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【言語解析者の無双転生 ―ソースコードに神秘などない―】  作者: 九十九 文


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1/8

第一話「入学実技試験、あるいは最適化された詠唱について」

────────────────────────────────


 死ぬ直前まで、俺は「格助詞の通時的変化」について論文を書いていた。


 締め切りの三日前。コーヒーの飲みすぎと睡眠不足が重なって、研究室の椅子から立ち上がった瞬間、体が床に吸い込まれるように倒れた。

 脳梗塞だったらしい。三十四歳という、研究者としてはまだまだ若造の年齢で。


 それが俺——音無 怜の、前世最後の記憶だ。


 そして今。


「───汝、大いなる炎の根源よ。太古より連綿と続きし熱の系譜に連なる我、その名においてここに命じる。天を焦がし、大地を灼き尽くす怒りの業火よ、今こそ目覚めよ! 《グランド・インフェルノ》!」


 俺の前で、黒髪を靡かせた少女が朗々と詠唱を完成させた。


 試験場の石畳の向こう、二十メートル先の標的が、どごん、と赤い閃光に吹き飛ばされる。

 周囲から歓声が上がった。


「素晴らしい! 起承転結が完璧に整った詠唱だ」

「発音の美しさも申し分ない。古代語の格変化も完璧に再現している」

「さすがは名門ヴァレン家の令嬢。Aランク合格は確実だ」


 試験官たちが興奮した様子で評価を書き込んでいる。


 俺はそれを横目で見ながら、ため息を噛み殺した。


 ──────


 内心での感想を正直に述べるなら、こうだ。


 あの詠唱は「冗長」だった。


 俺の視界には、詠唱が空気を震わせた瞬間から、文字列が見えていた。

 古代語の音素が形を成すたびに、それが透明な層となって空間に重なり、浮かび上がる。まるでデバッグモードで走るプログラムのように、各文節の横に処理コストが数値で表示される。

 そしてその大半が——赤く、点滅していた。


 〔WARNING:冗長な修飾節を検出〕

 〔ERROR:時制の矛盾(過去形と命令形の混在)〕

 〔WARNING:格助詞の省略による意味の揺らぎ〕


 エラーログが滝のように流れ落ちる。

 彼女の詠唱は美しかった。発音は完璧で、抑揚も申し分ない。

 しかしそれは、丁寧に装飾された「バグだらけのソースコード」だった。


 前世でいうなら、動くには動くが誰も保守できないレガシーコードと同じ。

 あるいは、一行で済む処理を百行かけて書いたプログラム。

 あるいは、「拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます」から始まるビジネスメールの冒頭部分。


 意味はある。しかし機能には一切寄与していない。


 俺の名前は、今世ではレオン。

 この世界に転生してから十七年、ひたすら魔法という「言語現象」を分析し続けてきた結果、一つの結論に至っている。


 ──この世界の魔法は、根本的な構造欠陥を抱えたシステムだ。


 ────────────────────────────────


 ◆ 解析


 ────────────────────────────────


 俺の持つ固有能力——【言語瞬時理解ユニバーサル・グラマー】は、あらゆる言語の深層構造を可視化する。


 人間の言語に普遍的に存在する文法の骨格。それをチョムスキーは「普遍文法」と呼んだ。

 俺の能力は、その普遍文法を通じて、言語のソースコードそのものを読む。


 だから見えてしまう。


 先ほどの詠唱——あれを構造解析にかけると、こうなる。


```

入力:「汝、大いなる炎の根源よ。太古より連綿と続きし熱の系譜に連なる我──」


形態素解析:

 [汝](呼格)→ 機能:対象指定

 [大いなる炎の根源よ](同格修飾)→ 機能:対象の属性付加

  └ 冗長度:87%(削除可能)

 [太古より連綿と続きし熱の系譜に連なる我](発話者定義節)→ 機能:術者認証

  └ 冗長度:92%(削除可能)

 [その名においてここに命じる](命令構文)→ 機能:発動トリガー

  └ 冗長度:78%(削除可能)


構文エラー検出:

 └ 時制の矛盾(line 3):「太古より連綿と続きし」と現在形命令の共存

 └ 格助詞の脱落(line 7):「怒りの業火よ」の呼格が主節と接続不明

 └ 意味論的冗長(全体):魔法発動に必要な情報素は「《炎》+《大》+《発動》」の3素のみ


最適化後:

 「炎」←これで充分

```


 二十八語。それが一語になる。


 発音時間にして約十五秒が、コンマ一秒以下に。

 魔力消費の無駄な散逸がゼロになる分、出力密度は理論上で元の三百倍を超える。


 ────────────────────────────────


 「次の受験者——レオン」


 試験官の声が響いた。


 俺は列から歩み出る。


 周囲の視線を感じる。

 他の受験者たちが、好奇と侮りの混じった目でこちらを見ている。当然だ。俺はこれまで魔法学院の模擬試験で、一度も「まともな詠唱」を披露したことがない。意図してそうしてきた。


 しかし今日は違う。入学実技試験。隠す必要はない。


 標的は二十メートル先。

 一メートル四方の鉄板に、魔法耐性のエンチャントが施されている。


 俺は標的を見た。


 「発動の必要条件」を確認する。

 対象の物質組成。空間座標との相対距離。気温と湿度から導いた魔力伝導率の補正値。


 並行して、頭の中で最適化されたコードが走る。


```

実行:最短詠唱生成プログラム


意味核抽出:

 目的 → [破壊]

 対象 → [固体・鉄]

 規模 → [標的サイズに限定]


語彙選択(古代語音韻データベース参照):

 候補1:「」── 構造分解の意

 候補2:「」── 線的断裂の意

 候補3:「」── 機能喪失の意


選択:「

理由:[対象全体の機能喪失]を最小音素で表現。

   前鼻音なし。摩擦音介在なし。

   魔力の流れを阻害する音響的ノイズ、ゼロ。


最終詠唱:「え」(一音節・一形態素)

推定発動時間:0.08秒

推定出力:通常詠唱比320%

