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【言語解析者の無双転生 ―ソースコードに神秘などない―】  作者: 九十九 文


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3/8

第三話「実技演習、あるいは伝統という名のデッドコードについて」

────────────────────────────────


 合同実技演習の担当教官の名前は、グレイアス・ハウルという。


 四十代半ば。白髪交じりの鬢、胸に輝く「魔導師協会認定・上級教官」の銀章。

 学院の廊下で俺がすれ違った際、彼の口から聞こえた独り言が、このキャラクターを端的に説明していた。


「まったく、最近の若者は詠唱の美しさを軽んじる。魔法とは芸術だ。技術ではない」


 芸術、と。

 つまりこの人間にとって魔法は、効くかどうかより、美しいかどうかが先に来る。


 俺は心の中でその発言に分類タグをつけた。


 〔思想分類:形式主義的保守派〕

 〔危険度:中(権限保持・権威依存・反証拒否の傾向あり)〕


 第一訓練場。上位クラスにも使われる、学院で最も広い屋外演習場だ。

 第七教室の面々がそこに呼び出されたのは、なるほど、演習のためではないと気づくのに一秒もかからなかった。


 グレイアス教官は俺たちを横一列に並べ、腕を組んで品定めするように眺めた。

 表情に、隠す気のない嘲笑が乗っていた。


「諸君が劣等生クラスに配属された理由は、入試の結果が証明している。しかし私は見捨てない。今日は基礎から見直す機会を与えよう」


 声が大きかった。

 演習場の周囲——隣接する観覧スペースには、別のクラスの生徒がすでに集まっていた。

 どうやら教官は、最初からここを「公開の場」にするつもりだったらしい。


 隣でセレーナが、かすかに肩を強張らせた。


 ────────────────────────────────


 ◆ 意図の解析


 ────────────────────────────────


「昨日、この学院に不審な魔力暴走が観測された」


 グレイアス教官がゆっくりと言った。


「第三訓練場の石壁が損壊した。原因は劣等生クラスの生徒による制御不能な魔法の暴発と、調査の結果、判明している」


 嘘ではない。しかし正確でもない。

 あれは暴発ではなく、三ヶ月分の抑圧を解消した正確な発動だった。


「本日の演習の最初に、その当事者に詠唱を披露してもらう。正しい詠唱がいかに重要か——失敗の実例を通じて学ぶ、これも教育だ」


 周囲のクラスから忍び笑いが漏れた。


「フォーリ。前へ」


 セレーナが一歩、出た。

 背中が小さく見えた。


 俺は彼女の横顔を見た。

 唇が白くなっている。手が、わずかに震えている。


 ──────


 俺は小声で言った。


「セレーナ」


 彼女が振り返る。


「昨日やったことを思い出せ。手順は変わらない。R音をふるえ音、アクセントをHL。それだけだ」


「で、でも……みんな見てる……」


「見ていても詠唱の構造は変わらない。ノイズは無視しろ」


 セレーナが小さく息を吸った。


「教官の言葉も?」


「特に教官の言葉を」


 ────────────────────────────────


 グレイアス教官が、俺の独り言に気づいて眉を上げた。


「何か言いたいことがあるなら後で聞こう。今はフォーリに集中してもらいたい」


 俺は黙った。今は、そうすることが合理的だった。


 教官がセレーナに向き直る。


「では、フォーリ。お前が習得しようとしている《フレイム・バースト》を披露しろ。——もっとも、まともに発動できれば、だが」


 また忍び笑い。


 セレーナは的を見た。

 二十メートル先、標準サイズの石的。


 息を吸う音が、俺のところまで聞こえた。


「──汝の御名において、燃え盛る炎の衣を纏え、烈火よ! 《フレイム・バースト》!」


 ────────────────────────────────


 俺の視界で、ログが緑色に流れた。


 〔音素認識:/R/(ふるえ音)── 確認〕

 〔ピッチアクセント:HL型── 確認〕

 〔構文確定:物理書き換え命令を発行〕

 〔魔力出力:解放〕


 空間が固まる、あの一瞬。


