教訓と教育
最古(psycho)なスパルタ教育……は~じま~るよ~!!
話は変わりますが、友人と常々言いあっていました。
神話って、昔の中二病たちによってつくられた、渾身の力作なんだろうな~。と……。
大和更生計画が実を結ぶことなく、一年の歳月が流れた。
季節は冬が終わった実りの春。瑠訊たちが、各々の術を何とか完成させることができ、行使できるようになったぐらいだった。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!? という、山に響き渡る轟音と共に、事件が起きた。
「っ!? なんだ!?」
「噴火かっ!?」
慌てふためく瑠訊があわてて俺――賢者の石をもって外に飛び出す。
「噴火って……この辺に活火山はないぞ?」
「じゃ、じゃぁいったい!?」
あの衝撃はなんだ!? と、瑠訊が問いながら外に出ると、
「……」
目の前に広がっていた山の一つが、形を変えていた。まるで漫画の超火力砲撃を食らったかのように、山の一部が円形にえぐり取られてしまっていたのだ。
「……え?」
あまりの異常事態に、ちょっと声が出ない感じの瑠訊。当然彼に持たれた俺も、人間の口があればあんぐりとあけていたであろうその光景に、思わずそう言わずにはいられなかった。
そんな風に間抜けな姿をさらしてしまった俺たちに、
「ふははははははははははは! 起きたか瑠訊の神よっ!」
「っ!?」
何やら矢鱈幼い声の高笑いが聞こえてきた。
「とうとう我は目覚めたのだ……。黄泉に落ちた母の血と私の心臓が究極融合を果たし、わが身の内に眠る《大妖蛇・七首神食大蛇》の力が目覚めてしまったのだ! だが安心めされよ、瑠訊の神。私も神の一柱。冥府の瘴気から生まれた大蛇になどに屈しはしない!! 私は昨夜のうちに、少しでも父たちに近づけるよう神術を覚え、見事大蛇を外に出しあの山で討ち果たしたのだっ!! 多少山の地形が変わってしまったが、神である私がやったことだから問題なし!! いや、むしろ神だからこそ許されるっ!! 誇ってくれていいぞ、瑠訊の神! 討ち果たした大蛇は再び私の元に戻り、服従を誓いました。つまりあなたの息子は、地上の神である力と、冥府の神である力を手に入れたのですからっ!!」
「「………………………………」」
何やら矢鱈と痛々しいことを言って、高笑いをする大和君。
とりあえずわかったことを抽出するなら、「覚えたての神術で、山削っちゃいました……」言っているらしいが、それ以外の言葉の理解はちょっと俺としてはしんどいので、したくない気分だった。
とにかく。一つだけわかったことは、
「あ、悪化してやがるゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!?」
瑠訊がそんな悲鳴をあげちゃうくらいに、大和の中二病が末期段階に突入してしまったということだろう。
…†…†…………†…†…
「どーすんだよおい……」
それから一週間後。まだ日が高いお昼くらい。
ひとまず自分たちの仕事を終えた瑠訊たちは、頭を抱えて再び分々家に集まり、大和の更生計画を話し合っていた。
術を覚えた大和は、もうちょっとテンションがつねにハイになってしまうギアを入れてしまったらしく、いまも高笑いをしながら森の中で狩りをしている。
「あぁ……どうしたもんか」
「賢者の石でもちょっと対応がわからんか……」
