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再びの奮起と訪れる絶望

 轟音と粉塵がどんどん本陣へと近づいてきよる……。


 ワシ――武志黒麿は、その光景を見て思わず歯噛みをした。


「まさかここまで戦線が崩れてしまうとはな……」


 きっかけは、やはり政子の性別露見だったのじゃろう。


 長年隠し通してきた虚偽が露見し、征歩の政治代表だった奴の評価は急暴落。兵士たちを率いる求心力を失ってしまった。


 さすがに錯乱して寝返る連中はおらんかったが、もしかして他に騙されていることがあるのではないか? という疑惑は、兵士たちの頭から離れんかったらしい。


 前線を支える兵士たちの士気は一気に低下。前線は神祇道派の軍勢によって、押され始めておる。


 幸いなことにワシが率いていた軍人たちは、ワシを信じてまだ戦ってくれておる。そのおかげでワシらは前線後方の本陣へと逃げることができ、政子と話す時間をとることができたが、数で押されている以上これも長くはもつまい。


 で、問題の政子だじゃが……。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ガタガタ震えながら頭を抱えて、さっきから謝罪ばかりを繰り返しておる……。


「あそこで、失敗しちゃいけなかったのに……。ばれたら絶対、ダメだったのに……。どうして、どうしてこんなことをしてしまったの」


 政子が言う言葉は正しいじゃろう。あそこで失敗するべきではなかった。性別がばれるにしても、もっとましな場面であったなら、ここまで最悪な事態にはならんかったじゃろう。


 だが、謝罪しているだけではどうにもならん。起ってしまった失敗が、なくなるわけではない。


 だからこそ、ワシは虚ろな目をして謝り続ける政子の頬を、力いっぱい張り飛ばした。


「っ!?」


「政子! 謝ったところで状況は変わらん!! 何故性別を偽っておったのか、まずはそこから話せっ!!」


 虚偽を働いていたというのは、戦場で最もやってはいけない行為だ。そして、虚偽を働いたことが、下の兵士にばれるのは最もまずい状況だ。


 兵士の戦意とは、指揮官と下の兵士の強力な信頼関係によって築かれる。だが、命を懸けるべき戦場で、嘘をつき続ける指揮官など兵士は信用してくれない。


 だから今はその最悪な状況。兵士たちの士気を取り戻すのは、並大抵なことではない。


 だが、理由さえあれば……。


 正しくなくてもいい。間違っていてもいい。兵士たちが納得し、力を貸してくれる理由があるのなら、まだこの状況は修繕可能だ。


 だからこそ、ワシは政子に問いかける。


 なぜこんなことをしたんじゃと。


「わ……私は……」


 ワシの狙いが政子にはわかったのか、まだ震えてはいるものの、こちらの目をまっすぐ見ながら、政子は滔々と語りだす。


「征歩が……ずっと、心配だったんです……」




…†…†…………†…†…




「皆さんが知っている通り、征歩は決して宮中で望まれた子供ではありませんでした」


「若かった先代神皇が、身分違いの恋など知らぬといって、無理に結ばれた庶民の女性から生まれた子供でした」


「ですが、先代神皇陛下は結局神皇としての責務を選ばれ、その方を第一に考えられることはありませんでした。宮中の政争を安定させるために、12貴族の娘をめとられ、その女性のもとに通われるのを止めました。女性はその事実を聞き、仕方ないと笑いながら……でもやっぱり傷付いていて、征歩を残して川に身投げしたそうです……」


「おじい様が征歩を拾ったのはそんな時でした。おじい様は、身投げした女性の名前が、以前先代神皇様とただならぬ関係出会った女性だと、気付いていたのでしょう。身投げの報を聞いた瞬間、家を飛び出して、征歩たちが住んでいた家へと飛んで行ったのを……今でもよく覚えています」


「よくよく考えると、おじい様は先代神皇陛下に『あの娘のことを頼む』と言われていたのかもしれません。おじい様が行われたその女性の葬儀に、忙しい仕事の合間を縫って、先代陛下がお忍びで来られたみたいですし……。でも真相は藪の中。征歩のお母さんはこの世を去り、征歩は誰も味方がいない世界にたった一人で取り残されました。だからおじい様は、まだ幼く母親の死が理解できない征歩を、受け入れようと考えたのでしょう」


