1-1「親友の頼み事」
俺は親友と待ち合わせしていた。それは急に向こうから押しかけて来た話を聞くためだ。内容は会ってから話してくれる予定だった。
何せ頼み事があるとからしい。当然ながら無茶振りは断りたかった。俺だって人生には余裕が持ちたい。なのに、重たい責任を背負って生きるのはごめんだ。
「ちょっと早すぎたかも。もう少し遅くても良かったな」
いつも待ち合わせる時は早く来てしまう癖がある。遅刻だけは避けたい主義だった。故に周囲から揶揄われて来たのが事実だ。
「俺に頼み事って何だろうな? また面倒なことに巻き込まないで欲しいんだけど」
俺の親友、黒詰鷹勝は面倒くさい奴だ。しょっちゅう面倒ごとを抱えて来るので、警戒しながら会っている。
今回も急用で呼び出された訳だが、内容を知らせていないところは怪しかった。本当に信用して良いのか分からない。
そう愚痴っていると、店の入り口から馴染み深い声が聞こえて来た。
「二名様ですね? 空いている席にどうぞ?」
「はーい!」
特に明るいトーンで返事した方は良く知っている人物だ。彼女を知らないとか言ってしまうと後が怖い。それほど存在を忘れないように仕込まれた時期が恐ろしかった。
「げっ。宮坂智染じゃん」
「あ? まさか瀬秋と出くわすとは不運だわ。やっぱ帰ろうかなぁ〜」
一瞬だけ視線が合うと、嫌味をかまして来る。それが智染の目立つ性格だった。昔から智染は変わらない一面が現れやすい。
そもそも幼馴染みとか信じられない話だ。こいつと釣り合わないことが分かった時から関係は薄まった。最近とか話してなかったのは距離を置いていたからである。そうじゃなきゃ驚きはしなかった。
「えー! せっかく来たんだから飲んで行こうよぉ! 明日から部活が忙しくて通えないんだからさぁ〜!」
「分かった分かった。それじゃあ和博と離れた席で飲もう」
「やったぁ! 行こ行こ!」
相変わらず智染と仲が良い様子を窺わせているのは花堅恵子だ。こいつは以前まで交際していたが、一ヶ月前に俺から振った。
理由は智染だと思いながら抱き合って欲しいとか要求して来るのがうざかったんだ。俺は恵子が好きななに、智染を想定しながらは無理だった。それをきっかけに別れている。
この二人が同じ空間で過ごしている事実が鬱陶しかった。コーヒーが不味くなるから早く切り上げようと思った瞬間、絶妙なタイミングで鷹勝は来店して来る。
「和博ぉ! 来たぞ!」
「ちっ。空気読めよ」
「は? 何か悪いことでもしたか?」
「何でもない。とにかく移動しよう」
ぎくしゃくしながら俺は店を出た。急に出て行った俺を鷹勝は追い掛ける。
黙って店から離れると、さすがに鷹勝が理由を尋ねて来た。
「おい! ちょっと待て!」
「あ?」
「どこまで行くんだよぉ。この辺で良いだろ!」
「それもそうだな?」
少しイライラしていたせいで、俺は周囲が見えていなかったみたいだ。鷹勝から呼び掛けられるまで歩き続けたかも知れない。
正直、あいつが悪いと思っていた。ちゃんと理由ならある。いつも俺が悩まされている点だった。
店を出た瞬間、視界に夢嶋希望が映った。これは何かの間違いだと信じたかったが、どこから見ても彼女だったんだ。
内心がモヤモヤして気持ち悪かった。こんなにも連続して最悪と遭遇するなんて不幸である。
「はぁ。少し休憩しよう。近くに自販機とかないか?」
「あそこに一台だけあるけど? ジュース買ったら話したいから早くしろよ」
「分かったよ」
鷹勝が指差した方に自販機を見つける。少し時間を取り過ぎた自覚があったから急いで購入しに行った。俺は購入したジュースを取ってから再び鷹勝と向き合う。
「やっと気が済んだか? お前って意外と面倒だわ」
「うるさい。お互い様だろうが」
結局、自分までもが面倒だとか言われていたからこそ、こいつと付き合って来た。これは因果関係なんだと言い聞かせている。
とにかく鷹勝から話を聞かせてもらった。
「実は頼み事って言うのは姉貴絡みなんだよ。あの姉貴がお前と交際して欲しいみたい。だから、付き合ってあげてくれ!」
「……は?」
