9 はじめてのお茶会
「──お嬢様、セルメンタ伯爵家よりお手紙が届いております」
いつものように魔法の勉強をしていると、ノアが一通の手紙を届けてくれた。
「セルメンタ?」
聞き覚えはないけれど、何かしら。
封を開け、文面に目を通す。
「あ!」
思わず声が出てしまう。
それはお茶会の招待状。
ゲームの中のオリヴィエはその傲慢な性格から親しい人間は誰もいなかった。
だからこそ周囲に愛される主人公に強い嫌悪をより一層覚えたのだ。
公爵令嬢でなくなったら貴族主催のキラキラしたお茶会に参加する機会もなくなってしまう。
一度くらいはそんなお茶会に参加しておきたいと思い、私は出入りしているマナーの先生に、私がもうわがまま放題な令嬢ではないことを他家で話して欲しいとお願いしておいたのだ。
公爵家に出入りできるくらいだから、先生は一流で、当然、他の家でもマナーを教えている。
今は魔法の勉強も、礼儀作法のほうもしっかり学び、身につけているから先生は快諾してくださった。
招待状が届いたということは、その成果だろう。
「どうお返事をいたしましょう」
「もちろん参加するわ! 返事は私が書くわねっ!」
「お待ち下さい」
「大丈夫よ。手習いだってしっかりやっているわ。返事くらいちゃんと……」
「そうではなくて、公爵様にご許可を取りませんと」
「そっか。パパは執務室?」
「はい」
いてもたってもいられなくなって執務室へ急いだ。
もちろんスカートの裾を乱さぬよう気を付けながら。
部屋に到着すると、扉をノックする。
「誰だ」
「パパ。入ってもいい?」
ちょっとした間が空く。
「パパ……?」
今は忙しいのかな。出直したほうがいい?
そう思った矢先、扉が開いた。
わざわざパパが開けなくてもいいのに。
「どうかしたのか?」
「セルメンタ伯爵家からお茶会のお誘いがあったの。行ってもいい?」
「……セルメンタ?」
「鉱山開発の成功で名を上げた家ですね」
パパの後ろにいたフュリオが即答する。
「行ってもいい?」
私は上目遣いで、お願いオーラを出しまくる。
「フュリオ。伯爵家がどんな家か調査しろ。他の招待客たちについても徹底的に、な」
「かしこまりました」
「そこまでしなくても。怪しい人たちなんている訳……」
「念には念を入れておくべきだ」
「う、うん、分かったわ」
私は圧に押され、頷いた。
※
数日後。
フュリオから伯爵家やその他の招待客について何の問題も見当たらなかったという報告がなされ、無事にお茶会参加の許可が下りた。
手土産で、第一印象を良くしておかなきゃね。
手土産と言えば、その家の生業に関するものだったり、領地の特産品を持参するのが普通。
うちで言えば、前にパパが魔法で急成長させてくれたアバンチュリなんかは、他の領地では手に入らない希少種だから、喜んでもらえるはず。
でも花をそのまま持っていくだけだと芸がないかな。
……そうだ!
