虐げられた居候令嬢は、母の喪服を二十一番にした伯爵家へ鍵を返し、辺境伯の一番札と食卓を選びます
「これ、明日の朝までに直してちょうだい」
葡萄色の天鵞絨が、私の夕食の上へ降ってきた。
金糸で縁取られた裾は裂け、黒瑪瑙の釦は二つ足りない。衣裳袋の口には、磨かれた胡桃材の札が結ばれていた。
三番。
「スープに袖が浸かっています、ブリンディス様」
「どうせ冷えているでしょう?」
その点は正しい。たいへん腹立たしいことに。
ブリンディス様は黒瑪瑙の釦が並ぶ胸元を指先で整えた。そこにも三番札が飾られている。仕立屋から受け取った順番を客に見せるのが、今季の流行らしい。
「居候の食事が後なのは当然でしょう。明日の舞踏会に間に合わなかったら、伯爵家の恥になるのよ」
衣裳部屋の扉が閉まる。
伯爵夫人は私の返事を待たず、薄紅の昼着、若草色の外套、銀糸の手袋まで腕へ積み上げた。
「こちらもついでに。身内の衣裳は、分け隔てなく扱わなくてはね」
言葉の仕立てだけは上等だ。
伯爵夫人の指が、私の腰の古い真鍮の鍵を鳴らした。母が亡くなり、私がこの家へ引き取られた日に渡された衣裳部屋の鍵だ。それを指で鳴らされると、屋根も食事も親族名も、その小さな輪に通されているように見えた。
「あなたに任せているのだから、責任を持ちなさい」
採点。鍵を持つ者が主人なら、私はとっくに伯爵夫人である。
残念ながら実態は、逃げ道を施錠された針子だ。
私は天鵞絨の毛並みを起こし、裂けた箇所を裏から継ぎ、似た艶の黒瑪瑙を保存箱から探し出した。金糸には灯火の色が絡み、葡萄色の布は夜明け前の紫へ変わっていく。
きれいだった。
だからこそ、これを着る者が自分で針を持たないことまで、布は隠してしまう。
衣裳を仕上げて戻ると、ブリンディス様は欠伸をしながら三番札の受取欄へ署名した。伯爵夫人と目を合わせ、二人で口元を緩める。
卓上では、天鵞絨の袖の下敷きになっていたパンが平たくなっていた。
私は冷えた後に戻るスープを飲んだ。脂は白く固まり、匙にまで居候根性を見せて、しつこく貼りついた。
* * *
春の公の追悼まで、あと七日。
誂え棚の最下段で、黒い衣裳袋を見つけた。
磨かれた黒檀のような布、裾を走る墨色の蔓草、襟裏に一輪だけ残された銀の花。母が最後に着た喪服だった。
袋の口には、二十一番札が下がっている。
一週間で二十着が仕上がるほど、針は勤勉ではない。これが間に合わなければ、私は母の名で追悼へ出られない。伯爵家の居候ではなく、あの人の娘として外へ出る、年に一度の機会を失う。
「伯爵夫人。母の喪服は、たしか十二番だったはずですが」
伯爵夫人は衣裳部屋の扉を閉めた。
そして私の腕へ、ブリンディス様の白い春外套を載せる。
「家族なのだから、順番くらい譲りなさい。ブリンディスには春のお招きが多いのよ」
「母の追悼も春にございます」
「一度出なくても、お母様は怒らないでしょう」
亡くなった者は抗議状を出せない。伯爵夫人が好む、たいへん礼儀正しい親族である。
ブリンディス様は鏡の前で三番札を胸に当てていた。二十一番へ移された黒い袋を見ても止めず、白い外套を床へ置く。
「拾って。裾も見ておいてね、居候さん」
その日の午後、私は両家へ出入りする仕立屋を訪ねた。
若主人のベスニクは帳場で控えを開き、愛想笑いを一枚ずつ引っ込めた。
「変更前は十二番。こちらが差し替え後です。二十一番、ヴィグディス伯爵夫人のご署名」
