5 不機嫌な?パパ
今日もパパのところへ勉強に向かう。
その間、フュリオは私が退屈しないようにと最近都であった面白い話をしてくれる。
人の言葉が分かるという犬の話。
鳥の生まれ変わりだと主張した人が、鳥の群れにつつき回されて逃げ出した話。
フュリオがこんなに話が面白いなんて知らなくて、私とノアは一緒になって笑ってしまった。
そうこうするうちに執務室へ到着。
つい数秒前まで笑えていたのに、表情が強張ってしまう。
別にパパが講義で怒ったりする訳じゃない。
むしろ、私のレベルに合わせてできるかぎり噛み砕いて教えてくれようとしているのが伝わってくる。
でもやっぱりパパと一緒にいると緊張してしまうのだ。
「どうぞ、お嬢様」
「……あ、ありがと」
扉を開けてくれたフュリオにお礼を言い、部屋に入った。
あ、あれ。空気が重たい?
何となくだけど、パパから負のオーラが漂っているような。
背筋をたらりと汗が流れていくのを感じた。
私、何かしちゃった!?
重苦しい空気は絶対に勘違いじゃない。
だってフュリオやノアも戸惑っているみたいだし。
私はパパの様子が気になってしまって、講義の内容がほとんど頭に入らなかった。
と、パパは参考書を不意に閉じた。
あれ、もう終わり? いつもより短い気が……。
「今日は集中力が足りないようだな。今日はこれで終わりだ。下がれ」
「パパ、私ならだいじょ……」
「駄目だ」
「……お嬢様、参りましょう」
ノアに促され、しょぼんとした私は「ありがとうございました……」と頭を下げて、部屋を出た。
「……パパ、怒ってた」
「いいえ、そんなことは」
「でもあんなこと言われたの初めて。魔力があるって分かって、ようやく私のことを認めてもらえるかもしれないのに」
「お嬢様……」
ノアがしょんぼりした顔をしていることに気付いて、今さらながらと思いつつも笑顔になる。
「ごめんね、ノア。気にしないで。また明日、がんばるわ!」
「ええ、そうです。お嬢様。お庭でお茶を飲んで気分転換をいたしましょう。特製のクッキーも焼きますから」
「本当!? 嬉しい!」
私たちは連れだって庭へ出た。
ノアの号令一下テキパキとお茶の準備が整えられていく。
果肉を磨り潰して混ぜたノア特製クッキーも皿に盛られる。
メイドのみんなに、美味しい紅茶、そして最高のクッキー。
パパとのことで沈んでいた気持ちも、少し晴れた。
と、渡り廊下を歩くパパとフュリオを見かけた。
お茶に誘ってみようかな。
せっかくパパが大切な時間を使ってくれているのに、講義に集中できなかったことを謝ろう。
よ、よし。
意を決して「パパ!」と声をかけ、歩いていく。
本当は駆け寄りたかったけど、公女がそんなことしたらはしたないってさらに幻滅されちゃいそうだから。
「これはお嬢様。お散歩中ですか?」
フュリオが片膝を折って、私と目線を合わせる。
つい、にこやかに話しかけてくれるフュリオを見てしまう。
パパはいつも吹雪が見えそうなくらいひやりとした雰囲気をまとっているし、目つきが鋭いし、どうしてもゲーム中に私を断罪するシーンを思い出してしまうから、なかなか目が合わせられなかった。
「お茶を飲もうとしていたところなの。ノアがとっても美味しいクッキーを作ってくれて。そ、それで……」
勇気を出してパパをチラ見する。
「……」
「えっとぉ」
「……」
「パ、パパも一緒にお茶をどうかなって」
えへへ!
私は笑顔(やや引き攣り気味)で、アピール。
しかしパパはすぐに目を逸らしてしまう。
「無理をするな。私より、フュリオと一緒にいたほうが、お前も面白いだろう」
え…………………?
「おも、しろい?」
「廊下で、フュリオと話していて笑っていただろう」
もしかして今朝のこと?
子どものままの私だったら、ただ戸惑っていたと思う。
でも今の私には大人だった前世の意識が混じっている。
もしかしてこれは、嫉妬というやつでは?
パパの機嫌が悪かったのは、廊下で私たちが笑っていたのに、部屋に入った途端、表情が強張った私を見たから?
