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明石閑話・夜海黄泉帰り悲話 其之三

 俺――瑠訊は、真っ暗な道をたった一人、自分の直感を頼りに進む。

 

 あらゆるものが見えない暗闇の中。その中で唯一確かな存在は、俺の右手が感じ取っている夜海の温かい手の感触だけ。


 そんな極限状態の中、俺は創造神が作った試練を受けていた。




…†…†…………†…†…




『やはりこういうのは、古式ゆかしい伝統にのっとりましょう』


 俺が試練を与えろと言った創造神は、はっきりとした喜色が浮かんだ声でそうつぶやき、わずかながらに見えていた黄泉の景色を、完全に真っ暗にしてしまった。


「きゃっ!?」


「なにっ!?」


 驚く俺たちをしり目に、女神の試練は粛々と続く。


 お互いの姿が見えなくなった俺たちが慌て、お互いの姿を探しかけた瞬間、俺の手に温かい手の感触が与えられた。


「夜海っ!!」


 その手が瞬時に夜海のものだと分かった俺は、決してはぐれないように力強く、その手を握り締める。


 その様子を創造神は見ていたのか、感嘆の吐息をもらし、


『まさか、自分の直感を微塵も疑わないとは……。自信過剰ですね……。それでも当てているのは凄いですが。そうです。今あなたが握りしめているものは、あなたの妻の手です』


 創造神はそう言った後、一瞬だけはるか彼方を光らせ、俺に指標を与える。


『あの光が見えた方向が、あなた方が帰ろうとしている地上=現世です。あなたはその妻の手を引き、まっすぐに現世へと向かって帰りなさい』


「……それが、試練?」


 なんだかえらく簡単だな? と、驚く俺に対し、創造神は不気味な笑い声を発しながら、説明を続けた。


『ただし、一つ条件が』


「条件?」


『えぇ。歩き出してからは、決してあなたは振り返ってはいけないということ。たとえ後ろで何があっても、手を引いている妻から何を言われようとも、あなたは決して振り返ってはならない……』


「………………………………………」


 不吉すぎる創造神からの台詞の意味を、この時の俺はまだ理解していなかった。


「それだけか?」


『えぇ。それだけです』


「簡単だな?」


『そうですか? とある世界では鉄板ネタなのですが?』


 創造神は最後にそう言って、


『では、試練を始めましょう。せいぜい失敗することをお祈りしていますよ』


 それだけ言って、話しかけるのをやめた。


 しばらく経っても創造神の言葉がないことを確認した俺は、自分の記憶を頼りに光が見えた方向を向く。


「じゃぁ行くか、夜海」


「…………………」


 返事がない。どうしたんだ? と、俺は思わず振り返りかけ、


 ギュッ……!! と、俺の手が夜海の手に、強く握りしめられたのに気づき、慌てて止める。


 何らかの事情で発声を封じられたのか、夜海はどうやら声を発せない状態にあるらしい。だが、不安になった俺が振り返ろうとするのを、彼女は何とか手を握り締めることによって止めた。


(あぶねぇ)


 冷や汗を流しながら、俺は再確認する。


 この創造神の陰険な試練の本質を。


 人間だったころの感覚を利用した、女神からの妨害。


 それをすべてはねのけて、俺は前を向き続けなければならない。


(簡単だって? 冗談じゃない……)