 次の瞬間、二十メートル先の標的が——なかった。


 正確に言えば、標的と、その背後の石壁一面と、地面の一部が、消えていた。

 縦二メートル、横三メートル。

 昨日より広い。

 彼女の魔力が、一日で安定し始めている証拠だ。


 遅れて爆風が来た。

 前列の生徒たちの上着が、風圧でばたついた。


 観覧スペースが、しんと静まり返った。


 セレーナが、ゆっくりとこちらを振り返った。


 その目が、俺を見ていた。


 泣いてはいない。震えてもいない。

 何かを言おうとして、言葉が出ない顔だった。

 信じられないものを見るような——それでいて、確かめるように、まっすぐ俺だけを見ていた。


 俺は視線を壁の跡に戻した。

 昨日より広い。彼女の魔力が安定し始めている証拠だ。記録しておく価値がある。


 「ありがとう」でも「すごい」でもない。

 あの目に何がこもっていたのかは、よくわからなかった。

 わからなかったが——なぜか草稿にそのことを書き留めそうになって、俺は手を止めた。


 不要なデータだ。削除。


 ────────────────────────────────


 グレイアス教官が、固まっていた。


 腕を組んだまま、消滅した壁の跡を見ている。

 頬が、引きつっていた。


 十秒ほどして、教官は咳払いをした。


「……偶然の暴走だ。魔力制御が出来ていない証拠である。これが失敗の見本——」


「違います」


 俺は言った。


 教官が振り返る。


「今の発動は完全に制御されていました。照準精度、射程、出力——全て意図通りです。制御が出来ていないのは、あなたの観測系の方です」


 静寂が、演習場に落ちた。


 教官の目が細くなった。


「……きみは確か、昨日入ってきたEランクだったか」


「レオンです。ランクは関係ありません」


「関係ある」教官の声が低くなった。「この学院では、評価と経験が発言の重みを決める。Eランクの新入りが、上級教官に意見するとはどういう礼節か」


 俺は一呼吸おいた。


 感情的になるつもりはなかった。

 ただ、事実を述べるだけだ。


 ────────────────────────────────


 ◆ 論証


 ────────────────────────────────


「では事実だけ申し上げます」


 俺は言った。


「教官が『美しい』と評価する詠唱——あの形式は、千年前に確立されたものです。当時の古代語研究者が魔法を体系化した際、儀式的な格調を持たせるために意図的に冗長な表現を組み込んだ。それ自体は理由のある判断でした」


「そうだ。伝統には意味がある」


「ありました。過去形です」


 教官の眉が動いた。


「千年で言語は変化します。意味論的なドリフト——語の意味が時代とともにずれる現象——によって、当時は機能していた修辞的表現の大半が、今では魔力変換に寄与しない空文字列になっている。実行されない命令です。プログラミングで言えばデッドコード——どれだけ丁寧に書かれていても、コンパイラには無視される記述です」


 俺は続けた。


「具体的に申し上げましょうか。教官が標準とされている上位詠唱——《グランド・インフェルノ》の形式を例に取ります。全二十八語のうち、魔力変換に実際に寄与している語は三語です。残り二十五語は、千年前の形式的慣習の残骸です。処理コストだけ食って、出力に貢献しない。バッチ処理に例えるなら、毎回起動するたびに使われない前処理を二十五回走らせているようなものです」


 観覧スペースから誰かが息を呑む音がした。


「フォーリが今披露した詠唱は、その三語の機能語を保持したまま、冗長部を除去したものです。結果として——」俺はさっき消えた壁の跡に目をやった。「ご覧の通りです」


 グレイアス教官の顔が、みるみる赤くなった。


「……きみは、千年の伝統を否定するのか」


「否定ではなく、分析です。伝統であることと、正確であることは、別の命題です」


「魔法は芸術だ! 儀式だ! 合理性だけで測れるものではない!」


「そうかもしれません」


 俺は言った。


「しかし、セレーナ・フォーリが三ヶ月間、自分に才能がないと思い続けたのは、誰かが彼女に『あなたの詠唱のR音は弾き音で、魔導言語はふるえ音を要求しているから制御信号が減衰している』と教えなかったからです。芸術論より先に、それを教えるべきだったんじゃないですか」


