明石閑話・封獣演義
俺――日ノ本議国の歴史学を専攻するとある大学生は、卒論研究と、息抜きのために、お隣の世界四位の国土をほこる国、《央旗人民合衆国》に来ていた。
むせ返るような蒸気と共に感じる、この国独特のスパイスたちの香り。
観光客向けに出されているが、実は国民が好んで食べるわけではない、ゲテ物料理。
最近目覚ましい経済発展を遂げている、この国を象徴するかのような、真新しい近代建築達。
文字通り異国情緒あふれるその景色に、俺は大きく伸びをして叫ぶ。
「央国よ……私は帰ってきたぁあああああああああああ!!」
突如として叫びだした俺の姿に、周りの通行人たちはぎょっとした顔でこっちを見てきたが、即座に視線をそらし、そそくさと離れて行った。
(いや、まぁ、確かに叫んだのは悪かったけどさ……)
ついテンションが上がってしまったんだ。しかたない……。と、ちょっとだけ顔を赤くしながら、俺は自分に必死にそう言い訳する。
「さ、さて……央国に来た喜びを全力で表した後は、《封獣演義》ゆかりの地を訪れるとしますか」
ここ央国には、有名な古典歴史小説(偽の歴史も含まれる)が四つ存在する。
始皇帝・兎嵐が国をつくり没落するまでの記録を描いた、《始皇帝盛衰記》。
戦乱の時代、央国全土を支配しかけた大帝国・武が、大妖狐・衾妓にたぶらかされた王よって腐敗。神仙たちの手によってその妖狐がうたれる《封仙演義》。
戦乱の時代、最後に現れた四つの大勢力の、英雄豪傑たちの活躍を描いた《戦四国史》。
そして、先ほど俺があげた、俺の研究テーマ。封仙演義の後日談と目される、衾妓の子孫である大妖狐・白毛金眼の九尾狐による瑞王朝転覆計画を、当時この国に訪れていた三人の遣瑞使が防ぎ、妖狐を打倒するという、《封獣演義》だ。
《演義》という言葉からわかるように、封獣演義や封仙演義が決して実際あったわけではない、偽の歴史であったというのが今までの歴史学業界での認識だったのだが、実は最近になって、その認識が見直され始めつつある。
実はこの歴史……とくに封獣演義の方は、あったのではないか? と。
学会がそんな見解を展開するようになった理由は、央国発展によって、地方に眠っていたさまざまな文献が見つかり、封獣演義が実際の話だったことを裏付ける文章が、いくつも見つかりつつあるからだ。
とはいっても、もちろん神話のような大妖怪と人間の激闘があったと考えているわけではなく、瑞の治世を脅かす傾国の悪女がいて、それを遣瑞使たちが退けたという実話が、こういった物語になって伝わったのでは? という意味での実在説だが……。
というわけで、いま歴史学界では封獣演義が熱い!! 俺はその波に乗っかり、何とか卒論の単位をもらうために、封獣演義の考察をしているんだっ!!
現地であるここ央国のフィールドワークも今回で5回目を迎える。いいかげん央国の歩き方も慣れてきたし、日常会話と、俺の研究テーマ関連の央国語も完璧だ。今回は今まで訪れることができなかった、封獣演義ゆかりの地の、もっとディープな場所を訪れることもできるかもしれない。
というわけで、趣味と実益を兼ねたフィールドワークである、央国散策に、出発するとしますかっ!!