```


 俺は右手の指を、軽く持ち上げた。


 試験官が何かを期待して身を乗り出す気配がある。

 他の受験者が、高らかな詠唱の始まりを待っている。


 俺は息を吸った。


 ────パチン。


 指を鳴らすのと、ほぼ同時だった。


 「──え」


 音というより、吐息に近かった。

 されど、その一音節が空気を断ち切った瞬間。


 どんという音すらなかった。


 光もなかった。


 ただ、標的が。

 一メートル四方の鉄板が。


 消えた。


 正確には——存在していた空間ごと、静かに抉り取られるように、跡形もなく。


 衝撃波の類は一切ない。

 煙もない。

 残滓すらない。


 二十メートル先の地面に、直径八十センチほどの円形の凹みが残っているだけだった。


 試験場が、しんと静まり返った。


 誰も、何も言えなかった。


 爆発があれば怖くない。閃光があれば逃げられる。

 しかし「何もなかった」のだ。音も、光も、風圧も、魔力の揺らぎすら。

 ただ存在していたものが、静かに、なくなった。


 それは人間の本能が最も苦手とする類の恐怖だった。


「……何、今の」


 さっきまで試験官に絶賛されていた令嬢——ヴァレン家の少女が、蒼白な顔でつぶやいた。扇を持つ指先が、微かに震えている。


「魔法の、気配すらなかった。詠唱も、魔力の高まりも……何も感じなかったわ」


 隣に立つ受験生が生唾を飲む音がした。


 ────────────────────────────────


 「……何だ、今のは」


 試験官の一人がつぶやく。


 「詠唱、か……? あれが?」


 別の試験官が、難しい顔をして記録板を睨んでいる。


「言語として成立していない」


 最年長の試験官が、硬い声で言った。


「一音節など、古代語の文法体系に存在しない。あれは詠唱ではなく、無詠唱の紛い物だ。たまたま魔力が暴発しただけかもしれん」


「……しかし標的が完全に消滅しています。無詠唱でこれほどの出力は──」


「無詠唱に規則性はない。偶然の暴発と見なすべきだ。低ランクで処理しろ」


 こそこそと交わされる声が、俺の耳に届く。


 ──予想通りだ。


 この学院の採点には「魔力波形測定器」が使われている。

 魔法発動時に生じる魔力の「残響パターン」を読み取り、その波形の複雑さと美しさを数値化する装置だ。千年前に設計された、由緒正しい旧式システム。


 仕様上、波形を生み出すのは詠唱の「無駄な部分」だ。

 魔力が効率よく変換されればされるほど、残響は少なくなる。

 完全に最適化された俺の魔法は——測定器には「未発動」と映る。


 最新のOSを、起動すら確認できない旧型ハードウェアで計測している。

 結果がゼロになるのは当然だ。測定器が壊れているのではなく、そもそも対応していない。


 彼らには見えていない。

 俺がやったことの意味が、根本的に理解できていない。


 なぜなら彼らにとって魔法とは「詠唱の長さ」と「魔力の量」で測るものだからだ。

 効率などという概念が、この世界の魔法理論には最初から存在しない。


 千年間、誰も疑わなかった。

 聖典の詠唱を忠実に暗記することが正義とされ、「なぜこの文言が必要なのか」を問う者は異端とされた。


 ──バグが仕様になった。

   脆弱性が伝統になった。

   非効率が神聖になった。


 それがこの世界の魔法だ。


 「レオン。総合評価、Eランク。合格最低基準は満たしているため、入学は認める。ただし特別措置として試用枠での入学となる」


 俺は試験官の方を向いた。

 Eランク。

 最低評価。


 正直、どうでもいい。


「……勝手に言わせておけばいい」


 俺はそれだけ呟いて、試験場の出口へ向かった。


 ────────────────────────────────


 魔法学院の正門をくぐりながら、俺は考えていた。


 千年分の積み重なったコメントアウトと、意味不明の変数名と、誰も理解していないレガシー関数。

 それがこの世界の魔法言語の現状だ。


 俺のすることは、一つだけだ。


 リファクタリング。


 ────────────────────────────────


 ──次話予告──

 Eランクの烙印を押されたレオンに、魔法学院の「落ちこぼれクラス」が待ち受けていた。

 そこで出会うのは、詠唱速度が遅すぎて笑われ続ける少女。

 しかし彼女の詠唱には、この世界の誰も気づいていない「隠された最適解」があった──。

【後書き】


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


 言語学者が主人公という、かなりニッチな設定ですが「魔法=プログラム言語」という切り口で、無双ものに新しい角度を出したいと思っています。


 主人公レオンが圧倒的な実力を持ちながら「最低評価」を受けるギャップ、楽しんでいただけたでしょうか。


 続きを書くモチベーションに直結しますので、もし面白いと思っていただけたなら──


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 ──どちらか、または両方お願いできると、作者が泣いて喜びます。


 次話は「落ちこぼれクラスと隠された才能」。レオンの言語解析が、また別の形で炸裂します。お楽しみに!

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