前座の神話創生秘話
俺――賢者の石は、やたらと豪華な朱色の柱に囲まれた宮殿で、懐かしい顔にあっていた。
「確かにさぁ、確かに王様になれって言ったのは俺だよ? 皇祖神になったら色々と信仰集まりやすいよって言われたから、俺もノリにノッて大和王様に祭り上げるためにいろいろ権能振るったさ!! おかげで俺の霊格はうなぎのぼりだし、最近は左手でも天剣余裕で扱えるくらいになったけどさ……」
「じゃぁ、いいことずくめじゃないか。何が不満だ」
「大いに不満だわっ!! ほんと不満だわっ!! だって、だって、一つの神話体系の最高神が……こんなに忙しいだなんて聞いてねェもん!?」
ギャーギャー泣きわめきながら、俺の祀られている台座に縋り付いてくるのは、この王国……《日ノ本》の神々の頂点に立つ男。
今日も今日とて、人間の信仰によって黄泉と同じように作られた、美しい魂が行く、神々が住む場所=《高草原》より降臨した……瑠訊だ。
いや、今は《流刃》と呼んだ方がいいのだろうか? そっちの方がわかりやすいから、信仰を得やすいってことで、神様化したやつらは軒並み改名したんだった。
岩神なんて、《岩神》って質素な名前から《岩守塚女》なんて名前になってるし。めんどくさいので、こっちは岩守で通しているが。
「だからさぁ! お前もこっち来て俺の高草原の管理手伝ってくれよっ!! ほんと人口増えて困ってんだよ! 雑霊に等しい神様が湧いては消えてを一日単位で繰り返しやがるから、ホンとこっち困ってんだよっ!!」
「と言われてもな……」
さて、なんでその最高神とやらがわざわざ下界に降りてきて、俺に仕事を手伝ってくれと泣きついているのか……。それは生まれて間もないこの国家の不安定さが理由として挙がる。
一応三代程皇家が続いているとはいえ、この国はまだ生まれたばかりの国家だ。いちおう北海道・沖縄 (もどき)を除く、日本の領土のすべてを統治できているとはいえ、さすがに王家の祖神を神として崇めるよう教育するところまではまだ行っていない。
むしろ、平定戦争と呼ばれるあの大戦で、見事逃げのびた獣人たちがこっちも認識していないような秘境に逃げ込み、そこで新たな神様を作っている始末……。
無論、人口を確認し、租税を集めるのは国家維持のためには急務ということは、今の皇家に口を酸っぱくして俺が言い含めてあるので、そういった集落の発見統治も急ピッチで進んでおり、流刃達も力を貸してはいるのだが、何分本島・四国 (もどき)すべてを確認するとなると、いまの交通手段では手が回らないというのが現状だ。
というわけで、そういった感じでまだこちらの神話が浸透していない集落で、いつの間にか作られ、神格化された小さな神々は、知らない間に自分たちの頭上にできていた巨大な神話体系の天界に引き寄せられ、「私神様になったんで~」と、そこの統治者である流刃に挨拶していくのだが……これがまた数が多い。
中には腐敗の神様=《くされ神》なんて、ほんとに信仰を得ているのかどうかすら怪しい、雑霊級の権能しかもたない神様もいる始末だ。
この国の最高神として、流刃にはそれをすべて確認・認識・統轄をする役割が求められているわけだが、幾らなんでも日に数万単位やってくる雑神たちの名前を覚えることは、神である瑠訊にも不可能だった。
というわけで、無限の知識をもち、そのおこぼれとしてスパコン級の記憶力を持つ俺が、高草原には必要だと、こうして週に一回はすがりに来るのだが、
「お前にだってわかってるだろ……。下界だって忙しいんだ」
俺がそう言った瞬間、疲れ切った顔をした、豪奢な冠をかぶった中年男性が、俺が安置されている部屋に入ってきた。
「賢気様。また集落が見つかったそうです……。今度は狸型獣人の……。いちおうこちらの統治はおとなしく受けるといってきているそうですが」
「場所は?」
