日本モドキに上陸。拠点をつくろう!
「本当にここには何もないんだな……」
俺こと《賢者の石》が瑠訊たちと共に旅立ってから三日が経った。
海を切り裂きながらまっすぐ進んだとはいえ、子供の足で日本海を渡りきったにしては十分早い日数で、俺たちはここに到着する。
「そんなにですか? 兄さん」
「あぁ。見渡すばかりの森ばかり……。本当に、誰もいない島に来ちゃったんだな。俺達」
「怖い森なの? 兄さん」
「大丈夫……瑠偉は俺が必ず守る」
瑠訊は、俺が言った言葉をどうやらよほど良いように解釈していたらしい。島についた途端、今までの疲労を忘れたといわんばかりの嬉しげな歓声を上げ、彼はすぐに上陸した砂浜を駆け上がった。
そして、圧倒されてしまったのだろう。
「あぁ、そうだ。お前たちのご先祖様が切り開く前の世界……」
道も、町も、看板も……人の手が何一つくわえられていない、
「お前たちが、これから切り開かなきゃいけない世界だ」
原始の大森林に。
…†…†…………†…†…
とまぁ、恰好をつけたはいいが結局やることなんて、どこであっても変わらない。
「まずは拠点づくりから始めたいと思いま~す」
「は~い!」
「わ、わかった!!」
教授気分で学生に教えるような態度の俺の指示に、瑠偉は元気よく返事を返し、瑠訊は先ほど若干怖気づいてしまったのを隠すかのような、空元気の返事を返してきた。
(よしよし。子供はそれくらい元気な方が……いろいろ使いやすいからな)
俺がそんな不穏当なことを考えていることなどつゆ知らず、二人は若干の好奇心が見える瞳でこれから自分たちが入るであろう森を見つめていた。って、あれ? 瑠偉は目が見えなかったはずじゃ……。
まぁいいや。
開拓が進んだ春王朝では、田舎にでも行かない限り中々見れないような原始林だ。二人の子供らしい興味を掻き立てるには十分な光景だったのだろう。
「よし。ではまず森に入る」
「え? 浜に拠点をつくるんじゃ?」
「まぁ、そうしてもいいんだが……」
浜辺には浜辺の利点があるわけだし……。と内心で考えながら、それでも俺はやはり二人に森に入るように指示を出した。
「万が一雨とかが降って海がシケたら、ひとたまりもないからな。お前たちが独り立ちの生活に慣れるまでは、ひとまずは高波の脅威がない内陸に拠点をつくる」
「な、なるほど……」
「漁師の人たちも結構苦労しているって話でしたし……」
俺の言葉にひとまず納得してくれたのか、二人は大きく頷きながら、俺を持って森の中を進んでいく。
「森の中を歩くときはまず藪を踏みつけ道を作りながら進め。歩みは遅くなってしまうが、もしも森から出る必要ができたときの目印になる。あと手頃な棒があったら拾って、それを先杖にして地面を確認しろ。木の葉に隠れた穴や、沼地を事前に発見することができる」
「わ、わかった!!」
「なんだか私みたいですね……」
普段一人で歩くときは杖でも使っていたのか、そんな言葉を漏らす瑠偉に俺は思わず苦笑いを浮かべた。
実際今の指示は未開拓の森を歩く際の基本なのだが、それは確かに盲目の人間に出す指示に似ている。
要するに人間なんてものは、未知のエリアに入り込めば、誰であっても盲目になるということなのだろう。
「で、森に入ったはいいけど結局どこ目指すんだよ、賢者の石?」
「基本的には川を探す」
「川ですか?」
「そうだ」
瑠訊たちの疑問に俺は素早く明確な答えを提示する。
人間というものは目標が明確なのとそうでないのとでは、行動のモチベーションが段違いだ。だからこそ、いったい自分たちは何をしているのか? という疑問を瑠訊たちが持っているならば、俺はそれにはっきりとした明確な理由を教えてやらなければならない。
これで国の利害関係とかが絡んでくると、何でもかんでも教えるわけにはいかないんだが(陰謀とか陰謀とか政争とかその他もろもろあるし……。兎王朝建国からしばらくたってからは、まぁ、そう言ったくだんないこと企むやつら相手に苦労したもんだ)、今は俺と瑠訊たちしかいない土地。変な気を回す必要もないので、俺はペラペラ口を動かす(まぁ石だから口なんてないんだけど……)。
断じて今まで喋る相手がいなくて寂しかったから、その分の鬱憤を晴らしているわけではないッ!!
