真教伝来 始まる激動
パチリ。そんな音を立てそうなくらい、勢いよく呉燈の瞳があいた。
身を起こした呉燈は、あたりをゆっくりと見廻し、俺――賢者の石がちゃんと自分の首にかかっていることを確認し、安堵の息を漏らす。
そう。高草原での里帰りを終えた俺たちは、遣瑞使が帰ってきたころを目安に、下界へと帰ってきていた。
これからは遣瑞使が持ち帰った知識の利用で、宮中は慌ただしくなる。そんな変革の時代に、いつまでも12人の貴族の一人である呉燈が、席を開けているわけにもいかないからだ。
「帰ってきたのですね……」
「あぁ。正直10年も放置しておいて大丈夫かという心配もあったが……」
「賢気様が大丈夫だって言ったんでしょっ!?」
「いや、だってこの前、高草原にはいるために先代の魂抜いた時間ってせいぜい30分程度だし」
「そんな不確定要素だらけのことを私にさせたんですかっ!?」
高草原での経験で、すっかり俺に対する敬意を失った呉燈は、けたたましく俺にツッコミを入れながら、自分の身なりを整えていく。
10年もほったらかしにしていたせいか、髪は伸びすぎ、髭も臍に届くほどの長さになってしまっている。唯一変わらないのは体の若々しさぐらいだ。というか、どんなインチキが働いたのか、十年たっても老化が進んでいないとはどういうことだろうか?
ま、まぁ、いい。考えると怖いことになりそうだから無視しておく。それはそれとして、身なりの確認だ。
伸びた髪や髭。それらを神術で作り出した霊力の刃で綺麗に切り、整えながら、呉燈は再び周囲を見渡し、自分の着替えになる服がないか確認してみる。
何故だか知らないが、呉燈が身にまとっていたものは真っ白で簡素な着物。確かに寝ているだけなら一番楽な服装だが、これから都に帰ろうというのに、さすがにこの恰好はまずいだろう。
「私の衣はどこに?」
「言いつけたら持ってきてくれるんじゃね? チョット神託飛ばしてみるわ」
「便利な道具感覚で、神託飛ばすのやめてもらえませんか?」
高草原ではしょっちゅうしていた通信法に、眉をしかめる呉燈。まぁ、人間にとって神託は神聖で特別なものであるため、たいてい敬虔な神職にしか与えられないという決まりができているからなのだろうが。
「最高神権限で却下だ」
「ですよね~」
この十年で、なんとなくあなたとの付き合い方がわかってきた気がします……。と、ニヒルな笑みを浮かべ、懐からそっと金鎚を出す呉燈。
――わかった、わかった!! あんま軽々しくしないから、その金鎚を思いっきり俺に振りかぶるのを止めろっ!?
と、俺はそっと俺を床に置き、しっかりと金鎚を構える呉燈に戦慄しているときだった。
「うそっ!!」
何やらけたたましい声をあげて、黒いウサギ耳を揺らした巫女が、勢いよく呉燈が寝ていた扉を開け、部屋に飛び込んでくる。
そして、割とあっさりと起きて、身なりを整えている呉燈を見て見事に氷結した。
「あぁ。確かこの神社の新人巫女さん……だっけ?」
「あの時10歳くらいだったからな……。まぁ、立派な娘さんになっちゃって」
10年前俺たちが高原神社を訪れたときに、笑顔で出迎えてくれた門の掃除をしていた黒兎の獣人巫女。
そんな彼女も今や立派な大人の女性になっており、胸も尻もボーンと出ていて正直、眼福である。
そんな俺たちの反応に、氷結していた巫女は、今度はガタガタ震えだし、
「お、おばけっ!?」
「違います……」
「そりゃ10年も寝ていたら、死んだものと扱われても仕方ありませんが……」
そんな少女の言葉も、さすがに寝すぎた自覚がある呉燈と俺は、苦笑いで流したが、
「もうお葬式も終わって、あとは火葬の神術で焼くところだったのに……」
「「あぶねぇえええええええええええええええええええええええええええ!?」」
さすがにその事実を聞かされた時は、冷や汗と共に絶叫してしまうのだった。
というかこの白い服……死に装束だったのね!?