 しばらく、沈黙が続いた。


 ────────────────────────────────


 グレイアス教官が、杖を構えた。


「……生意気な口を叩くなら、実力で黙らせてやる」


 その瞬間、演習場の空気が変わった。


 重くなった、というより——凝縮された、という感覚に近い。

 上級教官の銀章は伊達ではない。三十年のキャリアが蓄積した魔力の密度が、杖の先に収束していくのが肌でわかる。

 後ろの列で誰かが半歩、下がった。


 俺は動かなかった。


 ──プレッシャーの割に、構文が雑だ。


 感情的になった人間が魔法を使う場合、詠唱が雑になる。

 怒りは呼吸を乱し、呼吸が乱れると音素の精度が落ちる。

 威圧感は本物だ。しかしそれは「量」の話であって、「精度」の話ではない。

 量は出力で潰せる。精度は知識でしか補えない。


 わかりやすい脆弱性だ。


 教官が詠唱を始めた。


「──万象を統べる力の根源よ、その威光を持って我が敵を────」


 俺の視界で、ログが流れた。


```

入力:グレイアス・ハウルの攻撃詠唱(リアルタイム解析)


音素ストリーム:

 [万象を統べる力の根源よ]

  └ 機能:術者宣言 → 魔力結合率 42%(感情的動揺により低下)


 [その威光を持って]

  └ 機能:なし(装飾的接続詞)

  └ コスト:魔力消費 +18%(無効出力)


 CRITICAL ERROR DETECTED ────────────────

 

 エラー種別:意味論的矛盾(Semantic Contradiction)

 問題箇所:「────」(語尾未完成)

  

  感情的動揺により詠唱の末尾が乱れている。

  第三節「我が敵」の格変化が主節の動詞と一致していない。

  

  主節要求格:対格(を格)

  実際の発話:主格(が格)

  

  結果:魔力変換命令の「対象」指定が無効化される。

     魔法は発動するが照準を持たない霧散状態になる。

 

 対処方針:

  この詠唱が完成する前に、末尾の格エラー箇所を

  音声介入によって上書きする。

  必要な介入:一語(格助詞の訂正)。

  

  「を」→「が」の誤用を、空気中に展開された

  音韻パターンに対して正しい格形を重ねる。

  → 詠唱の意味論的整合性が崩壊し、自動的に霧散する。

```


 俺は短く息を吸った。


 教官の詠唱が最終節に差しかかる。


「────我が敵が────」


 その瞬間、俺は静かに言った。


「……〈を〉」


 たったそれだけだった。


 教官の詠唱が、空気の中で揺らいだ。


 俺の視界では、空間に展開されかけていた文法回路が見えた。

 黄金色の幾何学模様——詠唱の構文が物理へと変換される直前の、あの固有の輝き。

 それが一瞬、形を保った。


 次の瞬間、ひびが入った。


 ガラス細工が内側から砕けるように、文法回路の一点——格助詞の結節点——から亀裂が走った。

 亀裂は一瞬で全体に広がり、黄金色の構造が音もなくばらばらに分解された。


 〔意味論的整合性:破綻〕

 〔詠唱:無効化〕


 教官の杖の先から溢れかけていた光が、行き場を失った。

 攻撃対象の座標を持たない魔力は、ただの熱になって地面に吸い込まれた。

 煙一つ出なかった。


 グレイアス教官が、呆然と自分の杖を見た。


「……なぜ」


「格助詞が間違っていました」


 俺は言った。


「『我が敵を打て』と命じるべきところを、『我が敵が打て』と言ってしまった。対格と主格の混在です。意味論的に言えば、攻撃の対象が消滅した。誰を攻撃するのか、詠唱自体が指定できなくなった状態です」