 今回はこの程度で済んだが、いったいこれから先どのような妨害が入るのか……俺は戦慄しながら、歩を進める。




…†…†…………†…†…




 それからは凄まじい妨害が続いた。




 夜海の手を引く腕に、まるで刃物で刺されたかのような痛みが走る。


 歯を食いしばり、まっすぐ進んだ。


『父上っ!! 父上っ!! 助けてっ……助けてぇ!!』と、背後から大和の悲鳴が聞こえた。


 無視する。大和は俺より立派になった。俺に助けを求めるようなことはしない。


『た、大変です瑠訊様っ!! 賢者の石様が、人間の姿にっ!?』


「何それみたいっ!?」


 あ、危なかった……本気でちょっと振り返りそうだった……。




 そんな風に、創造神はまやかしの声を、まやかしの痛みを俺に与え、俺を責めたてる。


 だが、俺はその妨害を何とか歯を食いしばり退け、まっすぐ……まっすぐに、足を進めていく。


 その手に、夜海の手があったから。


 夜海は確かに俺の後ろをついていて、俺に助けてほしいと願っているから。


 だから俺は、他のすべてを捨ててでも、前を向き続けた。


 だが、


「いやぁっ!!」


「っ!?」


 すぐ後ろから、夜海の悲鳴が聞こえてきたときには、流石の俺も固まった。


「離して!! 離してっ!!」


 手を握り締める力が一瞬強くなる。だが、俺にはそれが、振り返るなという警告なのか、何か異常な事態が起こったが故の、救助要請なのかがわからなかった。


 そう。それ程この悲鳴は、俺の耳をもってしても夜海の声にしか聞こえなかった。


「創造神っ!!」


 この世のすべてを作った神の面目躍如といったところか……。創造神は夜海と全く同じ声を、完全に作り出してしまっていた。


 判断に迷う。足が止まる。


 だが、その間にも夜海の悲鳴は続いた。


「いたい! いたいっ!! 刺さないでっ……刺さないでっ」


「ごめんなさい……。ごめんなさい……。黄泉に残るからっ。もう、黄泉に残るからっ!!」


「やだっ。瑠訊様……てをっ、手を離してっ!!」


 必死に俺から離れようとする夜海の声。その声真に迫るもので、俺からしても本気で言っているようにしか聞こえない。


 無論創造神の詐欺である可能性の方が高い。おそらく十中八九そうだろう。


 だが、もしもこれが本当に夜海の悲鳴だったとするなら、俺は今すぐにでも振り返り、夜海の手を離し、天剣をとり彼女に危害を与えている存在を斬り捨てなければならない。


(どうする?)


 自問自答の時間が続く。究極の二択に喉が干上がる。


 そして、


「ごめん……夜海」


 俺は決断を下した。




…†…†…………†…†…




 彼女の手をひき、前に進む。


「どうしてっ!! どうしてぇっ!!」


 涙交じりの夜海の悲鳴を、俺は必死に無視する。


「許さない許さない許さない許さないッ!!」


「私にもっと苦しめというのっ!!」


「私はもういいって言ったじゃないッ!!」


「痛いのっ……痛いのっ……もう、もうゆるしてぇ……」


「手を……離してくださいっ!!」


 瞬間、何かに噛みつかれるような激痛が俺の手に走った。


 味わいなれた感触。夜海に噛みつかれたあの感触だ。だが、かかる力はあの時の比ではない。


 激痛が走る。食いちぎられたかのような錯覚すら覚えた。


 だが、それでも俺はまっすぐ進んだ。


「ゴメン……ゴメン夜海。見分けがつかない、情けない俺で、本当にゴメン」


 俺は泣きながら、夜海の悲鳴に必死に謝罪しつつ前に進む。


「でも、俺はお前にいてほしいから……。お前のそばにいたいから……だから」


 俺のために……苦しんでくれ。血を吐くような思いでそう言った俺の目の前に、


「っ!?」


 光があふれる。


 出口だ。


「ついたぞっ!!」


 歓声を上げ、俺は必死に足を速め出口に向かう。


 一刻も早く夜海を日の下に出すために。少しでも夜海の苦痛が短くなるように、俺は夜海の手を引き、必死に黄泉を走り抜け、


 久しぶりに見た、美しい凪いだ三日月型の入り江へとたどり着いた。


「ついたぞっ! 夜海っ!!」


 安心と安堵のため息をつき、俺は夜海の無事を確かめるために振り返る。するとそこには、


「瑠訊……さま?」


 俺と同じように、出口に出たんだと、安堵の笑みを浮かべたまま固まり、黄泉の瘴気によって作られた、細く長い小さな手によって拘束された夜海の姿が、俺の視界に映った。




 景色が砕け散る。


 まだまだ続く真っ暗な世界が、俺の目の前に再出現する。


「あ、あぁ!!」


 その瞬間、俺は二つのことに気付いた。


 さっきまで見ていた出口の景色が、創造神が作り出した本物と見分けがつかない、幻術であったということ。


 そして、俺が夜海の救出に、失敗したということだ。


『言ったでしょう?』


 俺の耳朶を創造神の冷たい言葉が叩く。


『私の試練は、易く(・・)はないって』


 瞬間、俺が握っていた夜海の手が、凄まじい力で引っ張られる。


 瘴気の腕たちが、彼女をもといた場所に戻そうと蠢動を開始した!!