さすがに山を一つ削られるような事態になっては、瑠訊たちも自分たちでやるといっていられる状態ではないと悟ったのか、俺に応援を求めてきた。だが、俺が考えているのは、大和の中二病を治す方法ではなく、
「《術》なんて単純な名前よりも、確かに《神術》っていう方がかっこいいな。後々出てくるだろう独自の呪術との差別化も図れるし……。いいなぁ、神術。これからは術のことはそう呼ぼう」
「そんなどうでもいいこと考えてたのかっ!?」
瑠訊がものすごく怒ってきた……。俺としては、この会議も十分どうでもいいと思うけどな。
「いいじゃないかべつに。ガキだったらいつかは通る道なんだからさ。その内、歳とったら勝手に覚めるって。ほっとけほっとけ。大和君は健全に発育中ですよ? それに山の地形を変えるほどの出力をだせる神術操れるなんて、すごいじゃないか。将来有望ですよ?」
「だ、だが山を削るようなことはさすがにやりすぎだっ!!」
「もう二度とやるなって怒ったら、泣きながら『ハイ』って言っただろ? いいじゃないか。そっちに関してはちゃんと反省しているみたいだし……。岩神からも直々に叱責されたから、絶対やらないって言っていたろ? いや、まぁ、あの時の岩神の激怒っぷりを見てたらそう言うしかないんだけどさ……」
きれいな笑顔の上で、額にとんでもない数の青筋を浮かべていた。どこのバトル漫画だと、思わずツッコミを入れかけたくらいだ。
まぁ、彼女は大地から生まれた神だしな……。わけわからん理由で大地を削られたら、そりゃ怒るわ……。
まぁ、とにかく反省したんなら、それでいいと俺は思っている。確かに山に風穴開けやがった時はさすがの俺も、「なんとかしないと……」とおもったが、口調がやたらと偉そうになっただけで、あとはふつうの大和だった。
怒られれば反省するし、あれ以来派手な術は使っていない。若干ひねくれてしまった、素直ないい子の大和のままだ。
「時が全部解決してくれるさ。いろんな意味で大人になれば、あいつもきっとおとなしくなるって」
「そ、そうかぁ……?」
「子育て初めてのお前たちには、ちょっとわかりにくいかもしれないけどな?」
俺は仮にも始皇帝すら育て上げた賢者の石だぞ? 信じろよ。そう言って俺が笑った時、
「父よっ!! 獲物をとってきたぞ!!」
分々家の外から、そんな大和の元気な声が聞こえてきて、俺は少し笑った。
「ほら。ちゃんと集落のために狩りを成功させてきてるんだし、もうちょっと長い目で見てやれって」
そういって、瑠訊に頼み家から出た俺は、
「…………………………………………」
明らかに殺傷には必要ないと思われる、細やかな傷をいくつも作った、いためつけられた痕跡が見受けられる、動物たちを引きずる大和を目撃した。
「「「「………………………」」」」
俺以外の面々も、その凄絶な景色に思わず絶句していたが、そこはやはり父親なのか、真っ先に再起動を果たした瑠訊が、震える声で大和に尋ねる。
「や、やまと……それは?」
「ん? 獲物だが?」
「いや、そうじゃなくて……。なんでそんな余計な傷がたくさん……」
「ん!? あぁ、それが聞いてくれ父よ。私が直々に狩りに行ってやったというのに、こいつら身の程知らずにも神たる私に襲い掛かってきて、私に泥をつけたのだ! 許しがたい屈辱だったから、散々いたぶって己が罪を悔いさせてやった!!」