急すぎる要件に思考が止まった。鷹勝が告げて来た話は男女間で最も厄介な関係性である。これを果たしたら、責任は重たいはずだ。けど、聞き間違えた気はしない。
(マジで向こうから交際して欲しいだと? 今まで俺なんか元カノと別れてから選んで来る奴とかいなかったのに)
頭が混乱して来た。これは一大事だと内心が訴えている。それが本当か調べてから了承する方が良いかも知れなかった。
「お、お前の姉貴とあんま喋ったことないんだけど、ぶっちゃけどこが好きなんだ?」
「さぁな。そこまで聞いてなかった。後は直接会ってから話し合ってみれば良いんじゃないか?」
「そうか。まぁ、会うぐらいなら良いかもな」
確か鷹勝の姉貴と最後に話したのは小六だった気がする。
彼女は小悪魔属性が好きで、メイク練習に付き合わされた時とあった。何度か髪を結んであげた時も記憶している。
滑らかな髪質からシャンプーの匂いが嗅げて興奮したことを覚えている、だが、最後は抱き締め合ってから別れていた。
「会うなら今度でも良いか? 先に食事しよう」
「おう! 任せなさい!」
これから鷹勝の姉貴と会う予定を決める。彼女はどんな風に今を過ごしているのか凄く気になった。これは何かしらの幕開けを意味しているのかも知れない。
ファミリーレストランで食事を終える。満足げな鷹勝が別れる前に一言だけ告げて来た。
「うちの姉貴は“小悪魔系人気歌い手”だから金持ちは保証するわ。大事にしてやってくれよ?」
「は、はぁ?」
最後の一言は疑問だった。何故なら去年から話題を呼ぶ歌い手と同じ属性だからである。
(ま、まさかな……)
俺は疑いながら帰路に着いた。どうにも思い悩んでしまう内容だ。これを考える際に相手確認がしたかった。
人気者と重ねるなど、無理な話だと改めて思う。けど、世の中には夢見てしまう人たちが大勢いることを知っていた。
だからこそ、俺は希望など持たないと決めている。これは俺が恥をかかないための決意だった。
次の日。朝七時に起床した。この時刻には必ず起きようと決めていたルーティーンである。生活リズムを崩さないことが大事だと常に意識していた。
「ふわぁ〜!」
大きくあくびを一つ掻く。これが一日を始める合図みたいなものだった。
すると、洗面所に弟、瀬秋秀斗が入って来る。
「兄ちゃん、おはよう。相変わらず早いや」
「大差ないだろ? すぐ後で起きてるんだからよ」
「まぁね」
秀斗は俺と似ている奴だ。普段から将来を考えて生きている。起床時刻にはうるさい一面は互いに似通っていた。
とにかく顔を洗ってからリビングに戻る。すぐ視界に入った食パンが俺の朝食だった。いつも母が用意して待っていてくれるから助かっている。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ。今日は私、帰って来ないからよろしくね?」
「了解。ごゆっくりお休みください」
「ありがとう」
このやり取りは週一で交わされるうちの決定事項だった。普段から世話してくれる母さんが身を休めるために設けられた時間である。
毎週金曜日は決まって母さんを解放しておくんだ。母親としての役割を果たさせるにはストレス解消が不可欠だった。
そんな日は近所から女子大生が助っ人に入ってくれる。なのに、金銭を頂かない気前が頼られる理由として強かった。
ちなみに彼女は美少女である。特に艶やかな金髪をポニーテールで結んで纏めた髪型がトレードマークだった。
日本人とアメリカ人のハーフみたいだ。日本育ちだから接し方とかは問題視したことなかった。
偶に勉強を見てもらったりもする。それ故に俺たち三人は仲が良かった。
一応、秀斗は片思い中。出来れば手を出さないで欲しいとか言って来るぐらい好きみたいだ。清楚なお姉さんが滲み出るような雰囲気と性格を気に入っていた。
俺は遠くから応援するつもりである。二人なら良好な関係を築けるはずだと信じていた。
ただ、向こうは俺が好きみたいなんだ。それに“清楚気質”とか言えるほど、彼女が穢れていない女性だと思うのも見当違いだった。