「間に合いますか」
「この順番のままなら、間に合いません」
「承知しました」
腹の虫が鳴った。
とても正直な第三者だったので、私はそちらの証言も控えに残してほしくなった。
* * *
「切れば、二度と戻せません」
私は鋏を置いた。
ベスニクの仲介で検分することになったアルベン様の継承礼装は、深い紺青だった。肩から胸へ渡る金糸は朝日の筋、淡い杏色の裏地は春の夕空、黒瑪瑙の釦には磨かれた夜がひと粒ずつ閉じ込められている。
先代の体格に合わせた礼装を、誰かが切り詰めようとしていた。
けれど裏返せば、縫い代は残されている。
「これほどきれいに残したものを、いま切る必要はございません。糸を外し、元の折り目へ戻せば、アルベン様がお召しになれます」
「春支度披露まで六日だ」
「喪服よりは前の順番ですね」
アルベン様は理由を聞かなかった。
「必要な給金と時間を、ミリェタへ伝えてくれ」
給金。
聞き慣れない食材の名前かと思った。焼けば膨らむだろうか。できればバターも載せたい。
私は二日かけて金糸を守り、杏色の裏地をほどいた。古い針穴へ新しい糸を通すと、縮められかけた紺青が、息を取り戻すように広がっていく。
六日目を待たず、礼装はアルベン様の肩へ戻った。
彼は鏡を一度見ただけで、礼装の衣裳袋から胡桃材の札を外した。
一番。
その札を、壁際に掛けてあった私の冬外套へ結ぶ。
私の外套は、袖口が白く擦れ、裏地も薄くなっていた。
「アルベン様。一番札を私の外套に? 焼き上がったパンの取り分とお間違えではありませんか」
「これを整えた者が、寒さを我慢する順番ではない」
アルベン様はそれだけ言い、ミリェタへ目を向けた。
家令のミリェタは、湯気の立つスープと、背に青い刺繍布を掛けた椅子を運ばせた。椅子は卓の隅ではない。アルベン様の席から、腕を伸ばせばパン籠を渡せる位置だった。
卓上には、豆と鶏肉のスープ、丸い白パン、蜂蜜色の焼き林檎。
一番札とは、食べられるものだったらしい。しかも三品。
「冷める前にお座りください」
「私が?」
「この椅子に、ほかの名前は付いておりません」
ミリェタの腰の鍵束には、真新しい鍵が二本加わっていた。彼女は私の視線に気づくと、片方ずつ鍵穴へ差して確かめ、まだ何も言わずに外した。
私は湯気へ顔を近づけた。
熱い。
スープというものは本来、舌を驚かせる食べ物だったのか。
* * *
春支度披露の日、辺境伯家の衣裳部屋は花畑になった。
窓辺には白い春花。衣裳架には若葉色、水色、淡黄、薄桃の絹。銀糸の房飾りが光を弾き、杏色の裏地が歩くたびにのぞく。磨かれた黒瑪瑙、真珠母貝の釦、細い金鎖、白い羽根。
きれいなものが、誰かを飾る順番を待っていた。
ただし本日は、待ち時間を守らないお客様が二名いらした。
「ドリタ!」
伯爵夫人が扉を押し開ける。
後ろにはブリンディス様と伯爵家の供。さらに二人がかりで、母の古い衣裳箱が運び込まれた。黒ずんだ木肌、角の真鍮金具、蓋についた小さな花傷。私が七歳のころ、母の指輪でつけてしまった傷だ。
その上に、二十一番札の喪服が置かれていた。
ブリンディス様は別の衣裳袋を床へ落とす。取り出された夜会服は、薄桃の絹が脇から裂け、真珠の飾りが半分なくなっていた。
「今夜までに直しなさい」
「伯爵家からのご依頼は、ベスニクを通してくださいませ」
「誰のおかげで暮らせたと思っているの。母親の衣裳箱も、あなたの持参金も、親族としての名も、伯爵家にあるのよ」