…†…†…………†…†…




 ギリギリと、凄まじい力で引っ張られる瘴気の腕たちに抗いながら、俺は慣れない左手を使い天剣をふるった。


「離しやがれ、お前らぁああああああああああああああああ!!」


 怒号と共に瘴気で作られた腕たちを切り払い、夜海の拘束をほどこうとするが、何分利き腕ではない左手での奮闘だ。なかなか思うように天剣をふるえず、瘴気に腕たちは次々と現れ、夜海の体にたかっていく。


『何をしているのです? あなたは試練に失敗した。早くその手を離しなさい……そういう契約のはずです』


「ふざけんなっ!! ふざけんなぁっ!! あんな……あんなだまし討ちをしやがって、お前はそれでも創造神かっ!!」


『言ったはずです。創造神としては、この世界に黄泉の女神は必要と判断したと。子供として親である私にあなたが縋ったから、今回の試練はそれに答えただけで、決して私の本意ではないと』


 それに。と、創造神はそこで言葉を切り、


『子供が親に勝つなど……百年早いですよ?』


「っ!?」


 気が付いたときには、俺の心臓は黄泉の瘴気で作られた刃によって貫かれていた。


「瑠訊様っ!!」


 夜海の顔から血の気が引き、悲鳴が上がる。


 幸いなことにこの体は霊力の塊だ。心臓を貫かれても致命傷にはならない。だが、瘴気の呪いが俺の体に入ったのか、体からは急激に力が抜けていく。


「ぐああああああ!!」


 それでも俺は、縋るように必死に夜海の手を握るが、瘴気の腕たちに抗う力は残されていなかった。


 ずるずると、俺の体ごと夜海を引きずる瘴気の腕たち。


 このままでは、夜海はまた黄泉の宮殿にとらえられる。


 俺がそう絶望しかけたときだった。


『っ!? なんですかっ!?』


 突然上がる創造神の悲鳴と共に、何かが瘴気の腕に食いついていた。


 ぎょろりとした瞳に、膨れ上がった腹。今にも折れそうな細い手足。


 12人の餓鬼が、久々に食いでがある食料を見つけたといわんばかりに、黄泉の瘴気を食らっていた。


「あなたたちっ……!!」


 次々と食い尽くされていく瘴気の腕。それにより一時的に拘束が弱まった、夜海の体の後退が止まる。


 それを見て餓鬼たちは笑った。


「俺たちにできるのはこのくらいです、女神よ」


「我々の罪を、引き受け、清めてくれたあなたには感謝しているのです……」


『なればこそ……ほんの少しの恩返しを!!』


 そう言って、次々と瘴気を食らっていく餓鬼たち。


 だが、さすがの彼らもこれだけの量の瘴気を食い尽くせるわけではないのか、黄泉の瘴気はいまだに健在だ。


 おそらく、その瘴気はまた腕になって夜海を拘束するのだろう。そうなれば、餓鬼たちの援護をもってしても、次は夜海を奪われる。


 これはほんの時間稼ぎなのだろう。ほんのちょっとした、最後の別れを作るための時間稼ぎ。


 それがわかっていた俺は、歯を食いしばりながら膝をつき、悲しげに笑う夜海を見上げた。




…†…†…………†…†…




「すまん……。俺が失敗したばかりに」


「いいえ、瑠訊様……あなたは頑張ってくださいました」


「すまん……。俺が馬鹿だったばっかりに……」


「いいえ、瑠訊様……あなたの知恵と勇気は、いつだって私の心の支えです」


 情けないことに、俺はその時、謝罪の言葉を口にすることしかできなかった。


 気の利いた言葉も、一番悲しいであろう夜海を、慰める言葉も見つけられなかった。


 そんな情けない俺を、夜海は悲しそうではあったが、温かい言葉で励ましてくれた。


 俺はその恩に何も返してやれないのに。


 また、何もないこの黄泉に残ってくれと、彼女に言うことしかできないのに……。


「くそっ……くそぉっ!!」


「自分を責めないでください……。瑠訊様。あなたはよくやってくださいました」


 彼女は優しくそう言ってくれた。


 だが、俺は納得ができなかった。


「なんでだよぉっ!!」


「っ!!」


 思わず情けない自分への怒声と共に、


「なんで、もっと頑張れって言ってくれないんだっ!!」


 全部諦めたかのように、俺に頼ってくれない夜海に詰問してしまった。


「黄泉なんか全部、斬り祓って……。創造神の干渉なんかはねのけて……私を助けてくれって、どうして言ってくれない? 俺が、そんなに頼りなく見えるのか……」


「……………………………………………………」


「夜海……俺は、失敗した今でもお前を諦められない。お前にこんなつらい場所じゃなくて、地上で笑っていてほしい。俺の隣でなくてもいいから、お前に地上に帰ってきてほしいんだっ!!」


