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明石閑話・龍神誕生

アクセス数が驚くほど伸びていてビビる……。5倍ぐらいになってた……。


と、とにかく、読んでいただきありがとうございます!!

 断冥尾龍毘売(たちくらおたつひめ)。のちに最高峰龍神として畏れられることとなる、この神の話をしよう。


 初めはただの何も知らぬ矮小な海の蛇であった。


 莫大な力の動きを感じ、自分の両親が長年の住処として愛用していた三日月形の入り江から逃げたことなどしらず、そのウミヘビは生き物が存在しない入り江の中で孵化した。


 初めに彼女が、抱いた自分の住処の感想は、


『広い! これ全部私が使っていいの!?』


 穏やかな波の入り江を、誰も使っていないことへの驚愕。


 そして、それを自由に使えてしまう状況にある、圧倒的優越感だった。


 ウミヘビは喜び勇み、穏やかな入り江で泳ぎの練習をした。


 ふらふらと……流れの穏やかな入り江の中を、行ったり来たり。


 それによって確かにその入り江にほかの生き物がいないことを確認すると、彼女ははしゃぐように全速力で泳ぎ始めた。


 周りから感じられる莫大な力の残滓など、彼女にとっては知ったことではない。


 生まれたときからそういった状況なのだ。むしろそれが自然とさえ思っていた。


 その力が、見る見るうちに彼女の意志に互い、その性質を変貌させていることなど知らず、彼女はただ、生まれてきてよかったと喜びながら自分だけの領土を堪能した。




…†…†…………†…†…




 数か月後。彼女は餓死しかけていた。


 入り江には彼女の食糧となる生き物がおらず、


 入り江の外に出れば、今の彼女では歯が立たない荒々しい流水が、彼女を飲み込もうとする。入り江の外に出たときは、もう二度と、その入り江に帰れない覚悟をしなければならないだろう。


 せっかくの幸運で得られたこの楽園。それを捨てることなど、今の幼い彼女には考えられなかった。


 そのため彼女は、自分の縄張りで食糧をとらえることも、入り江の外に出て食料を調達することもできないでいた。


 幼いが故の無知。幼いがゆえに現状固執。それが今の彼女を苦しめてしまっていた……。


『私ここで死んじゃうのかな?』


 幸いと言っていいのか、入り江に残っていた莫大な力の残滓は、彼女の意志に反応し、彼女の飢えをしのぐ物質(えいよう)に変貌して、彼女に取り込まれている。


 そのため彼女は今まで生きてこられたのだが、そんな不健康な食生活ももはや限界。


 あまりの空腹で目を回しそうになっている彼女の頭上に、


「夜海……安らかに眠ってくれ」


 一艘の船がやってきて、そこから無数の何かがばらまかれた。


『っ!?』


 その光景に彼女は歓喜した。


 それがナニカは分からなかった。だが、恐らくゴミのたぐいであろうと、彼女は思った。


 それがこんな海に捨てられたということは、捨てた人間にとってはいらないものなのだという証なのだから。


 だが、今の彼女にとってそれは重要なことではない。


 いま重要なのは、砂利と海水よりかはよっぽどましな食糧が投入されたという事実。


 自分の頭上に降ってきたそれに、彼女は最後の力を振り絞って食らいつく。


 それは夜海と呼ばれた人物の肋骨であったが、そんなものは今の彼女には関係なかった。今の彼女はそんなことに気を配っていられないほど、切羽詰まっていたのだから。


 そう。彼女にはその骨に残ったわずかな力を気にする余裕などなかった。


 二人の神によって弄られた元サメであった娘の遺骸。その遺骸には、生物の急速進化を促す力が、残り香程度ではあったが、残っていたのだ……。




…†…†…………†…†…




『ん? なにこれ?』


 目覚めた彼女がまず初めに気付いたのは、自分の体に感じる違和感だった。


 力がみなぎっていたうえに、視界がいつもより広い。それに、つい先日まで極楽と堪能していた入江が、昨日より狭くなっている気がするのだ。


『んなバカな。入り江が狭くなるわけないじゃない……』


 大地は動かない。そんな基本的な情報すら知らないはずの、元ウミヘビであった彼女は、どういうわけか自然とそう思考し、身じろぎした。


 瞬間、静かだった入り江が波立ち、荒れる。


『あれ?』


 自分が身じろぎしただけで、そんなことが起こったことは一度もない。


 さすがにこれはおかしいと気付いた彼女は、慌てて水面に顔をだし、


『え?』


 水面に顔を出せたことに愕然とした。


 さらに、だんだん波が収まってきてふたたび凪いできた入江の水面に映る、


『なに……これ?』


 昨日の自分より数倍大きくなっている自身の巨体に、彼女はさらに度肝を抜かれた。


 身の丈三メートル。体の太さは大体直径60センチほどだろうか?


