4 魔法の勉強
一週間もすると、体調はすっかり回復した。
私に魔力が宿ったなんて。
転生特典ってすごい!
魔力を高めていけたら、ここを出ても楽しい魔法使いライフを送れちゃったりするのかな。
そんな妄想をしながら、机に向かってペンを走らせる。
『当面の目標』
①逃亡資金の確保。
これは今までのプレゼントがあるからOK。
②逃亡後の生活のために魔法を学ぶ。
魔力は少ないけれど、逃亡生活のためにも少しずつ覚える!
③パパとの関係を少しでも良くする?
③に関しては、目標というより、できたらって感じ。
いずれ別れることにはなるけど、一緒にいる間くらいは仲良く過ごせたらいいな。
その時、ノックの音が聞こえた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、ノア」
メモした紙を机の中にしまいこむ。
「今日はとてもいい天気ですよ。ご気分はいかがですか?」
「すごくいいわ」
「良かったです」
またノックの音がするとノアがすぐに出た。
パパの側近であるフュリオだ。
フュリオはゲーム内でもいつでもパパのそばをついている。
のほほんとした顔をしているけれど、騎士団長でもあるから剣の腕が立つって、ゲームのファンブックに書かれていたわ。
ゲームだと活躍シーンが少なくて、無駄にイケメン、なんて不名誉な呼ばれ方をされていたっけ。
「お嬢様。閣下がお呼びでございます。執務室にお越し下さい」
「お屋敷にいるの?」
「実は、公爵様はお嬢様がお倒れになってからずっと、こちらでお仕事をされているんです」
なんで……。
まさか魔法熱で自分の手を煩わせた娘が面倒事を起こさないように監視するため?
転移魔法を使ってまで駆けつけてくれたって聞いたのに。
ひいいい、どうしよう。
脱出計画が早くもつまずきそうな予感。
「お嬢様が考えているようなことではありませんよ」
顔を青くしている私に、フュリオが苦笑まじりに言う。
「そ、そうなの?」
「とにかく執務室へ」
「……ノアも来て」
「フュリオ様。私もご一緒しても問題ございませんでしょうか」
「閣下にお聞きしてみます。ひとまず来て下さい」
私はノアと手を繋いで、びくびくしながら部屋を出た。
「少しお待ち下さい」
部屋の前に到着するとフュリオが先に部屋へ入る。
しばらくして出てきた。
「ノアさんも、お入りください」
緊張のあまり、ノアの手をぎゅっと強く握ってしまう。
ノアは大丈夫ですよ、と励ますみたいに握り返してくれる。
「パパ、ごきげんよう」
私はガチガチに緊張しながら礼儀正しく頭を下げた。
「もっと近くへ来い」
ずしんとお腹に重りがのしかかってくるような、低い声。
恐る恐るパパの元へ向かう。
パパの机の上にはたくさんの書類が乗っていた。
「座れ」
パパと向かい合うように椅子に腰かけた。
「気分は?」
「いいよ。これもパパのおかげっ」
私はできるかぎり無邪気に笑って見せる。
パパは無表情。
「そうか。今日、お前を呼んだのは……」
心臓がドキドキする。
何を言われるんだろう。
膝の上においた手が緊張と不安でみるみる汗ばんでいく。
「魔法を教えるためだ」
「えっ」
「魔法だ。今のお前には微量ながら魔力がある。魔力は使わなければ育たないからな」
「パパが教えてくれるの?」
「そうだ」
「やるっ!」
「やらないという選択肢はない」
「! ご、ごめんなさい……っ」
「なぜ謝る」
「……パパが怒ってるから……?」
「怒ってない」
ゲーム中でもそうだったし、ローレライも戸惑ってたけど、ほとんど表情が変わらないから分かりにくいよ!
「早速はじめるぞ」
魔法を教えてくれるなんて予想外。
どんな魔法から教えてくれるのかな。初日だから簡単な魔法からだよね。
物を動かしたり、短い距離を瞬間移動したり。
ワクワクしている私の目の前に出されたのは、辞書くらい分厚い本。
「まずは魔力についての基礎講座だ」
まさかの座学!?