「人間の生活に必要なのは、雨風をしのげる屋根のある居住スペースと食糧。そして海水とは違う真水だ。幸いここは原始林だし、海岸の様子を見る限り水が汚れているということもなさそうだから、それなりの大きさの川さえ見つけられれば水の確保はほぼ完ぺきと思っていいはずだ」
「そうなんですか」
「な、なるほど……」
感心したように頷く瑠偉と、何言ってんのかわかんなかったのか目を盛大に泳がせながら、先ほどと同じ納得したような言葉を繰り返す瑠訊。
というか瑠訊。ほんとに大丈夫か? 一応家長は盲目の瑠偉じゃなくてお前なんだぞっ!?
と、俺がほんのわずかに、頭が悪い子供そのものの態度をとる瑠訊に、不安を覚えたときだった。
「だったら多分こっちです」
「「え?」」
突如として瑠偉が進んでいる方向とは別の方向を向き、いつのまにか拾っていた木の杖を使い、その方向を指し示す。
「な、なんでまた?」
「あっちから川のせせらぎが聞こえました……」
「……………………………」
しばらくこの森の中で暮らすことになるだろうから、森を歩かせて森歩きのイロハを叩き込むつもりだった俺。
だからこそ、あえて世界改変を使って遠視を行い、川を探してすぐに目的地を確定するつもりはなかったんだが……。
俺は瑠偉が指示した方角を、世界改変の遠視を使い確認する。
そこにはたしかに、かなりの大きさのまっすぐとした川が小高い草に囲まれた平原を一直線に貫いているのが確認できた。
瑠偉が指示した方角の一キロほど先に……。
「あ、あぁ……あっちにあるみたいだね」
「よかった。じゃぁ、そっちに進みましょうか?」
そう言ってにっこり笑う瑠偉に、思わず顔をひきつらせたかのような愛想笑いを返しながら同意しつつ、俺は瑠訊に問いかけた。
「なぁ、あいつって新手のミュータントか何かなの? 瑠偉が聞きあてた川って、けっこう穏やかな流れの川で、せせらぎの音なんてほとんどないはずの場所なんだぞ? それも一キロも離れているんだぞ? 普通絶対聞こえないんだぞ?」
そんな風に驚く俺に首をかしげながら、瑠訊は平然とこう答えてくれた。
「みゅ、みゅー? それが何かは知らないけど、瑠偉なら山一つ向うの村の火が薪をもやす音だって聞き取れるよ? この前それで隣村の火事のことを誰よりも早く知っていたし」
「…………………………」
そんな瑠訊の言葉を聞いて俺は思わずこう思う、
「瑠偉を捨てたっていうお前らの両親……ホント見る目無いな」
「だろ!? あんな可愛い妹を捨てるなんて……ホントあのバカどもめっ!!」
「親をそんな風に言っちゃいけません」
倫理的な意味で一応そう忠告した俺だったが、内心では瑠訊に同意だった。
(春王朝の激動の戦乱時代……。これほど優秀なレーダー役の才能が認知されたら、それこそ英雄の一人に数えられただろうに……)
内心で惜しいことしたかな……。と、ちょっとだけ後悔を覚えた俺だったが、
「兄さん? どうしたんですか?」
「ん? あぁ、ゴメン。賢者の石と話していて。すぐ進む」
「おっと、悪いな瑠偉」
森の探検が楽しくなったのか、ほんの少しだけ自然な笑みを浮かべる瑠偉の顔を見て、やっぱり俺の判断は正しかったと、俺は考え直した。
…†…†…………†…†…
川に到着した。
現在河原近辺の背の高い草――地球の知識にはない植物なので、通称高草と呼んでおく――を瑠訊に刈り取らせているところだ。
「高草の原か……いっそのこと焼き払っちまった方が手っ取り早いんだが」