…†…†…………†…†…
「い、生きていたのかっ!?」
「あの……賢気様。どこ行っても似たような反応されるんですが……」
「ちゃんと長めの休暇に行くって言っといたんだけどな……」
「高原神社で、意識不明で、10年寝ているとか言われたら、誰だって死んだと思うわっ!!」
というわけで、ギリギリで火葬される直前に復活を果たした呉燈と俺は、事情説明をするために連れてきた黒兎の巫女――倉敷奏多を伴い、一週間かけて都に帰参。10年ぶりに征歩と顔を合わせることとなった。
「にしても……」
老けたなお前……。と、俺は玉座に座り驚愕の表情を浮かべる征歩に、内心苦笑いを浮かべる。
そりゃ十年もたてば、この時代の医療技術では、年老いて見えてしまうのも当然なのだが、
「おまえ、髭は毎日まめに剃れって言ったろうが。ないだけで随分と若く見てもらえるんだぞ?」
「仕方がないだろう。まだまだ足りんかった威厳を出すためには、年上に見せる方が手っ取り早いんだ」
そういって征歩は、10年前は生えていなかった、胸まで届く黒いひげを扱きながら、俺の苦言に眉をしかめる。
その顔からは、でなければこんなもの誰が好き好んで生やすか。と、言いたげな雰囲気がひしひしと伝わってきていた。
まぁ、髭は似合うやつには似合うんだけどな……。線細い系の美青年だった征歩には、いささか不釣り合いな感じが否めない。
「そういう貴様らは変わらんな。賢者の石はともかく、呉燈までそうとは……羨ましい限りだ」
「神の国に行っていたので」
「高草原か……。気安い神界でいいと思っていたのだが、此度伝来したあの宗教を見る限り、あまり気安すぎるのもいけないのかもしれないな」
「……それってやっぱり」
あの宗教か? と、俺と呉燈は互いに顔を見合わせながら(石だから(以下略))、最近高草原でも、疑心と不安と共に語られていた伝来宗教の名を告げる。
「真教か?」
「やはり高草原でも噂になっているか……」
俺の問いが的を射ていたのだろう。征歩は近くに控えていた小間使いに指示をだし、数本の巻物を俺たちに渡した。
「読んでみろ。この国の神々をつかさどる人間側の代表、稲群呉燈。そして日ノ本神話の代表たる、賢気朱巌命。貴君らに意見を聞きたい」
その巻物に記載された名は《真人経典》。
この世の心理を悟った人間、《真》が知った世界の真理の、ほんのさわりが記されているとされる、真教入門書。
その下には、その教えをさらに細かく分け細分化した経典が100近く並んでいたが、真教の基本構造を知るには、まずはこれを読んでおいた方がいいだろうと俺たちは判断し、即座に巻物を開いた。
熟読する。
数分後。その巻物を読み終えた、呉燈は深くため息をもらし、
「いいことが書いてはあるのですが……」
理想論ですね。という言葉はにごした。
そうだろう。仮にも相手は世界に名だたる大宗教。かの瑞ですらその伝来の勢いは止められず、王朝が気づいたころには民のほとんどが、その名を語っている始末だったという。
つまり、こういった教えを、今の世界は必要としていたということに他ならない。
「といっても、真教伝来の片棒を担いだのが、我が国の遣瑞使だというのが笑えませんが……」
「とはいえ、俺たちは現実に生きるものとして、この宗教をどう扱うか決めねばならん」
実際真教は、うちの国に渡ってきてからも、その布教速度を衰えさせていない。
布教者である粕華菫が精力的に活動を行っていることもあるだろうが、それだけではここまでの速度は出ない。
この国の住人達も、おそらくは瑞と同じように……この宗教の主張を、すばらしいものとして認めたのだろう。
この宗教が語るのは理想論だ。現実ではありえない。
だが、その理想論が理想で無くなり、この世の生き物すべてが幸せになれるよう、人々の精神を修養する術が、その経典には書かれている。