頭の中で思い描いていた、楽しい魔法の授業というファンタシーな想像はもろくも崩れた。
「魔力の源となるマナについてだが……」
専門用語を交えての講義が三十分は続いただろうか。
早くも私はグロッキー状態。
子どもだからとか関係ない。
今の私は前世の意識も混じっているから、普通の子どもよりずっと学習能力も意欲もあるはずなのに、音を上げてしまいそうになる。
「閣下。いきなりそのように専門用語を並べ立てても、お嬢様は飲み込めないのではないでしょうか」
うなだれる私に気付いたフュリオが、助け船を出してくれる。
「私はもっと小さな頃から同じ講義を受けたが、理解できた」
「皆が皆、そううまくはいかないかと。お嬢様はまだ六歳ですし、もう少し噛み砕いた内容のほうがよろしいのではありませんか?」
パパが私をじっと見てくる。
せっかく多少は私に興味関心をもってもらえたのに、ここで不用意に頷いたら前みたいに嫌われちゃうかも。
「パパ、私なら大丈夫」
「なら、マナの要点を説明してみろ」
「え、あ、う……えっと、ま、マナは……し、自然界にあって……魔法の燃料でぇ~……」
自信のなさと比例して声がどんどん尻すぼみになり、私はうなだれた。
「……分かりません」
「なら、魔法について一番大切なことを教える。魔法は万能じゃない」
国一番の大魔法使いがそんなこと言っちゃっていいの!?
「魔法はどんな望みを叶えると吹聴する連中がいるが、そいつらは全員、三流の魔法使いだ。魔法は万能でもなんでもない。それは多くの魔法が使えれば使えるほど分かってくる。そしてこれが重要だ。魔法は理を曲げることができない」
「こと、わり……?」
「命の循環を歪めることはできない、ということだ。死んだものを蘇らせることはできないし、命を生み出すこともできない。無理にそれをしようとすれば、その歪みは世界を根底から破壊しかねないほど危険な影響を周囲に及ぼす。だから、お前が将来、どれほど難しい魔力を使えるようになったとしても、自分が何でもできるなどという歪んだ妄想を持つのはやめろ。分かったか?」
「はい」
正直、マナうんぬんの授業よりもずっと胸に響いた。
パパは万年筆を机に出した。
「これを使って魔力の使い方を学べ。これは」
「もしかしてマジックペン!?」
「知っていたか」
「う、うん」
パパは万年筆を紙の上に走らせると、様々な色のインクが出た。
赤や青、黄色に緑、茶色に黒、金色に銀色。
マジックペンはゲーム中にも出てきたアイテムだから、よく知っている。
実際に、その効果をまざまざと見ると感動してしまう。
「マジックペンは魔力をまとわせることで望んだ色を自由に出すことができる。しかしうまく魔力を伝えられないと、色がちゃんと出ない。やってみろ」
「はいっ」
私は魔力をマジックペンにまとわせ、紙に走らせるけれど何も書けない。
あ、あれ? 魔力が足りないのかな。
もう少し強く魔力を込めて……。
「あああっ!?」
色んな色がまざりあって、とんでもない汚い色になってしまう。
「これをうまく使えるようになれば、魔力のコントロールが身についた証だ。毎日少しずつやっていけば、そのうち、できるようになる」
「頑張るよ!」
「やる気になるのはいいが、ほどほどにな。毎日少しずつでも、続けることが大切だ」
※
「閣下、お疲れ様でございます」
オリヴィエたちが部屋を出て行った後、フュリオはゼノンにお茶を出す。
ゼノンは椅子の背もたれに身を預け、紅茶に口を付ける。
「ご気分はいかがですか?」
「……ない」
「はい?」
「……悪くない」
ゼノンは春の温かな日射しに照らし出された庭を眺めながら呟く。
その表情は心なしか柔らかく見えた。
長年そばにいるフュリオだから、僅かな変化に気付くことができた。
「それはようござりました」
自然とフュリオの頬まで緩んだ。
オリヴィエはもちろん、ゼノンも、これまでの関係性のせいか、当然ながらぎこちなかった。
親子でありながら、これまでまともに交流がなかったのだから当然なのだが。
でもいつか二人が自然と笑い会える日がくる、そんな予感がフュリオにはあった。
少しずつ少しずつ。
一緒の時間を過ごしていけば、いずれは。
作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。