…†…†…………†…†…
「こんな寂れた町に観光客が訪れるなんて珍しいね?」
「いや、仮にも瑞の首都だった場所に、なんて言い方するんだよ……」
というわけで、瑞王朝の首都だったと言われる町――瑞都に訪れた俺は、早速現地の人たちにいろいろな聞き込みをし、この町に伝わっている封獣演義についての物語がないか、聞いて回っていた。
元瑞の首都といったところで、所詮ははるか昔にあった王朝のお話。現代の発展には大して関係ないのか、瑞都は都会でもなければ田舎でもない、微妙な数のマンションとビルが立ち並び、あとは二階建ての一般住宅や、そこに住む人たちに向けたスーパーがあるくらいの微妙な街だった。
そんな街を散策しているときに出会ったのが、高校から下校していたと思われる、一人の少女だった。
世界中が熱狂する日ノ本サブカルチャーブームに乗っかったのか、日ノ本ではすでに絶滅したセーラー服を制服として着ているその少女は、観光客だという俺に首をかしげながら、この町に伝わる封獣演義の話をしてくれた。
「ここが、三人の遣瑞使が、九尾の狐と最後の戦いを繰り広げたといわれている、瑞王朝の宮殿だった場所……瑞宮公園よ」
「公園になってんのっ!?」
さすがに歴史なんて微塵も感じられない、近代的遊具でいっぱいの公園に連れて行かれたときは度肝を抜かれたが……。
「でも、最近ではこの公園潰して封獣演義の記念館でも立てようかっていう意見が持ち上がっているみたい。最近やたらと取り上げられているから、あの古典」
「確かこっちの古典授業で出たんだったか?」
「今までなかった科目がいきなり増えたから、わたしみたいな大学受験生には大変よ。だって、前例がない問題が出る確率が上がるんだから」
対策なんてあの古典読み込むしかないわ……。と、若干頬を膨らませた少女は、公園の遊具の間をすり抜けながら、まっすぐとある場所へと俺を案内してくれた。
そこは公園の中央。そこには無粋な近代遊具はなくて、景観維持のために申し訳程度に植えられたと思われる木々と、その中央に据え置かれた立派で新しい石碑があった。
《封獣演義終地》
石碑には堂々とした央文でそう書かれていた。
「封獣演義ブームに乗っかって、三日ほど前に建った石碑だけど、うちの街が古くから保管していた書庫にあった、封獣演義の一文をそのまま書いたらしいから、由緒は確かよ? まぁ、あんたが調べたいって言っていた、封獣演義の舞台になった、この町ならではの特別な記載があるかどうかは知らないけど……」
「いや、助かったよ。感謝する」
「そう?」
ならよかった。と、表情を動かすことはないが、どことなくうれしそうな雰囲気を出すクールビューティー少女に、意外といい奴だなと思いながら俺は石碑に触れる。
「感謝するということは、その耳と尻尾をモフモフする権利が、私にはできたということなのかしら?」
「あれ……背後から何やら不穏な気配が……」
訂正。どうやらただのモフラーだったようだ。と、俺が背中に嫌な汗をかくと同時に、
「えいっ」
「っ!?」
黒猫獣人である俺の敏感な耳と尻尾が、少女の手によってやんわりとつかまれた。
…†…†…………†…†…
どうやら石碑に記載されているのは、封獣演義のクライマックス。
天鐘老君より妖狐討伐の任を受けた豊隆がピンチに陥り、それを颯爽と助けた日ノ本の巫女・照夜望戸と、砂漠から瑞に《真》の教えを広めながら帰ってきた粕華菫の協力により、妖狐を打倒するあのワンシーンだ。
菫の読経によって顕現した真人達が、瞬く間に権能をふるい真敵たる妖狐をとらえ、望戸の舞踏によって呼び出された日ノ本の神々が、豊隆が手に持つ仙人の宝具にさらなる力を与える。
見る見るうちに霊力を跳ね上げた全知盤と、戦いの合間に正気に戻った瑞皇帝に貸与された、始皇帝七神器の一つ《墜天蛇戟》という、蛇のように波打つ穂先を持つ槍を構える豊隆。
妖狐は彼に問いかけた。
「なぜわれを討つのだ?」
豊隆は答える。
「お前がこの国を乱したからだ」
だが、妖狐の詰問は止まらない。
「よりよい生活がしたい。より楽しく過ごしたい。自分の住みよい世界を作りたい。そう願うことがそれほどの罪なのか?」
「たしかに、お前が言ったことは罪ではない。生き物ならば当然のことだし、私たちもそれを目的にこの国にやってきた」
「ならば……」
「だが、それでも俺たちはお前を倒す」
だが、妖狐などという下賤な輩の詰問ごときでは、神仙たる豊隆に迷いを与えることなどなかった。
「戦っている間に、私はたくさんの人に頼まれた」
「この国を助けてくれ」
「皇帝の目を覚まさせてくれ」
「この国を終わりにしないでくれ」
「せっかく手に入れた平和なんだ」
「私たちを助けてくれた、いい皇帝様なんだ」
「どうか……助けてくれ、と」
そこで豊隆は目を閉じた。おそらく、彼に願うしかなかった、妖狐の悪行によって死んでいった人々の顔を思い出しているのだろう。
「本当に、たくさんの人たちが死んでいったんだ……」
そして、豊隆は涙を流し、
「お前はきっと悪くない。生き物として当然のことをしただけだ。だが、私は、《神》や《真》ほど……優しくはなれない。だから……死んでくれ」
彼はそう言って、墜天蛇戟を一閃。妖狐の首を刎ね落とした。
だが、妖狐はそれぐらいでは死ななかった。
妖艶だった美女の顔をしていた首は、見る見るうちに狐の首に早変わりし、宙に浮かび上がる。
「おのれ許さん。許さんぞ、豊隆。汝の末代まで我が呪いを受けるがいい。そして我は貴様の国へ赴き、貴様の国を乱してくれよう!」
そう言って妖狐は一条の流星となり、日ノ本の方へと飛来していった。
危機は去り、歓喜に沸く瑞の人々。
皇帝すら涙を流し、遣瑞使たちに感謝を告げた。
だが、瑞を救った遣瑞使たちの顔は晴れなかった。
彼らの故郷が妖狐の危機にさらされているからだ。
「帰ろう……」
「えぇ」
「そうですね」
彼らはそう言って、ささやかな宴による感謝をうけとった後、自分たちが得た異能の知識を瑞に授け、日ノ本へと帰っ……ってイった。
こうっ! して……。ずいっ!? に、へいっわがっ!? あ、ちょ、まっ!?