 優しいのは夜海のいいところだと俺は思う。何度も俺はその優しさに救われた。


 結婚して、出産するまでの短い間だったけど……俺は優しい彼女を愛していたんだ。


 でも、この時ばかりは違った。


 俺を罵ってほしかった。もっと頑張れと怒鳴ってほしかった。どうして助けてくれないんだと怒ってほしかった。


 そうすれば俺は、夜海が絶対ここから連れ出してくれる存在だと信じてくれれば……俺はっ!!


「きっとこの世界を、斬り裂いて見せるからっ!!」


 俺のその絶叫に、夜海は、


「……バカ、ですね。瑠訊様は」


 涙を流しながら、


「私だって……温かい地上で、優しいあなたと一緒に、居たいに決まってるじゃないですかっ!!」


 ようやく、そう言ってくれた。


 その言葉を聞いた瞬間、俺は覚悟を決めた。


「そうか……」


 それが聞けたら十分だと。俺は、左手で天剣をもちなおし、


「なら、俺は世界を切り裂いて見せる……!!」


 右腕を、斬り落とした。




…†…†…………†…†…




 驚き、目を見開く夜海を見つめながら、俺はボトリと落ちた右腕を見つめながら、小さく笑みを浮かべる。


 やはり、体が霊力で構成されているがゆえに出血はない。断面はどういうわけか光によって覆われ、えぐい出血シーンを、夜海に見せずに済んでいた。


「る、瑠訊様っ!? 何をしているんですかっ!!」


 だが、あまりの衝撃映像に流石の夜海も涙が引っ込んだのか、彼女は慌てた様子で俺に駆け寄ろうとして、黄泉の瘴気にとらえられていたことを思い出す。


「っ!? 離してっ!!」


 自分が連れて行かれそうになっているときも言わなかったその言葉を、俺のためにあっさりと口にしてくれた夜海に笑いながら、俺は左手でその右腕に触れる。


「夜海のことを頼んだ……」


 そう言った瞬間、俺の思念に答えてくれたのか、俺の右腕は質素なヒスイの首飾りに変わり、夜海の首にかかった。


 その首飾りは俺の霊力によって作られた俺自身。俺がいない間、せめて夜海を守ってくれと願いを込めて作りだした、守りの神器。


 そして、時が来れば俺の力に呼応して、黄泉の壁を内側から貫いてくれる、俺の剣でもある。


 夜海もそれに気付いたのか、気遣わしげにその首飾りに触れながらも、こちらを案じるような視線を送ってくる。


「瑠訊様……なんて無茶を!!」


「ゴメン、夜海。でもこうするしかない。あんなこと言ってもらったけど、今の俺には……この世界を切り裂くほどの力はない。お前からの信仰を得られたとしても、やっぱり届かないんだ」


「だ、だったらなおさら私のことなんか放っておいて、右腕を……」


「でもっ、賢者の石が教えてくれたことを信じるなら……神の力は、得られた信仰によって増減する!!」


「!?」


 俺の言葉に息をのみ、夜海は俺が何をするつもりなのかを察してくれた。


「時間がかかるかもしれないけど、俺は……俺を神とあがめてくれる人たちを増やす。もっとたくさんの人たちから、神として……崇められてみせるっ!! この世界を切り裂くほどの力を、絶対得て見せるからっ!! だからそれまで……長くなるとは思うけど……」


 俺のことを……待っていてくれないか?