「それから征歩はうちで暮らすようになりました。幸いまだ征歩は幼かったですし、すぐに私たちとの生活に慣れていきました……。明るい元気な、普通な男の子になってくれたんです」


「でも、征歩がもうそろそろ元服を視野に入れ始めたとき、事態は一変しました。皆さんも今でも覚えていますよね? 《崩葬病》の蔓延。崩葬守雄神さまが生まれた、あの死の病が蔓延したんです。そして、先代神皇家の皆様方もその病にかかり、神々の加護も虚しくあっけなく亡くなられました」


「そんなときです。征歩の目の前に流刃天剣主様が顕現されたのは……。流刃天剣主さまはあの時泣いておられました。守るべきものを守れなかった神を許してくれと。そして、これからお前にその尻拭いをさせる俺達を許してくれと……」


「流刃天剣主様は最後にそれだけ言って征歩の前から消え、翌日には《天剣神社》の神祇官の方々がうちに来て、征歩が次の神皇になるよう神託が下されたといってきました」


「おじい様は当初反対されたんですよ? こいつは何も教育を施していない。その血筋以外は、まったく普通の子供と変わらないと。そんな少年を、国の命運を任せる神皇にするなど、政治家としても、親としても、絶対にありえないって……。一族総出で、神託は何かの間違いだと、私たちは訴えたんです。でも、《天剣神社》の神祇官たちは『神皇はただの王ではない。神の血筋を引く尊き階級だ。血筋を引かぬものがその席に座るなどありえない! ならば、下賤な女の腹から生まれたとはいえ、先代の血を引くこの皇子がついた方がましだ』って、聞いてくれなくて……」


「そして……征歩の答えも、私たちの願いとは違ったものでした」


「『神様に泣いて頼まれたんだったら、聞かないわけにもいかねぇよな』って……。征歩はそういって、神皇の座につくといったんです!」


「私は気づいていました。征歩がずっと傷を抱えていたことに。先代陛下に捨てられ、母親にも置き去りにされ、ずっと征歩が……心の底で、自分は不要な存在なんじゃないかって考えていたことを、気づいていたのに!! それを癒そうと、幼馴染として……頑張ってきたのに! 結局私はその時になるまで気づかなかった。征歩の傷がずっと、心の奥底で残っていたことに気付けなかった!!」


「だから、今度は失敗したくなかったんです……。あの人がまた誰かに不要だと言われないように、立派な神皇になれるように。私は、あの人の側近として政治家として、生涯をかけると決めました。でも、女では……陛下の隣に立てるような官吏には、ぜったいなれなかったから……。だから、わたしは」


「女を……捨てたんです」




…†…†…………†…†…




 壮絶な政子の覚悟に、ワシ――武志黒麿は思わず目を閉じる。


 思い出されるのは、征歩の戴冠当初、全力で征歩を神皇から引きずりおろそうとしておった、愚かなワシらの姿。


 血筋がどうの、下賤な女の子供だからどうの……。なんとくだらないことを考えておったんじゃ。と、いまさらながら後悔の念が浮かぶ。


 ワシらがもう少ししっかりと、征歩を見てやっていられれば、この女がこんな時になるまで、自身の秘密を隠しておく必要はなかったのではないかと……この歳になってなお、悔恨を覚えてしまっておった。


 この女の嘘はわしらの責任じゃ……。そう思いワシがため息を一つ付き、口を開こうとしたとき、


「ごめん……なさい。我儘……でしたよね。私の目標は、私の夢は……国の運営には全く関係のない我儘。いたずらに国を混乱させて、最後の最後でこんな失敗を犯して……。私は……私は、さっき大来名さんが言っていたように、宰相になるべき存在じゃなかった!!」


 それよりも先に、政子が口を開き、再び謝罪を告げてくる。


 その言葉にワシは思わず憤りかけた。


 何を謝っておる! と。


 何下を向いているんじゃ! と。


 確かに虚偽を働いたことは褒められたことではない。だがしかし!!