そんなことを平然と言ってのける大和に、俺はちょっと今まで出したことがないような静かな声をだし、問いかけた。
落ち着いていたわけじゃない……。
むしろ今まで以上に激怒していた。
「なんでそんなことをした?」
「はぁ? 何を言っている賢者よ! 森の獣など、私たちに食われるしか能がないゴミではないか。それをせっかく私たち神々の森に住まわせてやっているのだから、黙って食われる以外の選択肢をとったら、それは制裁するしかないだろう?」
「ちがう。俺たちは彼らの命を、自分たちの都合で勝手に奪って、勝手に喰らっているだけだ。彼らからすれば俺たちに食われてやる理由もない。本当はもっと生きていたいんだ。だから俺たちは彼らを食する前に《いただきます》といって、謝罪と感謝を告げるんだ」
「はは。何を馬鹿な。私たちの森に住まわせてやっているんだぞ? どうしようと私たちの勝手だろう?」
そう言って高らかに笑う大和の姿が、
『下らんなぁ。俺の懐に入った時点で誰が稼いだ金だろうが、俺の金になったことに違いはないだろう。好きに使って何が悪い?』
そう言って笑う、権力に狂った兎嵐の姿と重なった。
だから俺は激怒した。
あまりに見通しが甘すぎた俺自身に。
もう二度と失敗しないと誓ったくせに、同じ間違いをしかけていた俺自身に。
中二病は時間がたてば治ると思っていたが、それは魔法がない世界でのこと……。この世界では霊力がある。人間のイメージをたやすく具現化してしまうエネルギーが。
中二病が時間がたって治っていくのは、妄想の世界であるようなことは現実にはないと、時がたつごとに思い知っていくからだ。だがこの世界は違う。イメージすればするほど、世界はそのまま歪み、その妄想を実現してしまう。
だから中二病は発症したら、そのまま悪化して進んでしまうんだ。
「矯正しなくてはならない……」
「け、賢者の……?」
俺の低い声が聞こえたのか、瑠訊が顔を真っ青にしながら俺を見つめてきていた。
そんな瑠訊に対して、俺は自分の覚悟を告げる。
「瑠訊……今日から俺がこいつの教育係になる」
「あ、あぁ……」
「あと……」
「な、なんだ!?」
「何が起こっても決して口出しはするな……」
「は、はい……」
あとで聞いた話だが、この時の瑠訊は本気で、大和が俺に殺されるんじゃないかと思っていたらしい。
それくらい、あの時のお前はやばかったと瑠訊は泣きながらそう語った。
…†…†…………†…†…
「はぁ、はぁ、はぁ!!」
僕――大和はそんな荒い息をつきながら暗闇の中を逃げる。
目の前に広がるのは雑草の林。
視界を奪うそれを鬱陶しく思いながら、僕は必死に逃げる。
何かに追われるように、逃げる。
そんな僕の背後からは、奴が来ていた。
「ふははははははは! どこへいった!!」
けたたましい笑い声をあげる悪魔が。
「逃がさんぞ! 疾く俺の食い物となれっ! 獣畜生風情がっ!!」
その声が間近で聞こえたと思った瞬間、
僕の体に無数の刃が食い込み、血を噴出させた。
『いたい!? イタイイタイイタイイタイ!?』
悲鳴を上げ転がる僕に、声がどんどん近づいてくる。
「まったく手こずらせおって……。獣風情が、神たる俺に手間を盗らせるとは……その罪万死に値する!!」
そして、僕の視界に入ったその男の顔は、
「しねっ!!」
ウサギになった僕を虐めて、不気味な笑みを浮かべる人間の僕だった……!!