伯爵夫人は私の腰の古い鍵を指で鳴らした。
それを合図に、ブリンディス様がこちらを見て笑う。
「帰ってくればいいの。こちらの衣裳を直して、私の支度をして。それで今までどおり置いてあげる」
脅しが三品盛りで来た。衣裳箱、持参金、親族名。食卓より品数が多いとは、伯爵家にも改善の兆しがあったらしい。
「夜会服を粗末にした責任も取りなさい。あなたがきちんと見ていなかったから、こんなに傷んだのよ」
伯爵夫人が裂けた絹を私へ突きつける。
着た者ではなく、いなかった針子に責任がある。便利な仕組みだ。次は雨の日に私が空を縫い合わせる番だろう。
「ドリタ様」
ベスニクが客の間から進み出ると、ブリンディス様は床の衣裳を急いで拾い、両手で彼へ差し出した。
「大切な夜会服なのです。少し困っていて」
先ほどまで床と親しかった絹が、仕立屋の前では宝物へ昇格した。
伯爵夫人も椅子から立ち、胸へ手を置く。
「娘同然の子が戻りやすいよう、頼みに参りましたの。家族の行き違いですわ」
命令が依頼へ着替えた。お仕立て時間、扉一枚ぶん。
私は母の喪服へ手を伸ばした。
銀の花が、黒い襟裏でひっそり光っている。母はあの喪服を着るたび、髪を低く結い、花簪を一本だけ挿した。衣裳箱には香り袋も、手袋も、書きかけの刺繍図案も入っている。
蓋を開ければ、あの人の暮らしがまだ畳まれている。
指先が黒い布へ触れる寸前で止まった。
一度受け取れば、また鍵が鳴る。
三番札の天鵞絨が夕食へ落ちる。二十一番札が母の名を棚の奥へ送る。冷えた脂が匙に貼りつく。
私は手を下ろした。
「その箱は、伯爵家へ残します」
「強がっても無駄よ。あなたには何も——」
衣裳部屋の奥の扉が開いた。
伯爵夫人の声が、きれいに痩せた。
アルベン様が客前へ歩み出る。
深い紺青の礼装は肩から裾まで端然と落ち、胸の金糸は陽光を集め、歩みのたびに杏色の裏地が春の色を返した。黒瑪瑙の釦には、窓辺の白い花と、見守る人々の姿が小さく映っている。
切らずに残された縫い代が、継承礼装を本来の形へ戻していた。
最初に拍手したのは、辺境伯家の使用人たちだった。
一つ。二つ。
それから客の手が重なる。
衣裳部屋いっぱいに音が広がった。節度を守っていた侍従まで頬を緩め、若い客たちは礼装の裾を見ようと身を乗り出す。
「見事だ」
「この金糸を残したのは誰だ?」
「ドリタ様だそうよ」
私の名が、拍手の間を渡っていく。
伯爵夫人が笑みを作り直した。
「ええ、ドリタには昔から、当家で衣裳を教えておりまして」
「確認いたしましょう」
ベスニクが中央の卓へ、三枚の控えを置いた。
「三番。葡萄色の舞踏服。順番変更の指示はヴィグディス伯爵夫人、受取欄はブリンディス様。実際の修繕者はドリタ様です」
客の視線が、ブリンディス様の胸元に残る三番札へ集まった。
彼女は札を外そうとして、紐を釦へ絡ませた。
「二十一番。黒い喪服。十二番からの変更に、ヴィグディス伯爵夫人のご署名」
「順番は仕立屋の都合でしょう?」
伯爵夫人の語尾は、すっかり敬語になっていた。
「控えにはご指示どおりとございます」
ベスニクは最後の一枚を開く。
「一番。アルベン様の継承礼装。仕上げ後、同じ枠の一番札をドリタ様の冬外套へ移しております」
「たかが衣裳の順番ではありませんか。娘たちは分け隔てなく——」
「腕前ではなく、誰を後ろへ送ったかのお話です」
ベスニクの愛想は、一針も残っていなかった。