「亜梨の国(四国に相当する地方)中央の、山脈北側。いちおう地図を描かせましたが……」
「手書きの地図なんてあてにならないって言っただろ……。あとで、《天瞳神社》に命令飛ばして測量させろ」
「そちらはもう手配済みで……。ですが、どうやら近くの森に祟り神がいるらしく、そちらの討伐を頼まれたようで……」
「大人しく従うなんて珍しいと思ったらこれだ……。俺たちの武力を当てにしての支配入りだな……。まぁ、願ったりかなったりだが……めんどうな」
「どうします? 主力は都の守護に残しておかねばなりませんし……。遠征軍は、ほかの地方で見つかった祟り神討伐ですべて出払っております」
「《仏来》……仏来武霆命に頭を下げるか。あそこ、武神であるあいつの加護を受けて、結構強力な戦闘神術を使う神職がつめてたよな?」
「狩りと演武が奉納に入っている神社ですからね……。わかりました。神議長には勅命を。あと……」
「なんだ?」
「私の執務室の書類の山が100を超えたのですが……」
「知らん、自分でどうにかしろ……」
「うぅ……。わかりました……」
ぐったりとした様子で部屋から出ていく男を呆然と見つめていた流刃は、ちょっと信じがたいものを見るような目で俺を見つめ、
「あれ……俺の曾孫ぐらいのやつだったよな?」
「えっと、大和が息子で、英伸が孫で、いまの昇李で曾孫だな」
「え、つまりあいつ皇帝だよね?」
「神皇な? 皇帝を名乗っていいのは大陸の、お前らがいた大国の方だけ」
「んなもんどうだっていいわ。それより、なんでその神皇がなんであんなにこき使われてんの?」
「どこの王国だって、始まりはだいたいこんなもんだ……」
というわけで。と、俺はにこやかな笑みを浮かべ(石だから(以下略))、
「お前を手伝ってやるような余裕はない。易もない愚痴を言いに来たんだったら、さっさと高草原にかえれ、最高神」
「いや、んな殺生なっ!? というか、普通は天地創造したってことになってる、お前が最高神だろうがっ!!」
「いやいや。俺のようなただの石ころが神様だなんて……そんな恐れ多い」
「都合のいい時ばっかり石ころになりやがって!?」
「そっちこそ、都合のいい時ばっかり神様扱いしやがって!!」
ギャーギャー俺と瑠訊が言いあっている間に、天井から光が降ってきた。
「って、やっぱり兄様ここにいたんですねッ!!」
「ゲッ!? 流慰!?」
降りてきたのは、瑠偉人と同じように神格化され、若い姿になった瑠偉=流慰。
どうやら仕事を押し付けられたらしく、光を映さない瞳には烈火のごとき怒りが宿っていた。
その後ろには、流刃逃走の隠ぺいでもしていたと思われる大風彦から名前が変わり《国常大上彦命》になった、大上彦が、申し訳なさそうな顔で流刃に頭を下げながら、自分の神器である天崩海人矛を、瞬時に召喚し構えた。
「る、流慰さ~ん……。さすがにそれは洒落にならないんじゃないかと……」
「つか、一応封印かけて神社に奉納した物品を、神様権限であっさり取り出すのやめてくれないか? 戻すの誰だと思ってんだ……」
冷や汗を流す流刃を見捨てる方向で動きながら、俺は一応下界在住の神としての苦情を言っておく。
「あ、申し訳ありません賢者様。すぐこのバカ兄つれて帰りますので」
「まぁ、それはいいけど……。お前神様になって口悪くなったな」
「だ、だって兄さんが『お前なんでも見れるんだから、神様だって見えるよな?』とかいって、一万柱近い神様の整理押し付けたりするからっ!!」
「そんなに押し付けたのかっ!?」
「ち、違う!! ほんの九千九百八十三柱ぐらいだ!!」
「「似たようなもんだろっ!?」」
俺と大上彦のダブルツッコミを食らった流刃は、キレた流慰に脅迫され大人しく高草原に連行されていった……。
…†…†…………†…†…
「とはいえ、いつまでも放置ってわけにもいかんよな……」