「物騒なこと言うなよっ!! 火にまかれたらどうするっ!?」
「第一着火用の火も持っていませんし……」
河原にあった丁度いい石に腰かけ、休んでいる瑠偉の膝の上に鎮座された俺は、瑠偉と共にのんびりと瑠訊の働きを眺めながら、今後の生活拠点の建築計画を上げていく。
「といってもなぁ。せっかく見晴らしのいい起伏の少ない平原を拠点に選んだんだから、視界を邪魔する高草は全部刈りたいし。明日明後日に降るってわけでもないが、雨が降るまでにそれなりの形をした家も作りたい。食糧を恒久的に安定して取れるように畑も作って、それを獣に狙われないよう獣除けの柵も……」
「ちょちょちょ、ちょっと待てっ!?」
そんな俺の拠点づくり計画に、慌てた様子で草刈りを止めた瑠訊は目を丸くし、
「お、お前賢者の石なんだよな?」
「ん? そうだが?」
「すごいんだよな? 神様じみた力、何度も使ってるし」
「あたりまえだろ? お前は今まで生きてきた中で、海かち割って隣の島までたどり着くなんて、でたらめなことを実現する存在に会ったことがあるのか?」
「だ、だったらお前……その気になればここの高草全部刈ることも、家建てることも、畑を瞬時に作ることだって……実際、滅茶苦茶簡単だろ!? なんで、さも俺がやらないといけないみたいな口調で語ってんの!?」
そんなことを行ってくる瑠訊の言葉に、俺はようやく瑠訊が何を期待して、こちらを何度もチラチラ見ていたのか気づく。
(あぁ、なるほど……。瑠偉の膝に座りやがってぇええええ!? という、あまり褒められた感情ではない、兄妹という垣根を越えた、独占欲の発露じゃなかったのか)
もう内心ではすっかり瑠訊が禁断の愛に目覚めたと勘違いしていた俺は、納得の声をあげ、
「瑠訊……たとえばお前、俺が一から十まで家も畑も作っちゃって、その後お前が俺を失うことになったとしたらどうする」
「え?」
「そしてその直後嵐がやってきて家倒壊、イェーイ! なんて事態になったらどうする?」
「そんな事態になったらイェーイなんて言わねぇよ!?」
と、率直なツッコミが瑠訊から入るが、騒がしいので無視。何やらその様子に激怒したらしい瑠訊をしり目に、
「つまりそういうことだよ?」
「どういうことだよ!?」
「鈍いな。つまり、俺が万が一事故か何かでいなくなっても、自分で何とかできるように、お前に大概のことは体験させるって言ってんの。そうすりゃお前だっていろいろ不測の事態が起こったら助かるんだぜ?」
これも愛の鞭だよ? と最後に俺がそう締めくくるのを聞いて、瑠訊はしばらくブルブル震えた後、
「お、おまっ……。俺達をだまっ!!」
「あっ! ほらっ!! あんなところに雨雲がっ!!」
「っ!?」
どうやらガチギレしているらしいことを察した俺は、慌てて雨雲の幻影を空に投影。
俺の声につられてそれを見た瑠訊は、泣きそうな顔で何度かその視線を、瑠偉と雨雲の間で往復させる。
最終的に瑠偉を雨にさらすわけにはいかないという気持ちが勝ったのか、
「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! こんなところに来るんじゃなかったぁああああああああああ!!」
いまさらながらの盛大な後悔の声をあげながら、勢いよく高草を刈りだした。
(ふはははははははは! 瑠訊め、まだまだ子供よのう。この程度の幻影すら見抜けぬまま我に歯向おうとは……片腹痛いわっ!!)