客の一人が、若葉色の春外套へ目を留めた。
「その銀葉の直しも、ブリンディス様のお仕事と伺っていたけれど」
「修繕者はドリタ様です」
別の客が水色の袖飾りを持ち上げる。
「では、こちらも?」
「ドリタ様です」
「昨冬の葡萄色も?」
「ドリタ様です」
ひとり、またひとりと、客が私へ向き直った。
「ドリタ様、見事なお仕事でした」
「ドリタ様、知らずに失礼を」
「次からは、あなたのお名前で伺います」
ブリンディス様は伯爵夫人の背後へ下がった。三番札だけが、隠れきれずに肩の横で揺れている。
伯爵夫人は控えを押し退け、アルベン様へ向き直った。
「ですが、本日の大切なお話は衣裳ではございませんでしょう。ブリンディスとの婚姻について——」
「断る」
「まだ条件も申し上げておりませんわ」
「修繕の功績まで持参品に含める婚姻なら、条件は十分に見た」
アルベン様は声を荒らげなかった。
それなのに伯爵夫人の手は、控えの上から離れた。
ブリンディス様が一歩出る。
「私を選ばず、居候を? その礼装だって、少し縫っただけでしょう!」
拍手をしていた使用人たちの顔から、いっせいに笑みが消えた。
アルベン様は私の隣まで来た。
「ドリタ」
その一言で、私の軽口は喉の奥へ引いた。
ミリェタが書面を差し出す。
アルベン様は客にも伯爵夫人にも見えるよう、卓上へ置いた。
「季節衣裳の管理者として給金を支払う。私室は本人の許可なく誰も入れない。衣裳部屋の管理権もドリタに置く。食卓には毎朝、決まった席を用意する。この契約は、婚姻を断っても変わらない」
私は四つの条件を見た。
給金。
内側から掛けられる私室。
自分が順番を決める衣裳部屋。
毎朝なくならない席。
どれも宝石ではない。だからこそ、失えば腹が減り、寒くなり、眠れなくなるものだった。
「そのうえで、私と婚姻してほしい。ここを、君の家にしたい」
アルベン様は手を差し出したまま待った。
古い鍵は、まだ私の腰にある。
三番札も、二十一番札も、一番札も、もう目の前に出そろっていた。
「伯爵夫人」
私は伯爵夫人へ向き直った。
「三番と二十一番。その間にいた十八人ぶん、私は後ろへ置かれました」
伯爵夫人が口を開く。
私は先を渡さなかった。
「その十八人ぶんの向こうには、冬の外套がありました。母の名で外へ出る機会がありました。温かい食事がありました。私の働きを、私の名で呼ぶ暮らしがありました」
腰から古い鍵を外す。
掌に長く当たっていたせいで、金属はぬるかった。
「ですから戻りません。私を一番に置いた、この家を選びます」
伯爵夫人の前へ、鍵を置く。
乾いた音がした。
命令も、屋根も、親族名も、その音の向こうへ切れた。
それから私は、アルベン様の手を取った。
「婚姻のお申し出も、お受けいたします。アルベン様」
遅れていた腹の虫まで、たいへん誇らしげに鳴った。
……山場で発言権を主張するとは。長年冷遇された胃袋は、主人より根性がある。
客席から笑いがこぼれ、すぐに拍手へ変わった。
ベスニクは伯爵家の季節契約書を閉じた。
「当店は、本日をもって伯爵家との季節契約を停止いたします。仕上がり待ちの品は現状のまま返却し、次季の枠もお取りしません」
「そんな勝手が許されると——」
「停止条件へのご署名は、こちらに」
差し出されたのは、また伯爵夫人自身の筆跡だった。
ベスニクは帳面から伯爵家の予約札を抜き、空箱へ落とした。