「ですね……」
その夜、結局今の日ノ本の神皇――昇李神皇に泣きつかれた俺は、神術で作り出した土人形ならぬ、岩人形を使い書類整理を手伝っていた。
その書類のほとんどが、新たに見つかった村落や種族たちに行っている、支配下入りへの勧誘の進捗状況。
そして、支配下入りを断られ戦争一歩手前までいっている集落が提言した、配下に入れない理由だった。
「《先祖の恩。平定戦争で焼きだされた自分たちを、救ってくださった神を捨てることはできない》か……。べつに配下に入ったからって、そいつらをうちの神話体系で揉みつぶすつもりなんて毛頭無いんだが」
「八百万の神がいると、うちの神話では定義しましたからね……。賢気様がそちらの方がいいとおっしゃったので……。とはいえ、それもこの都の設立に尽力した、一部貴族達に伝わっているだけで、秘境入りしている集落にそのことを伝えても、なかなか信じてもらえず……」
「……そうだな。どうすれば信じてくれるかな……」
俺と、昇李がそんな会話を交わしながら、いまだに膨れ上がり続ける書類にため息をついたときだった。
『目覚めよ……今こそ、その時』
何やら胡散臭い声が、俺と昇李の脳内に響き渡ってきた。
「「…………………………………」」
思わず無言になる俺たち二人。なぜならその声は、俺たちがよく知る人物からの、神託通信だったからだ。
『今こそ勅令をだし、神話を書に記す時。賢者の石より与えられた《紙》の普及により、書物が発展を遂げた今こそ、われわれの神話を書に記し、後世に残すのです……。そして、その書物を各集落に見せて配れば、きっと彼らも我々が本気でこの神話の通りの行いをすると分かってくれます。安心なさい……手間はかかりません。最近になって私が大和の記憶から発掘した、大和が昔描いた滅茶苦茶かっこいい記録を使えば、きっと素晴らしい神話が』
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その途中で、凄まじい怒号を上げて部屋の中に飛び込んでくる老人が一人。
というか大和だった。そして、声の主は彼より一足先に高草原入りを果たした、龍神姫こと断冥尾龍毘売だ。
「お、おまっ!? わしがせっかく丹精込めて焼き滅ぼしたあの記憶をっ!?」
『お焚き上げされたのでひろって、書物に書き起こしておきました~。現在こっちを訪ねてきた神様たちにも配布しています』
「やめてくれぇえええええええええええええ!? わ、わしの黒歴史!? 返せっ!? 返してくれっ!?」
悲鳴を上げてのた打ち回る老人大和。歳くっても元気なのはいいことだが、書類の山が崩れるので、隠居ジジイは本気でどっかいってほしい、俺と昇李だった。
とはいえ、断冥尾龍毘売こと《龍姫》の婆さんの提案は意外と面白い。
確かに、いま出ている問題はこっちの支配の正当性を主張する神話が、まだ国に伝播していないのが原因だ。
だったら、王宮でそれを記した書物を作り、きちんとその内容を広めれば、こちらの統治体制の本質や、やり方もわかってもらえるし……なにより、これが《神》だという基準が民間に広まり、雑霊に近いような力しかもたない存在が、無限に湧いては消えるなどという現状は打破できるはずだ。
まぁ、その神ではない何かが、今度はいったい何として扱われるのかという問題は残るが、少なくとも瑠訊の負担は軽減できる。
「やるか?」
「いまならお爺様の知恵も借りれるようですし……。今のうちにやっちゃいますか?」
「お、おぬしら……こんなか弱い老人を虐めて何が楽しいんじゃ!?」
「「か弱い老人は、自分の黒歴史を聞いて元気にのた打ち回ったりしない」」
『やった! これで大和の偉大な話が国中に広まることになるのねっ!! 私の願いが一つ叶いました』