なんて好き勝手なことを内心で言いつつ、俺はのんびりと、これからの二人の生活に必要になりそうなものに思考を巡らせるのだった。
…†…†…………†…†…
私たちがこの“れっとう”という土地にやってきて来てから6カ月の月日が経ちました。
私こと瑠偉は、今日もひとりで近くの森を散策し、私たちの糧になるキノコや木の実などを取りに来ました。
来たばかりのころは、盲目の私は《賢者の石》さんに付き添ってもらわないと、この森には来られませんでしたが、今ではすっかりこの森は私の庭。
草木が揺れる音で、その木が食べられる木の実がなっている木か知ることも、
地面から薫る胞子の匂いから、どのあたりにキノコがあるのかを割り出すことも、
たまに遠くから感じられる荒々しい気配を察知し、猛獣の襲撃を回避することも、
すっかりできるようになっていました。
どういうわけか賢者の石さんが「お前の五感は視覚以外頭おかしい……」と言っていましたが、そのあと兄さんが賢者の石さんを叩いて「気にしなくていいよ!」と言っていたので、多分気にすることじゃないんでしょう。
さて、そうこう回想しているうちに、いつの間にか私が下げていた籠は結構重くなっていました。
頃合いでしょう。帰るとします。
慣れた道を一歩一歩、先の杖で確認しながら進んでいくと、私の周りから木々の匂いが消え、流れる川と、掘り返された土と、家から漂っていると思われる火が燃えるにおいを感じることができました。
そして、
「無理っ!! 絶対無理ィイイイイイイイイイイイイイイイ!? 何回斬っても再生するとかどうやって倒せっていうんだよぉおおおおおおおおお!?」
「バカ野郎!! 獣に対してもそんな腑抜けたセリフを言うつもりかっ!! 万が一ここが獣たちに襲撃を受けた場合、それを守るのはお前の腕っぷしだ! そんくらいの土人形くらい一刀両断できるようにしやがれっ!!」
「そしてお前はなんか口調が変わってるしィイイイイイイイイイイイイイ!?」
どうやら賢者の石さんが作った土の動く人形と、今日も訓練をしている兄さんの悲鳴も聞こえました。
(……何やってるんでしょうあの人たち?)
すっかり聞きなれてしまった兄の抗議の怒鳴り声に苦笑をうかべながら、私は家に歩いていきます。
もとは背の高い草だらけだった平原は、兄さんの努力によってすっかり平らな芝生になり、賢者の石さんが与えた知識によって兄さんが四苦八苦しながら作り上げた、“たかゆかしきけんちく”なる私たちの家の周りには、私たち兄弟が食べるに困らない量の作物を作っている、畑もできているそうです。
そして今兄様は、賢者の石さんが作った弓と剣の練習中。
賢者の石さんが「野菜と魚ばかりじゃ栄養が偏るっ!! 猪か鶏を捕まえて家畜にするぞっ!!」と、また“むちゃぶり”をしてきたので、兄様がそのむちゃぶりをかなえるために、獣をとらえるための、狩りと武術の練習をしているのです。
そんな風に、まだまだ何もかも足りない生活ですが、
「おっ! 瑠偉おかえり」
「はぁはぁ……おぉ、大量じゃないか。良くやった瑠偉っ!! ブッ!?」
「誰がよそ見をしていいといったぁああああああああああああ!!」
「お、おれの。唯一の癒しである瑠偉との交流を邪魔しやがって……てめぇ、今日という今日は粉々に粉砕してやるわぁああああああああああ!!」
「やれるもんならやってみろぉおおおおおおおお!!」
土人形を斬り倒し、賢者の石さんにとびかかる五月蠅い兄さんと、それに悪乗りする人の悪い賢者の石さんという、騒がしい家族しかいない生活ですが、
「もう……。怪我だけはしないでくださいね」
私はほんの少しだけ笑っていました。
今の生活が……昔よりもずっと、楽しいから。
全部一人称に改定してみました。何となくこっちの方が書きやすい気がして……。
長い歴史ものになると思うので、展開はできるだけポンポン進めたいと思います。
イメージとしては、《神代》《古代》《平安》《動乱》《大平》《近世》。そして、そのスピンオフとして、それぞれの話の間にその時代のことがどう歴史書に記されているのかを記す《近代》に分けて話を進めていく感じですかね?
ちなみに一言言っておきます……ファンタジーの看板に、偽りはございません!!
ただしそれっぽい要素が出るまでもうちょっとかかるよ?