神々の名前の始まりと、日本最古の中二病。
私の名前は大和。
神だ!
こう名乗るとなぜか私の周りの神々たちは、とっても痛ましいものを見るような、それでいてどこか生暖かい視線を向けてくるが、彼らはどうしていつも人間だと名乗っているのか、私には理解できなかった。
父である流刃神も、叔母である流慰神も、なぜ私に「神、神っていうのはやめなさい。後で後悔するよ?」と言ってくる。
意味が分からなかった。
私が自分は神だと理解したのは、父と叔母たちが、ほかの生き物では到底できないようなことをしていたからなのに……。
…†…†…………†…†…
窓から差し込む朝日を感じ取り、私は目を覚まし、寝床から起き上がった。
「……」
私には母がいない。私を生んだ時に死んでしまい、黄泉という死者の国に行ったらしい。それはとても悲しいことだと、父の泣きそうな顔で気づき私自身も泣いてしまった。
生んでくれた恩を返す前に母親が死んでいたのだ。悲しいのは当然である。でも、私はそんな母にいずれ恩を返す計画を、すぐに思いついた。神である私は完璧なのだ。このくらい当然。
いずれ私が作る、黄泉よりもすばらしい天上の世界に招待してあげる。それが私の母親孝行。
それを果たすために、まずは父のような立派な神にならないといけない。
そう。
「父~。どこですか?」
家の中を見回してみてもどこにもいない父を捜しに、私が家の外に出た瞬間、土砂を竜巻のように巻き上げる光景が視界いっぱいに広がっている!! なんて景色を、サプライズ代わりに息子にプレゼントできる偉大な神に。
「すごい! 父すごい!!」
やはり父は偉大だった。
そんな風に喜ぶ私の視界の端では、
「ばかっ!? 誰が作物ごと畑をひっくり返せって言ったっ!? って、あぁあああああああああああああ!? もう一つの畑までっ!! てめぇ、また一から開拓になっちまっただろうがぁああああああああ!!」
「だ、だって、これ制御むずかしいっ!?」
父に神の力を与えた賢者様と父が、ものすごい怒鳴り声をあげながら竜巻を止めようとしているように見えたが、きっと勘違いだろう。
…†…†…………†…†…
叔母様である流慰神は、父のような目に見えるすごいところはない。
だが、叔母様はどうやら太陽の目を持っているらしく、見えない人の目になど頼らず、平然と森の中を闊歩しておられる。
「あ、大和? その木の根元に食べられるキノコがありますから、採集お願いしますね?」
「は、はいっ!!」
一緒に採集を手伝いに行った私が、振り向かずに指を使い、いかにも適当・あてずっぽうと言わんばかりの態度で、叔母様が指差された木に向かうと、そこに確かに叔母様が言われたように食べられるキノコがあった。
私が驚きながらもっていくと、叔母様はその気配にすら気づいていたのか、声をかける前に振り返りこちらに籠を差し出してくれた。
「はい。よくできました」
そう言って私の頭を撫でてくる叔母様の手は、感じたことがない、母親の愛情のようなものがこもっている気がした。
…†…†…………†…†…
大上彦叔父様は、オオカミなんて名前を持っているくせに海の狩人だ。
賢者の石殿に怒られる父と、畑の修復をおこない(私を喜ばせるために、父にはずいぶん無茶をさせてしまったらしい……)、叔母様の食料採集を手伝った私は、お昼からは自由に遊んでいいといわれていた。
だから私は、海に漁に出ている大上彦叔父様のところに遊びに来たのだ。
「叔父様!」
「ん? 大和か」
本来陸上の声が聞き取りづらいはずの海中から、見事に私の声を聞き取り、海面からひょっこり顔を出す大上彦叔父様。
その手には真っ赤な顔をしていきり立つタコが握られていたが、叔父様はそれを片手で縊り殺し、とどめを刺した。
あのぬるぬるしている化け物を片手で絞め殺すとは……さすが叔父様!
