29 別れの日
「こちらをどうぞ」
ノアが手の平サイズの包装を差し出してくれる。
毎年もらうプレゼント。
「ありがとう」
早速、包装を開けると、ブローチだ。
「気に入っていただけましたか?」
「もちろんよ! ありがとう! ずっとずっと大事にするねっ!」
ぎゅっと抱きつく。
「ふふ、お嬢様ったら……。もう十六歳ですのに、子どもの頃に戻ってしまったみたいですね」
「そうね……。そうかも」
ちょっとしたことで泣きそうになってしまうけど、最後まで笑顔でいなきゃ。
「ではお着替えをいたしましょう」
「そうね」
ドレスに着替え終えると、私は部屋を見渡す。
壁には、アカデミーの制服である、黒いローブがかかっている。
貴族の子女は十六歳になるとアカデミーに入学することになっていた。
このまま何もなかったら、私はアカデミーの魔法部に通うことになるだろう。
私はローブをそっと撫でる。
「いよいよ来週、入学式ですね」
「そうね……」
「なんだか、あっという間のような気がします。お嬢様がアカデミーに入学されるお年になられたなんて……」
「うん、本当にあっという間。もう少し時間があると思ったんだけどな」
しんみりしそうになる自分を振り払った私は部屋を出ると、食堂へ。
いつものようにおめでとうを言ってくれる使用人たちに言葉を返しながら、食堂に入る。
パパとフュリオが出迎えてくれる。
「パパ、フュリオ、おはよう」
「お嬢様、おはようございます。誕生日おめでとうございます」
「おめでとう、オリヴィエ」
パパはもうすぐ四十歳だというのに、年齢を一切感じさせず若々しい。
魔法使いは身体の中の魔力のお陰で老化が遅いのだ。
「恒例だが、何が欲しい?」
決まっている。
「今日は一日ずっと、パパと一緒に過ごしたいの」
「……それだけでいいのか? 十六歳なんだぞ。アカデミーに入る年齢。社交界にだってこれから出ることになるだろう。大人の仲間入りだ。もっと欲張ってもいいんだぞ?」
「パパは国のお仕事をたくさんされているのよ。そんなパパを一日、お仕事も何もかも放棄させて、私のためだけに時間を作って欲しいって言ってるんだよ。これって、すっっっっっっっごー---------く、贅沢な望みだと思うけど?」
パパがかすかに口元を緩める。
「確かに、な。まあ、お前の誕生日に何も予定はいれていないが、お前のためだけに今日は一日一緒にいよう。──フュリオ、聞いての通りだ。たとえ国王が緊急事態だと言おうが、取り次ぐな」
「承知しております」
フュリオは当たり前だとばかりに頷く。
「では、まずは朝食だな」
「うん!」
※
食事を終えた私たちは馬車に乗り込んだ。
「いってらっしゃいませ」
ノア、フュリオ、使用人たちに見送られ、私たちを乗せた馬車は街中に繰り出す。
「特に何かをするわけじゃなくて、街を回るだけでいいのか? 人気のカフェを貸し切るくらい簡単にできるんだぞ?」
「いいの。この街にはたくさんの思い出もあるし、ぐるっと見たいの」
「なんだ、まるでここから旅立つみたいな言葉だな」
「子どもの頃とは違うもの。しなきゃいけないことのほうが増えていくし、こうして街をのんびり見て回る時間は減っていくでしょう。だから。──ほら、あそこの路地。パパがはじめて連れていってくれた秘密のお店がある場所っ」
「ああ、偏屈ジジイの店か」
「今でもお世話になってるのに、パパったら」
くすくすと微笑む。
「あの日のことは覚えてる?」
「市場へ行ったんだったな」
「それもそうだけど、パパにはじめてだっこしてもらったのよ。それから夜までずっとブラブラして……」
「あったな。今でももちろんしてやれるぞ?」
「それは私が恥ずかしいから。でも一緒にブラブラしよっ」
馬車が停まると、まずはパパが降りて私に手を差し出してくれる。
私はその手を取り、馬車から降りた。
市場はあいかわらず身分を問わない人たちで賑わい、広場では大道芸人たちが道行く人たちを楽しませている。
途中で私は果実ジュースを買い、パパと一緒に飲んだ。
「美味しいね」
「……ああ」
私はパパの顔にたまらず吹きだしてしまう。
「もう、パパってば。そんな眉間にしわを寄せなくても」
「まずくはない。もう少し甘さは控え目のほうが飲みやすいと思っただけだ」
それでもパパは一緒に飲んでくれる。
大道芸を見たり、がらくた市場をひやかしたりした。
時間が経つのはあっという間で、夕方を迎えてしまう。
「次はどこに行く?」
「パパの使い魔に乗りたいっ」
「いいのか? ヨルンが嫉妬するぞ」
