3 目覚め
目を開けると、天井が見えた。
あれ、私……?
頭がぼんやりして、全身がだるい。
何でベッドにいるんだろう。
最後の記憶は、魔法が使えた瞬間のこと。
びっくりするほど小さな火だったのよね。
そうしたら眩暈がして、目の前が真っ暗になって。
「起きたか」
え。ありえない。夢を見てるんだ。当然だよね。
私を嫌って避けているパパが、どうして……?
「気分はどうだ。……自分の頬をつねってどうしたんだ」
「痛い……」
「当たり前だ。やめなさい」
呆れたようにパパは私の手を下ろさせる。
痛いっていうことは夢じゃないの?
「ぱ、パパ、私……どうしたの?」
「お前は魔法熱で意識を失ったんだ」
魔法熱って、ゲーム中でも出てきた。
魔力を持つ赤ん坊は無意識のうちに魔法を使ってしまうことがあり、まだ魔力というものに不慣れな体は不調に見舞われてしまう。
これを鎮める方法は一つ。
子どもの中で暴れる魔力を、親が自分の魔力を分け与えることで整えてあげるのだ。
「もしかして……パパが私の魔力を整えてくれたの?」
「そうだ。だが今は体を魔力に馴染ませている最中だ。意識を失うことはないだろうが、しばらくは風邪のような症状が続くことになる。だから間違っても魔法を使おうなんて考えるな」
「……迷惑をかけて、ごめんなさい」
「迷惑なんて思わないし、謝るようなことじゃない」
優しい……。
私を嫌って、避けてたはずなのに。
パパが席を立つ。
「あ……」
「何だ?」
体調が悪いこともあいまって行って欲しくないと思うけれど、わがままを言って面倒な娘だとは思われたくなかった。
「う、ううん。何でもない」
「ノア、後は頼んだ」
「かしこまりました」
パパが部屋を出ると同時に、ノアが入ってくる。
ノアの焦げ茶色の目にみるみる涙が溜まっていった。
え、どうしたの?
「お嬢様、無事で良かったです! 本当に、本当に!」
「ノア」
「申し訳ございません。私がしっかりしていれば……」
ノアが謝罪の言葉を繰り返す。
やつれ、目には濃いくまがあった。
胸の奥がぎゅっと締め付けられてしまう。
パパに愛されないどころか気にもされない寂しさや苛立ちを、ずっとノアをはじめとした使用人たちにぶつけ続けてきた。
愛想を尽かしたっておかしくないはずなのに、ノアはずっとそばにいてくれた。
ゲーム本編でも、ローレライに飲ませる毒を調達したり、私のために本当はやりたくない汚れ仕事をしてくれた。
結果的に私と一緒に断罪されてしまう。
私のせいで。
「ノア」
「お嬢様!?」
抱きつくと、ノアは戸惑った声をこぼす。
「今まで、ごめんなさい。ずっと、あなたたちにひどいことばかり……」
「謝らないで下さい。お嬢様のお気持ちをみんな、よく分かっていますから」
ノアは私の背中を優しくさすってくれた。
そうだ。
悪夢にうなされた時、寂しくて苦しくなった時、ノアはいつだってそばにいていて、こうして背中を撫でてくれた。
ノア。私は悪女になんてならないからね。
ローレライにひどいこともしないし、ノアにひどいこともさせないよ。
「……ねえ、どうしてパパがここにいるの?」
「公爵様は、お嬢様が倒れたと聞いて転移魔法を使って駆けつけて下さったんです。公爵様は、お嬢様をとても心配されていたんです!」
パパが?
正直、信じられなかった。
だってパパは私を嫌っているはずでしょ。これまで屋敷にも全然戻ってこなかったんだから。
それなのに、転移魔法を使ってくれてまで駆けつけてくれただなんて。
あ、あれ……。
なんで、頬が緩んじゃうの?
そんな私を見て、ノアが目を細めて微笑んだ。
顔を見られるのが恥ずかしくて、布団を頭までかぶった。
「ふふ」
ノアの優しい笑い声が、聞こえた。
※
ゼノンが部屋から出てくると、秘書官であるフュリオ・ナスタークが駆け寄る。
「閣下。お嬢様は?」
「今、目覚めたところだ」
フュリオは心の底から安堵の息をこぼした。
「お嬢様がご無事で何よりでございます」
「……そうだな」
ゼノンはこれっぽっちも嬉しそうには見えない様子で言った。
そもそもゼノンは喜怒哀楽の感情が分かりにくい人だし、感情表現がうまくはない。
それがややこしい連中がうようよといる宮廷や戦場では役に立つけれど、愛娘相手ではどうだろうか。
実際、長くそばで仕えているフュリオでも何を考えているのか分からない時がたびたびある。
「これを」
フュリオは冊子を渡す。
「未決済の書類か?」
「違います。お嬢様に魔力が芽生えたのですよね。でしたら、今からでもしっかり魔法教育はやっておくべきかと思い、指導役に適した魔術塔の魔法使いをピックアップいたしました」
「必要ない」
「まさか放置されるのですか!?」
オリヴィエに異変があった時、わざわざ転移魔法まで使って駆けつけたというのに?
「……私の娘だ。他人には任せられない。私が教える」
「しかし日頃の執務が」
「屋敷ですればいい。両立は可能だ。手配をしておけ」
「かしこまりました」
ゼノンがオリヴィエのことを顧みないのは魔力がない娘に失望したからなのだと、何も知らない口さがない人々は言うが、事実ではない。
ゼノンは、オリヴィエを大切に想っている。
そのことをフュリオや屋敷の者たちは分かっている。
これまでオリヴィエと顔を合わせなかった、いや、合わせられなかったのには、理由があるのだ。
今回のことをきっかけに、二人の関係が少しでも良いものになって欲しいと、フュリオは願わずにはいられなかった。
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