「あんたがやったことは……間違ってませんよっ!!」


「っ!!」


 ワシが言おうとした言葉が、どこからともなく飛んできた。


 それは、ワシらを守るために本陣を囲んでいた、一人の兵士の叫びじゃった。


「十二階級の官位ができたから、うちの国の政治はよりやりやすくなった!」


「あんたや征歩陛下が作ってくれた科挙があったから、俺みたいな農民でも、この国の一人として働ける機会を与えてもらえたっ!」


「あんたが作った十七の憲法があったからっ、横暴な貴族たちは激減したっ!!」


 声は次々と別の場所から上がり、大きな波となってワシらのいた本陣に響き渡る。


『あんたは最高の宰相だ!』


『女だろうが関係ねぇ! 俺たちはあんたに救われたッ!!』


 いつのまにかその叫びは、兵士中に伝播していき、巨大な鬨の声となって戦場を埋め尽くした。


 もう、その声に先ほどまで感じた、兵士たちの迷いは感じられない。


 仕えるべきものを信頼した、士気十分の兵士たちの声。


 そして、その声は最後に、


『それに俺たちは……惚れた男のために命を懸けた女の頑張りを、無碍にするような狭量な奴じゃねぇ!!』


 そんな声にワシは思わず笑みを浮かべ、


「馬鹿者め……。そいつはワシの台詞じゃぞ?」


 そう言って、涙を流す政子に手を差し伸べた。


「さぁ、立つんじゃ政子。まだ戦いは終わっておらんぞ?」


「で、でも……わたし、みんなを騙して」


「なぁに、構わんと、さっき兵士たちが言っておったじゃろう? それになにより」


 女を守る戦いの方が、男というのは燃えるもんじゃ。


 ワシがそう言って、肩を竦めた瞬間、鬨の声が上がり真教派の兵士たちの動きが、元へと戻っていく。


 職業軍人特有の、隙のない……そして、無駄のない団体行動。


 それによって今まで押し込まれていた戦線を押し返し、ワシらは窮地を脱し始める。


 なにより、


「な、なんだ!?」


「神術がっ!?」


 突如兵士から上がる疑問の声と同時に、流慰天瞳毘売さまの権能を使い、戦場を俯瞰していた天瞳神社の神祇官から報告が入る。


「ご報告を! 敵勢力の神術が突如途絶! 何らかの作戦かとも思われましたが、敵も混乱していることから、恐らく神々からの霊力供給が止まった可能性が非常に高いということですっ!」


「それはっ!」


「陛下が成功されたかっ!!」


 征歩陛下が神の説得に成功した。その可能性がある待ちに待った報告にワシは笑い、政子は思わずといった様子で口元に手を当てる。


 ようやく……この戦争も終わる!


 ワシらがそう思い、ほっと一息ついた瞬間じゃった。




「もらったぞ……虚偽の宰相よっ!!」




「にげてっ、政子様っ!!」


「っ!?」


 上空から響き渡った怒号と、豊隆の焦ったような警告の声に、ワシらは思わず上を向き、


「貴様の首をとりさえすれば……この戦いは我々の……。いや、神々の勝利だっ!!」


 疲労のあまり混濁した目をした、肩翼を折られた鴉の獣人が、政子に向かって弓を放った。


 こやつはもう、下の戦況に気を向けていられる余裕も、神術が使えなくなったことに気付く思考も、持ち合わせてはいないことが分かった。


 ただひたすら、戦争を終わらせることだけを考えた瞳に、ワシの肌は泡立つ。


「まずいっ!」


 落下速度と射出の勢いが加わり、信じられない速度を得たその矢は、まっすぐと政子の額を射抜く軌道を描いておる。


 ワシは慌ててその矢を払い落そうと鉄槌をふるうが、鉄槌の特性上攻撃は遅々としており、矢が政子に到達する前に矢を払える速度は到底望めない。


 政子にあたる。長年の経験から、そのことを理解したワシは、悲鳴のように、


「逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ここまで来て命の危機に陥った政子に、そう叫ぶしかなかった。


 が、文官である政子にそのような反射神経が期待できるわけもない。ワシの悲鳴もむなしく、矢はそのまま政子の額に突き立とうとして、


「はらえ……天剣」


 突如として出現した、真っ白な光を纏った征歩が持つ一刀により、矢は放った鴉獣人ごと、弾き飛ばした!