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
大和の悲鳴を完全に無視し、俺たちはこの計画を実行するために、書類仕事そっちのけで計画の細部を詰めていくのだった。
…†…†…………†…†…
こうして、
「ここの記述はやはり、大和様の活躍をより詳細に詳しく描いた方が……」
「だがしかし、一番活躍したのは皇祖神である流刃様だ!! その活躍をないがしろにしてまでそこの記述は増やすべきでは……」
「いいや、大和様もきっと崩御なされば、神格として高草原に迎え入れられるはず! だとするなら、もはや生きている頃の姿を知るものが少ない瑠訊様よりも、まだみなが知っている大和様と立てた方が!!」
「黄泉の扱いに関してはどうします? あそこの女神さまも一応皇祖神では……」
「だがしかし黄泉というのはいささか……」
「そこはそのうち高草原に召し上げられたという記述を描けば。流刃様からも『大丈夫。近いうちに助け出すから』と、自信満々の神託をいただいている!!」
「いや、それたぶん単なる願望だと……」
「大上彦様の扱いもどうするか迷いますぞ!!」
「やはり、こちらは土着の方だからな……。流刃様たちが従えたというはっきりとわかる記述にかえた方が……」
という、喧々諤々とした議論が宮殿でぶつけられることとなった。
都にいた達筆な連中と、知識人。そして、神話の時代を生きた老人たちを一堂に会し、日ノ本最古の歴史書――俺の名前から取って『明石記』と名付けられた書物の制作が始まったからだ。
その際、ちょっとした流刃の説教を食らいお蔵入りになった『天剣神征』や、俺たち日ノ本神話体系がこの国をつくる前の信仰を残すため作られた『日ノ本異霊譚』なども出来上がり、これを都で発展しつつある神術使い達に頼みこみ、増刷。各地へと配布することとなった。
ちなみに余談ではあるが……ついでとばかりに、白熱した捏造物語議論の末出来上がった、黒歴史の宝庫。日ノ本最古の創作物語である、『神代武霊紀』なるものが出来上がってしまったが、結局世に出すことにしたのは明石記と日ノ本異霊譚だけであった。
なんでかって?
徹夜テンションで出来上がった中二物語なんぞ、人様に読ませられるかっ!
…†…†…………†…†…
ちなみに、その時大和はどうしていたかというと、
「たわけぇ!! ここは、むしろ動かず剣をふるうだけで敵を圧倒した方が、王者としての風格がじゃなっ!! そして、最後の敵になってようやく動くことで、敵の圧倒的強大さというものが表現できる……」
最後まで反対していた割に、いざ作り出すと、意外とノリノリで神話づくりに協力していたことをここに記す。
*日ノ本異霊譚=日ノ本最古の説話集とされており、日ノ本神話体系では存在を確認されていない、多数の古代儀礼や、神格の偉業が記されている。
主に明石記の日ノ本神話と相応させ、ここで記されている神が明石記ではどう扱っているかという、実例を上げるという手段のために使われていたらしいが、古代呪術の術式も載っていたことから、後々に生まれてくる無数の呪術の、もととなった書物として、今の研究では取り上げられることが多い。
*神代武霊紀=長年皇家に封印されていた、もう一つの歴史書として有名な書物。日ノ本の裏の歴史がすべて記されているらしい……。
動乱の時代いちど崩壊した、皇家の王宮から発見されたのだが、あまりの難解さに当時の発見者が読了をあきらめ、再び封印されていた。
現在その発見者の子孫から研究を依頼され、とある大学での解読が進んでいるが、記載されている物語をそのまま信じるとするならば、神代の時代に日ノ本の地形が五回ほど変わったことになるので、信じるわけにはいかない。
きっと何らかの暗号が潜んでいるのだとされているが、現在もまだその暗号の解読は果たされていない……。




