時の神皇
「なんでついてくる、貴様らは」
「あなたみたいな人格破綻者に、そのお姫様が犯されないように、私が監視役としてついて行ってあげるんじゃない! 有難く思いなさいよねっ! 私がついて行かなかったらきっと、あんたなんて門前払いくらうだけなんだから」
「あぁ、確かに言われてみれば貴様を連れていくことは有用だな。貴様の身からにじみ出る下劣な品のない空気が、俺の上品で美しい貴族の気配を際立ててくれて、取材の交渉がうまくいきそうだ」
「どこが上品で美しいっていうのよっ!? 眼球腐ってんじゃなのっ!! 一度鏡で念入りに自分の姿を確認しなさいよっ!」
「ご忠告はありがとう。そして不要な考えだ。俺とて自分が美しいとは毛ほども思っていないが、貴様と比べれば蛆虫とて美しくなるといってやっただけだ。そんな行間も読めんとは、やはり学のないヤカン巫女は頭に知恵ではなく、沸騰した湯が詰まっていると見える」
「お前ら……一秒でもいいから口を閉ざしてられんのか……」
木漏れ日が差し込む竹林の中。爽やかな風に揺らされた葉の音が、耳に心地いいその竹林に、聞いていられないような罵詈雑言の嵐が飛び交う。無論誰が発しているかは言うまでもない。
竹林に住むといわれる《輝竹の姫》に会いに来た鹿貫己と、我が巫女・有野那岐だ。
結局、貫己一人でお姫様に合わせるなんて危険すぎてできないと主張した那岐は、呆れる俺――賢者の石をしり目に勝手にこの男を追いかけ、いまの罵詈雑言に発展しているわけだが……。
これで二人は、本気で自分たちを嫌いあっているのだから困る……。まだ友好の口喧嘩なら可愛げがあっただろうが、二人の霊力が相手を射殺さんと言わんばかりにとがって、各々の首筋につきつけ合われているのだ。
どう考えてもガチの言いあいだ。下手に地雷を踏むと殺人に発展しかねないほどの……。
正直見ている俺としてはハラハラしっぱなしなので、いい加減どちらか片方に大人になってもらいたいのだが、もう成人してずいぶん経つ二人に、それを期待するのは無理だろう。
嘆息。ため息。同意語を二重にかけるほど大きなため息を漏らしながら、俺の抗議なんて無視してまだ言い合いを続ける二人に、教えてやった。
「とりあえずお前ら……目的地が見えたぞ?」
「「っ!」」
俺が伝えた事実に、ようやく二人は忙しく動いていた口を閉ざし、竹林の先を見つめる。
そこにはどこにでもありそうなかやぶき屋根の小さな一軒家と、その庭先に出て竹を切っている一人の老人がいた。
「ふん。噂通り、《姫》と呼称される存在が住むには、いささかみすぼらしい場所だな」
「ちょ! 取材させてもらいに来た家に何て言い草してんのよっ!」
「……………………………」
歯に衣着せぬを体現し尽くした貫己の感想に、慌てふためいて彼の口を封じる那岐。
なかなかいいコンビだと思うんだがなぁ……。これで仲がよかったら。と、その光景に若干惜しいものを感じながら、俺は二人が近づいてきたのに気づき、作業の手を止めた老人を、じっと見つめる。
またか……。そう言わんばかりのため息をつかれた……。まぁ、ひっきりなしに貴族の求婚者が来ていたらこの反応も当然か……。
…†…†…………†…†…
「いやぁ、まさか都で有名な《女郎日記》の作者である鹿貫之さまに訪れてもらえるとは……。光栄の至りでございます。とはいえ、親の私が言うのもなんですが、娘もなかなか偏屈ですので。あなた様の御求婚には恐らく……」
「ふむ。そう畏まらないでくれご老体。どれだけ有名になろうが、物書きなど無職と変わらん。あなたのもとを訪れた青年貴族たちを比べれば、吹けば飛ぶような下っ端だよ。あと、私はあなたの娘を奪いに来たわけでもないので、そこらへんも安心してくれ」
「あれ? わたしとえらい態度が違う……」