思いついたアイディアににんまりする。
「ノア、すぐに用意して欲しいものがあるんだけど」
※
お茶会当日、私は新しく仕立てられたばかりのラベンダー色のドレスに身を包み、馬車に揺られていた。
同行者はノア。
私は馬車の中で鼻歌を自然とうたってしまうほどテンションが高かった。
馬車が、伯爵家邸の門前に到着する。
先にノアが下りて、私に手を貸してくれる。
伯爵家の使用人に案内されてお庭へ向かうと、すでに令嬢たちが五人ほど、テーブルについていた。
「オリヴィエ・エム・ネフィリムです。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
私はカーテシーを見せた。
ご令嬢たちは話をやめると、みんなも立ち上がり、挨拶を返してくれる。
「ようこそ、オリヴィエ様。ジュリー・セルメンタと申します。今日は来て頂き、とても光栄ですわ」
私とそれほど年の変わらない令嬢が頭を下げる。
「ノア、皆さんにお土産を」
「かしこまりました」
ノアはテーブルに五つの円柱の形をしたビンを置いた。
「まあ、綺麗!」
「この花はもしかしてアバンチュリですか?」
「でもアバンチュリの季節は夏じゃ……」
「魔法で特別に咲かせたものなんです」
「そうなんですね。でもどうしてビンに?」
「そのビンには保存の魔法をかけてありますから、一年以上、アバンチュリを楽しめるんです。それからこのビンはこうして日射しに当てると……」
「まあ! 光が反射してまるで花が輝いて見えるわ!」
「素敵! さすがは公爵家ですね。この魔法は公爵様がかけられたのですか?」
「いいえ、私が」
「オリヴィエ様が!?」
さらに令嬢たちは興奮した声を上げた。
保存の付与魔法は初歩中の初歩。
それでも魔法を知らない人たちからしたら十分すごいことなのだろう。
令嬢たちのうっとりした顔を見て、心の中でうまくいったとガッツポーズをした。
フラワーボトルをアレンジして作ってみたのだ。
早速、お茶会が始まる。
前世で言うところの小学校くらいの年齢でも盛り上がる話題は、男の子のこと。
どこの家門の嫡子は剣術の腕が一級品で格好いい、あの人は勉強ができて素敵とか、乗馬ができてとか、色々。
この世界でも女の子は早熟なのね。
「そうだわ、皆さん。これから近くの森へ行きませんか? 美しい湖があって、そのそばにはとても綺麗なお花畑もありますの」
ジュリーの提案に、私たちは賛同した。
すぐに馬車が準備された。
私たちを乗せた馬車、そして使用人たちが乗る馬車と二台が連なり、王都のそばの森へ出かける。
「今度の剣術大会、どなたが勝たれると思って?」
剣術大会は毎年、春の終わり頃に開催されていた。
成人の部、青年の部、幼年の部と三つに分かれている。
当然話題に上がっているのは幼年の部のこと。
令嬢たちはそれぞれ自分の推しを発表していくけれど、一番人気は攻略キャラの一人であるジクリス・フューア・シーラッハ。
シーラッハ公爵家は、王国の二大公爵家の一つ。
もう一つは言うまでもないけれど、ネフィリム公爵家。
シーラッハ公爵家は剣に秀で、歴代の当主は代々騎士団長を務めている武の名門。
ジクリスもまたその例に漏れず、剣の腕は大人顔負け。さらに容姿や体格も優れているとあって、令嬢たちの垂涎の的。
「剣術大会の折には、お守りを渡せたらいいのですけどねえ」
「それは難しいんじゃないかしら。だってジクリス様はいつも、たくさんのご令嬢様に囲まれていらして、近づくことさえできないんですもの……」
「私、ついこの間、ハンカチをお渡ししようと思ったのですけど、ファンのご令嬢が意地悪をしてご挨拶さえ、させてもらえませんでしたわ」
令嬢たちは「はぁ」と溜息を漏らす。
ジクリスの話題で盛り上がっていると、馬車は湖へ到着する。
湖の近くには、確かに見事なお花畑が広がっている。
早速、みんなで花束を作ったり、花輪を作ったりして遊んだ。
みんなちゃんと礼儀作法が行き届いているから、不快な思いをすることもなく、とても楽しい時間を過ごせた。
その時、一陣の風が吹き抜けた。
ジュリーからもらったばかりの花輪がさらわれ、ころころと森のほうへ転がっていってしまう。
私は慌ててその後を追いかける。
「お嬢様、私が」
「大丈夫っ」
ノアを制止して花輪を追いかける。
藪をかきわけるとどうにか発見できて、ほっと一安心。
戻ろうとした矢先、
「オリヴィエ」
不意に名前を呼ばれて振り返った。
え……。
私は言葉を失った。
そこには、『私』がいた。
背筋にぞくりと冷たいものが走る。
逃げなきゃ。
本能的な恐怖を覚えて距離を取ろうとしたけど、『私』が動くほうが速い。
右手を掴まれ、引っぱられる。
びっくりするくらい強い力で抗えなかった。
「っ!」
まるで穴を転げて落ちていくような感覚に襲われ、目の前が真っ暗になった。
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