 大蛇。そう言っても差し支えないほどの巨体になった自分の姿に、しばらく固まった彼女は、


『ははっ! そう、神様……あなたは私に世界を統べろと……そう言っているのね?』


 現状を盛大に都合よく解釈したあげく、とてつもなく調子に乗っていた。


 幼い彼女に誰もモノを教える人物がいなかった弊害だ。生まれた瞬間から、自分にとって有利なことしか起きなかったことも起因しているだろう。


 世界は自分の都合のいいように回る。そんなくだらない推論を、本気で信じていた彼女は、こう考えてしまったのだ。


『私のこの変化も、こんな有難い場所から生まれたのも、全部全部神様のおかげ! そしてその神様は、私を絶対守り切って……世界の王になるまで育て上げる気なんだ!!』


どういうわけか頭に入ってしまっている、神というこの世界の絶対上位者が、自分にとてつもない加護を与えたのだとうぬぼれる彼女。


彼女の間違いを正してくれる存在などこの場にはおらず、


『くくっ! ならば話は早いわね。とりあえずは私を殺しかけたあの忌々しい激流の海へと出てみましょう。今の私なら、たやすく攻略することができるハズ……』


 彼女もそんなものを待つつもりもないので、彼女の間違いだらけの世界征服の旅が始まった。




…†…†…………†…†…




 魚を見れば魚を食らい、


 鮫に出会えば鮫を食らう。


 そんな日常を過ごしながら、陸地に沿って北上していた彼女は、北上を続けるに当たり自分の体がどんどん変化していくことに気付いた。


 食らった獲物の、便利そうだと思った体のパーツが、彼女の体に現れ始めたのだ。


 魚たちからは硬質な鱗が。


 鮫たちからはあらゆるものをかみ砕く頑丈な牙と、嗅覚が。


 猛毒生物たちからは、かすっただけで致命傷に至る神経毒が……。


『やはり、私は特別な存在だったようだな。この世の生物の《すべて》を得る権利まで得ているなんて……』


 本当は彼女の体に宿っている霊力が、彼女の羨望と、骨から移った進化の世界改変の残滓を使い、彼女の体を変貌させてしまっただけなのだが、そんなことを知らない彼女は高笑いを海中で漏らしながら北上を続ける。


 向かうところ敵なし。ありとあらゆる生物の体のパーツを手に入れていた彼女は、あまりに強大で、ただの海の生物程度では手も足も出なかった。


『もう、海で私の相手になる生物はいないな。これは私もそろそろ陸地に上がってみるべきかしら?』


 そのため、もはや歯止めがかかることなく肥大し続けた彼女の自信は、とうとう彼女の目を陸上に向けてしまうほど膨れ上がってしまっていた。


 彼女にとって陸上の生活は一種の目標であったのだ。


 飢えて死にかけていた幼い自分に、食糧を与えた存在を、彼女は覚えていたから。


 感謝の意を告げたいと……思ってはいない。


 むしろ逆であった。


 これほどまで偉大な成長を遂げた自分が、一度だけとはいえ他者から施しを受けたという事実が、彼女には我慢ならなくなっていたのだ。


『確かに以前助けてもらったのは事実だが……だからと言って調子に乗ってもらっては困るな。一度陸に上がって、誰が本当のこの世界の君臨者なのか、教え込む必要がある』


 恩を仇で返す気満々の思考をしながら、彼女は一路陸地を目指す。


 そして、


「ん? な、なんだありゃっ!?」


 陸地で釣りをしていたらしい、猫のような耳と尻尾を持つ獣人の男を発見した彼女は、そのまま海から飛び出し、その男の首に食らいついた。


 あふれ出る温かい血という、味わったことのない食材に、彼女はわずかに恍惚としながらその男の肉をむさぼる。


 それによって彼女の頭部からは見る見るうちに鬣が生えてきて、彼女の体を豪奢に飾った。


 そして、彼女が一心不乱に獣人の死骸を食らいつくし、満足ところで周囲に目を向けると……そこには無数のネコ型の獣人たちが、まるで何かを恐ろしいものに出会ったといわんばかりに、ひれ伏していた。