家の外で会った老人――応という名前らしい老人は、普段竹をとって暮らしている竹細工職人らしい。
別にこれと言って有名というわけでもなく、芸術に匹敵する作品を作れるわけでもないが、食っていくには困らない……竹細工の腕はそんな微妙なものだ。と、卑下していたが、彼が引き入れてくれた工房の中に散乱している彼の作品は、確かに芸術性はないかもしれないが、頑丈さや安心感があるしっかりした作りで、実用性は高そうだった。
確かにこれだけのものが作れれば、食うに困らんだろう。と、俺は内心で応の腕に感心しながら、不満げな顔をする那岐に、(巫女らしい態度をとれよ)と念話を飛ばす。
何気に神様である俺は、一般の方に自分の正体を知られるわけにもいかない。まぁ、ばれても俺としては何も問題はないのだが、俺の社である《賢石神社》から「最高神様がポンポン外出しているなんて知られたら、落胆されますから! ありがたみがなくなりますからっ!! 貴族はもう今更仕方ないですけど、一般の民にまでばれるのは絶対やめて下さいね!!」と再三注意勧告を受けているのだ。破ると金鎚片手に持った最高神祇官から厳しいお説教が待っているので、一応俺はその忠告を守ることにしている。
というわけで、俺はしばらく応に正体がばれないよう、口を閉ざすしかないのだ。おかげで那岐や貫己に話しかける際は、念話限定になっている。もっとも、
「ふん。貴様ごときが人間扱いしてほしいと? バカも休み休み言え。こちらのご老人は、俺たちとは比べ物にならぬ年月を生きてきたお方。対するお前は口やかましいだけのただの小娘。どちらを尊敬するかは一目瞭然だろうが」
「まちなさい! まぁ、その理論を認めないでもないですが、気になることが一つ……。私のこと、人間扱いすらしていなかったんですか、あなたはっ!!」
顔を真っ赤にして怒り狂う那岐が、俺の念話を聞いてくれているのかどうかは甚だ疑問だが……。
貴族二人(一応巫女などの神職は貴族階級だ)の本気の言い合いを聞かされて、平民として肝が冷えているのか、冷や汗を流す応が本当にかわいそうだ。こいつらはもう少し、周りの雰囲気を敏感に感じ取るべきだ。
そんなわけで、俺が説教をくらうこと覚悟で、二人に「落ち着け」と忠告を飛ばそうか本気で悩み始めた瞬間だった。
「おじい様? 何やら騒がしいですが、何かあったのですか?」
そんなことを言いながら、応が案内してくれた工房の奥にあった、家の扉の一つが開く。
「む」
「なっ!?」
その中から出てきた顔に、貫己と那岐は思わず絶句する。
「まぁ……またですか」
そう言った彼女の顔は、驚くほど整っているが、まるで緻密な氷細工のような儚さすら覚える。
愁いを帯びた瞳に、優しげに垂れた眉。まるで雪のように白い肌に、漆のようなつややかさを放つ黒髪。
絶世……。まさしくその言葉は彼女のためにある。そう言っても過言ではない美麗な姫君が、
「私たちの平穏な生活を邪魔して、何が楽しいのですか、貴族様」
もの凄く迷惑そうな顔で、こちらを睨みつけていた……。
はっきり言おう。平民の家で育った割にはすげぇ肝っ玉だ……。貴族にこんな顔した瞬間、無礼者と叱責されてもおかしくない時代なのに……。
と、俺が唖然としている中、なにやらその顔が貫己の琴線に触れたのか、
「そういう貴様は噂にたがわぬ存在だな。その美貌、その空気。まさしく傾国の美女にふさわしい。いやはや、男をたぶらかす女怪だという噂は誠だったか。そこまで美しさが行き過ぎると、寧ろ作り物めいて気持ち悪さすら感じるな」
「「なっ!?」」
突然暴言を吐き始めた。当然そんなことを言われて、黙っている人間などいるわけもなく、眉を吊り上げ美しさに凄味が加わった女性――おそらく彼女が輝竹の姫と思われるその女は、口元に笑みすら浮かべ反撃する。