 俺がそう聞いた瞬間、夜海は涙の痕をぬぐいながら、


「答えなんか、聞くまでもないくせに」


 最高の笑顔を、見せてくれた。


「たとえ幾千幾万の年月が流れようとも……あなたのことを、待っています」


 我が最愛の人よ。


 夜海の最後の言葉はそれだった。


 瞬間、彼女の体は餓鬼ごと、真っ黒な瘴気に覆われ見えなくなり、


 俺はいつの間にか、本物の三日月形の入り江へと放り出されていた。


『まぁ、あなたがやるというのなら……せいぜい頑張ってください』


 チョットだけ罪悪感が見て取れる、創造神の声を聴きながら、俺は疲労のあまり目を閉じた。




…†…†…………†…†…




 どういうわけか、黄泉へと嫁を迎えに言っていた瑠訊が、片腕をなくして帰ってきた。


 やはりあの丸投げ女神が介入したようで、壮絶な試練を潜り抜けてきたようだ。


 だが、その代償は大きいと、俺――賢者の石は、綺麗な肌色の皮膚が見える、瑠訊の右腕があった場所を診察しながら思った。


「やっぱり……。お前の霊力の象徴である剣をふるう腕がなくなったせいで、大幅に霊格が落ちてるぞ?」


「まじで!?」


「まぁ、落ちたって言ってもせいぜいうちの岩神様ランクだが……」


「その基準値に悪意を感じるのですが、他意はないのですよね、賢者の石?」


 否麻が作り出した『神渡し』の神術舞踏によって、何とか集落という遠隔地に顕現できるまでに至った、岩神が、背後から凄まじい怒気をぶつけてくるが、俺は内心冷や汗を流しながらなんとか黙殺。


 背後で否麻と稲納が何とかとりなしてくれているので、それに期待することにしよう。


 瑠訊の話の続きを促す。


「まぁ、おかげで黄泉帰りの箔がついたんじゃないの? 夜海のことは残念だったが……。もう大和たちに『神様になって復活しました~』って言っても気まずくないだろう?」


「あぁ、そういえば当初の目的はそんな感じだったな……。まあ、夜海に関しては残念じゃないさ。まだ始まってすらいないしな」


「というと?」


「賢者の石……。俺達神様の力って、増えたり減ったりするもんなのか?」


「さっきも言ったが、所詮人の信仰によって生まれた存在だからな、神ってやつは。信じる者が増えればそりゃ力も増すし、逆にその神がお前みたいに大幅に頼りなくなっちまったら、霊格は落ちる」


「それを聞いて安心したよ……」


 そして瑠訊は、まるで中年だったころの、しっかりとした覚悟を決めた顔になり、


「俺、もっと神様として強くなる。そして今度こそ、夜海を……黄泉から取り返して見せるっ!!」


 そう言って笑う瑠訊の顔は、どこからどう見ても少年漫画の主人公。きっと彼の行く末には、たくさんのハッピーエンドがあるんだろうと思わせる、そんな笑顔だった。


 そして、そんな瑠訊の目標を後押しするためかのように、ちょうどいいお話が大和にやってきていたのを思い出し、俺は思わず苦笑をうかべた。


(ほんと、龍神姫じゃないけど……こいつを中心に、世界が回っているようにすら、錯覚しちまうな)


 もしかしたら、さすがにやりすぎたと思った、あの丸投げ女神の干渉があったのかもしれん……。と、そんなことを考えながら、


「だとしたらちょうどいい。朗報だ、瑠訊」


「ん?」


「お前が黄泉に行っている間に、獣人たちから使者が来てな。なんでも国を作ったから、大和に国王になってくれってお話だそうだ」


「……え?」


 一般農民からここまで来た瑠訊だが、国王すっ飛ばして神様になってしまった彼は、どうにもその言葉が現実味をもって感じられなかったのだろう。


 間抜けな声をあげて固まる瑠訊に、俺は思わず笑い声を漏らしながら、


「皇祖神って結構信仰集まるぞ? 何せ王様のさらに上の存在だから。そうすりゃ、お前の霊格強化だって割と早くできるかも。といっても、大和自身は『自分はそんな器じゃない』って、断るつもりみたいだが」


 瞬間、俺たちの目の前から瑠訊の姿が消え、


『おいこら大和ぉおおおおおおおおお!! いますぐ国王になれっ!! お前のせいで黄泉がややこしくなって、夜海が苦しんでんだぞっ!! たまには母親孝行しろ、バカ野郎っ!!』