「今日は特別な日だから。いじけたら、許してくれるまで謝るから」
「そうか。……場所を移すぞ。さすがにここで呼んだら大騒ぎになる」
私たちは馬車に乗り込むと、街の外に出た。
そして誰もいなさそうな場所で、パパは「バハムート!」と竜を呼び出す。
漆黒の気高き竜を前に、「すごい!」と叫んだ。
「これが、パパの使い魔なんだぁ!」
パパが私を抱き上げる。
「パパ!?」
「ここなら人目がないから、大丈夫だろう」
「だ、だからって……っ」
「いいだろう」
「……もう、しょうがないな」
私は頬の火照りを意識しながら小さく頷く。
だっこされたまま、私はパパと一緒に黒竜に跨がった。
黒竜は巨大な翼を羽ばたかせると、満天の星が輝く夜空に向かって飛翔する。
どこまでも果てのない夜空を、バハムートは悠然と飛んだ。
世界はとても静かで、美しい。
眼下には街の灯りが、まるで宝石のように輝いている。
「綺麗だね」
「そうだな」
「ありがとう。今日は一日すごく楽しかった」
「俺もだ。でも本当にこれだけでいいのか? 本当はパーティーもしたかったんじゃないか?」
「いらないよ。賑やかなのも好きだけど、パパと過ごすのが一番楽しいことだから」
「もう十六歳なのに、甘えんぼうだな」
優しく頭を撫でられる。
「うん」
世界最強の使い魔による贅沢すぎる遊覧飛行を終えた私たちは、屋敷に戻った。
もう日付が変わろうとしていた。
「公爵様」
出迎えたフュリオやノアの表情が強張っている。
「……何があった」
異変を感じとったパパの目が鋭くなった。
「お客様がお待ちでございます」
ノアが口を開いた。
「こんな時間に?」
「いいえ、お昼からお待ちでございます」
「……なぜ追い返さなかった」
「それは……」
ノアはどう説明していいのか分からないように口ごもる。
「もういい。そいつはどこにいる」
「応接間に」
パパは応接間に足を踏み入れる。
そこには赤いワンピース姿の少女がいた。
青い瞳に腰まで伸ばした黒髪──ローレライ。
「誰だ?」
少女は立ち上がる。
「公爵様、ですか」
「そうだ」
「私はローレライと申します。あなたの娘です」
「何を馬鹿なことを。フュリオ、さっさとこの娘を追い返せ。そもそもどうしてこんなわけのわからない人間を屋敷に入れたっ」
「公爵様。使用人の方を怒らないで下さい。屋敷の方々はこちらの手紙をお読みになったのです。どうか、公爵様にもお読み頂きたく……」
パパはローレライから手紙を受け取る。
「私の育ての親が遺した手紙です。私の母親代わりは、サーナと言います。かつてこちらのお屋敷で産婆を務めておりました」
パパは手紙を読むや、「これが何だ? この文面を信じろと? お前が俺の本当の娘だと?」と冷え切った言葉を言い放つ。
「では、これではいかがですか? ──ライト」
ローレライは光の初級魔法を唱えた。
その瞬間、パパの顔が露骨に変わった。
手紙を捏造することは誰にでもできる。
でも魔力までは誤魔化せない。魔力にはその血縁者の気配が伴う。
私が持っている魔力は所詮、転生者特典に過ぎない紛い物。
その事実を誰よりも私自身が分かっている。
「パパ、ひとまずその子に部屋を。きっと疲れているでしょう。話は明日したらいいわ」
パパがはっとして振り返った。
「あなたは?」
ローレライが聞いてくる。
「私はオリヴィエ」
「そう、あなたが……」
「ノア。あの子に部屋を」
「お、お嬢様」
「私も今日一日とても疲れたから部屋で休むね。話は明日、改めて」
私はにこりと微笑むと、階段を上がり、自分の部屋に引っ込んだ。
それから深く深く息を吐き出すと、書き物机の引き出しから二通の手紙を取り出す。
この日のために書いた手紙。
パパ、そしてノアに当てた手紙。
瞬きをする。
泣かないって決めたのに、やっぱり辛いなぁ。
寂しいよ、みんなとお別れするのは。
「……ヨルン」
呟くと、ヨルンが紋様から飛び出すなり、無言で私の頬を舐めてくれる。
「……しょっぱいな」
「くすぐったいよ」
「お前が泣くからだろう」
「うん、ありがとう」
ヨルンの首をそっと抱く。
「あの小娘を倒すのか?」
「違うよ。そんなことでヨルンを呼んだことなんてないでしょう。ここを離れるの」
「どこに行くんだ?」
「分からない。けど……着いてきてくれる?」
「当たり前だろ。でも本当に行きたいのか?」
「行きたくはないけど……行かなきゃ」
「そっか」
ヨルンに跨り、ベランダから飛び出した。
さようなら、パパ。
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