第十話「分散処理、あるいは十一人の並列演算について」
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8人の詠唱が、同時に始まった。
セレーナのチャンネルに、8本の音韻ストリームが流れ込んできた。
8つの声、8つの魔力展開音、8つの格助詞パターン、8つのアクセント——全部が同時に俺のバッファに届いた。
処理が——追いつかなかった。
```
処理負荷:計測中
標的1(副委員長):解析中 ……47%
標的2:解析開始 ……12%
標的3:解析待機中
標的4:解析待機中
標的5〜8:キュー滞留
総処理負荷:294%
WARNING:認知パフォーマンス劣化
WARNING:解析精度が低下しています(現在71%)
WARNING:耳鳴り再発
```
耳鳴りが、戻ってきた。
視界の端が、白くなった。
俺は膝をつきそうになって、踏みとどまった。
セレーナが気配で気づいた。
「……レオン」
「問題——」
「問題あるでしょ」
セレーナの声が、俺の耳にではなく、チャンネルに届いた。
クリアだった。
「……8人、多すぎる?」
「一人で処理できる量を超えている」
俺は言いながら、頭の中で計算していた。
一人では無理だ。
しかし——
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俺は振り返った。
第七教室の面々が、後方で待機している。
ロール。エルナ。ジン。マリス。残り七人。
全員が俺を見ていた。
「どうする」と言いたそうな顔で。
頭の中で、何かが切り替わった。
一人で全部やる必要は、ない。
「全員聞け」
俺は言った。
「今から解析を分散する。一人一人に、担当の標的を割り振る。各自は自分の担当の詠唱の『アクセントの乱れ』だけを監視して、俺に報告する。細かい解析は俺がやる。お前たちは入力だけ担当しろ」
ロールが即座に返した。
「俺は誰を見る」
「副委員長だ。右端で詠唱している。アクセントが標準より若干高い——そこだけ監視しろ」
「わかった」
「ジン、左から三番目。マリス、全体の魔力圧の変動。エルナ——」
俺は一息で全員に指示を出した。
セレーナが、それを隣で補足した。
声に出す俺の指示を、目配せと身振りで瞬時に伝えた。
10秒で、第七教室が再編された。
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```
分散処理:起動
レオン(スケジューラ):全体統合・介入実行
セレーナ(プリプロセッサ):音響フィルタリング・指示中継
ロール(サブプロセッサ1):副委員長の詠唱監視
ジン(サブプロセッサ2):左翼3番の詠唱監視
マリス(エラー検知):全体魔力圧の監視
エルナ(サブプロセッサ3):右翼2名の先読み検知
残余5名(分散入力):各担当標的のアクセント報告
処理負荷の再計算:
レオン単独時:294%
分散後・レオン担当分:68%
差分:-226%(十一人で分担)
```
数値が、落ちた。
視界の白みが、消えた。
耳鳴りが、遠ざかった。
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分散処理が、回り始めた。
ロールが報告する。「副委員長、第三節通過。アクセント乱れなし」
ジンが返す。「三番、速度上がってる。詠唱を急いでいる」
マリスが言う。「全体の魔力圧、五秒後に集中する。集中点は中央」
報告が来るたびに、俺が統合する。
全員の入力を受け取り、どこに介入するかを判断し、タイミングを計る。
これは——本当の意味で、システムだった。
一人の人間がやるには多すぎた情報処理が、十二人で分担されると、滑らかに回った。
セレーナが、それを束ねていた。
俺の指示を全員に届け、全員の報告を俺に整理して渡す。
声でも身振りでも、チャンネルでも——何でも使って。
「インターフェース」ではなかった。
もはや、神経系だった。
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副委員長が、詠唱の佳境に入った。
「──万象よ、我が意志に従い——」
「ロール。今だ」
ロールが報告した。「第五節、アクセントが0.1上振れ」
その情報が俺に届いた瞬間、俺は介入点を確定した。
「——〈が〉」
副委員長の詠唱が揺れた。
「我が意志に従い」の「が」が「を」に混線し、意志の主体が消えた。
発動しなかった。
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二人目。
エルナが先読みを入れた。「右翼、二番が先走りそう。0.8秒後に詠唱完成の予測」
俺は0.6秒後を狙った。
「——〈に〉」
格助詞が混線した。方向性が失われた魔法が霧散した。
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三人目、四人目——俺は止め続けた。
全員の報告が、精度良く来るたびに、介入タイミングが正確に取れた。
Aクラスの詠唱が、一つずつ、静かに止まっていった。
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アリーナの観客が、ざわめきを超えて静まり返った。
Aクラスの生徒が、次々と詠唱を止めていた。
発動できていない。何かに妨害されている。しかし何が起きているのか、誰にも見えなかった。
クレアだけが、観客席でメモを取り続けていた。
そしてグレイアス教官が、観客席の前列で、腕を組んで立ったまま動かなかった。
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セレーナが、小声で言った。
「……うまくいってる」
「まだだ」
俺は視界のログを確認した。
```
分散処理・進捗:
無効化完了:6名
残余:5名(うち詠唱準備中:3名)
カルド・ヴィエン:
魔力回路:回復中
次の詠唱の準備:開始している
NOTE:
カルドが戻ってくる。
今度は短い詠唱で来る可能性が高い。
「美しさより速さ」で来たとき、
今までの解析パターンが使えない可能性がある。
```
俺は唇を引き結んだ。
カルドが、まだいた。
そして——動き始めていた。
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カルドが前に出た。
表情が変わっていた。
優雅さが消えていた。
代わりにあったのは——剥き出しの、意地だった。
「……お前たちのやり方は理解した」
カルドが杖を構えた。
「格助詞への干渉。音韻の混線。言語学の手品だ。なるほど、面白い」
彼は俺を真っ直ぐ見た。
「しかし——長い詠唱が必要だと思うか?」
俺の視界に、警告が出た。
```
WARNING:
カルド・ヴィエン、詠唱パターンを変更
短縮詠唱に切り替え(推定6語以下)
問題:
6語以下の短縮詠唱は、
格助詞の接合点が1箇所しかない。
介入ウィンドウが0.3秒以下になる。
かつ——短縮詠唱は「美しさを捨てた」代わりに
出力が集中する。広範囲に魔力が爆発的に放出される。
俺たちに当てる必要すらない。
第七教室全員を吹き飛ばす一撃で充分だ。
```
広範囲攻撃。
インターラプトが間に合わない出力。
一人一人を止めるのではなく、全員を一度に飲み込む魔法。
カルドが、口を開いた。
「——《ノヴァ・フラッシュ》」
たった三語だった。
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──次話予告──
六語どころか、三語だった。
Aクラスのエースが、千年の格式を捨てた一撃。
第七教室を飲み込もうとする光の奔流に、レオンが言う。
「——全員、一点に集めろ。今だ」
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