第十一話「オーバークロック、あるいは一撃必殺のコンパイルについて」
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《ノヴァ・フラッシュ》が、空間を焼いた。
光が、面として広がった。
単一の標的ではなく、第七教室の全員を飲み込む扇形の範囲攻撃。
俺の視界に警告が連続した。
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CRITICAL WARNING:
《ノヴァ・フラッシュ》 — 広範囲魔力放射
到達予測:1.2秒後
被弾範囲:半径8メートル(第七教室全員を包含)
推定ダメージ:個人防御魔法では防御不可
インターラプト可否:
詠唱長3語——介入ウィンドウ:0.08秒
レオンの最小介入時間:0.04秒(セレーナ接続時)
→ 理論上は可能。ただし成功率:推定12%
代替案:
防御か、回避か、あるいは——
```
0.08秒。
理論上は可能。12%。
俺はその数字を一瞬で捨てた。
インターラプトは間に合わない。
防御するリソースはない。
回避しても、広範囲の前では意味がない。
残るのは——一つだ。
「——全員、一点に集めろ。今だ」
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第六話で練習した、あの収束だ。
全員の魔力を一点に集め、カルドの《ノヴァ・フラッシュ》を「受け止める」のではなく——同じ点で、ぶつける。
力でねじ伏せる。
システムで殴り返す。
セレーナが全員に伝えた。
声でもなく、身振りでもなく——チャンネルを通じて、直接。
第七教室が、動いた。
エルナが「受け口」を開く。
ジンが「核」を形成する。
ロールが「方向」を固定する。
マリスが全員の波形を監視する。
残りの七人が、それぞれのリソースを全て注ぎ込んだ。
俺は、スケジューラとして全員の波形を統合しながら——
同時に、カルドの《ノヴァ・フラッシュ》の脆弱性を最後のスキャンにかけた。
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オーバークロックが、始まった。
処理負荷が100%を超えた。
```
スケジューラ(レオン):処理負荷
通常稼働上限:100%
現在:134%
同期統合:全11名の魔力波形を一括管理
脆弱性スキャン:《ノヴァ・フラッシュ》の構造解析
セレーナチャンネル:接続維持
処理の優先順位:
1. 全員の同期維持(絶対)
2. 《ノヴァ・フラッシュ》のクリティカルパス特定
3. 出力タイミングの最適化
WARNING:134%での稼働は
認知機能の劣化を引き起こします。
推奨:処理の停止または縮小。
俺の判断:無視する。
```
視界が、歪んだ。
石畳が遠ざかった気がした。
自分の立っている地面の感覚が、薄くなった。
それでも解析は止まらなかった。
《ノヴァ・フラッシュ》の構造が、俺の視界に展開されていく。
```
《ノヴァ・フラッシュ》 脆弱性スキャン:
詠唱長3語——「万象」「光よ」「爆ぜろ」
第一語「万象」:術者の魔力宣言
└ 脆弱性:なし(単純な宣言)
第二語「光よ」:属性宣言(光属性・全方位)
└ 脆弱性:「全方位」の宣言が魔力を分散させる
→ 集中度が下がる(広さと引き換えに密度が低下)
第三語「爆ぜろ」:発動命令
└ 脆弱性:
「爆ぜろ」という命令は「外向きの力」を意味する。
同等以上の「内向きの力」が中心に向かって来た場合、
命令が矛盾する——内と外、どちらに「爆ぜる」か。
→ 俺たちの収束魔力が「内向きの密度」で
カルドの「外向きの爆発」とぶつかれば、
《ノヴァ・フラッシュ》は
「どこに爆ぜればいいかわからなくなる」。
→ 命令の矛盾。
→ ランタイムエラー。
結論:
俺たちの一撃を、カルドの《ノヴァ・フラッシュ》の
「中心」にぶつければ——
《ノヴァ・フラッシュ》は自分自身を打ち消す。
そして俺たちの出力だけが残る。
```
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そこで、何かが起きた。
セレーナのチャンネルが——広がった。
音響信号だけではなくなった。
セレーナの全ての感覚が、俺のバッファに流れてきた。
石畳の冷たさ。
アリーナの熱気。
カルドの魔法が迫ってくる圧力。
隣に立つジンの呼吸、エルナの緊張、ロールの集中——
全部が、俺の中に入ってきた。
同時に——俺のARが、セレーナに流れていった。
セレーナの視界に、俺の解析ログが重なった。
赤いエラーマーカーと、緑の正常判定が、彼女の目の前の空間を埋めた。
訓練場での夜と同じだった。
ただし、あの夜より深かった。
俺はセレーナが「恐くない」と思っていることを、感じた。
計算ではなく——感じた。
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「セレーナ」
「……うん」
「タイミングを取ってくれ。《ノヴァ・フラッシュ》の中心が展開する瞬間——お前が全員に伝えろ」
「どうやって判断する?」
「光が最大輝度の一瞬前に、輝度の変曲点がある。お前の感覚で感じ取れるはずだ」
「……わかった」
俺は全員に言った。
「同期率——今いくつだ、マリス」
「……83%」
「目標に2%足りない」
「でも」マリスが言った。「今まで一番揃ってる」
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カルドの《ノヴァ・フラッシュ》が、最大出力に向かっていた。
光が、面として広がる一瞬前の——あの固まる瞬間が来た。
セレーナが言った。
「——今」
俺は言った。
「——実行(Execute)」
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第七教室の全員から、魔力が消えた。
全部が、一点に収束した。
蒼白い光の柱——あの訓練場で見た光より、小さかった。
しかし密度が、違った。
カルドの《ノヴァ・フラッシュ》の「中心」に、それが向かった。
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衝突した。
音がなかった。
光がなかった。
風もなかった。
ただ、《ノヴァ・フラッシュ》が——止まった。
内と外、矛盾した命令の間で、魔力が一瞬だけ静止した。
〔命令の矛盾:検出〕
〔《ノヴァ・フラッシュ》:ランタイムエラー〕
〔処理停止〕
カルドの魔力が散った。
そして——俺たちの収束魔力だけが、残った。
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それが、アリーナの対岸の石壁に当たった。
石壁が——消えた。
縦三メートル、横四メートルの石壁が、音もなく、存在していた空間ごと、なくなった。
遅れて、空気が振動した。
真空が閉じる、あの低い音だ。
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俺は、膝をついた。
処理負荷134%での稼働は、代償が大きかった。
視界が、暗くなった。
セレーナが、俺の腕を掴んだ。
「——レオン!」
「……問題ない」
「問題あるでしょ。また言う」
「……今回は、少し問題あるかもしれない」
それを聞いて、セレーナが小さく笑った。
泣きそうな顔で、笑った。
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──次話予告──
アリーナが静まり返っている。
カルドが膝をつき、第七教室の全員が崩れ落ちた。
クレアがアリーナに降りてくる。グレイアス教官が何かを言う。
そして——レオンの耳鳴りが、完全に消えた。
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