でもパパの様子を見る限り、嫉妬を自覚していないのかも。
「私と一緒にいてもつまらないだけだろう。いつもビクビクしているしな。フュリオ。私の代わりに付き合ってやれ」
「お嬢様は、閣下とご一緒がいいと……」
「……仕事がある」
パパはフュリオの言葉を無視してさっさと歩き出す。
このまま行かせるのはすごくよくない気がする。
「パパ!」
私ははしたないとか考える余裕もなくダッシュで追いかけるけど、そのせいで石に躓いてしまう。
「お嬢様!」
周りはすぐに反応できない。
みるみる地面が近づいてくる。
目をぎゅっと閉じた。
でも、いつまでも痛みはなかった。
恐る恐る目を開けた。
「あっ」
私はパパの腕の中にいた。
「走るな。危ないだろう」
「あ、ありがと」
「気を付けろ」
パパは私を抱き起こすと、立ち去ろうとする。
でも私はそれを許さない。
パパの大きな手をぎゅっと握ったまま離さなかった。
「フュリオじゃなくて、パパと一緒がいいのぉ!」
「無理を……」
「無理してないよ。私、パパとお話がしたいの。パパのこと、少しでも知りたいの!」
「私のことを……?」
「うん!」
「──閣下。せっかくお嬢様がこのように仰られているのです。今は急ぎの仕事もございませんし、よろしいのではありませんか?」
ナイスフォロー、フュリオ!
「一緒にお茶をしながらお話しよっ」
私はパパの手を引くと、手応えがあった。
パパが自分の意志で動いてくれた。
パパの登場に、さすがにメイドたちも緊張を隠せないみたい。
すぐにノアがパパのために椅子をもう一脚、用意してくれる。
「どうぞ、公爵様」
「ああ」
席に着いたパパに、紅茶を淹れる。
「パパ、クッキーもどうぞ」
私は真ん中に盛りつけられていたクッキーの何枚かを小皿に取り分けて、渡す。
「このクッキーはノアが作ってくれたの。とっても美味しいんだよっ」
「公爵様がお召し上がりになるほどのものではございませんが……」
「そんなことないよ、ノア。自信を持って。ノアのクッキー作りの腕前はお店を開けちゃうくらいなんだからっ」
「お、お嬢様……」
褒められたノアが気恥ずかしそうに頬を赤らめる。
パパはクッキーを口にする。
「確かに、うまいな」
「でしょ!? えへへ!」
「きょ、恐縮でございます……」
パパがテーブルに置かれた花瓶の花を見る。
「綺麗でしょ。私がお庭で摘んだの」
「花が好きなのか」
「うんっ!」
「何の花が好きなんだ?」
「何でも。季節ごとのお花はどれでも好き。でも一番は、夏のアバンチュリ。ここ……王都だと見られないけどね」
アバンチュリは紫色の小さく可愛らしい花びらが特徴的で、公爵家の領地で咲く固有種だ。
北部に近い王都では気候的に育てるのが難しいのが残念だけど。
「……あいつと一緒だな」
あいつ?
誰のこと?
「フュリオ、倉庫からアバンチュリの種を持ってこい」
「かしこまりました」
何をするんだろう。
戸惑う私を尻目に、フュリオが片手で持てるくらいの大きさの袋を持ってきた。
何がはじまるのかな。
私だけじゃなく、メイドたちも興味津々。
私たちの前でフュリオが地面に種を蒔き始める。
「それくらいでいい」
パパが種の撒いた地面に手を添え、ごにょごにょと呪文を唱えた次の瞬間、みるみる地面から芽が生え、それがたちまち大きく成長し、紫色の花びらを咲かせた。
「アバンチュリ!? もしかして魔法!?」
「そうだ。種を蒔いた周囲を夏の気候に変化させ、さらに魔法で成長を促した」
そんな複雑な魔法を同時に!?
一流と言われている魔法使いでも別々の魔法を二つ同時に使うのはかなり難しいはずなのに。
やっぱりパパは本当にすごい魔法使いなのね!
「すごい!」
「大したことじゃない」
「パパ、ありがとう!」
嬉しさも相俟って、パパに抱きつく。
パパは私を右腕で受け止めながら、尻もちをつく。
「閣下!?」
「公爵様!?」
フュリオやメイドが慌てて駆け寄ろうとするが、パパは手で制する。
「気に入ったか?」
「うん!」
「そうか」
その時、パパは本当に一瞬だけど、口元を緩め、微笑んでくれたような気がした。
ただそう見えただけかもしれないけど。
「ノア、花瓶を二つ持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
ノアが持ってきてくれた花瓶に、私は手折ったアバンチュリを生けた。
「はい、パパ」
「?」
「おそろい。私もお部屋に飾るから、パパのお部屋にも飾って?」
「……ああ」
そんな私たちのやりとりを、ノアやフュリオたちが微笑ましそうに見つめていた。
※
その日の夜。
私は窓辺に置いたアバンチュリを眺めていた。
紫の可憐な花びらが月明かりを浴びて、とても幻想的で綺麗。
パパが私のために、わざわざ魔法を使って花を咲かせてくれるなんて。
「お嬢様、そろそろお休みの時間ですよ」
「はあい」
ノアに促され、私はベッドにもぐりこむ。
「おやすみなさいませ、お嬢様。良い夢を」
「ノアもね」
「ありがとうございます」
にこりと微笑んだノアを見送る。
……どうしてアバンチュリの種があったのかな。
庭でアバンチュリの花が咲いているところなんて見たことがないんだけど。
ま、いっか。
大きくあくびをして、目を閉じる。
吸いこまれるように夢の世界に落ちていった。
明日もいい日でありますように。
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