私が感嘆した顔でキラキラした視線を向けると、叔父様は恥ずかしそうな顔で苦笑いをし、
「また遊びに来たのか?」
「はいっ! 海はいくら見ても飽きないですからね!!」
「危ない毒とか持っている生き物もいるから、十分注意するんだぞ?」
「はい! 叔父上が言った生き物には近づきません!!」
うん。えらいな。と、父よりもはるかに口数が少ない、叔父上がそう言って私の頭を撫でてくれた。
初めて紹介された時には怖い人かなと思っていたのだが、話してみるとただ単に無口なだけで、父に匹敵するほどの優しさと頼りがいを感じて、誇りに思ったものだ。
私には誇れる父と誇れる師がいると。
…†…†…………†…†…
「うにゅ? 大和ちゃんまた勉強に来たの?」
夕方。
浜辺で散々遊んだ私は、父に許可をもらい護衛として賢者の石様を持って岩守様に会いに来た。
父上たちは確かに私の中では偉大なる神々なのだが、どうにも父上たちは自分たちが人間だという勘違いをされているようなので、神としての立ち居振る舞いを学ぶには不適格なのだ。
だからこそ、こうして神である因幡様すら従えてしまう、賢者の石様に匹敵する神――岩守様に神としての教えを学びに来ているのだっ!
だが、因幡様は、どうやら私が岩守様の教えを乞うのはあまりうれしくないようだった。
いつも通り踊りをささげたあと、岩神様に《甘言奉納》――神様に楽しいお話を奉納する儀式だそうだ! さすがは巫女神の因幡様だ!!――をされていた因幡様は、やってきた私を見て困ったような苦笑いを浮かべ、
「いや、あのね、大和ちゃん……。もうそろそろこういったことやめてくれないかな~。岩神様も正直いたたまれないって言ってるし……。後、私たちの呼び方も全体的に違う気がするし……」
「な、なんとっ!? やはり私ではまだ神の立ち居振る舞いは早いと……そういわれたのですかっ!?」
「い、いやそうじゃなくてね?」
「で、ですが因幡さま! 私は早く父上たちのような一人前の神々になりたいのです! ですが私はまだ幼く、神の権能を身につける夜間業に付き合えない。だからこそっ、私は神に立ち居振る舞いだけでも学びたいのですっ!!」
「……」
そんな真摯な私の視線を汲んでくださったのか、
「はぁ……今日だけだよ?」
「ちょ!?」
「っ! ありがとうございますっ!!」
因幡様は優しい笑みを浮かべて、私に教えを受ける許可をくださいました。
因幡様の後ろに隠れておられた岩守様が、なんだか因幡さまのことを「裏切り者っ!?」と言わんばかりに視線で見つめておられたように感じましたが、きっと気のせいですねっ!
「では岩守様っ! 今日もご指導ごべんたちゅ、よろしくお願いします!!」
「「……ぶふっ!!」」
……か、噛んでしまいました。
…†…†…………†…†…
夜。今は否麻が一人で住んでいる分々家に俺たちは集まって、各々俺――賢者の石が考えた《術》の体得のために力を注いでいた。
「うにゅ。どうしたもんかな……」
この世界の大気には不可視の力が満ちている。俺は便宜上それを霊力=魔力と名付け、瑠訊たちにそれが使えるよう、指導をしているのだ。
この霊力、実はかなり汎用性が高いエネルギーのようで、生物の意志を感じ取って、その性質を変貌させる。
たとえば、瑠訊が霊力の存在を認知し「火になれ~火になれ~」と一心不乱に願えば、霊力は火に変貌するのだ。
岩神が神となったのも、霊力のこの性質のおかげだ。
もとより莫大な霊力を浴び続け、人とはけた違いの霊力の干渉力をその身に宿した岩神は、獣たちの畏怖によって偉大なものとしての思考に目覚めたのだ。
俺の世界改変も、要は女神に与えられた俺の強固な意志力によって、人よりも出力が高い魔法を引き起こせているだけのようだ。現代知識をベースに世界をより正確にとらえられていることも、俺の魔法の出力を上げるのに一役買っている。
「ふんぬぅうううううううううううううう!!」
ただ、人の想像力というものには限界があるようだ。
でたらめなことを起こそうとすればするほど、人の想像力……特に瑠訊の貧弱な想像力では、霊力の変質を起こすに足りえる集中が行えず、あっさりと霧散してしまう。
瑠訊は今日も、自分の体を天井まで浮かせるので精いっぱいだった。
(瑠訊、今お前がやっている修行……まだお前用に俺が開発した、戦闘魔法ですらないんだけど……)
内心で前途多難すぎる、瑠人の術者人生にため息をつきながら、俺は今朝の事件を思い出した。