神に理想郷を作ってもらうのではなく、自分たちで理想郷を作るために、人々はこの宗教の手を取る。
「とはいえ、表立って改宗をしたと語る人々は少ないようですが」
「日ノ本朝廷を立てるときにも問題になった、あれが原因だろう。今まで自分たちを守護してくれた、恩義ある神を裏切るわけにはいかないんだよ」
ましてや、この国では神が頻繁に顕現するからなおのことだ。
いざ顔を出されてしまった時に、自分たちが全員ちがう宗教に鞍替えしていますなど、人々が言えるわけがない。
「だが、真教を認めよという声が徐々に高まっているのも事実だ。下手をすれば、この国の神話体系をつぶしてでも、認めようとさせる過激な一派も出始めている」
「バカな……。この真教では闘争を禁じているはず。この経典にはっきりとそう書かれていますッ!!」
「その真教を国に認めさせるためには、そのくらいのことはやむをえないと考えたのだろう。その闘争をなくすために、この国は真教のもとに一つにまとまるべきだと……奴らはそう主張している。救いがたいバカ共だ。そのイカレた考えが、いかに貴様らが心酔する、真教の教えから外れているかも気づいていない。そして、そいつらの頭が、なまじ力を持っている奴だからなおのこと手におえない」
「そいつはいったい誰だ?」
少なくともこの国の権力者である12人の貴族たちは、ほとんどが神の血統を受け継ぐ、連中だ。そういったやつらであるからこそ、自分たちの権威付けを補助してくれる日ノ本神話の神々を裏切るわけがない。
だが、俺はそこであることを思い出した。
10年前に集結した政争のせいで、12人の貴族たちの席が、三つも空席になっていたという事実を。
「まさか……」
「お前の予想通りだ、賢気。真教伝来を主張しているのは、科挙で入ってきた新人どもだ。そして、そのトップであるやつが面倒でな……」
そう言って征歩は、小間使いが教典と共に持ってきた巻物を床に広げる。
官位一二位・褐色の雉
官位十一位・紫の猪
官位十位・黄の狐
官位九位・灰の鼠
官位八位・黒の牛
官位七位・白の蛇
官位六位・緑の鷹
官位五位・青の馬
官位四位・赤の人
官位三位・黒金の虎
官位二位・銅の兎
官位一位・銀の狼
神皇・金の龍
空席になっていた官位が埋まっている。そして、その官位の二番目には、追い出したはずの兎が収まっていた。
「まさか、あの大来名が復帰したのか!?」
「安心しろ。さすがにそんなへまはしないから、戻ってきちゃいねぇよ。それに、あのおっさんは仮にも因幡羽翔姫の系譜である、神盛の一族だ。万が一戻ってきたとしても、真教につくことだけは絶対にありえん」
「じゃぁ、科挙で12人の貴族の内、三位なんて馬鹿げた階級についた奴は誰だっ!?」
意味不明すぎる事態に混乱する俺に、征歩はため息をつきながら、告げた。
「稲葉堵人……。政争の際、大来名のおっさんの不正を密告してくれた褒美に、かなりの貴族位を与えていた、神盛一族の分家の小僧だ」
「っ!?」
そう言われた瞬間俺が思い出したのは、夏と冬で髪の毛の色が茶色と白に代わっていた、雪うさぎの獣人である少年の顔がよぎった。
「神皇家に対する忠誠。もはや神がかっているといっても過言ではない、絶対的な事務処理能力。大来名のおっさんが鍛え上げた、宮中内での世渡りの仕方など……。あいつにはまるで隙がなかった。まさしく完璧な政治家だったよ。12人の貴族達にもかわいがられていたし、あいつの下についた部下たちもあいつのためになら死ねるなんて、冗談染みてはいたが、言っちまうほどあいつのことを尊敬していた。俺もあいつのなら、大来名の後釜を任せられると思って、科挙試験から一年後にすぐ、あいつに俺の政務の補佐を任せたんだが……」