…†…†…………†…†…
いいかげん、少女の耳と尻尾に対する、執拗な攻めに耐えられなくなってきた。
「お、おねがい……そ、そこ敏感だから、あんまいじるのやめれぇえええ!?」
「うわ、スッゴイとろけた顔してる。なに、お持ち帰りしてくださいって言っているの!?」
「うちの国民の拉致事件の、加害者みたいなこと言ってんじゃねぇ!!」
数年前国中を騒がせた、国家ぐるみでの拉致事件。今でも被害者たちの返還はしぶられて、一回の交渉につき一人が帰ってくる惨状らしい。
なんでも拉致した元央国の官僚は、拉致の理由をこう語っているとか。
「なぜ拉致をしたのかですって? そこにモフモフがあるからです」
彼をかばった央国側の弁護団も、その言葉に感涙を流し、央国ではその言葉が流行語大賞になったくらいだ。
いい加減この国は頭冷やすべきだと、俺は思った。
ちなみに、拉致された日ノ本国民の皆さんは、いまどき大富豪しかできないような豪華な生活を送っていて、日ノ本帰還後は普通の生活に戻るのに、とっても苦労しているとか。
「にしても大発見だぞ、これっ!!」
「そんなにすごいこと書いてあった?」
「おい受験生、よく聞いておけ? 央国が公式として発表している封獣演義の最後は、妖狐の首が落とされただけで終わるんだよ。でもこの石碑には、妖狐の首はそのまま日ノ本に飛来し、首を落とされた恨みを晴らそうとしているってところで終わっている!」
この伝承は、今までの封獣演義研究の中では見たことがない。
日ノ本でも、九尾の妖狐が暴れたという記載がある文献は存在しないし……。デマか?
唯一関係がありそうなのが、安条時代に起ったといわれる、狐獣人が近世まで迫害を受ける理由となった、狐の姿をするといわれている豊穣神・金矢穂群女の祟り神化による大飢饉だけど……。
「これは一度文献を見てみる必要がありそうだな!!」
俺は目をワクワクと輝かせながら、少女にこの石碑に書かれた文章の原典が、現在どこに保管されているのかを問いただした。
*封獣演義=央国四大古典小説のひとつ。武の時代の物語である、封仙演義の正式な続編として語られる小説で、瑞の時代に暴れた大妖狐と、三人の遣瑞使たちの激闘を描いた、歴史スペクタクルである。
ただ、この物語の最後の方では、瑞は国を救った遣瑞使たちを、あっさり日ノ本に帰してしまう。
そのことから、作中の瑞は、救国の英雄に対してあまりに冷たいのでは? 異能の知識だけ搾り取って、ようがすめばすぐによそ者を追い出した忘恩の国。という辛辣な評価を受けている。
実際瑞王朝も三代ほどで潰えてしまっているため、その意見に拍車をかけてしまっているようだ。
四大古典小説の中で、央国の恥部として知られる作品。ただ日ノ本では意外と人気が高く、近世では封獣演義をベースにした絵草子や、後日談を記した演劇などが数多く存在している。
現代でも、封獣演義の漫画や二次創作は盛ん。そのため、央国ではけっちょんけちょんに貶されている封獣演義だが、日ノ本ではファンも多い。央国も、そのファンたちを呼び寄せる観光興業の目玉として、最近封獣演義を押しているようだ。