…†…†…………†…†…




 征歩降臨の、しばらく前の高草原にて。政子の危機を見た征歩は、体に戻っている暇などないと言い捨て、霊体のまま下界への降臨を敢行しようとした。


 もちろん俺――賢者の石は、その危険性を知っているからこそ、慌てて征歩を制止する。


「本当にやる気かっ!!」


「うるさい……。いいから黙ってしてくれ、賢気朱巌命っ!!」


「ただでさえ正規の手順を踏んでこっちに来ていないんだぞっ!! ここで、体に戻らず、霊体だけで戦場に降臨なんかしたら……魂と体のつながりが切れる可能性だってある!! そうなればお前はもう二度と、元の体に戻ることはできない……。死ぬことになるんだぞっ!!」


「うるせぇっつってんだよっ!! ここで政子を失うくらいだったら……俺は死んだ方がいい!!」


 これはもう止められない……。内心でそんな確信を抱きながら、俺はそれでも征歩を止めるために言葉を紡ぐ。


 正直言うとやりたくなかったが、切り札すら切って見せる。


 こいつの根幹には両親に捨てられた心の傷がある。誰かに必要とされたいという渇望がある。だからこいつは神皇になり、この国になくてはならない存在になることを望んだ。


 だから、そこをつく。


 非道であることは理解しているが、こいつの心の傷をえぐり、神皇としての責務を武器に思いとどまらせるっ!


「月一の祭りはどうするんだっ!? 神皇の責務はどうするんだっ!!」


 だが、俺が思い描いていたものよりも、征歩と政子の絆は強固だったらしい。


「惚れた女ひとり守れなくて……何が神皇だ、畜生! 俺はな……親父の二の徹だけは絶対にふまねぇと、心に決めてんだよっ!!」


 あっさりと……鮮烈に、たった一人の女のために、長年自分が抱え続けた心の傷をねじ伏せた征歩に、俺は思わず絶句する。


 だがそれは逆説的に、


(冷静さを失ってやがる……。まさかこいつがここまで荒れるなんてっ!!)


 怒り狂う征歩に内心驚きながら、それでもやはり、俺は怒鳴り声をあげて、征歩を止めようとした。


 俺は王を守護する賢者の石。王を導く賢者の知恵を持つ石だ。ここで、征歩の命と政子の命を天秤にかけて、どちらをとるかなどいわれなくともわかっている。


 なにより……神皇として鍛え上げた大事な生徒を、見殺しにするような判断など俺にはできないッ!!


 だが、


「賢者の石」


「っ!?」


 そんな俺の静止の声を封じたのは、驚くべきことに、後ろで様子を見ていた流刃だった。


 彼はそのまま征歩の首にかけられた俺を取り、近くにいた神に投げつける。


「流慰にわたしとけ。俺は征歩と一緒に下界に行きましたって報告もついでにな」


「流刃っ!! 何考えてやがるっ!! 下手をすればそいつが死ぬんだぞっ!!」


「相変わらず賢者の石は、間違ったことは言わねぇな……。そうさ。こいつは死ぬかもしれねぇ。俺たちの行いが、間違っていることもわかっている。神皇の命だ。替えがきく宰相の命とじゃ、絶対に釣り合わんだろうよ……。理屈じゃたしかにその通りだ。でもなぁ」


 そこで流刃は笑顔を浮かべた。


 夜海のような人間を出さないために、神になると誓った……あの時のような、覚悟を秘めた笑み。


 そうだ……こいつは、惚れた女のために黄泉すら切り裂くと言ってのける、バカだった!


「惚れた女を守りたいって気持ちは、理屈じゃないんだよ」


と、流刃は最後にそういって、征歩と共に下界に降りた。


「安心しろ。こいつは絶対俺が守る。主神として必ず……生きて帰すっ!!」


 征歩の魂を守るために、魂自身の強度を上げるため、征歩の魂に自身を内包させ、神霊である流刃天剣主を降臨させる。


 そんなでたらめな神術など、前例がないというのに、流刃は政子を守りたいという征歩の願いをかなえるために、征歩の魂に無理やり自身を溶け込ませ、下界に降臨した。


 戦争が終わる。


 幕引きが始まる。


 一人の神皇の命を賭け金にした奇跡が、始まろうとしていた。

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