真教が来てあいつは変わった。征歩は悔しそうにそう語った。
「目を輝かせてその教義を話す程度ならよかったが、真教の存在にあまりいい顔をしない貴族たちに、噛みつくようになってからは一気に傾いたな。いまじゃ朝議でも真教の話題が出たら、真っ先に布教すべきだと声を出すし、否定的な意見が出れば徹底的に叩き潰してくる」
「二代目、大来名誕生ですね」
「頭の痛い話だ」
話を聞いた呉燈と俺は、たがいにため息をつきながらややこしくなりつつある宮中に、眉根を寄せる。
おまけに征歩に対する忠誠心はそのままだから、逆に罰しづらい。
過激な思想に寄ってはいるが、それでも彼はこの国のためを思い、征歩のことを考えてその発言をしているのだろう。
「まったく、ウサギは本当に厄しか運んでこない。大来名のおっさんといい、堵人といい……。うちの宮中をかき乱すのがそんなに楽しいか?」
「ひっ!?」
その征歩の言葉を聞いた瞬間、突如として上がる悲鳴に、俺たちは、しまった!! と顔を見合わせながら、呉燈の後ろに控えていた黒兎の巫女の方を恐る恐る振り向いた。
そこでは神皇に会う際に階級が低いものがする、平伏をしながらも、ガタガタ震えている巫女の姿があって。
「あぁ、わるい……いいすぎた」
「気にすることはないよ、奏多。何もウサギ獣人たちを罰しようって話じゃないから」
「そうそう。お前には全く関係のない話だから。もしも、征歩がそんな暴挙に出ようとしたら、俺が祟るから安心していいよ?」
「おい最高神。お前は俺の守護だろうが」
「ガキが間違えたら殴りつけてでも正してやるのが、親の役目だろうが」
目なんてないが、ガンを飛ばしあう俺たち二人に、さらに体の振動を増強させる奏多。どうやら、国の最高位たちの悪感情の激突の理由になるなんて心臓に悪いことは、彼女にとっては耐え難い苦痛らしい。
むぅ。場の雰囲気を和らげようとしただけなんだが……。征歩もきっとそのつもりのはず……。
「おい、この石ころ砕く金鎚もってこい」
「あれ!? フリじゃねーの!?」
そんなくだらない言い争いは、ひとまず置いておくとして……。
「まぁ、結局のところ国の舵取りなんてお前にしかできないんだから……。お前はどう思っているんだよ? この国で真教が広がるのは、有りか? 無しか?」
俺はようやく本題に入る。
どれだけ12人の貴族が声高に反対・賛成を叫ぼうとも、彼らの忠誠はすでに神皇である征歩が握っている。
つまり、彼らの反対を押し切り征歩が許可を下せば、真教は公に広まるし、
許可を出さなければ、どれだけその新参兎が暴れようとも、他の貴族たちが立ち上がり、真教はこの国内で叩き潰されることとなる。
すべては征歩の判断にゆだねられている。だからこそ、神皇は神皇としてこの国に君臨している。
それゆえに俺の問いに、征歩はゆっくりと目を閉じ、しばらく黙考した後、
「俺は……」
決断を下した。
「真教が広まるのは……ありだと思う」
それは国を作った俺たち日ノ本神話体系を、裏切るかのような発言だった。
当然、呉燈や巫女である奏多は目を見開いたあと、憤怒の形相で立ち上がりかけるが、
「その心は」
「「っ!?」」
俺が即座に次の言葉を発することで、何とかその行動は抑えられた。
今は神が言葉を発する時だ。それを妨げることは許さんと……。そんな感情を込めた俺の言葉に、神職である彼らは鋭く反応してくれる。
そうやって、なんとか彼らを押さえつけることに成功したのを確認した俺は、心中でそっと安堵の息を吐きながら、征歩の答えを待った。
「この教えは確かに理想論だ。現実ではありえない。それこそ、高草原にでも行かない限り、俺はこの世界を見ることはないだろう」
そこで征歩は言葉をきり、