「ひぃっ!? お、お許しください! お許しください!! どうか……命だけは、命だけはお助けをっ!!」


 必死に彼女に懇願する年老いた獣人の姿に、彼女はすっかり食欲がそがれてしまった。


『なんだ、この惰弱な生き物は?』


 そこには彼女が目指した、地上に君臨する者のプライドなど感じられず、彼女は大いに失望した。


 彼女が屈服させると誓ったのは、こんな奴らではなかった……。


『そう。奴らはもっと気高く……もっと強い心をもっていたはずだ』


 何も知らないくせに、勝手に自分にふさわしい敵の偶像を作り上げる彼女。そんな彼女の脳裏では、海に彼女が変貌するきっかけをばらまいた存在が、より巨大に、より尊く、より圧倒的な存在に変わっていく。


『そう……奴らは神に等しい存在だった』


 彼女がそう思考した瞬間だった。


「か、海神様!! どうか命ばかりは!!」


『っ!?』


 年老いた獣人から告げられたその言葉に、彼女は思わず固まった。


「神?」


「は?」


 まさか彼女がしゃべれると思っていなかったのだろう。自分たちの言語で突然話し出した彼女の姿に、年老いた獣人は思わず固まる。


 別にどうということはない。さっき捕食した獣人の男の知識を、彼女は得ていたのだ。


 男の脳が持っていた知識を、進化の術式が一種の進化という形で、彼女の脳に転写していた。


 だから彼女は今、獣人たちの言葉が理解できるし……話すこともできた。


「私が神に見えるのか?」


「う、海を統べる神様ではないので?」


 質問に、質問を返してきたぶしつけな老人を、彼女は尾を一振りするだけで殴殺し、ひれ伏す獣人たちを睥睨。再び質問を繰り返す。


「もう一度問おう。私が神に見えるのか?」


 なんの容赦も呵責もなく殺された老人――長老の姿に、彼に従っていた獣人たちは震えあがり、慌てて返事を返す。


「「「「「はい……。あなた様は神に見えます!!」」」」」


「くくっ……。そうか。私はどうやら大いなる勘違いをしていたらしい」


 そんな獣人たちの返答に満足げに笑い、彼女は再び間違った理解を発展させた。


 神に力を与えられたから、私はここまで偉大な存在になったのではない。私は初めから神! だから私はここまで偉大になったのだ! 事実、私に施しを与えたやつらも神。それくらいでないと釣り合いが取れんしなっ!! と……。


 だから彼女はより傲慢な笑顔を浮かべながら、獣人たちに高らかに告げた。


「そうだ。私が神だ」


「「「「「っ!! ははっ~!!」」」」」


 彼女の返答に一斉にひれ伏す獣人たち。


 その姿に得も言えない満足感を抱きながら、彼女は陸上に上がった記念として高らかに咆哮を上げた。


 それが、この国の龍神の祖であるとされる断冥尾龍毘売(たちくらおたつひめ)の誕生であり、動乱の時代の幕開けでもあった。


 神代に起ったとされる、この国の覇権を巡り神々が争った平定戦争。


 その幕が上がろうとしていた。


断冥尾龍毘売(たちくらおたつひめ)=海底の宮殿《龍宮城》の主であるとされる海神であり国建神。圧倒的力を持つ神とされ、皇祖神・大和高降尊すら苦戦させた龍神でもある。

 平定戦争の時、真っ先に反旗を翻した神として記されているため、霊依産毘売の黄泉の瘴気に匹敵する罪と穢れを持った神とも記されているが、戦乱のさなか《天剣》を得た流刃天剣主によって浄化され、大和高降尊に屈服。忠誠を誓ったと《明石記》記載されている。

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