぁ?」


 なにいってんのこいつ? と言わんばかりに、那岐が首をかしげた瞬間、


「話は聞かせてもらったぁあああああああああああああああああ!!」


「「「!?」」」


 輝の私室の、外側に面していた壁をぶち抜き、筋肉の鎧を持つ巨漢が部屋の中に殴りこむ。


 その目からは大粒の涙がこぼれ出しており、巌のような男の顔をグチャグチャにぬらしている。


 というか……若宮が号泣していた。


「哀れな冤罪に苦しめられし小娘よっ! 異郷の神であろうと関係ない!! この地に住む人であるならば、貴様は我が国民! よって、貴様をこの若宮神皇が救ってやろう!!」


 涙を流しながら、妙な誓いを立てると同時に、輝を肩に担ぎそのままどこかへ走り去っていく若宮。


 その後ろ姿を、若宮と共に新しい引き戸を作っていたと思われる老夫婦が、あんぐりと口をあけながら見送っている。


「って、見送っているじゃなくて、大声あげなさい、老夫婦。これ誘拐」


「あとであのバカ宮には、この壁を直させないといけないな……」


「何ノンビリ言っているんですかぁあああああああああああああああああ!?」


 のんびりと被害状況を確認する俺と貫己に、那岐の怒号がぶつけられる。


 だが、そんな那岐の怒鳴り声など知ったことではないといわんばかりに、貫己はもってきていた手帳に筆ですらすらと文字を書いていく。


「『かくして、女怪を倒しに来た若宮神皇は、女怪の美しさと、哀れな彼女の経歴に涙し、月の姫君であった彼女の嘆きをなくすために、神皇としての力をふるうことに決めたのであった……』第一部のシメの文章はこれで決まりだな」


「月の住人設定は使うんだ」


「これ書いてやったら、輝竹の姫が将来、この物語を読んだ時に、恥ずかしさでもだえ苦しむと思わんか?」


「まぁ、下手なウソついた罰としては順当じゃないか?」


 こうして、この瞬間をもって、ミステリアスな姫君の話は、豪放磊落、快活元気な若宮神皇の武勇伝へと早変わりしたのだった。




…†…†…………†…†…




 ちなみに、その数日後。


「まったく、いつだってその場のノリと勢いだけで動いてはいけないと言っている……聞いているのですか若宮っ!!」


「はい! スイマセン流慰様!!」


 老夫婦たちの目の前で、泣きながらぶっ壊した家の壁を修繕している若宮を、叱りつけるこの国の太陽神の姿が、竹林で見られたらしいが、それは明らかに蛇足だろう。


*宝具=御伽草子に出てくる夢のような道具たち。実は近代科学で再現可能なものが多い。神話の器物である《神器》にはさすがに劣るが、当時の時代ではもてはやされ敬われる道具であった。


 基本的な分類方法は、神話に記されていなかったら宝具。記されていたら神器。

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