「だが、高草原に上れる存在は……神となるまでに信仰を得られる偉業を果たす存在は、あまりに少ない」
「…………………………………」
そう。この国は八百万の神が住む国。他の神話と比べても、その神の数はあまりに多く莫大だ。
だが、国民すべてが高草原にのぼり、神になれるのかと言われればそれは否だろう。
神になる人間もいるが、それはあくまで少数。
あまりに罪を犯しすぎて、死してなおその罰を受けるために黄泉に落ちる者もいるが、それもいたって少数。そして落ちたものも罪による穢れが払われれば、普通の魂と同じ末路をたどる。
たいていの人間が、死したら何も残らない。死んだ人間の魂は世界に溶けて消える。
それだけだ。それ以上のことは決して起きない。
それが今の、日ノ本神話での普通の魂の末路だ。
「それじゃあまりに救われないじゃないか。民は何も悪いことをしていない。ただ実直に生き、ただ誠実に生活し、普通の幸せを感謝し……その末路が消えるだけなんて、あまりに不憫だ」
だからこそ、征歩はその死に意味を与えてやりたいのだといった。
特別な人間でなくとも、死した後何かを残せるような、そんな宗教観がほしいのだと語った。
「その願いをかなえるには、真教の教えはあまりによくできていた」
輪廻転生。生まれ出でた魂は、死したのちその転生の輪に入り、生前の記憶を浄化され、別の生命として命を授けられる。
そして、そこからこの世界の心理を悟り外れることができた人間は、《天楽》にいき、罪を犯しすぎた人間は《圏獄》に落ち、罪の穢れを払われると……真教の経典にはそう書かれていた。
「それに、人は……高草原を目指すが、だがしかし生きていくのは下界だ。賢気」
だからこそ、この下界を少しでも良くしていかなくてはならない。征歩はそう語った。
「人はいつまでも神に律されていてはいけない。お前たちの祟りにおびえるから、悪いことをしないではなく、自分が心の底から悪いと考えるからこそ、罪を犯さないと考えるようにしなければならない」
日ノ本神話の巨大な弱点。この世の善悪がすべて神に決められているという事実を、征歩は次に指摘した。
「いつまでも親に怒られる、子供で居たくないんだよ……。俺達人間は」
真教には、それを実現する文章も書かれていた。神に頼るのではなく、自らによって己が罪を律する術だ。
さすがは世界に名だたる大宗教。ありとあらゆる神話が持つ弱点を、ことごとく補完するかのように、その教えは完璧な黄金律を作り上げている。
すなわち、神が作る理想郷を目指す方法ではなく、
人が住む下界を、少しでもその理想郷の近づけるための、教え。
今の日ノ本に足りないものを、征歩はこの経典の中で見つけた。
「確かにこの教えは理想論だ。俺だって全てがすべてうまくいくとは思っていない。不殺の教えとか絶対無理だな。俺はシシ鍋も好きだし、魚だっておいしくいただく人間だ」
だが、
「それでも、俺はこの経典を見て思ったんだ。努力をするべきではないのかって。いつまでも神に頼っているのではなく、俺達人間の手でこの世を良くするための努力を、するべきじゃないのか? って」
その機会を、俺は国民に与えてやりたい。そう語った征歩の顔は、確かな決意を秘めた顔で、たとえ日ノ本の神々全てに祟られようとも、実行する覚悟を決めた瞳をしていた。
だから俺は最高神として告げてやる。
国を守護する神として、最後の教えを授ける。
「いいんじゃないか。いい理想だ。神皇として、正直見惚れるほどの決断だったよ」
背中を押してやる。
「神からの一人立ち……見事成し遂げて見せろ」
「そうか……」
それを聞いてほっとしたよ。と、征歩は安堵の息とともに玉座に座っていた体勢を崩し、
「明日、真教布教の正式な許可を発布する。励めよ、国民。我等が神の期待を、決して裏切るな」