…†…†…………†…†…
「今ちょうどこのウサギぐらいか?」
「お、おい……。なんかすごいうなされているんだけど……。今にも死にそうな顔してるんだけど!?」
自分の傍らで眠り、悲鳴を上げてのた打ち回る大和の姿に、今にも泣きそうな顔になって俺を見つめる瑠訊。
そんな瑠訊の視線をはねのけ、俺は心を鬼にする。
「黙ってみていろ、瑠訊。兎嵐の時、俺は思い知った……。人の教育には教訓が必要だと。真綿のような、温かみだけが与えられる優しさだけが教育ではない。刃物のような冷たい痛みを伴った教訓もまた教育なのだと」
俺はそんなことを言いながら、目の前に転がるウサギに心の中で手を合わせ、魂の安息を願い世界改変で解体する。
そう。俺は今大和の夢にこのウサギが死ぬ間際の記憶を送り込んでいるのだ。
ウサギだけではない。大和が今日いためつけて殺した動物10頭。そのすべての記憶を、大和の頭に流し込んでいる。
大和があんな凶行に出たのは、自分が絶対君臨者であるという勘違いのほかにも、その動物たちにも自分と同じ意識があるという、想像力がかけていたからだと俺は思っていた。
だからこそ、痛みを……他者の心を考えさせるために、俺は少々手洗い荒療治に挑むことを決意したのだ。
それがこの殺害間際の記憶の追体験である。
「そ、そんなの俺でも耐えられる気がしねぇよ……。お願いだからもうやめてやってよぉおおお!!」
「口を出すなと言ったはずだ。黙ってみていろ」
「で、でもっ!!」
瑠訊があまりに苦しみもだえる大和の姿に、さらに食い下がろうとしたとき、
「ち、父上……」
「大和っ!?」
記憶の追体験が終わったのか、ようやく目を覚ました大和が目を開いた。そして大和は、おれに手によって解体されている、自分が殺した動物たちの姿を見ると同時に、
「あ、あぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴のような泣き声を上げて、その動物たちの死骸にひれ伏す。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! あ、あんなにいたいと思わなくて……あんなにつらいと思わなくて……。ごめん、ごめん……!!」
「やまと……」
泣きながらひれ伏すまともに戻った大和の背中に、瑠訊は泣きながらポンと手を置き慰め、実行犯である俺はシレッとした声で言ってやった。
「わかったか? 自分がどれほど罪深いことをしているのか?」
「はい……」
「だが我々は生きて行かないといけない。植物だけくっていく生活はできない……。これからも同じことを何度も繰り返す」
「はい……」
「だからこそ、俺たちは彼らに苦しみを与え、拷問するようなまねをしてはいけないのだ。わかるな?」
「はい……。賢者様。僕が間違っていました……」
そう言って悔い改める大和の姿に、もう大丈夫だと思った俺は、
「なら、今は休め……」
そういって、大和を深い眠りに落としてやった。
こうして大和更生計画は何とか成就した。
大和は今までの中二病発言と、神様発言をしなくなり、狩りで獲物を狩った時は両手を合わせて彼らの魂の平安を願うようになった。
そしてこの国に初めて生まれた道徳精神――『他人の嫌がることはやらない』が誕生したのだった。
…†…†…………†…†…
が、
「《賢気朱巌命》さまっ。私に神術の鍛錬をお願いしますッ!!」
「………………………」
大和は仰々しい名前を付けて、おれを崇め奉るようになってしまった……。どうやらあの説教がやたらと心に響いたらしい。
「いや、確かに敬意を払ってほしいとは常々言っていたけど……」
さすがにこれは勘弁してほしいと思う俺だった……。
*大妖蛇・七首神食大蛇=明石記に出てくる、神格を持つ大怪異。母である黄泉の女神の瘴気が大和高降尊の心臓を変質させ生まれた怪異だとされている。
その姿は七つの頭を持った大蛇で、吐息は黄泉の瘴気。血液は大地を枯らす猛毒。その気になれば大地にいるすべてを押し流す、大蛇の血の雨を降らせることができる……らしい。
大和高降尊によって討伐され、大和高降尊に黄泉の力を与えているらしい。そのため大和高降尊は聖なる地上の神の力と、邪悪なる黄泉の女神の力を同時に使用することができるうえ、その力を体内で融合することにより、世界の終末すら切り裂く最終奥義《天地開闢》が使えるらしい。
ちなみにこの大蛇伝説が世に広まってしまったとき、どういうわけか大和高降尊の羞恥心のあまり首を吊りかけ、慌てて臣下たちが止めたという不思議なエピソードが残されている。
ちなみになぜ頭が七つなのかというと、心臓から出ている大きな血管が、《上大静脈》《大動脈》《左肺静脈》《左肺動脈》《右肺静脈》《右肺動脈》《下大静脈》の七つだからという賢者の石からの知識が参照された。
ヤマタノオロチとはまったく関係がない怪異である。