朝のあいさつはしないといけないとわたしは思った。
朝に近所のおばさん達は集まって談笑している。そこでは様々な情報交換がされていて、とても興味が惹かれるが、それはたいして重要ではない。
重要なのはあいさつだ。
学校でもあいさつ習慣とかであいさつ運動が始まっていて、そこでわたしはあいさつができずにいる。
いつも家族にしかしていない。むしろ家族にもしていないような気がする。しているつもりでもしていないかも知れない。だってわたし声が小さいから。
極度の人見知りで小学生になって家族にもあいさつができないでいる。
おかしいだろうか?お笑い草かも知れない。
でもあいさつは重要だし、あいさつすればした本人もされた人も気持ち良くなるって学校の先生は言っていたし、それができないわたしはダメなんだろうか?でもできない人はわたしだけではない。それでもあいさつされれば返す子がほとんどで、わたしみたいに声にして返すことは愚か、会釈ひとつできないで素通りすることしかできないのはたぶん、特種な部類だと思う。
恥ずかしくて相手と対面できないわたしはあいさつについて考え込んでしまう。
もし言えたらどんなに気分が良くなるだろうか。悪くなることはないと思う。うん。もう三年生で、もうすぐ上級生になっていく。そうしたらあいさつができないと恥ずかしいではないか。
こんな思考ばかりが優先して実行できないわたしはうつ向いてネガティブ思考しかできない軟弱者なんだ。勉強ばかりして漢字が好きだからそればかりで、他の子より劣るからとわたしは自分で自分の首を締めて、ん?絞めている。
どうしてこんなんなんだろう?もっと明るく誰にでも隔てなく接することができるようになりない。
それがばかりがわたしの願いであり目標。
うん。そうできたらいいなと思う。けどできない。
どうしたらいい?どうしたら?
「朔乃!おはよう!」
あうっ。クラスメイトの颯太くんだ。
颯太くんは明るくて誰とでも仲良くなれるし、わたしとは正反対の存在で憧れる。
こんなわたしでもあいさつをしてくれる優しい男の子。最初から下の名前で呼ぶのはちょっとだけ馴れ馴れしいなって思うけど、それでもこの笑顔を見てるとそんなことはどうでもいいなって思えてくる。
恥ずかしいのは変わりないけど。だけど声かけてくれるのは嬉しい。
「?どうした朔乃」
わたしのことどう思っているのか、首傾げて様子を窺ってる。どうしよう。あいさつを返したい。けどそんな勇気は持ち合わせていない。わたしは臆病なのだ。
「……」
わたしはまた素通りしてしまう。返事しないまま、あいさつができないまま、またいつもの日常を繰り返してしまう。
どうしよう?どうしよう?どうしよう?
わたしはあいさつもできない内気で人見知りする軟弱な子。きっと颯太くんはわたしなんかと一緒にいるべきではないの。それは確実で。
「なあ朔乃、いっしょに教室まで行っていいか?」
だからそんなことわたしに訊くことはないのに。そのまま無視してもいいのに。なんでほっといてくれないのかな。それが颯太くんの性格なんだと思ったりもするけど。
そんな無邪気に聞かれたら……わたし、わたし……
「……い、よ」
ボソっと返事をした。
「よかった」
肯定したつもりが、それを信じたみたいだ。
嬉しかった。こんなわたしと一緒にいて、笑いを絶やさずにいてくれて、でも楽しいのかな?こんなわたしと一緒で、楽しいのかな?考えてばかりのわたしと一緒で、そんなのでいいのかな?
「なあ朔乃。おれ、テストで点数わりいから母ちゃんに怒られちゃった。今度はいい点取りたいから教えてくれね?」
わたしがそんなことばかり考えていると颯太くんは話をしてくれる。頼ってくれる。嬉しい。嬉しいの。
「……ん。……よ」
「おう。さんきゅ」
わたしのボソっとした返事をちゃんと理解して答えてくれる。
だからそんな颯太くんには言っておきたかった。
大好きで、わたしでも一緒にいてくれるからとても好きで、好きで、大好きで。だからこそ言っておきたかった。
「……颯太くん。おはよう」