こうして、日ノ本での真教布教が正式に許可され、国民たちすべてが真教の名をかたるようになった。
…†…†…………†…†…
翌日。
都からはるか離れた、とある寒村で隠居という名の、軟禁をされていた兎獣人の老人に、その知らせは届いた。
老人は今まで政治にしか関わってこなかった男だった。
その世界で生き延びるために、ずいぶんと薄汚いこともしてきた自覚があった。
だからこそ、彼はその後ろめたさに目を背けるために、自分の家そのものを改革した。
神に仕える仕事ではなく、神など関係なく国を動かせる実利の世界へ、彼は自分の手で一族を引きずりこんだ。
何も一族に改革が必要だと、そんな立派な理由で一族を改革したわけではない。
ただ、神の祟りが怖かった。
ただ神の怒りに触れるのが恐ろしかった。
だからこそ、彼は一族もろとも、神から己が身を引き離した。
だが、
「どうやら……わしにもちゃんと神盛の血が流れていたらしい」
神を捨て、大陸より伝来せし、真教を敬え。
直接そう書かれているわけではない。だが、日ノ本神の信仰のほかに、大陸の神を受け入れてもかまわんと神皇の名で発布するなど、そう言っているに等しい行いだ。
神を崇め、神に仕え、神を畏れた神盛の一族として、そのような暴挙は断じて許すわけにはいかなかった。
「わしは敗残の老人じゃ、だがしかし……おぬしらはそんなワシを頼ってくれるのか?」
そして、彼にはその怒りの刃を突き立てるための手段が集っていた。
神を捨てることなどできぬ。神を裏切ることなどできぬと集まった、日ノ本神達に恩義がある人々。
彼らの目には、神を捨てよと命じた神皇に対する怒りの炎が、確かに宿っていた。
なればこそ、彼らは都から離れたこんな田舎を訪れ、この勅命の発布を彼に告げ、大罪人である彼にすがったのだろう。
答えてやらねばならない。神職としての血が、縋ってきた彼らを見捨てるという選択肢を即座に切り捨てる。
だから彼は、高らかにその名を唱え上げた。
「わが名は神盛大来名」
その名のりは高らかと天に響き渡り、
「日ノ本神達の……怒りを代行するものである」
彼――大来名が、勅命が書かれた紙を握りつぶした瞬間、彼のもとに集った数百余りの獣人たちの鬨の声が、その空間を埋め尽くした。
真教伝来の激動が今、日ノ本を飲み込もうとしていた。
…†…†…………†…†…
その頃の俺たちはというと、
「ちちうえ~」
「おぉ、篤之宮。元気にしてたか?」
「「っ!?」」
「って、お前らなんでそんなに驚いているんだよ?」
「せ、征歩……おまえっ、子供ができたのかっ!?」
「お、お相手は!? 10年前にはそんな気配無かったのにっ!?」
「いや、10年もたてばそんな気配無くても、結婚してガキぐらいできるだろ。ちなみに嫁さんは市政の生まれで、こいつを生んだ時に死んだ」
「そ……それは」
「あぁ、悪いこと聞いちまったな……」
「ということになっているんだけど、実は政子との子供なんだよな~。篤之宮」
「ん? 政子様?」
「うんうん。えらいぞ~、篤之宮。人前では母様って言わないって約束きちんと守れたな?」
「うん!!」
「大方そんなことだろうと思ったよっ!?」
「って、政子様って……男じゃないですかっ!? え、え!? へ、陛下まさか……断冥尾龍毘売様の変貌の術式で、政子様を無理矢理っ!?」
「おい、それくらいにしておけよ、呉燈。いつのまにかやってきていた望戸が、すんごい目を輝かせて、ヨダレたらしながら俺見てるから。というか賢気!! お前、10年もあったのに、こいつの政子の正体教えなかったのっ!?」
「そっちのほうがおもしろそうだったし」
「え? 何の話ですかっ!?」
といった感じで、いつのまにかできていて、しかもかなり大きくなっていた次期神皇に会い、度肝を抜かれていた。