「出力は悪くないんだけど、制御がなぁ……」
今朝の畑粉砕事件は、荒療治として俺が一度霊力を使って畑を耕すのを見せて、瑠訊に想像しやすくさせてからの、畑耕作術の使用をさせてみたのだが……。結果は見ての通り惨敗。
「くそぉ……なんでうまくいかないんだよ」
「雑念が多すぎるんですよ、兄さん……」
と言って、天井付近から降りてきて、ぐったりと倒れ伏す兄にあきれたような視線を向けていた瑠偉は、割とあっさり俺が考えた術を成功させていた。
《天瞳》と、彼女に名付けられたこの術は天上に座す太陽を、自分の目として使う術。
当然太陽のような高度から地球を見ているわけではなく、地球に届いた太陽光をほかの五感で感じ取り視界に変換する術なのだが、あっさり成功した時は、こいつ実はチートなんじゃないのか? と、俺が魂の冷や汗を盛大に流した。
術発動中は、まるで信じられないくらい精密な地球地図を、はるか上から眺めているような視界が彼女の目に広がるらしい。望めばその中から見たい景色を選別して、ズームすることも可能だとか。俺の遠視・透視よりもはるかに高性能だった。
ちなみに太陽光とかの知識がない瑠偉が、どうやってこの術を完成させたのかというと、
「え? た、太陽のような高いところからすべてを見下ろせたら、みんなの危機に気づけるかなって思ったら、普通にできましたよ?」
視界が使えなかったため、外の景色はたいてい想像力で補っていた彼女にとって、魔法の行使なんていつもやっていたことの延長線上にしかなかったのだろう。
「まぁ、否麻の言うとおり、瑠訊にこのままあまり進展がないのもいただけないが……」
「いや、そうじゃなくてですね……大和ちゃんのことですよ」
「「「「あぁ……」」」」
何やら盛大に神様と勘違いされていることを、心苦しく思っている人間組――瑠訊・瑠偉・大風彦が、否麻の話題を理解して大きくため息を漏らす。
別にそっちはほっといても構わんと思うけどな……。
「あれだろ? 『僕は、新世界の神になるっ!!』とか言ってるんだろ? いいんじゃねぇの、ほっとけば。あいつだってもう五才だし、そのくらいは言うようになるだろ。ガキは、一度は通る道だよ?」
中二病というものはな……。と、ぼそりと嫌な言葉を瑠訊たちに聞こえないようにつぶやいてやった俺だが、そんな俺の言葉を瑠訊たちは、その言葉が聞こえようと聞こえまいと変わらず、苦虫をかみつぶしたような顔になっていた。
「いやでも、自分は《神様》なんて勘違いしていたら、これからの成長に不安も残るし……」
「確かに俺たちも大概お前たちに近づきつつあるとは思うけどさ……。さすがに神とは思ってねぇよ。なぁ、大風彦?」
「うん。うん」
「何より岩神様が『あんな純粋な瞳をした子供に、これ以上神だなんて偽って教育を施すなんてできませんっ!!』と、音を上げちゃってるし……」
ガキのままごとぐらい付き合ってやれよ……。と、俺は思ったわけだが、ほかの連中は俺よりも事態を重く受け止めていたのか、各々の術の練習をひとまず中止し、大和の更生計画の相談を始める。
この集落に初めて生まれた子供だから、こいつらは大和のことを大事に、大事に育てすぎている。
そのせいでいつまでたっても、『大和を傷つけず、大和の勘違いをただす』なんて都合のいい、実現不能な方法を相談しているのだろう。
過保護と、優しさは違うんだけどなぁ……。と、思わずそう言ってしまいそうになった俺だったが、瑠訊が自ら考えることをやめてしまわないように、あえてその言葉は口にしなかった。
何を始めるにもまずは俺に問いを発することから始めていた彼らが、初めて俺に頼らず為そうとしていることだ。夜海のこともあり、俺は気長に彼らが正解を出すのを待つことにした。
よほど大和が無茶をしない限り……。
「まぁ、放置しても、出る被害なんて、目を覚ましたあと、恥ずかしさのあまりのたうち回る……大和のメンタル的なダメージだけだしな」
だが、この時俺は忘れていたのだ。
この世界には人の意志によって発動してしまう、霊力による《術》という異能があるのだということを……。
*大和名=神話の神々の独特な雰囲気の名前がそう呼ばれている。言わずもがな、大和が作中で勘違いして覚えた瑠訊たちの名前であるが、今後はこう言った名前が主流になっていくこととなる。
ちなみに中二病を卒業した大和は、この名前を聞くたびに恥ずかしさにのた打ち回り、柱に頭を打ち付けるという奇行を繰り返したという……。