「勝手にたぶらかされている身で、好き勝手なことを言ってくださいますわね。ん? 花にたかる蜂であっても、花を殺さない程度に遠慮する節操ぐらいはございましょうに、あなた方にはそれすらない。虫以下の頭しかもたぬくせに貴き人とは、なんと滑稽な話でございましょうか」
「ふん。確かに最近のボンクラ貴族の、ボンボンどもの頭が空っぽなのは否定せんが、あの程度の有象無象と俺を一緒にしてもらっては困るな、女怪。大体俺は貴様のような毒婦に求婚しに来たわけではない。命どころか魂まで食い荒らされそうだからな。貴様のような異端な美人は正直勘弁してもらいたいね」
「おや、ではいったい何をしに来たのですか?」
「決まっている、貴様に愉快に騙された、ボンボン貴族たちの醜態を面白おかしい物語にして、世に出すために決まっているだろう?」
「他者の醜態を食い物にするとは、ずいぶん下劣な職業ですこと。あなたの職業は死体あさり? 墓荒らし?」
「ふん。下らん問いかけだな。万人が答えを知って当然の物だ。人を裁くのは神である。人を戒めるのは真である。なら人を批評するのは? 決まっている。批評はその対象をよく見る存在でないとできない。ゆえに人を批評する俺の職業は――作家に決まっているだろう?」
嵐のような口論に口をはさむ余裕すらない俺達。彼女の育ての親である応ですら、さすがに初っ端から彼女にケンカを売ってくる貴族は初めてだったのか、娘がはじめて見せた、気の強い一面に唖然としている。
だが、その喧嘩の終止符は、意外なところからもたらされた。
「お爺さん、輝。ご飯ができましたよ~」
家の奥の方にある囲炉裏から、ひょっこり顔を出した可愛い印象を受ける老婆が、二人を呼びかけたのだ。
瞬間、輝竹の姫――輝というらしい――は、女性にあるまじき速度で立ち上がり、そのまま囲炉裏に向かってかけていく。
「わーい! おばあさん! 今日は何!? なに!?」
「お爺さんがおいしいタケノコをまた見つけてきてくれたから、タケノコ汁とタケノコご飯よ?」
「ホント! おばあさんの料理私大好きっ!! はっ!?」
言葉通り、その老婆の料理がよほど好きなのか、見た目に似合わぬ可愛らしい醜態を見せた輝は、状況を思い出した瞬間見事に氷結し、ギギギギギという音が聞こえそうなほどゆっくりと、こちらを振り返り、
「……………………はっ。お子ちゃまめ」
「――――――――――――――――――――――――――っ!?」
勝ち誇った顔で自分を見下ろす貫己に、顔を真っ赤にする。
この瞬間、どうやら罵詈雑言合戦の決着がつき、二人の上下関係が明確になったらしい。
いったい何のバトルしているんだ、お前ら……。という俺のツッコミは、応や老婆に正体がばれないようにするため、できなかった。
…†…†…………†…†…
そして、輝が意地で終わらせた昼食ののち、俺たちは彼女の私室に通され、正式な取材をすることになった……のだが。
「婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚、婆婚!!」
「う、うるさい、うるさい、うるさい、うるさいっ!! 育ての親を尊敬して何が悪いというのですかっ!!」
ニヤニヤした顔で、ひたすら「○○と結婚しろ」という、侮蔑の言葉を略した悪口を連呼する貫己に、泣きそうな顔になる輝。
ちなみに母親や父親にべったりな子供には「母と結婚しろ」=母婚・「父と結婚しろ」=父婚。
兄妹同士で危ない恋愛しそうなくらい仲のいい兄妹などは《兄・弟婚》《姉・妹婚》である。
無論、発祥は俺だが何か?
「貫己……大人気ないことはやめなさいよ」
「黙っていろ、神婚。万年いきおくれめ」
(ま、まて那岐! さすがに神器の金鎚はやばい! いろんな意味でヤバい!!)