ブリンディス様の三番札も回収される。
彼女の指が追ったが、ベスニクは箱の蓋を閉めた。
「私の春衣裳は?」
「順番そのものがございません」
今度こそ、客席から容赦のない笑いが上がった。
辺境伯家の使用人が扉を開く。
伯爵夫人は母の衣裳箱を指した。
「これまで捨てる気なの? 母親の思い出でしょう!」
私は見なかった。
「伯爵家に残すと、先ほど申し上げました」
「ドリタ、考え直しなさい!」
「お帰りの馬車はこちらです」
使用人たちは母の衣裳箱を供に持たせ、二人と供を囲み、開いた扉の向こうへ送った。
ブリンディス様が裂けた夜会服を取り落とす。今度は、誰も拾わない。薄桃の絹は床を引きずられ、伯爵夫人の靴に踏まれ、扉の外へ消えた。
ベスニクが季節契約の停止書を御者へ渡す。
扉が閉まった。
ミリェタが進み出た。
腰の鍵束から、あの日の新しい鍵を二本外す。
「こちらが衣裳部屋。管理者以外の使用は、ドリタ様の許可を必要とします」
一つ目が、私の掌へ載る。
「こちらが私室。内側からも施錠できます」
二つ目が、隣へ並ぶ。
銀色の鍵には、それぞれ白い春花と青い小鳥の刻印があった。軽いはずなのに、掌が下がった。
使用人たちが、廊下の向こうから大きな衣裳箱を運んでくる。
白木の蓋には春花が彫られ、角は銀で補強され、内側には淡い杏色の布が張られていた。正面の真鍮板には、たった一つの名が刻まれている。
ドリタ。
誰かの娘でも、伯爵家の居候でも、ブリンディス様の直し物係でもない。
私の名義の箱だった。
別の二人が、青い刺繍布を掛けた椅子を運ぶ。披露のために並べられた食卓で、アルベン様の椅子の隣へ置いた。
ミリェタが背を整える。
「ドリタ様のお席です。明朝もこちらでございます」
客たちは道を開け、ひとりずつ私の名を呼んで礼をした。
使用人たちが衣裳箱と椅子のそばへ並ぶ。
その声が重なった。
「お帰りなさいませ、ドリタ様」
鍵が二本、掌の中で触れ合った。
私はようやく、アルベン様の隣の椅子へ座った。
* * *
その後、伯爵夫人は仕立屋との契約を戻せなかった。
春支度披露にいた客たちは、修繕を頼むたび実際に針を持つ者の名を確かめた。ブリンディス様が私の仕事を自分のものとして語れば、三番札の話が先に届く。アルベン様との縁談も、閉じた扉の外から戻ることはなかった。
私の給金、地位、後見、住居について、伯爵家が口を挟める欄はどこにもない。
季節が二度巡った。
私室の扉には、内側から鍵を掛けられる。
窓辺には白い春花と青い小花。自分名義の衣裳箱には、淡黄の朝着、若葉色の外套、銀糸を一筋だけ入れた冬服が、私の決めた順番で収まっている。
母の古い箱はない。
けれど私は、毎朝ここで服を選び、扉を開け、自分の足で食堂へ行く。
ミリェタが、今日も同じ椅子を引いた。
「こちらでございます」
「昨日と位置が変わっていませんね」
「明日も変えません」
何という頑固な家令だろう。大好きである。
卓には、湯気を立てる豆と鶏肉のスープ、焼きたての白パン、蜂蜜色の林檎。私の皿だけが忘れられることも、衣裳の下敷きになることもない。
アルベン様がパン籠を私のほうへ寄せた。
「冷める前に」
私は匙でスープをすくった。
湯気が頬を撫でる。
「冷める前にいただきます」
温かな一口を飲むと、見守っていた使用人たちの肩が揃って下がった。
明日の朝も、この椅子はここにある。
そう思うだけで、笑い声まで温かくなった。