 俺は続けた。


「コンパイルエラーです。実行前に弾かれた」


 ────────────────────────────────


 演習場が、静まり返っていた。


 観覧スペースの生徒たちが、誰一人動かなかった。


 第七教室の面々——三ヶ月間ゴミ溜めと呼ばれ続けた十二人——が、俺を見ていた。

 さっきまで肩を丸めていた者も。

 窓の外を見ていた者も。

 羽根ペンを折ろうとしていた者も。


 誰かが、小声でつぶやいた。


「……コンパイルエラーって何だ?」


「知らん。でも教官が黙った」


 グレイアス教官は何かを言おうとして、口を開けたまま閉じた。

 もう一度開けた。また閉じた。


 俺は教官に向かって、最後に一言だけ言った。


「千年前のコードを、なぜ動くか理解せずに使い続けるのは、エンジニアリングではありません。呪術です」


 ────────────────────────────────


 その日の夕方、俺が第七教室に戻ると、教室の空気が昨日と違っていた。


 突っ伏していた者が、顔を上げていた。

 虚ろだった目に、何かが宿っていた。


 値踏みするような目つきの男が、俺が席に着くと同時に口を開いた。


「……なあ。俺の詠唱も、見てもらえるか」


 俺は草稿を広げながら答えた。


「バグがあれば直す。なければ何もしない」


「それでいい」


 廊下の向こうから、声が聞こえた。


「聞いたか、第三演習場の話」

「ゴミ溜めにとんでもないやつがいるらしい」

「Eランクなのに、教官の魔法を一言で無効化したって……」


 俺は草稿の続きを書いた。


 雑音だ。研究に関係ない。


 ただ——セレーナが隣の席に腰を下ろして、ノートを開きながらぽつりと言った言葉だけは、一応、記録しておくことにした。


「……わたし、もっと強くなりたい」


 俺はペンを止めずに答えた。


「バグが見つかり次第、直す」


 「ありがとう」ではなく、「それ、ちゃんと嬉しいって言えてる?」という顔をされた気がしたが、俺はすでに草稿に戻っていた。


 ────────────────────────────────


 ──次話予告──

 「ゴミ溜めの解析者」の噂は、翌朝には学院中に広まっていた。

 そして放課後、見覚えのある金色の階級章がひとつ、第七教室の扉の前に立っていた。

 入試でセレーナを「蒸発させた壁」の前で黙らせた、あの令嬢だ。

 「少し、あなたの話を聞かせてもらえないかしら」

 ──名門ヴァレン家の令嬢が、わざわざゴミ溜めにやって来た理由。


────────────────────────────────

【後書き】


 第三話まで読んでいただき、ありがとうございます!


 今話のメインギミックは「格助詞エラーによる魔法の自壊」でした。


 「が」と「を」の一字違いで攻撃対象が消滅する、というのは、実際の日本語文法でも理屈が通ります。「敵を打て」は他動詞構文で対象(を格)が明示されていますが、「敵が打て」は主語と対象が混乱した非文です。意味論的に「誰が打つのか」「何を打つのか」が崩壊する。これを魔法の照準消失として使いました。


 また「デッドコード」という概念——実行されることなくコード中に残り続ける処理——は、ソフトウェアエンジニアリングの実際の用語です。千年前の文法的慣習がそのまま「聖典」として残り続ける世界の比喩として、これ以上ぴったりな言葉はないと思いました。


 レオンはこの話でも「親切だから助けた」わけではなく、「格助詞の誤用が不協和音として聞こえたから直した」だけです。結果的に教官を黙らせているのは、あくまで副産物という立ち位置です。


 次話はいよいよ名門ヴァレン家の令嬢・クレアが登場します。

 彼女はレオンの「解析対象」として何番目になるでしょうか。


 もし楽しんでいただけたなら——


 ★ 評価(ひとこと感想でも大歓迎です)

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 続きを書く燃料になります。よろしくお願いします!

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