『って、父上っ!? 亡くなられたはずっ!? というか若くなってる上に、右腕どうされたんですかぁああああああああ!?』


 と、大和の居室からギャーギャーワーワー騒がしい声が響き渡り、俺は内心で思わず肩をすくめる。


 そして、無言になった俺を見て、苦笑いを浮かべた岩神と巫女二人は、俺をもって立ち上がってくれた。


「さて、これから忙しくなりますね? 獣人さんたちの都にお引越しですから」


「入り江にあいた穴はどうします?」


「あぁ、岩神……頼める?」


「えぇ。夜海の面倒は引き受けましょう。せいぜい早くに迎えに行ってあげるよう、瑠訊に言いつけておいてください」


 岩神の頼もしい言葉に、圧倒的な安心感を抱きながら、都についてから大和に叩き込むことになるだろう政治の勉強に関して、思考を巡らせるのだった。


ようやく神代編が終わりました。


続いては古代編。世界三大宗教の渡来が主題テーマになるかな?


そう。つまりようやく始まるのです。


隣国・中国モドキとの貿易が……。国名は……いまだ未定!!


 あと、仕事が忙しいので、三日か二日ほど更新が滞るかもしれません……。お許しくださいT―T


魂翻皇玉(たまひるのこうぎょく)=《神宿天剣しんしゅくのあまつるぎ》と《天瞳鏡(あまひとみのかがみ)》に並ぶ、日ノ本最高峰神器である《三種の神器》の一つ。


 神話研究では、すべてを切り払う武力の象徴である天剣と、世界のすべてを見ることができる統治の象徴である天鏡、絶対的な守護を司る翻玉(ひるたま)によって皇族の絶対性を現したのだとされている。


 唯一現存していない神器で、神社に奉納されているのはレプリカだと皇家が公言するという、異常な神器としても知られる。本物は霊依産毘売が持つ首飾りだと、という話だが、さすがにそんな話を学問的に信じるわけにはいかないので、おおかた動乱の時代に紛失したのだろうというのが、現代の学説の主流。


 初出は明石記の黄泉がえり神話。黄泉に堕ち発狂していた霊依産毘売を、流刃天剣主が激闘ののち打ち倒し、彼女を正気に戻すため右腕を切り落とし、その腕を変貌させて作り上げた首飾りだとされている。


 変わり果てた妻をなお愛した流刃天剣主が作り上げたその首飾りは、絶対的な守護を約束し、霊依産毘売が高草原に上るまで、完全に黄泉の瘴気から彼女の体を守ったとされる。


 なお、霊依産毘売が高草原に上がれた理由は、明石記には明記されていない。その部分だけ随分と表現があいまいになっていたので、おそらく皇祖神の一人がいつまでも黄泉にいるのはまずいと思った、明石記編纂者の誰かが創作したのではないかといわれている。


霊依産毘売(たまよるみひめ)》―—(追記)


『明石記』に登場する、皇祖神の一人とされる女神。大和高降尊を産んだ、流刃天剣主の妻である。

 その出自は意外にも定かでなく、明石記には、「海から生まれたこと」、「賢気朱巌命の神気を受けて神となったこと」しか記されていない。


 それゆえ、賢気朱巌命の子とされることもあれば、賢気朱巌命と海神ないしその娘との間に生まれたという説、竜ないし鰐(鮫)の化身とする説もある。

 大和高降尊を産んだ際に死亡したとされ、母性と慈愛を具現化したような性格により、今なお多くの信仰を集めている。


 ただし一方で、明石記神話史上、唯一黄泉に落ちた神としても知られており、そのため、彼女には黄泉の女王としての性格も与えられている。

 明石記によれば、彼女が黄泉の女王となったのは、その慈愛に満ちた性格から、黄泉に落ちた罪人たちを哀れに思い、その魂を浄化する役目を引き受けたためである。


 しかし、母性と慈愛の権化である霊依産毘売にとって、この役目は少々荷が重すぎた。

 耐えきれずに発狂し、黄泉の鬼神を率いる荒御霊に変貌。彼女を黄泉から連れ戻すためにやって来た夫と、一度剣を交えることになる。


 それこそが、明石記の中でも名高い『黄泉がえり神話』であるが、この時流刃天剣主は、妻を正気に戻すため、自らの右腕を切り落とし、翡翠の首飾りに変えた。

 この首飾りこそが、三種の神器の一つとされる、魂翻皇玉(たまひるのこうぎょく)であり、流刃天剣主の分身として、霊依産毘売が黄泉の女王としての役目を終え、高草原に上るまで、彼女を守ったとされる。

                       (にしなさとる様 執筆)

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