俺が自身の付き巫女が殺人者にならないよう、必死に念話で思いとどまらされている中、貫己は平然とした顔で取材を始める。
「さて、まずは貴様がだまくらかした、ボンクラ貴族たちの名前を聞こう。相当めんどくさい神器の要望もしていたみたいだから、そのあたりの内容と理由も詳しく」
「ふざけないでくださいまし。なにゆえ私があなたのような粗忽者に……」
「ふむ。べつに拒否しても構わんが……その場合は、貴様の日記帳と題うって、貴様のおばあさまに対する赤裸々な愛の物語を書くしかないわけだが」
「あ、あなたはぁああああああああああああああああ!!」
何とも悪質な作家である。おまけに文章作成能力が高いので、マジでその話の内容が実話であると信じられてしまうところが、性質が悪い。
女郎日記もこいつがネタバラしをするまで、どこぞの貴族のお姫様の日記帳だと本気で信じられており、都中の姫が「作者ではないか?」と一度は聞かれたという伝説まで樹立した変人だ。
俺の世界の某キノさん以上の演技力と、文章表現力だ。
輝はもう、こいつの言うことに大人しく従うしか道はなくなった。野良犬にでも咬まれたと思って諦めてもらうしかない。が、どうやら彼女にもプライドがあったようで、まだ食い下がる。
「くっ……。きょ、脅迫には屈しませんわ……。か、かまいませんわよ、べつに。どうせ都の話など、このようなところまでまいりませんし。むしろ妙な求婚者が減ってせいせいしま……」
「あぁ、鹿様! 私実は《女郎日記》の愛読者でして。この前都に行った際何とか手に入れられたあなたの本に一筆、書いていただけますか!!」
「宜しいですよ、ご老体」
「………………………………」
もっとも、その強がりは、まさかのお爺様の裏切りによってもろくも崩れ去ったが……。
貫之からサインをもらってホクホク笑顔で去っていく応に、輝はしばらく無言を通した後、
「な、何が聞きたいのでしょうか……」
「女はやはり素直な姿が一番いい」
「くっ……。この男、いますぐ殺めてやりたい……」
「輝さん……女性がそう言うこと言うのはあまり。殺るなら私とこっそりやりましょう」
そして何やら、うちの巫女と奇妙な友情が芽生えているっぽいんだが……。それでいいのか、かぐや姫……。と、俺の故郷のあるおとぎ話に似た境遇の輝に、思わずそう思ってしまう俺。
だが、そんな俺の感想など、
「では最初に……お前の種族から聞かせてもらおうか? どこから来たのかもわからん、得体のしれぬ蛇の化身よ」
「っ!?」
「ほう……」
相変わらずでたらめすぎる貫之の観察力の前に、消えて行った。
いつから気づいていたんだこいつ?
…†…†…………†…†…
「な、なにをおっしゃられているのか……。私はどこからどう見てもただの人間」
「バカも休み休み言え。貴様のような莫大な霊力を持つ人間がいてたまるか。それにその体、わずかながらに爬虫類くさい」
「妙な言いがかりはよして下さい! 私は体を精霊によって構成し、生物として物質化した精霊種で、臭いなど……あっ」
口論の上下関係があっさり決まったせいか、割とすぐに墓穴を掘る輝。その姿を見て貫己はにんまりと笑い、那岐は首をかしげる。
「え? 輝さん人間じゃないんですか?」
どうやら気づいていなかったらしい我が不詳の巫女に、俺は解説を開始する。声を出してしまうが、まぁ相手は珍妙な神もどき。一般人のくくりには入らんだろうと、自己完結。
「まぁ、端的にいうとそうだろうな。今の時代では、純粋な生物でここまでの霊力を保有することは不可能に近い。こんな莫大な霊力を、良く今まで隠していたもんだ。竹林の神が隠ぺいに協力していたな? でなきゃ高草原がこんな存在ほっておくわけないし」
「石の言動から察するに日ノ本の神というわけではないみたいだな……」
ますますもって面白い! と笑う貫己に、輝は口をパクパクさせながら、那岐の胸元で揺れる俺を指差す。
「い、石がしゃべ……」
「あぁ。どうも、日ノ本の最高神です。お初にお目にかかります。見た感じ日ノ本神話体系の神とは違う特徴がいくつかみられるな? 信仰形態そのものが違う印象を受けるから、異郷の神か? なんだってこんな寂れた竹林で暮らしてんの?」
「ウソだっ! 最高神を騙るなど傲岸不遜な石ころめっ!!」
「どういう意味だ、それっ!?」
「こんな威圧感がない最高神がいてたまるかっ!!」
割と酷いことを言われた気がするが、年上としてそこは我慢だ……。我慢。
「まぁまぁ。石が人畜無害っぽい石ころなのはいつものことだが、これでも結構頼りになるんだぞ?」
「それで補助しているつもりか貫己っ!!」
なんで俺こんな奴と友達になったんだろう……。と、俺はいまさらながら那岐の気持ちがわかってしまう。
「とまぁ、そんな冗談はさておいて……。異郷の神よ。なぜこのようなところで普通の娘として暮らしている?」
「そ……それは……」
それっきり、輝は黙秘権を行使した。
これが、純粋に輝のことを心配している男の言葉だったら、輝も大人しくその秘密を話したのかもしれない。
だが、貫己は単純に、自分の書く物語のネタにしようと聞いているだけだ。
正直に言うとゲスの行い。輝でなくてもこんな男に自分の秘密を教えたくはないだろう。
だが、彼女は忘れてしまっているのだろうか? 今、彼女は巨大な弱みを握られている状態だということを……。
「仕方ない……。賢気朱巌命様、流刃天剣主さまに連絡を。不法入国してなんかよからぬことをたくらんでいる神がいますと」
「了解だ……」
そう。真教の時問題になったように、神様だって縄張りがある。相手が異郷の神だと断じられたのなら、当然それは神界である高草原に伝わり、勝手に信仰を奪おうとする不届きものに制裁が下されるのだ。
真教のように正式に乗り込んできたのなら、こっちもそれ以外の手段がとれたんだけど……。と、俺は内心輝に謝罪しながら、最高神の義務として主神に話をしようとした瞬間、
「まままま、まってください! 話しますッ!! 話しますからっ!!」
輝が折れるのと同時に、
「たぁのぉもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
けたたましい訪問の声と共に、応達の家に激震が走った!
「「「は?」」」
突如起こった意味不明すぎる事態に、思わず固まる輝と那岐と俺。だが、貫己だけは平然としており……いや、どうやら聞き覚えのある声だったのか、彼は盛大に眉をしかめていた。
「ちっ……いいところだったのに。何の用だ、あのバカ宮神皇は」
「まて、あいつの名前は若宮だ」
「神皇陛下に対しても、その口のきき方ってどうなんですか……」
呆れる俺と那岐をしり目に、鼻を鳴らす貫己。だが、そんな俺たちの態度など知らんと言わんばかりに、輝の私室の引き戸が勢いよく開かれ、天剣を持った一人の巨漢が顔を出した。
「貴様かぁあああああああああああ! 都を惑わす、女怪の姫というのはっ! 神妙にするがいい! この国の神皇にして、最強の男っ――若宮神皇が直々に手討ちにいたすッ!!!」
ハイテンション。アッパーモード。ハイボイス。けたたましい怒号のような名乗りを上げた巨漢の名は若宮。
皇家でも珍しい両腕を覆う、莫大な量の硬質な鱗と、鎧のような重厚な筋肉に包まれた彼は、この平和な時代に似つかわしくない、戦う神皇。
北海道に相当する地域である、恵夷の征伐を、《征武大将軍》武志多貫麻呂と共に行おうとした、筋肉馬鹿である。
*若宮神皇=平穏な安条時代において珍しい、戦う神皇だったといわれている。実際にあったとされる戦記では《恵夷征伐》。御伽草子としては月の軍勢迎撃戦が有名だ。
先祖がえりが激しかった神皇としても知られ、本来ならわずかに残る程度の断冥尾龍毘売の龍の鱗と、霊依産毘売の鮫の鱗が、両腕全体を覆っていた変わった神皇。その膂力は神術で強化した術者の肉体すらひねりつぶし、ただの剣をふるうだけで地割れを起こしたという逸話が残る。
おそらく日ノ本で初めて出現した《龍の身体能力を持った人間》。神皇家が圧倒的武力を持つと信じられた、理由の一つとして挙げられる人物である。
当時でもあまりモテる要素ではなかった筋肉の固まりのような神皇だったらしいが、何故か竹姫物語では絶世美女である竹姫に惚れられている。
学者の間では「神皇の権威づけのために、作者に無理やりそう書かせたのでは?」という意見すらある始末。
日ノ本界の《美女と野獣》として有名である。




